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2007/12/24 (月)
映画「非情の罠」のDVDを十月上旬に見ました。
1955年の白黒映画で、原題は「Killer's Kiss」。スタンリー・キューブリックの監督デビュー作です。
67分の短編映画なのですが、日本公開時は27分削られていたそうです。
「えっ、67分の27分削ったら別物じゃ?」と思いました。
どうせなら、DVDに、削ったバージョンも収録してくれればよかったのにと思いました。
どこを削ったのでしょうか? 冒頭の二人が出会うまでのシーンがなかったのでしょうか?
後半のアクションシーンを削ると「売り」が減りそうなので、そうなのではないかと思うのですが謎でした。
ストーリーは単純なので、先に粗筋を書いてから感想を書きます。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。中盤まで書いています。中盤以降は、ほぼ全部アクションシーンです)
主人公はボクサー。試合に負けた彼は、引退して田舎に引っ込むことを考えていた。
そういった時期に、彼は一人の女性と出会う。
彼女は同じアパートの住人。ダンスホールで男たちのダンスの相手を務める彼女は、その職場の支配人に言い寄られていた。
主人公と女性は恋に落ち、彼は彼女とともに田舎に戻ろうとする。
しかし、恋に狂った支配人は、主人公に手下を差し向ける。
支配人の手下たちは、手違いから主人公のマネージャーを殺す。そして、女性は支配人に拉致される。
主人公は支配人の許に行き、銃を突き付けて、女性の監禁されている廃アパートに行く。
だが、手下と支配人の逆襲に会い、死闘を繰り広げることになった……。
序盤、映画を見始めて思ったのは、映像とモノローグの使い方が独特だなということです。
この映画では、美しい映像を見せて視覚的な間を持たせて、その間にモノローグを延々と語る演出が多いです。
そしてその映像は、時に物語に関係あるけれど、時に物語とは直接関係なかったりします。
かなり、独特な映像文法です。どちらかというと、詞的表現に近いようなものがあります。
特に、バレリーナが延々と踊るシーンを見せる間に、女性が過去を告白し続けるシーンは非常に印象的です。
映像を「物語の説明」に使うのではなく、「映像自体の印象」を利用して映画表現を行っているのかなと思いました。
後のキューブリックの映画でも、そういった傾向が時々見られますので。
中盤以降のアクション・シーンを見ていて思ったのは「戦闘する場所の選定は大切だな」ということです。
この映画では、「場所選び」に物凄い気を使っていて、「その場所で起こる戦闘自体が映像的に面白い」ものになるようにしています。
これは、よく考えられているなと思いました。
たとえば、昇降式の階段を使っての逃走、アパートの屋上を延々と走っての追跡劇、マネキン工場での戦闘など、視覚的に面白い場所での戦いを連続して行っています。
これらの映像から「物語のための設定」ではなく「映像のための設定」というものを強く感じました。
物語で「よいキャラができれば勝ったも同然」というのがあるように、映像は「よい場所を探せれば勝ったも同然」なんだなと思いました。
そりゃあ、ロケハンとか気を使うはずです。
ラストは、どうなるのかぎりぎりまで分かりませんでしたが、私が考えていたラストとは違っていました。
もっとぼかすかと思っていたのですが、はっきりと描いていました。
短い作品でしたが、十分楽しめました。
まだまだキューブリックの作品は店頭にあるので、借りてこようと思います。
2007/12/22 (土)
これは、いい湯たんぽです。 ただし、お値段は6980円。 でも、欲しくなるデザインです。
2007/12/21 (金)
この記事を見て思ったことを少し書きます。
私にとって「考える」とは、「完成品を作ること」です。
なぜならば、私の人生のテーマの一つは「思考と結果の時間的距離を限りなく近くすること」だからです。
思考した瞬間に完成させる。そして、人生の密度を上げ、死ぬまでにやることを増やす。
光速の実行力を持つ。
そのためには手数を増やさなければなりません。そうしなければ、能力は絶対上がりません。量なしで質は作れないので。
だから、一生勉強し続け、自分を鍛え続けなければなりません。
映画「ケーブルガイ」のDVDを十一月上旬に見ました。
1996年の作品で、監督はベン・スティラー。
主役はジム・キャリー。いや、マシュー・ブロデリックです。本当は。
マシュー・ブロデリックは、「プロデューサー」(新盤)で、へなちょこ会計士をやっていた人です。
彼は、こういった「善良そうだけど、頼りない男性」を演じるのが上手いです。この映画では、変人ストーカーのジム・キャリーに攻められまくります。
あと、マシュー・ブロデリックの友人として、「スクール・オブ・ロック」のジャック・ブラックが出てきます。
これが、何と言うか「凄い素」でびっくりしました。
普通、ジャック・ブラックというと、妙にテンションが高い役が多いのですが、普通のテンションで、普段着を着て、缶ビール片手にぶらぶらしている感じです。
演技をしているように、まるで見えません。
個人的には、ジャック・ブラックが出てくるたびに「おお〜、素だ」と思いました。
さて、映画ですが、微妙でした。
まず、ジャンルがあやふやです。話の作りとしてはサイコ・サスペンスなのでしょうが、ジム・キャリーが気合を入れて演技をすればするほど、コメディー色が強くなります。
そのおかげで、怖がれないし、笑えないしとどっち付かずになっています。
それと、主役のマシュー・ブロデリックが、弱腰でいい人過ぎるので、話の歯切れが妙に悪いです。特に終盤。
これは俳優の責任というよりは、監督の演出の問題だなと思いました。
同じ筋書きで、同じ俳優でも、撮り方によっては、もっとホラー色を強めたり、コメディー色を強めたりできるはずですから。
というわけで、この映画の私の評価は低かったです。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。終盤まで書いています)
主人公は、同棲していた恋人に「結婚して欲しい」と言うが、「束縛されたくない」と断られた。
彼は、まだ彼女のことを愛していたが、同棲を解消して引っ越した。
そこで、テレビのケーブルを繋ぐ配線工(ケーブルガイ)を呼んだ。
現れたのは、ギャグのセンスがおかしく、空気の読めない、ちょっとサイコっぽいケーブルガイ。
主人公は、仕方なく彼の話に付き合い、なぜか気に入られてしまう。ケーブルガイは主人公のために、映画専門チャンネルを無料で見られるようにしてくれる。
翌日、そのケーブルガイが家に訪ねてきた。そして、主人公を連れ出して遊びに行く。
その日から、ケーブルガイは主人公を友人としてたびたび訪問するようになった。
しかし、ケーブルガイは、究極的に空気が読めない。そして、主人公の周りの人間関係を壊したり、邪魔したりする。
最初は我慢していた主人公だが、その被害が元恋人に及ぶようになり始めて、ぶち切れる。
だが、絶縁を告げられたケーブルガイは、その復讐を開始する。
主人公は、ケーブルガイの策略で警察に捕まる。友人の尽力でどうにか出所できた主人公は、ケーブルガイとの全面対決を決意する。
映画を見ていて思ったのは、「いるいる、こういった空気を読めない人」ということです。
何と言うか、距離感が分からないというか、周囲の人々が迷惑がっているのに気づかないというか、勝手に他人の私生活に入ってこようとするというか、そういった感じの人です。
本人には悪気がないので、あまり面と向かって非難するのも難しく、結構付き合うのが難しかったりします。
たぶん本人は、そういった「周囲の人の感情に対する感受性」がない(もしくは低い)のだと思います。
なので、苦情を言われても、なぜそういったことを言われるのか理解できないのでしょう。また、そのために、改善のしようもないのでしょう。
こういった、「本人の感受性」に依存する問題は解決が難しいです。
私は割りと物事をはっきりと言う人間なので、何度か続くと本人に直接注意しますが、経験則で言うと、本人の努力で直すのは難しいようです。
たとえば、そういったことは、「『R,G,B=255,255,255』ではなく、『R,G,B=255,255,254』で色を塗って」と言うようなものです。
違いが分からないと塗り分けられないのと同じで、他人が喜んでいるか困っているか判別できない人には、他人が困らないようにすることはできません。
また、そういった振る舞いをするかどうかは、知識や知恵の領域ではなく、どちらかというと身体能力の部類に入るようです。
観察する限り、「貧乏ゆすり」などに近い行為のようですので。
頭では分かっていても、肉体レベルでコントロールできないみたいです。
そういった人は結構な頻度でいるので、世間には多いのだと思います。
女性で、不平不満を延々と言い続けるような人も、同じ系統の人です。あれは脳のフォーマットの問題のようなので。
でもまあこういうったことは、「本人には分からない」問題なので、大なり小なり、全員が他人に対して同じような印象を与えている可能性は高いです。
ようは、相手の感受性の高さと方向性の問題なので。つまり、相性ですね。
ぶっちゃけ、全員が感受性が低いと、何の問題も起こらないです。
私自身も、他人にそういった不満を与えている可能性があります。程度が甚だしくなければ、互いに無視して生活を送るわけですが。
というわけで、映画は面白くなかったですが、結構身近に起こりうることだなと思い、色々と考えさせられました。
2007/12/19 (水)
今回もクリスマス・シーズンっぽいステージです。「雪だるま」をテーマに作ってみました。
ちょっとだけ、敵方有利に作っています。なんだか皆さん、やたら強いので。
というわけで、私は負けてしまいました(汗
というわけで、「アイドル」を目指す「カリスマ」シリーズの第2話です。
昨今のアイドルと言えば「ブログ」です。
というわけで、機械猫もブログを作ります。
映画「エルマー・ガントリー 魅せられた男」のDVDを十一月上旬に見ました。
1960年の映画で、監督、脚色はリチャード・ブルックス。
素材と話は非常によいです。しかし、1960年という古い時代の映画のせいもあるのか、描き方が非常に古臭かったです。
たぶん、これは監督の腕のせいなのだと思います。同じ時代の映画でも、今見ても古さを感じさせないものもありますので。
というわけで、「もっと面白く演出できそうなのになあ」と思いながら、映画を見ました。
できれば、もっといい条件でリメイクして欲しいです。
ミステリーでも何でもないので、先に粗筋を書きます。そして感想を書きます。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。中盤のラストぐらいまで書いています)
主人公は、エルマー・ガントリーという男性。彼は宣教師の学校に行っていたことがあるが、そこを中退して、様々な町を巡るセールスマンをしていた。
彼は見た目がよく、会話が上手く、女性を口説くのが得意だった。彼はセールスマンではあったが、詐欺師に近いような男だった。
そんな彼が、ある町で見た女性に一目惚れする。
その女性は、伝道団の主催者の女性だった。その伝道団は、キリスト教の復興を目指して活動していた。
彼女は聖処女と呼ばれ、各地を巡業しては、サーカスのようなテントを建てて、説教活動を行っていた。
主人公は、言葉巧みにその女性に近づく。そして、その伝道団の一員になる。
宣教師の学校に通っていた彼は、そういった仕事が得意だった。彼は、宣教師の知識と、セールスマンのトークを駆使して説教をして力量を現す。
人々に天国と希望を説く聖処女と、人々に地獄と悪魔を説く主人公。
二人の対照的な説教は、人々を魅了して、伝道団は次第に力を増していく。
そして、伝道団が大きくなっていくにつれ、社会との軋轢を生み出し始める。
主人公は「悪魔を倒す」という名目の元、人々を煽動し、売春婦の宿を襲撃する。
しかし、そこには、かつて主人公が捨てた女がいた。女は主人公を罠にはめる。そして、マスコミは一斉に主人公たちを叩き始めた……。
話的には、「宗教を広める人たちの内幕を暴く」というものです。
なので、宗教を信じている人たちの多い地域ではショッキングな内容のものです。
たぶん、アメリカ公開時にはそういった見られ方をしていたと思います。
しかし、この映画には、もう一段深みがあります。
それは、このエルマー・ガントリーという男自身です。
悪意も善意も全くない人間なのに、その瞬間々々の彼の置かれている立場と行動によって、彼が悪魔にも神の使徒にも見えるようになっています。
神や宗教を信じる人間を嘲笑うように、彼には全く宗教心がありません。
しかし、そこに人々は神を見たり悪魔を見たりする。
その人々の信心を、主人公は「自分の恋愛を成就させる」ことだけに使おうとします。(金ではなく恋愛なのが、人々の反発心を招かない上手い設定だと思います)
この、「人間と人間の間の意識の断絶」が、色々と考えさせられます。
「あなたたちが信じている神は、あなたたちが信じている“だけ”の存在だ」
映画からは、そういった雰囲気が伝わってきます。
そういったことを強く感じさせるシーンがあります。
伝道団には、長期取材をするために、ピューリッツァー賞受賞の新聞記者が同行しています。
その彼は、どちらかというと無神論者です。
その新聞記者と、主人公が言い争いをして、主人公がやり込めるシーンがあります。
主人公は、以下のようなことを言います。
神の奇跡や、聖者の奇跡は本当に起こったものではない。宗教とはそういったものだ。嘘を付いていると宗教家を新聞で叩くことには意味がない。
つまり、遠回しに「宗教家は嘘を付くのが職業だ」と、伝道をしている本人が言うのです。
そして「だから、そういった批判記事を書くのは無意味なんだ」と理解させます。
「宗教の本質は、人を気持ちよく騙すことにある」と、主人公は暗に言います。
映画自体は、そういった解釈ではない、他の解釈もできるようにできています。
ただ、私には、そういった解釈に伝わり(選び)ました。
表面だけでも魅力的な素材ですが、内部もぎっしり詰まっている「よい素材」だなと思いました。
ジャクソン監督とニュー・ライン・シネマは、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの収益に関して法廷で争っていたとのこと。 なるほど、そういうことですか。
同社の最新機体では、翼などを制御するのに銅線ではなく光ファイバーを使っているそうです。 上空では、人工衛星を介して地上の携帯電話基地局と通信予定。 同社は国などに規制緩和を働きかけるということなので、まだどうなるか分かりません。
2007/12/18 (火)
今回は問い合わせをネットラジオで生放送する人も現れましたとのこと。 電話対応も、ひやひやものです。
mixiはそれよりも、絵文字を読み込まない機能を付けて欲しいです。 絵文字のせいで、1ページの読み込みに数10秒かかるので。
ベクターの新着ソフトレビューで紹介されました。
「ソフト作者からひとこと」ということで、私も少し書いています。
巡回していたら、面白かったのでメモ。 怒涛のスターウォーズ用語4コマになっています。
どうでもいい凄い勝手な印象なのですが、荒川静香は理知的なサドというイメージです。 なんか、ロジック責めしてきそうです。
2007/12/17 (月)
「全自動4コマ」に、「今日の運勢」「姓名判断」「ニックネーム生成」などの機能を追加しました。
やたら自分の名前で入力する人が多かったので、名前入力に対応したコンテンツを作ろうとした結果です。
こういうのは、コンテンツの定番ですし。
というわけで、こちらは特にインターネットを参照しない種類のコンテンツです。
その代わり、データを作るのが大変でした。昨日の夕方ぐらいから朝まで掛かってデータを作っていました。
なかなかヘビーでした。
さて、今回追加されたコンテンツは2つです。
以下、紹介していきます。
□占いおやじ
http://crocro.com/auto4koma/index.cgi?vw=&ref_dir=uranai_oyaji
サラリーマンの浦内課長が、「今日の運勢」や「姓名判断」を行ってくれます。

占いおやじ
本名:浦内。役職は課長。占い好きだが、会社では隠している。

部下子ちゃん
本名:多呂戸。浦内課長の秘密を知っている。
色々と、二人の掛け合いで占いをやってくれます。
ポイントは、perl用の画数判定モジュールを作ったことでしょうか。
日本語ではない変な名前も画数判定してくれます。
□名付け親ゴッドファーザー
http://crocro.com/auto4koma/index.cgi?vw=&ref_dir=godfather
「ゴッドファーザー」と、その娘の「娘っとファーザー」(こっとふぁーざー)が、ニックネームを付けてくれます。

ゴッドファーザー(ごっとふぁーざー)
名付け親、マフィアのボス。子煩悩。

娘っとファーザー(こっとふぁーざー)
ゴッドファーザーの娘。通称「こっとちゃん」。幼女。
珍しく、濃い絵を描きました。
二人の落差が激しいです。
そんな感じで、「全自動4コマ」の新しい使い方が広がりました。
2007/12/16 (日)
実現時の評価と、非実現時の評価の表から、開発が必要か否かを判断する手法。
映画「草原の輝き」のDVDを十月下旬に見ました。
1961年の映画で、監督はエリア・カザン。脚本はウィリアム・インジ。
エリア・カザンの映画は、「紳士協定」(1947)「欲望という名の電車」(1951)「波止場」(1954)に続いて四本目。
うーん。「紳士協定」と「欲望という名の電車」はよかったのですが、「波止場」は「なるほど」と思ったけど、特に面白いわけではなく、「草原の輝き」は「微妙」と思いました。
まあ、「草原の輝き」が恋愛映画だからというのもあるのですが。
エリア・カザンの映画は、後期になると私の趣味に合わなくなるのかなと思いました。この四作では、「紳士協定」が群を抜いてよかったですので。
というわけで、今回の「草原の輝き」の「何」が「私にとって駄目だったのか」を考えました。
たぶん、主人公二人(恋人関係の二人)が、与えられた枠の中でしか動かない人物だからだと思います。
主人公たちは、「父親」や「母親」といった「倫理や価値観の枠を与える人物」の掌の上から出ようとしません。
そして、その中で、ネズミのようにぐるぐる回るだけで映画は進行していきます。
つまり、抑圧から抜け出すという解放感がないまま、ストレスだけがたまっていきます。
映画の時代設定的に「そういった生き方をする時代」だったのだろうと想像は付きます。
しかし、カタルシスがない(もしくはカタルシスの予感がない)と、観客としては辛いです。
たぶん、「アメリカの古い時代の人々の生き方の中での恋愛と成長」を描いているのだと思います。
しかし、それがいくらよくできていても、物語的爽快感がないと、見ている間辛いです。
そのせいで、この映画は一気に見ずに、三日にわたってぶつ切りで見ました。つまり、それだけ引き込まれなかったということです。
映画の進行的にも、なんだかテンポがゆっくりで、テレビドラマ程度の密度しか感じられませんでした。
たぶん、それは「時代の空気」なのだと思いますが、それでも、ちょっとどうかなと思いました。
私は、映画を見る時には、時間圧縮された爆弾をぶつけられるような爽快感や衝撃が欲しいです。
物語作品では、リアルな人生の速度では味わえない「密度」を体験したいからです。この映画からは、そういったものは感じられませんでした。
たぶん、私には、この映画のフックが引っ掛かる場所がなかったのだと思います。
そのフックとは「思春期の恋愛」と「生まれた家庭環境による抑圧」です。
私にはどちらも関係ない要素ですので。
とはいえ、同じ要素を描いた映画でも、心に引っ掛かるものもあります。
その違いは、たぶん「変化の方向性」だと思います。
この手の作品で、私の心に引っ掛かるタイプの映画は、「主人公の成長」を描いています。
「独立」であったり、「決別」であったり、過去を踏まえた上での前向きな変化です。
しかし、この映画では、そういったタイプの「主人公の成長」は描かれていません。
この映画で描かれているのは、「思春期は過ぎ、振り返ってみれば、そういった時代もあったなあ」という静的な変化です。
つまり、主人公たちは動的な変化をしません。
しかし、「年を取る」という、経年変化によって、自分の思春期に対する見え方が微妙に変化します。
角度で言うと、二度から三度。
この微妙な角度に感受性が反応するタイプの人にとっては、たぶん意味のある映画なのでしょう。
でも私は、もっと急角度の変化が好みです。
なので、私にはこの映画は全く面白くなかったです。
長々と書きましたが、この映画は、アカデミー賞の脚本賞を取っています。
私のストライクゾーンから遠い作品でしたが、こういった作品がストライクゾーンの人も結構いるのだと思います。
でも、私にとっては駄作です。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。最後まで書いています)
主人公の一人である女性は、雑貨屋の両親を持つ高校生。主人公の一人である男性は、石油会社の社長を父に持つ高校生。
彼らは恋人だったが、キスまでしかしていなかった。
男性はいつも悶々としていて、早くセックスをしたいと思っていた。しかし、女性は、母親に「結婚までは体を許すな」と言われており、セックスを拒み続けていた。
男性は「結婚すればセックスができる」と思い、そうしたいと思っていた。だが、父親はその結婚に反対だった。
父親は男性を大学に行かせようとしていた。しかし、男性は農業をしたいと思っていた。
男性は、卒業後の結婚を条件に、大学に行くことを父親と約束する。
しかし、大学を卒業するまでセックスができないと思うとさらに悶々として、手軽な女の子に手を出してセックスしてしまう。
二人の中は壊れ、女性はそのことで精神を病んで、精神病院送りになる。
男性は大学に行くが、やりたくない勉強なので、全く勉強せず、酒浸りの生活を続ける。そして、飲み屋の娘とできる。
男性の父親は、二人の仲を裂こうとするが、恐慌の煽りで破産して自殺する。
女性は精神病院で、一人の患者と仲よくなる。そして、退院後に婚約する。
女性は男性に会いに行く。男性は飲み屋の女と結婚して、農場の下働きになっていた。
基本的に、主人公二人の親にイライラさせられる映画でした。
そして、最後まで、そのイライラは物語的に解消されないまま、映画は終わります。
たぶん、そこが一番不満だった点だと思います。
作中、男性は父親と対立し、女性は母親と対立します。
この親たちですが、どこにイライラさせられるかというと、「自分の望みを子供に押し付ける」ことと「自分の体面しか考えていない」ことです。
子供を一切自立した人間として扱いません。
そして、主人公たちは、その立場に甘んじ続けます。
うーん。
基本的に全編そういった感じの映画なのですが、終盤に一点だけ、わずかに爽快感を与えるシーンがありました。
娘をコントロールし続けようとする女性の母親に対して、父親がわずかに助けの手を差し出すことです。
いつも寡黙で妻に逆らわなかった父親が、妻の考えと真逆のことをして娘に手を貸します。
そこだけは「いいな」と思いました。
2007/12/15 (土)
映画「エルム街の悪夢」のDVDを十月下旬に見ました。
1984年の映画で、監督・脚本はウェス・クレイヴン。
この人は、後に「スクリーム」を撮っていますね。こちらは未見なのですが、「エルム街の悪夢」がよかったので、この映画も見てみようと思います。
さて、「『エルム街の悪夢』を今見ているのはどうなのか?」という、今更感はかなりあるのですが、こういった映画は、話題だけで見た気になり、実際は見ていなかったりするものです。
「『フレディVSジェイソン』を見ているくせに、こっちがまだというのはいかがな物か?」という話もあるのですが、「フレディVSジェイソン」が思ったよりも出来がよかったので、元の作品を見てみようと思いました。
「エルム街の悪夢」は、思った以上によくできていてびっくりしました。
DVDの解説を読んだのですが、この頃のホラーブームの中では割と後発だったようですね。
ちなみに、「13日の金曜日」は1980年で、四年前になります。
さて、予備知識ほとんどなしで見たのですが、他の映画とは違う、ちょっと変わった展開が興味深かったです。
映画には、二人の女性が出てきます。
ティナ(アマンダ・ワイス)とナンシー(へザー・ランゲンカンプ)です。
映画の序盤は、ティナが主役のように見えます。そして最初の展開は、このティナが追い詰められて、フレディに殺される話です。
しかし、これはプロローグに過ぎず、彼女が殺されたところから本編とでも言うべき話が始まります。
この、本編(フレディとの戦いと謎解き)の主人公が、ナンシーになります。
このナンシーなのですが、映画の冒頭では存在感が極めて薄いです。
ティナ役のアマンダ・ワイスは、かなり美少女で、可愛い女の子です。そして、ナンシー役のへザー・ランゲンカンプは、彼女に比べると二レベルほど外見的質が落ちます。
なので、序盤で主人公が交代した直後は、「えー、彼女が主人公なの?」と思います。
しかし、映画が進んでいくに従い、どんどんナンシーが魅力的になっていきます。
見慣れてくるせいか、彼女の演技のせいか、女優が映画の撮影に慣れてくるせいなのか分かりませんが、だんだん主人公としての存在感を増していき、最後には「よい女」に見えてきます。
これはなかなか面白い現象でした。
この映画には二つの魅力があります。
一つは、「眠ると襲われる」という、「誰しも抗えないこと」に恐怖を持ってきている部分です。
これは「私にも起こるかも」という、誰もが共感できる恐怖の発動条件で、脚本や映画の枠組み的な面白さになります。
それとともにもう一つ、前述の「主人公のナンシーが、危険にさらされる内に徐々に魅力的になっていく」という、俳優面の面白さがあります。
この二つが、いい具合にシンクロしているので、没入感が増し、映画の価値を押し上げているなと思いました。
そういった二つの要素が上手く絡み合い、「フレディが出てきて怖がらせる映画」ではなく、「フレディが出てくるまでがドキドキする映画」になっていました。
さて、ホラー映画といえば、魅力的な脇役です。
別名、やられ役。死亡フラグが立った人たち。
しかし、本作は、思ったほど人は死にません。
その代わりと言っては何ですが、「主人公は理解されない」という部分に焦点が当てられているように思いました。
主人公はフレディの存在を知り、その対策を必死にしているのに、周りの人たちは信じてくれなくて、片手間でしか助けてくれない。
そのせいで、周囲の人間がみなへたれに見えます。
その中でも、一番のへたれ役は、グレン(ジョニー・デップ)です(たぶん、ジョニー・デップのスクリーン・デビュー作)。
ナンシーの彼氏で、隣人なのですが、こいつが本当にへたれです。
「寝ないで、私を見ていてね」とナンシーが頼むと、豪快に寝ているし、「○○時に電話をちょうだいね」とナンシーが言うと、その時間には寝こけているし。
ともかく、役に立たないことこの上ないです。
何と言うか、ナンシーが立てた計画を、一人で台無しにしています。危機の三〜四割はこいつのせいです。
こいつが恋人でなければ、もう少し楽に、ナンシーはフレディと戦っています。
隣人というだけで恋人を選ぶと、危機の時に大変だなと思いました。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。終盤の最初まで書いています。まあ、有名な映画なので、よいでしょう)
高校生の何人かが、悪夢を見る。その夢は、「焼けただれた顔をして、ナイフの爪を手に持った、縞模様の服を着た男」に襲われるというものだった。
高校生たちは、その相手がフレディだと知っている。なぜならば、その町では、縄跳びの時の歌に、その男の名前が出てくるからだ。
そんな高校生の一人であるティナは、悪夢が現実になるという恐怖を感じ、恋人と、友人のカップルを家に呼んで、母親が留守の日を過ごす。
しかし、その対策は効かず、彼女は殺され、恋人は殺人犯として警察に捕まってしまう。
ティナの友人で、その日、家に一緒にいたナンシーは、ティナの恋人の無実を訴える。しかし、ティナの恋人は普段から素行が悪く、警察たちは耳を貸さなかった。
ナンシーもフレディの夢は見ていたが、それが現実になるという予感は持っていなかった。しかし、その事件の後から、ナンシーも夢が現実になるのではという恐れを感じ始める。
そして、夢に現れるフレディの攻撃で、ティナの恋人は殺される。
次は自分だ。そう怯えるティナは、恋人のグレンに協力してもらい、フレディを倒そうとする。
だが、グレンは役に立たず、彼女は追い詰められる。彼女は、フレディの帽子を現実世界に持ち帰っただけで、決着を付けることはできなかった。
彼女は、親の勧めで精神病院に通い始める。
ナンシーは親にフレディの夢の話をする。両親はその話を激しく否定する。しかし、母親がぽつぽつと語り始める。
彼女ら親の世代は、フレディを知っていた。変質者で殺人狂だった彼を、町の大人たちは、かつて追い詰め、焼き殺していた。
その、先代の惨劇は、縄跳びの歌として、町の住人たちの間に残っていた。
ナンシーは、フレディの正体を知る。彼女は、フレディを夢から引きずり出し、現実世界で決着を着けようと計画を立てる……。
粗筋を書いていて思いましたが、脚本もしっかりしていてよくできていると思います。伏線が無理なく話に絡んでいますし。
世間的な印象としては「フレディ」の映画ですが、私は主人公の「ナンシー」の方に魅力を感じました。
どちらにしろ、よくできた映画だと思いました。
2007/12/13 (木)
「ユーザーが、あたかも他者から受け入れられているように感じられるための集積体」とのこと。 作り手にとっても肯定感を得られる場所というのが大きいようです。
「感動できるかどうかの境目は、人生経験があるかないか。ずばり年齢でしょう」とのこと。 私は見ることはないと思いますが、なぜヒットしたかは気になります。
何か面白いことをするために、大きくて強いサーバーが欲しいものです。 しかし、安くはないので悩み物です。
ちょっと前まで、IllustratorやPhotoshopの起動が重く、時にはエラーまで出て、ちょっと大変でした。
その問題は、表題リンクのページを見て対策を取ることで改善しました。
行った対策は、「5. 初期設定のプリンタとして PostScript プリンタを設定します」になります。
以下、引用。
通常使うプリンタとして設定しているプリンタドライバが Illustrator とコンフリクトを起こしているかどうか確認するために、PostScript プリンタドライバを使用するプリンタをインストールします
これを見て、通常使うプリンタをPostScriptプリンタにしたら、問題が発生しなくなりました。
まあ、印刷することはほとんどないので、これで大丈夫でしょう。
しかしまあ、毎回上手く起動しなかったりして困っていたのですが、改善されてよかったです。
忘れないように、メモしておきます。
[全自動4コマ] 改良
↓Permalink(感想&トラバ投稿)
2007/12/12(木) 04:13:16
今日一日でだいぶ改良しました。
とりあえず、予定していた部分までコーディングが終了しました。見た目はほとんど変わっていませんが、中身はだいぶ変わりました。
この後で、新仕様に合わせた新しいデータを作れば、様々な新しい形式の「全自動4コマ」が稼動し始めます。
こちらの方の仕様は、データを作成した段階で紹介します。
さて、では今回の大きな改良点を以下に示します。
・一部のデータにキャッシュ処理を追加した。
・検索データの分岐によって、無駄なネットへのアクセスをしないように改良した。
2つとも、高速化のための処理です。これで、だいぶ速度が向上しているはずです。
キャッシュに関しては、どれぐらいのサイズを持てば有効なのか、どういったアクセスに対してキャッシュを持たせるようにすれば有効なのかがまだ分からないので、実験しながら最適な処理を模索していこうと思います。
あと、検索対象も若干増やしました。
これは、処理速度が遅くならないように、検索語が上手く見つからない場合のみの処理にしています。
これで、知っているように振る舞う単語の数が増えたはずです。
キャッシュ処理の関係で、何か予期せぬエラーが出るかもしれません。
もし何かロックバグが発生したら、このエントリーのコメント欄にでも書いておいていただければと思います。
2007/12/12 (水)
「『全自動4コマ』にリンクが飛んできていたWebページを片っ端からチェックしている」と、数日前の感想で書きましたが、その中で、この日記が一番的確に感想を書いているなと思いましたので、メモのためにリンクしておきます。
以下、引用。
現在の萌え四コマがぼのぼの化していて、ディスコミュニケーションが面白いってのは過去の日記に書いたけど、機械が自動的に生成する四コマは、それを上手く利用している。
話がつながっていないのではなく、不思議ちゃん系ディスコミュニケーションという作品として見せる事に成功している。
まさに、そういう風に作っています。
単に検索結果を出力しているわけではなく、こういう風に見えるように、色々と工夫しましたので。
こういった分析的な感想を書いている人はいなかったので目立ちました。
季節物ということで、「クリスマス・ツリー」ステージです。
難易度はそれほどでもないです。
なのに、負けた……。
ちょっとへこんでいます……orz
今回から新シリーズです。
というわけで、また博士がいらんことを考えて始めようとしています。
また、別件ですが、CodeZine用のプログラムの記事を何本か書きましたので、そのうち掲載されると思います。
こちらもお楽しみに。
映画「トランスポーター2」のDVDを十月下旬に見ました。
2005年の映画で、脚本リュック・ベッソン、監督ルイ・レテリエの作品です。
微妙に、リュック・ベッソン流しです。
時間も八十八分と短く、「アルティメット」と同じで、安心して見られる九十分級良質アクション映画でした。
この監督は、「ダニー・ザ・ドッグ」も撮っていますね。この二つと「トランスポーター」と、三作全部見ましたが、安心して見られる監督のようです。
この映画は、「トランスポーター」の続編ですが、前作から恋愛要素を抜いて、子供要素を足し、アクションを強化して、色味を赤茶系から青系に変更した印象でした。
結論から言うと、1よりも楽しめたと思います。
恋愛要素は、まず恋愛に陥る過程を描き、そこから恋愛の破局の危機を描き、さらにそこからの回復を描かなければなりません。
対して子供要素は、そこに子供がいるから守らなければならない、という風に、過程を大幅に短縮できます。
なので、結果的にアクション映画として、アクションに割ける時間が長くなります。
そのために、冗長さが減り、アクション密度が上がっていました。
次にアクション要素。
これはもう、「予算の増大」というのが一番大きい気がします。
一言で言うと「派手」。そして、使っている場所が「人間が暮らしている場所に近い」。さらに、壊れる物が「大きくて高価」。
実際に予算が増えているかどうか分かりませんが、そう感じさせるアクションになっていました。
やはり、アクションが上手い人には、金を多く与えた方が面白くなります。
そして、色味の違い。
これは、記憶の中の印象なので、実際にどうか分かりません。
本作では、海辺のリゾート地らしい「青色」の印象が強かったです。
対して前作では、郊外の高速道路を表す「赤茶色」の印象が強かったです。
シリーズ物で色味が変わるのは結構好きなので(前作と変えようと頑張っている気がするので)、割と好印象でした。
以下、粗筋です。(ネタバレ特になし。まだ最近の映画なので、序盤の設定だけ書いておきます)
主人公は凄腕の運び屋。彼は、自身の美学を持っており、その美学に沿って仕事をしている。
そんな彼は、現在子供の送り迎えをしている。アメリカに居を移し、少し空いた時間を利用して、この仕事を短期で受けていた。
その子供が誘拐される。主人公は銃を突きつけられ、車ごと別の場所に移動させられる。
そのせいで、主人公は誘拐犯の一味と警察にみなされる。
主人公は、子供を救い出すために、そして、自分の無実を晴らすために、事件の背景を探り、そして、誘拐犯たちの追跡を始める……。
どうでもいいですが、脇役のフランスの警部の緩いギャグが、リュック・ベッソンらしいなと思いました。
この人は、放っておくと、こういった緩いギャグを入れたがる傾向があると思います。「TAXI」シリーズとか。
上手くはまる時もあるのですが、映画を冗長にする時も少なくありません。
好きなのでしょうが、難しいなと思いました。
この映画では、それほど流れを阻害していないのでよいのですが。
あと、車の車種についてはさっぱり分かりませんでした。車マニアではないので。
たぶん、人によってはそこも見所だと思うのですが、私には単なる「車」以上には見分けが付きませんでした。
カーアクションが見所の一つの映画なので、これは勿体無いなと思いました。自分の知識不足で、楽しみを減らしているので。
もう一つ、どうでもいいですが、殺し屋の姉ちゃんを演じていたケイト・ノタが、ワイルドでセクシーでした。
細いのに、腹筋割れ割れです。
あと、役柄のせいでしょうが、野獣のようなセックスをしそうな雰囲気です。端的に言うと、エロい。
個人的には、マンガの「マッドブル34」に出てくる悪女のような印象を持ちました。
あのマンガは、何気に好きなので。
以下、ネタバレあり。
唯一瑕があるとすれば、悪役の作戦の目的がきちんと語られないことでしょうか。
主人公に「なぜ、こんなことをするんだ?」と聞かれて、最後のボス自身が「俺は依頼された仕事を忠実にやるだけだ」などと答えるのは如何なものかと。
なんというか、小物感が漂います。
急に話が萎んで小さくなるので、そういった台詞は頂けないなあと思いました。
新仕様に合わせて、新しいperlモジュールを作成していました。先ほど、そのモジュールが完成しました。
どんなモジュールか書くと、一発でネタバレするので、内容はまだ書きません。
これで、後は実装して、新しい絵を描けば新しい形式のマンガが追加されます。
ある意味、とても実用的です。久しぶりに、その手の勉強を復習しましたので。
しかしまあ、モジュール自体はそれほど大きな作業ではなかったのですが、それようのデータを作るのがちょっと骨が折れました。
あと、もう少しデータを作らないといけないです。
というわけで、明日ぐらいにはCGIに実装して実験を行ってみたいと思います。
というか、もう朝だ。寝ないと……。
2007/12/11 (火)
「全自動4コマ」の、デスクトップ用クライアントソフトです。
画面の端の方に置いて使用するものです。「▲」ボタンで、小さく折りたたむこともできます。
Web版とは違い、画像がコンパクトなのと、すっきりしているのが特徴です。
メニューの[ファイル]の[4コマリストのDL]を選択することで、最新のマンガ・リストをDLすることができます。
というわけで、β開始のタイミングに合わせて、Vectorに送っていた「デスクトップ 全自動4コマ」がグッドタイミングで公開になりました。
少しずつ、機能を増やしていこうと思います。
「めもりーくりーなー」が3.07台で安定化しているようですので、軽量化版の3.071を作成しました。
通常版と同様に、大容量メモリーへの対応が行われています。
とりあえず、β実験開始ということで、ボトルネックになっていそうな部分をいくつか改良して、若干高速化を図りました。
体感的には速くなっているか微妙ですが、マシン負荷は減っています。
ネットを使っている関係上、大量のキャッシュを持ったりしない限り、ある程度以上は速くならないので仕方がないです。
もっと強力なサーバーならば、様々な手で高速化するのですが、コストとの兼ね合いもあるので、上手く回していかないといけないです。
本当はβ開始までにいくつか新しい仕様を組み込もうとしていたのですが、なんだかどたばたして遅れていました。
今晩あたりからコーディングを行っていこうと思います。企画はいくつかありますので。
プログラムは割りと短時間で追加できるのですが、絵はそうはいかないので大変です。
時間を作って企画用の素材を増やさないといけないです。
2007/12/10 (月)
乳歯や親知らずの中にある「歯髄幹細胞」が再生医療に活用できる可能性が数年前に分かり、世界で研究が加速したとのこと。
個人的には、数が多くなって、値段が安くなって、治療回数が増えることで技術が向上してくれれば嬉しいです。
ジャンプスクエアは読みましたが、あれは閉じる方向での再生産だよなと感じました。 マンガ読みとしては、もっとマンガ業界が盛り上がって欲しいものです。
単なる給料減らしで導入されたせいで、社員のモチベーションが下がりまくっているとのこと。 また、短期目標ばかりを見て、社員育成ができなくなっているようです。
次世代OSのWindows7(コードネーム)が2010年のリリースを予定しているということなので、なりかねないなあと思います。
2007/12/09 (日)
「全自動4コマ」ですが、公開から2日ぐらい経ちました。
その間、アクセス解析をウォッチしたり、感想を書いてあるブログやmixiを閲覧して回っていました。
というわけで、そのまとめと、いくつか気づいたことを書いておきます。
こういうのは、メモしておかないと忘れますので。
■各所での取り上げ
ニュース・リリースをネット系のメディアにメールで送信したので、いくつかのニュースで取り上げて頂きました。
CNETとか、ITmediaとか、インプレスとか、翔泳社とか、マイコミとか、いろいろな場所に掲載されています。
リリースを送る前には、取り上げられるかどうか、結構?だったのですが、割と編集部受けがよかったようです。
意外だったというか、全く気づいていなかったのは、Yahoo!ニュースや、livedoorニュースなどです。
自前で編集部を持っていないメディアは、他の企業から記事を買って配信しています。
そこからのアクセスが大量に来るのは余り深く考えていませんでした。
反応が一番早かったのはCNETです。
メールを送って20分後には編集部から電話があり、「βリリースは11日になっているが、もう書いてもいいか?」と聞かれました。
早かったです。
あと、Webアプリは扱わないと思っていた窓の杜が取り上げてくれたのは、ちょっとびっくりでした。
駄目だと思ってリリースを送っていなかったので反省しました。付き合いが長いところなのに(汗
その後、大手ブログサイトなどで取り上げられたことでユーザーがどっと押し寄せてきました。
その嚆矢となったのは、小飼 弾氏の「404 Blog Not Found」です。
□404 Blog Not Found - 掲載ページ
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50963804.html
ここでの掲載の後、ユーザーを数百人単位で導けるいくつかのサイトで取り上げられ、どんどんリンクが増えていきました。
「画像貼り付け自由」というのが、結構効いたのかもしれません。
色々作って、ブログに貼ってくれている人が多かったです。
著作権云々よりも、バイラル・マーケティング的な紹介の方が楽しいだろうと思っていましたので、そうしました。
インターネットとコンピューターの世界では、「複製されてなんぼ」ですので。
■ページ・ビュー
公開から2日間、ページ・ビューは、早朝を除いて、だいたい1時間あたり3000〜5000ぐらいでした。平均的には4000強といった感じです。
だいたい、1分あたり66回強ぐらいの計算です。つまり、1秒間に1回以上、4コママンガを生成している計算です。
アクセスが、平均的にばらけているわけではないですので、1秒あたり、10枚とか生成していてもおかしくないです。
負荷的には結構な物になるはず。
今のところ落ちることもなく生成し続けているので、ある程度の堅牢性は保てているようです。
よかったです。結構心配だったので。
サーバーのハードの方がちょっと心配ですが。激安のところを使っていないので、そこらへんは頑張って欲しいものです。
■反応
概ね好評で、ほっとしています。
否定的な感想を書いている人は、この手の緩い4コマがそもそも嫌いそうな感じの人のようなので、まあ、そうだろうなと思います。
全員を満たすような作りにはしていませんので。
そもそも、単語を入力しても、必ず上手い文章になるとは限りませんから。
なので、そこら辺を誤魔化すために、絵やテンプレートの作り込みをしています。
そのため、あまりストーリー性のある切れ味のよい4コマにはなりません。(ぼかす方向で作っているので)
こういった物作りはゲームのアルゴリズムと同じで、限られたリソースで、それっぽく見せることが大切です。
低スペックのマシンで作るゲームでは、現実を正しくシミュレートしていたら切りがないので、いかに現実っぽく見える動きをさせるかが重要です。
そこらへんは、ゲームとノウハウは同じです。
今回、この部分の作り込みに時間を掛けています。
プログラムの方ばかりに目が行きがちですが、本当は企画主導型のコンテンツです。
まあ、それを実現するために、当然プログラムの時間も掛けているのですが。
■評価
思った以上に、取り上げてくれている人たちの評価が高くて喜んでいます。
やはり、物作りをする人間として「凄い」と言われるのが一番嬉しいですので。
でもまあ、今回の「全自動4コマ」は、技術的な「凄い」ではなく、手品的な「凄い」ではあります。
ネタの仕込みと、その作り込みが命ですので。
何度も何度も裏で練習して、それっぽく見えるように作り込んでいます。
ここらへんは、数年間、4コママンガを細々と描いてきた経験の流用です。
人生、どこでどんな経験が役立つか、分かりません。
■名前
「脳内メーカー」の影響だと思うのですが、自分の名前を入力する人が結構いました。
ぶっちゃけ、名前で意味のある文章を拾ってくるのは難しいです。名前自体に意味はないので。
でもまあ、自分の名前で4コマを作りたいという要望が多いことは確かなようなので、そこら辺は今後のバージョンアップで反映していく予定です。
そのための企画を昨日練って、必要なデータを作りました。
準備は進めていますので、その内、実装されるはずです。
■検索語
結構みんな同じ単語で検索しています。
その中で、記憶に残ったものをいくつか。
初日は、ダントツで「変態仮面」が多かったです。そのインパクトが強くて、それしか覚えていません。
たぶん、どこかでリンクを貼られたのでしょう。
あと、昨日のログから拾った上位のキーワードは以下の感じです(さすがに多すぎて全部ログを取っていないです)。
トップは「虎眼先生」です。後は、「初音ミク」「ニコニコ動画」は常時多いです。あとはやっぱり「ガンダム」が多いです。
あと、みんなが予想する通り「うんち」とか「おっぱい」も強いです。
日本中の人が、パソコンの前に座って、一斉に「うんち」とか「おっぱい」とか入力する姿を想像してしまいました。
そのうち、ログ記録機能も検討しないといけません(サーバー容量がきつそうですが)。
■twitter
twitterから来ている人がかなりいました。やっている人、多いんだなと思いました。
■ime.nu
ime.nuから来ている人たちは、2chからだと思います。
後でチェックしておかないといけないです。
なぜ、そういったユーザーの反応を見ているかというと、ユーザーの要望を取り入れるためです。
メールなどで、要望を送る人はほとんどいないので、ネット上の評判を拾って、問題点を探っています。
■仕組み
仕組みに気づいていない人の方が多くてびっくりしました。どういった動作をしているのかは、特に隠していないです。
普段プログラムを書かない人は、こういった動作の仕組みについて、直感的にはぴんとこないのだなと改めて思いました。
まあ、素直に楽しんでもらえると、それでよいのですが。
■製作意図
最後に、製作意図について少し書いておきます。
今回の「全自動4コマ」の発想は、小説やお笑いから来ています。
例えば小説。
「○○の文章を読みたい」という意見は、周囲に非常に多いです。
それは、「何を書くか」ではなく、「誰が書くか」というのを重視した発言です。
つまり、「中身」ではなく、どの「文体」が読みたいかということ。
また、お笑いでは、同じパターンで、中身だけ替えて何度も行うようなネタが多いです。
こういったものから、コンテンツの「中身と枠組は切り離せる」というのが、そもそもの発想です。
つまり、ある程度笑わせられる、もしくはくすりとさせられる「枠組」を作れば、そこに何を流し込んでも、ある程度の物ができてしまう。
そして、インターネット時代なので、その中身はネットから検索してくることができる。
そういったわけで、ネットを見ていると「脳内メーカー」と比較されているようなのですが、発想はそういったところにはありません。
「ネットを違う枠組みで見れば、違う見方ができるはず」というのが原点にあります。
「音声ブラウザ」でWebを見るように、「4コママンガブラウザ」でWebを見る。
そういったインターフェースを作ってしまおうというのが、「全自動4コマ」の本来の設計思想だったりします。
つまり、ソース・コンテンツ(ここではネット上の情報)を、フィルター・コンテンツ(ここでは「全自動4コマ」)を通して、第三のコンテンツを作る。
そういった形のエンターテインメントの提案をしたい。
そう思って「全自動4コマ」を作りました。
まあ、使う側の人にとっては、そんなことはどうでもよく、単純に「面白いか」「面白くないか」だけだと思います。
そんなわけで、個人的にはメディアを使ったアートといった意識で今回「全自動4コマ」を作りました。
また、その延長線上として、参加型アートのように、ユーザーが自由に加工して他人に見せられるような機能を付けました。
去年、一昨年と、何人かのアート系の人たちを見て、刺激を受けたりしていましたので。
どこかで書いておこうと思ったので、ここで書いておきます。
2007/12/06 (木)
季節柄というわけでもないですが、長靴ステージです。
難しさは平均的です。少し簡単ぐらいかも。
このステージなら、パーフェクトも出るかもしれません。
量産化シリーズの最後のお話です。
女王猫V.S.巨大機械猫の戦いの結末は……。
相変わらず緩い戦いが展開されます。
映画「アルティメット」のDVDを十月下旬に見ました。
2004年の映画で、製作、脚本はリュック・ベッソン。監督はピエール・モレル。
スタントやワイヤーを一切使用しないアクションが売りの映画です。
こういった、九十分程度で、スカッと楽しませてくれる映画は、忙しい時には本当に嬉しいです。
無駄な脇道や中だるみもなく、アクション、アクション、アクションの連続で、楽しませてくれました。
アクションでは、ビルの外側を凄い勢いでジャングルジムのように移動する冒頭のアクションがよかったです。
また、他にもジャングルジム内を猿が疾走するようなアクションが随所にありよかったです。
また、アクションもよかったですが、脚本もツボを押さえていてよかったです。
変なひねりもなく、シンプルな脚本の上に、様々なアクションのアイデアをデコレーションのように載せる。
リュック・ベッソンはこういうの得意だなと思いました。
主人公の選定も上手かったです。
二人組みのアクション映画だと、方向性の違う二人の人間を組み合わせるのが基本です。
そして、それぞれの目的が一点に収束することで、異質な二人が最初は反目し、後に協力するのが基本的な流れになります。
この映画では、主人公は以下の二人です。
・スラム街にいた青年。正義感が強く、麻薬の元締めを警察に突き出すが、逆に警察に捕まる。妹がその元締めにさらわれる。
・潜入捜査官。プロ意識が強く、任務を遂行するのが正義に繋がると思っている。麻薬の元締めが手に入れた新式爆弾の爆発を止める任務を受ける。
この二人が組んで、麻薬の元締めのところに行きます。
最初は反目しあっていますが、徐々に相手のことを認めて協力し、最後に一波乱あったあとに、上手いところで落ち着きます。
主人公もよかったですが、何気に脇役も美味しかったです。
映画には「幸福なデブ」と言うような役の人間が時々出るのですが、この映画にもそういったキャラが出ました。
終盤に美味しい役を取るので、「久しぶりにこういうキャラを見たな」と思いました。
以下、粗筋です。(ネタバレ特になし。序盤だけ書いています。後は、流れるように、普通の展開なので)
スラム街にいる青年は、自分の組織を持っていた。彼は正義感溢れる青年で、麻薬などを禁止し、建物への落書きなども嫌っていた。
その彼らのアジトのビルに、巨漢の男がやって来る。彼は見張りを倒し、部下とともにビルに攻め入る。
青年は、麻薬を奪い、それを廃棄しようとしていた。そのせいで、麻薬の元締めの怒りを買っていた。
青年は逃げるが、妹が捕まる。その妹を取り返しに、青年は麻薬の元締めのところに行き、元締めを人質に取り、脱出する。
そして、元締めを警察に突き出す。しかし、警察署長は、逆に青年を逮捕し、元締めは妹を連れて、警察署を出た。
それからしばらく経った。
一人の潜入捜査官が高官に呼ばれる。新型高性能爆弾が奪われ、スラム街に運び込まれたという。
高官は、その高性能爆弾の時限装置が作動したので、解除コードを入力しなければならないと告げる。
しかし、潜入捜査官はスラム街には詳しくない。それに、彼は本来、潜入前に入念な準備を行う。
彼はその仕事を断る。だが、高官は命令の拒否を許さなかった。そして、刑務所にいるある男を案内役にして潜入することを命じる。
その男こそ、かつて麻薬の元締めに妹を奪われた青年だった。
潜入捜査官は囚人の振りをして、青年に近づき、二人で脱獄してスラム街に入る。
しかし青年は、潜入捜査官が警察の人間であることに気づいていた……。
しかしまあ、忍者みたいなアクションでした。
建物を縦横無尽に駆け回る様は、見ているだけで楽しかったです。
そして、長さも八十五分と短く、要素もきちんと入っている。
こういった九十分級良質アクション映画は重宝します。
2007/12/05 (水)
映画「危険な関係」のDVDを十五日前に見ました。
1988年の映画で、監督はスティーブン・フリアーズ。脚色はクリストファー・ハンプトン。
主演はグレン・クロースとジョン・マルコヴィッチ。
何気に、キアヌ・リーヴスが若い音楽家で出ていたり、ユマ・サーマンが若い貴族の娘で出ていたり(スクリーン・デビュー?)しています。
まず、最初に感想を書くと「素晴らしかった。ご馳走様です」といった感じの映画でした。
「危険な関係」というタイトルから、勝手に現代物の恋愛ドラマを想像していましたが、中身は全く違っていました。
この映画は、十八世紀革命前夜の爛熟したフランス貴族社会に生きる、二人(男女)の恋愛権謀術数家によるドロドロした恋愛バトルです。
主役の一人目は、メルトイユ侯爵夫人。
「危険な情事」で、サイコ的な女性を演じたグレン・クロースが演じる彼女は、既に夫を亡くしている未亡人です。そして彼女は、女性として逸脱するほどの野心と知性を持っています。
そんな彼女は、宮廷を舞台に自在に振る舞い、その有り余る人心操作術を振るっています。
彼女は、周囲を欺き、嘲笑いながら、自分自身だけでなく、周りの人々の恋愛もコントロールしていきます。
もう一人の主役は、ヴァルモン子爵。
「マルコヴィッチの穴」の、ジョン・マルコヴィッチ演じる彼は、宮廷きってのドンファンです。
彼にかかれば、どんな女も心と体を開き、彼に愛情を捧げてしまいます。
そんな彼は、恋愛をゲームとして楽しんでおり、より落とし甲斐のある相手を落とすことで、自分の名声を高めることに血道を上げています。
そんな、メルトイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵は、かつて恋人だった時期があります。そして、今も「戦友」として、仲を保っています。
二人は、付かず離れずの関係にありますが、互いの恋愛感情をまだ完全に捨て去ったわけではありません。
そして、ヴァルモン子爵が、よりを戻したがるところから話は始まります。
二人の関係は、周囲を巻き込みながら微妙にねじれていき、周りの人々の人間関係を次々と破壊していきます。
この映画では、そういった二人の、冷血と、世間に対する冷笑と、非道っぷりに惚れ惚れとします。
彼らは、人の命を奪うような戦い方はしませんが、人の心をずたずたに引き裂くような悪辣ぶりを発揮します。
そういった悪行を、ふてぶてしいまでの笑顔で遂行していく二人に鳥肌が立ちます。
言うならば、両肘にナイフをくくりつけて、舞踏会で、二人でくるくると踊っているようなものです。
にこやかに踊っている二人の周りでは、人々が次々とナイフで傷つけられて血塗れになって倒れていきます。
そして、周りをずたずたにしたあと、二人は最後には正面きって戦い始めます。
いやもう、何と言うか、ジョジョの第一部とかが好きな人ははまりまくりのはずです。簡単に言うと、「男ディオV.S.女ディオ」という感じです。
映画を見終わった後の感想は「いやー、いいもの見たな」でした。
映画が始まって十分ぐらいから、ぞくぞくしっぱなしでしたが。
最近見た映画の中でも、出色の出来の映画でした。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。終盤の最初ぐらいまで書いています)
女性たちに頼られる未亡人メルトイユ侯爵夫人。
ドンファンとして名を馳せているヴァルモン子爵。
この二人の取り合わせは、世間では少し意外に思われていた。
しかし、二人は、宮廷きっての恋愛権謀術数家として、戦友であり、ライバルであり、かつての恋人同士であった。
ヴァルモン子爵は、そんなメルトイユ侯爵夫人に、似た者同士という以上の感情を持っており、よりを戻したがっていた。
メルトイユ侯爵夫人は、まんざらでもないと思いながらも、プライドからその恋愛の価値を吊り上げようとしていた。
メルトイユ侯爵夫人は、自分の欲望を満たすために、ヴァルモン子爵に条件を出す。
一つは、彼女の顔に泥を塗った男に嫁ぐことになっている女性(メルトイユ侯爵夫人の友人の娘)に、娼婦のような技を仕込むこと。
彼女の顔に泥を塗った男は、貞淑な女性が好きで、わざわざ修道院にいた娘を妻に迎えようとしていた。
その彼に向けて、淫乱に開発した娘を娶らせるのが、彼女の考えるささやかな復讐であった。
また、もう一つの条件とは、ヴァルモン子爵が狙っている貞淑な夫人を完璧に落とすこと。
ヴァルモン子爵は、最初の条件は「簡単過ぎる。私の名声に傷が付く」と言って断る。だが、二番目の条件は快諾する。
そして、彼は恋愛の駆け引きを始める。だが、相手のガードは非常に固く、なかなか落とせない。
彼は、その女性の女中を引きずり込み、手紙を全部盗み読むなど、ありとあらゆる手を使い、情報を集め、女性の心の隙を探っていく。
その、珍しくゆっくりとした攻勢をメルトイユ侯爵夫人は、「年老いて、腕が鈍ったのでは?」と嘲笑う。
そのことに腹を立てたヴァルモン子爵は、最初の条件も飲むことにする。
その娘には、メルトイユ侯爵夫人がお膳立てをして恋愛関係を育てていた音楽家がいた。
ヴァルモン子爵は、その間に軽々と入り込み、娘の処女を奪い、開発を始める。
それからしばらく経った。
ヴァルモン子爵は、二つの条件を見事果たして、メルトイユ侯爵夫人の前に現れる。
貞淑な夫人は、いまやヴァルモン子爵に会うと同時に体を求める淫らな女性に変貌していた。
生娘だった少女は、多彩な性技を仕込まれ、さらにヴァルモン子爵の種まで仕込まれていた。
メルトイユ侯爵夫人は、この成果を喜ぶ。その彼女に、ヴァルモン子爵は約束を果たすようにと迫る。
そこに、メルトイユ侯爵夫人はもう一つの条件を出す。貞淑な夫人を冷たく捨てることだ。
ヴァルモン子爵は、貞淑な夫人に惚れていた。そのことがメルトイユ侯爵夫人には許せなかった。
ヴァルモン子爵は、貞淑な夫人を冷たく捨てる。そのことで、彼は後悔にさいなまれる。ヴァルモン子爵は、夫人を捨てたことをメルトイユ侯爵夫人に告げる。
だが、メルトイユ侯爵夫人は、「約束は果たすが、それは一日だけの関係で、復縁はしない」と言う。
ヴァルモン子爵は怒り、復縁か戦争かどちらかを選べと迫る。
そのヴァルモン子爵に向かい、メルトイユ侯爵夫人はにこやかに「War」と告げる。
二人は互いのカードを出し合って、血みどろの抗争を始める……。
とにかく、二人の主人公の黒さがゾクゾクする映画でした。
そして、二人の役者の存在感が素晴らしかったです。
いやあ、よかった。
宮廷劇なのに、陰謀に政治的要素は一切なく、恋愛の陰謀だけで終始しているのもよかったです。
凄いなあと思いますが、私には、こういうことは一切できないなとも思いました。
どうでもいいですが、この映画を見ていると、マルコヴィッチの穴に入りたくなるのも頷けます。
映画「マルコヴィッチの穴」は、このヴァルモン子爵を演じているジョン・マルコヴィッチの中に入るという内容です。
「そういった気持ちにもなるよな」と思いました。
あと、ジョン・マルコヴィッチは、鹿賀丈史によく似ているなと思いました。
そのせいで、「料理の鉄人」を思い出しました。
最初に書きましたが、この映画には、キアヌ・リーヴスとユマ・サーマンが出ています。
でも、DVDのおまけのキャストを見るまで気付きませんでした。
フランス宮廷物の映画は、ある意味コスプレ映画なので気付かないのも分かりますが、なんだか悔しかったです。
負けた気がしました。
2007/12/04 (火)
[4コマ] 適当にぺたぺた
↓Permalink(感想&トラバ投稿)
2007/12/12(火) 21:58:44
ちょっと週末更新がありませんでした。忙しかったのです。ええ、色々と。
というわけで、また4コママンガをぺたぺた貼ります。
今回は、「はも×かも」ではなく、その他の4コママンガです。
どこかで見たことのあるキャラとか、写真とかを使った物です。
そろそろ言ってもいい頃なので言います。
4コママンガを作成するプログラムを作っていました。昨日、ようやく全仕様を実装したので、ようやく表でそのことを話せます。
まあ、やっていることを見れば、すぐに分かると思いますが(汗
というわけで、そろそろ試験公開をしようと思います。
数日後には、試験的に公開しますので、使ってみて下さい。
準備の間、4コママンガをぺたぺたと貼っておきます。




2007/12/01 (土)
2007/11/29 (木)
「8」の字ステージです。
前回は少し難しめだったために成績登録数が減ったので、今回はだいたい同じ程度の難しさにしました。
序盤、少し厳しめですが、そこを乗り切れば勝てます。
というわけで、私が勝てる程度の簡単さです。
猫の習性を利用した反撃方法です。
というわけで、血みどろにならない方向性での反撃です。
「オトコが見たいブラ」をオトコ目線で作る『小悪魔ブラ』とのこと。 若手の男性社員が“オトコ目線”で商品開発を手がけたシリーズだそうです。
安倍前首相は「閣僚同席でなければ官僚とは会わない」というルールを設けていたとのこと。
専門家は、この世代の多くは、一人っ子として甘やかされて育ったために人間関係が維持できないと指摘しているとのこと。
同国では、成人による売春は合法とされているとのこと。
個人的に、ケータイ小説は今食べたい料理ではありません。 もっと目の前に、前から食べたかった料理が山積みされているので。 ケータイ小説の前に、ライトのベルにもまだ手を出していないですし。 今持ち歩いている本が、旧字体、旧仮名遣いで悶絶状態です。 読みにくい……orz
「なんのことはない、文字通り"本当の話"であると謳うか謳わないのかの問題なのだ」とのこと。 いろいろ経緯が書いてあって、面白かったです。
2007/11/27 (火)
ファンタジーBOX 様 のスキンをアップしました。
透明感のある画像で、色が淡く切り替わっていくスキンです。
美しいイルミネーションをデスクトップで楽しめます。
映画「アパートの鍵貸します」のDVDを十月中旬に見ました。
1960年の映画で、監督・脚本はビリー・ワイルダーです。
この監督は「麗しのサブリナ」や「お熱いのがお好き」を撮っていますね。そういった方向性の映画が得意な人なのだと思います。
俳優は、主演がジャック・レモン、ヒロインがシャーリー・マクレーン。
シャーリー・マクレーンはとても可愛らしかったです。現代にも通じる可愛らしさを持っていると思いました。
シャーリー・マクレーンの役について少し書きます。
ヒロインは、可愛いけど、男運がなくて、不倫などの地雷系恋愛に気付くと突っ込んでいくという設定です。
「どういったキャラ付けですか」と思いました。
いやまあ、そこらへんが、男性の庇護欲をそそるのでしょうが。
さて、映画ですが、面白かったです。ラブコメディーとしてよく出来ているというのもあるのですが、何よりも「設定勝ち」だなと思いました。
これは、序盤の粗筋を書けば、「ああ、なるほど」と頷けると思いますので、まずは粗筋を書きます。
以下、粗筋です。(序盤だけです)
主人公は大手生保会社の平社員。
彼は、ある日、パーティーに行く友人のために、着替え用に部屋の鍵を貸した。
その後、主人公は、そのことを聞きつけた課長に請われて、逢引きのためにアパートの鍵を貸し始める。
いつしか噂は課長たちの間で広がり、主人公は四人の課長に自室の鍵を貸し、そのスケジュール管理をするのが副業になっていた。
だが、主人公は、そのことを嘆いてはいなかった。そのコネを最大限に利用して出世しようとしていたからだ。
そんなある日、彼は部長に呼び出される。そして、アパートの鍵のことを糾弾される。出世の切り札にしようとしていた主人公は慌てる。
しかし、部長の目的は、そのアパートの鍵を自分も利用することにあった。
主人公は了承し、そのことと引き換えに昇進する。主人公は有頂天になり、前から恋していたエレベーターガールにアタックをかけようと考える。
しかし、そのエレベーターガールこそが、部長の逢引きの相手だった。
そして、エレベーターガールと、部長、そして主人公が、アパートの部屋で入り乱れる、悲喜劇が始まった。
この「部屋貸し」の設定は、これだけでもう「勝ったも同然」の設定だと思います。
そして、部長が出てきた時点で、三角関係が予想され、その後は、その通りの展開になります。
なんというか「安心して見ていられる良質コメディー」という感じでした。
最後はちょっと甘々な展開なのですが、まあ、コメディーなのでよいかなという感じです。
現在リメイクするなら、「もう一ひねり欲しい」と言われそうなラストではあるのですが、まあこれもありかと思いました。
今回、この映画を見て思ったのは、「コメディーでは、『よい設定』を考えられれば、かなり簡単に話が転がるな」ということです。
他のジャンルでもそうなのですが、コメディーでは特にその傾向が強いと感じました。
素人でも先が読めるぐらい「設定」から転がる部分が見えるので、プロも加工しやすいのではないかと思いました。
この映画のコメディーには、サブの小ネタも利いています。
逢引きのために上司たちに部屋を貸しまくっているせいで、隣人たちから主人公が精力絶倫男だと勘違いされているという設定です。
「又貸し」は、当然ばれるとまずいので、主人公は、全てを「自分のせい」として振舞います。
そのせいで主人公は、彼女もいないのに、「物凄い女ったらし」と思われて、隣人たちの前ではそう振る舞います。
これが、観客視点では、ニヤニヤできて面白いです。
そういった、繰り返しギャグで使える設定を織り交ぜて、メインコメディーとサブコメディーを上手くミックスして話は展開されていました。
この監督は、こういったのが得意なんだろうなと思いました。
今回は4回目です。
「にゃんまげ」を初めて知った時、そのゆるっぷりに衝撃が走りました。でも、調べていると、結構アクティブに動くのですよね。
まだ実物は見たことがないのですが、何となく怖いです。
2007/11/25 (日)
2007/11/24 (土)
映画「突撃」のDVDを十月中旬に見ました。
忙しかったので、何気に感想がたまっています。ボチボチ書いていこうと思います。
1957年の映画で、原題は「PATHS OF GLORY」。監督はスタンリー・キューブリック。脚本は、スタンリー・キューブリック、カルダー・ウィリンガム、ジム・トンプソンの三人です。
なんというか、クラクラくる映画でした。
やっぱ戦争だけは避けないといけないなと思いました。
映画中、非常に記憶に残った台詞は、「愛国心は悪党の最後の口実」という、序盤に出てくる、何かの本からの引用です。
全てがそれで正当化されていき、眩暈がします。
さて、映画の内容ですが、先に粗筋を書いておいた方が、話をしやすいので、粗筋を書こうと思います。
以下、粗筋です。(若干ネタバレあり。終盤に入ったあたりまで書いています)
主人公は、弁護士であり、士官である男。
ある時、将軍が無茶な攻勢を立案して、敵陣真っ只中に兵士たちは突撃しなければならなくなる。
しかし、敵の陣地は鉄壁で、壕を出ることすら難しい。
業を煮やした将軍は、自陣に砲弾を撃ち込む命令を出す。だが、その命令は現場の人間たちによって拒絶される。
攻勢は失敗に終わり、将軍はその原因は兵士たちの臆病にあると結論付ける。そして、各部隊から一名ずつ選んで、死刑にするように決め、軍事裁判に掛ける。
主人公は、この理不尽な話に腹を立て、軍事裁判に掛けられた三人の部下を弁護することを決める。
しかし、その軍事裁判は、裁判とは名ばかりで、証拠も議論もなく、ただ結論だけを決めるものだった。
まともな方法では裁判に勝つことはできない。そう考えた主人公は、将軍が自陣を攻撃する命令を出そうとしたことをマスコミにリークすると、上層部に訴え、外からの圧力を掛けようとする……。
人間の命が虫けらのように扱われ、それにクラクラくるのは、その後のキューブリックの映画でも同じです。
今回、この映画を見ながら伝わってきたのは、「戦争の構造的理不尽さ」です。
ボードゲームなどで、「最終ターンになると全員が裏切る」シーンはよくあるのですが、この映画では、そういったシーンが多々見られます。
「相手が死ねば報復がない」という、ゲームの最終ターンと同じ状態が発生するのが「戦争」なので、多くの人が、決断に歯止めが利かなくなっていきます。
そういった「戦争の構造的理不尽さ」を強く感じさせられました。
なぜそういったことを強く感じたのかは、映画の中に「上対下」の理不尽な対立だけでなく、「同級生だったけど、階級が違ったせいで、友人を殺す選択を取る上官」というキャラが出てくるからです。
自分の階級が上で、もし同時に二人が互いのことを訴えれば、自分の言葉の方が通る。だから、自分の弱みを握った友人を抹殺する。
そういった選択をする、「下の方の人間」が映画中出てきます。
そのことで、「戦争」というものが、「上層部の理不尽さ」に問題があるのではなく「構造そのもの」に問題があると主張しているように思えました。
「上層部の理不尽さ」というのは、それがいびつに出てくるだけで、末端まで全てそういった問題が支配している。
そう訴えているように感じました。
こういった映画を見ると、戦争は、やっぱり起こしてはならないなと思います。
あと、もう一点、脚本上、なるほどなあと思った点をメモして置こうと思います。
裁判に掛けられる三人の兵士ですが、映画中では、一人だけ丁寧に背景を描写しており、残りの二人は口頭の説明だけで済ませていました。
三人全員にスポットを当てなくても、一人だけ描写すれば、三人分の内容を代弁させられるのかと思いました。
なるほどなと思ったのでメモしておきます。
粗筋には書きませんでしたが、映画の終盤は、これまでのありとあらゆる伏線を駆使して、「皮肉な展開」になっていきます。
なんというか、「こうなってくれれば救われるな」という、魂の梯子を、嬉々として外していくような展開です。
原題が「PATHS OF GLORY」というのも、強烈な皮肉が入っています。
こういった部分を見るにつれ、キューブリックというのは、こういうのが好きなんだろうなと思いました。
2007/11/22 (木)
えー、数年前から懸案になっていました「めもくり・スキン ギャラリー」のリニューアルを突貫で行いました。
忙しい中、鼻血が出そうな勢いでCGIをゴリゴリと書き換えました。
いくつか平行してやっている仕事があり、時間がいくらあっても足りないぐらいなのですが、少しずつでも懸案の山を切り崩していかないとやばいです。
というか、「Google Analytics」を見ていると、スキン・ギャラリーにアクセスしている人がかなりいて(うちのトラフィックのかなりの量になる)、ちょっと早めに更新しないとやばいなとずっと思っていました。
すみません。
特に、月間クリック数の集計をクリックしていた人は本当にすみません。放置プレイでした(汗×100
プログラムを書き直して、自動集計するように変えました。
不具合が出なければ、これで自動で更新されるはずです。
また、「画像で一覧を見たい」という要望が結構多かったために、プレビュー画像で一覧を表示させる仕様に変更しました。
ネットの回線も世の中的に太くなってきたので、まあ大丈夫でしょう。
これで、だいぶスキンを探しやすくなったと思います(汗
本当は一覧のソートに「ランキング順」というのを付け加えたいのですが、すぐにはできません。
一覧表示のCGIとランキングのCGIは、別の時期に作ったために、完全に別個のもので、内部的にリンクしていません(汗
なので、もっと暇になった時に手を付けることになると思います。
というわけで、今回更新したページのリンク一覧です。
□めもくり・スキン ギャラリー
http://crocro.com/pc/soft/mclean/skin/index.html
□めもくり スキン ダウンロード・ランキング 通算
http://crocro.com/pc/soft/mclean/skin/rank/view.html
□めもくり スキン ダウンロード・ランキング 今月度分
http://crocro.com/pc/soft/mclean/skin/rank/view.html?type=m_log
なんというか、地味に色々と変わっています。
しかし、今見ると、ひどい汚いソースコードです。
時間の許す範囲内で、可読性が上がるように書き換えました。
まあ、5〜6年前というと、プログラムを書き始めて、まだ3〜4年目のことですし。
その頃はまだ、今ほどプログラムをごりごりと書いていなかったですし。
自分があと3〜4人欲しいです。馬車馬のように働きたいです。
勘の鋭い人は、私が何をやっているのか分かっていると思いますが、それは黙って見守るということで。
というわけで、また4コママンガをぺたぺたと貼っていきます。
今回は3回目です。その昔、安倍晋三という人がおりました……。
2007/11/21 (水)
「潜水艦」ステージです。
久しぶりに、ちょっと敵方を強くしたら惨敗……orz
情けないです
勢いが全ての回です。
というわけで、ドリフのコントのような回です。
映画「ウルトラヴァイオレット」のDVDを十月中旬に見ました。
2006年の映画で、監督・脚本はカート・ウィマー。「ガン=カタ」で一世を風靡した「リベリオン」の監督です。
主演はミラ・ジョヴォヴィッチ。
映画の内容を端的に言うと「お腹映画」です。
ミラ・ジョヴォヴィッチの様々なアクションで映える「お腹」の美しさを堪能する映画。
映画中、ミラ・ジョヴォヴィッチは様々な衣装に着替えるのですが、なぜか毎回お腹は露出しています。
そして、そのお腹がとにかく美しいです。
全てのアクションは、ミラ・ジョヴォヴィッチのお腹を見せるための演出でしかありません。
すらっとしており、それでいて筋肉質ではない。きれいな曲線でありながら、よじるとわずかに筋肉のラインが浮き上がる。
美しいお腹とはこのことです。
というわけで、とてもよい「お腹映画」でした。これは、大画面で見ておいた方がよかったなと思いました。
さて、映画の内容ですが、基本的に映像寄りのアクション映画です。ストーリーはあってなきに等しいです。
だって、世界を支配する巨大権力に、たった一人の女暗殺者が挑む話ですから。
リアリティとか、納得できる筋書きを求める方がおかしいです。
映画の冒頭では、アメコミ風の絵が次々と流れるのですが、アメコミ原作の映画ではないようです。
ネットで調べてみましたが、違うという話でした。
いかにもアメコミ風のストーリーだから、アメコミ原作かと思っていました。
こういった感じで、ストーリーは重要ではない映画なのですが、見ている間にそのことはそれほど気にならなかったです。
アクションとお腹を見ている内に、テンポよく話が進んでいくし、お話自体はべたべたなものなので、そんなに変な感じはしません。
まあ、ストーリーが気にならないのは、映像のマジックが大きいと思います。
重力コントロールシステムを使っての三次元カーチェイスとか、次元歪曲システムを使っての武器展開とか、設定自体が「途切れさせないアクション」を前提としているので、それを見ている内に話が進んでいきます。
映画の時間自体も短いので、「さくっとアクション映画を見て気分転換」といった用途に向いています。
楽しめました。
以下、粗筋です。(終盤ぐらいまで書いています。そんなにネタバレ的ではないです)
軍が開発した強化人間ウイルスが外の世界に漏れた。そのウイルスは人の能力を飛躍的に上昇させるが、命を削るものだった。
そして、そのワクチンを提供する組織が世界を牛耳る。
ウイルスに感染した人たちは、次々と殺されていく。そして、彼らを絶滅させる兵器を組織は開発する。ウイルスに感染した人々はその兵器を奪い、廃棄しようとする。
その強奪を担当することになったのが、女暗殺者の主人公。
彼女は兵器を盗む。しかし、その兵器とは少年だった。彼の体内にある物質がウイルス感染者たちを死滅させるという。
組織のリーダーは、兵器の奪還に乗り出す。そして、女暗殺者を追い詰めていく。彼は、ウイルス感染者の組織に接触し、彼らを味方にする。なぜならば、彼には裏の顔があったからだ。
四面楚歌になった女暗殺者は、少年を連れて逃げ続ける。そして、彼女は驚くべき事実を知る。
少年の体内にあるのは、ウイルス感染者を絶滅させる物質ではなかった、人類を殺す新たなウイルスだった。
ウイルス感染者が激減し、世界に対する支配力を失い始めた組織は、新たな恐怖を求めていた。
そして、少年は組織に奪い返される。
女暗殺者は、少年を助けるために、組織の悪を打ち砕くために、単身、組織の本拠地に乗り込んだ。
ウイルス絡みの話は、「Vフォー・ヴェンデッタ」を思い出しました。設定的にはほぼ同じなので。
まあ、よくある話ではありますが。
あと、この映画を見ていて、「これって、ヴァンパイア物だよね」と思いながら見ていました。
話の構造もそうですが、ウイルス感染者たちには牙があって、輸血用の血液を求めますので。
なので、ジャンルとしてはヴァンパイア・バトル物だと思います。そして、ヴァンパイア系アクション映画の中では、よくできている方だと思いました。
でもまあ、なんといっても、この映画の売りは「お腹」だと思います。
映像とか、アクションとか、いろいろあるでしょうが、一番注目するのは「お腹」です。
触って、押して、弾力を確かめたくなるようなお腹です。
こうやって見ると、俳優というか女優の価値というのは凄いなと思います。
一生懸命お金と時間を掛けた映像よりも、そちらの方に目がいってしまいますので。
映像を作っている人間にとっては、悔しくてたまらない事実でしょうが。一人の人間の「お腹」に、より大きな価値がありました。
2007/11/20 (火)
映画「愛と追憶の日々」のDVDを九日前に見ました。
1983年の映画で、原題は「Terms of Endearment」。「Endearment」は、「(人に対する)愛情を示す行為、言葉」のことだそうです。
監督はジェームズ・L・ブルックス。脚本はアンジェイ・バートコウィアク。
主演はデブラ・ウィンガーとシャーリー・マクレーン。助演はジェフ・ダニエルズとジャック・ニコルソン。
えー、DVDには映像特典で解説が入っていたのですが、この映画はコメディだそうです。見ている間は気付きませんでした。
そういえば、ジャック・ニコルソンが「引退した宇宙飛行士で、好色な駄目男で、なぜか隣に住んでいる」という設定は、もろにコメディです。
映画を見ている最中にも、その設定に「なんで?」と思っていたのに、コメディだと気付きませんでした。
結局、最後まで「宇宙飛行士」の設定の理由は何も出てこなかったです。そりゃあ、コメディなら理由はないでしょう。
コメディということで納得はしましたが、映画を見ている間は、全く笑えませんでした。
ともかく主人公のエマがむかつく奴で、ムカムカしながら見ていました。
さて、映画は、母親役のシャーリー・マクレーンとジャック・ニコルソンの恋愛パートと、娘役のデブラ・ウィンガーとジェフ・ダニエルズの夫婦パートが交互に進みます。
この、母親の恋愛パートはそれなりに面白くて、ホロリとさせるところもあり、なかなかよかったです。
しかし、娘の夫婦パートがひどかったです。
全く笑えないといか、むかつくばかりです。見ていて思ったのですが、これは文化的な背景が大きいと思います。
そのことを痛感したのは、以下のようなシーンです。
娘(既に二児の母)がスーパーマーケットに買い物に行きます。しかし、レジに来た段階で財布にお金が足りません。
そこで、娘は「お金がないけど商品をくれないか」と頼みます。レジ係の女性は「残念ながらそれはできません」と答えます。
そのやり取りを見かねた娘の知人の男性が、お金を少し貸してくれて、どうにか商品を購入します。
娘はレジ係の女性に「あんたニューヨーク出身でしょ!」と喧嘩腰に文句を言って店を出て行きます。
その後、お金を貸してくれた男性が「よく言った、すっきりした!」といったようなことを言い、娘は子供を小突いて追い払い、その男性と不倫の関係になります。
うーん。
アメリカの田舎って、こんな感じなのでしょうか?(アメリカはほとんど田舎の国ですが)
日本人の感覚というか、私個人の感覚からすれば、この一連の流れは全く笑えないばかりか、むかつく一方なのですが。
「金を払わん奴が悪い!」「子供を小突いて追っ払って不倫? アホか!」という感じです。
駄目です。むかつくばかりです。
このシーンに来た段階で、「ああ、この映画のターゲット層ではないんだな、自分は」と思いました。
アメリカ人のかなりの層には受けるのかもしれませんが、私は呆れるばかりでした。
そうやって私にとって「笑えないシチュエーション」ばかりが積み重なった挙句、最後は娘が癌になり、子供たちに急に「いい母親」ぶります。
うーん、これは「駄目な女も、死に際には、いい母親ぶる」というコメディーということなのでしょうか。
笑いの文化的背景が違うので、笑えないなあと思いました。
「笑い」の中でも、こういった文化的背景が共通していないと共感できない「笑い」は、ちょっと難しいです。
たぶん、「お国柄」というものがあるのだと思います。
なんというか、国が違うと「共有できないものが多いな」というのは、よく見受けられます。
逆に母親パートは、文化的背景と関係なく楽しめるなと思いました。
普遍性のある笑いや泣きが多かったです。
その笑いや泣きの要素とは、「老い」と「性」と「恋愛」です。
こういったものは、文化的な差異なく、誰もが経験するものです。
つまり「老いの恋愛」「老いのセックス」。そういったもので、泣き笑いを描いているわけです。
これはなかなか楽しかったです。
というわけで、母親パートはよかったけど、娘パートは全然駄目だと感じる映画でした。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。最後まで書いています)
夫に先立たれた母親は、娘を女手一つで育てあげた。
娘は、大学の若い講師と結婚する。母親はその結婚には反対だった。
母親は、資産家で、男たちにも崇められるような存在だった。彼女は娘を片付けた後は、自分の家で悠々自適な生活を送っていた。
彼女の隣家には、元宇宙飛行士の男が住んでいた。女出入りの激しい彼を最初は毛嫌いしていた彼女だが、ふとした切っ掛けで食事をともにして互いに恋に落ち、恋人生活を楽しむ。
一方娘は、避妊という言葉を知らないのか、物凄い勢いで子供を生みまくる。そしてお金が足らないと母親に泣き付いてくる。母親は呆れる。
そして、彼女は「お金がない、お金がない」と夫に当たり散らす。
子供は父親に同情してかばおうとするが、娘は構わず夫を責める。
夫は教授に昇進する。だが、彼女は夫の不倫を疑い、自分も不倫を始める。
夫は学部長になることが決まり、その大学への赴任のために引っ越すという。彼女は不倫相手と分かれたくないので、その話に反対する。
そうしている内に、彼女は癌に罹っていることが分かり、夫も本当に不倫していることが判明する。
彼女は子供たちに、自分を愛するようにと言って死んでいく。
子供たちは、娘の母親に引き取られる。
映画を見ている間中、娘の旦那が可愛そうでした。
そりゃあ、不倫もするわな。と思いました。
なんというか、子供が父親に同情して、母親を嫌うのも分かります。
母親が駄目だと、子供は早熟になるのかもしれないなと思いました。
2007/11/19 (月)
どうもVectorのサーバーが画像を返す速度はそんなに速くないようですね。
まあ、実験的にやっているので、そういったのも込みなのでよいのですが。
というわけで、その2では、画像を1枚だけ張っておきます。
ちょっと癖があり、慣れないと使いにくいですが、なかなか面白いです。
開発の原点は、アレルギーの子供たち向けの「卵を使わないマヨネーズ」だったそうです。
耳から離れているヘッドフォンのようなのでメモ。 耳を覆う形式のは嫌いなので、今も開放式のヘッドフォンを使っているので。
「階段を使うと心臓病が予防できます」とポスターを貼ったとのこと。 普段階段を使う客は約4%で、掲示後は10%近くまで増えたそうです。
夏目房之介がマンガ担当教授に内定、浦沢直樹やスピリッツ元編集長の長崎尚志が客員教授とのこと。 アメリカで映画を学ぶのと同じような方向性でしょうか。
2007/11/18 (日)
become.com
↓Permalink(感想&トラバ投稿)
2007/11/11(日) 22:53:35
ここ数日、アクセス解析でやたら凄い勢いでアクセスがかかっており「何が起こったんだ?」と思っていました。
「Google Analytics」では記録されていないので、クローラーかと思って先ほどログを調べてみたら、「become.com」というところから連続でアクセスが来ていました。
どうも来ているのは検索用のクローラーらしいのですが、他のクローラーと違ってREFERRERを大量に残していきます。
そのせいで、アクセス解析のログを膨大なサイズにしている。
さらに、ユーザーエージェントが「Mozilla/5」になっている。本家サイトでは、ユーザーエージェントは「BecomeBot」と書いてあるのに。
□Become: Site Owners
(Q: How can I prevent Become.com from crawling my site?)
http://www.become.com/site_owners.html
うーん。
アメリカのショッピングサイトのようですね。
「become.com」について調べている時に、IPアドレスが「64.124.85.0 - 64.124.85.255」という情報を見つけたので、とりあえず、アクセスを排除をしておこうと思います。
□ウェブマスターフォーラム - クローラの情報
http://forum.su-jine.net/theme/seo/58/
少し様子見です。
映画「月の輝く夜に」のDVDを十月中旬に見ました。
1987年の作品で、監督はノーマン・ジュイソン。脚本はジョン・パトリック・シャンレイ。
原題は「MOONSTRUCK」。日本語に直すと「気の狂った」。
主演はシェールで、助演はニコラス・ケイジです。
珍しく、「ニコラス・ケイジ二枚目だな」と思いました。
さて、この映画はコメディです。
まあこんなものかなという感じで見ていたのですが、ラストは超展開でびっくりしました。
「そうくるか」と思いました。
二時間ぐらい引っ張ってきた「コメディの種」というか大前提を、超展開でひっくり返します。
こういった落ちの付け方は印象に残るなと思いました。
コメディとしては、それほど面白いわけではなかったですが、最後の展開は勉強になりました。
以下、粗筋です。
主人公は、父母や祖父と一緒に家に住んでいるバツイチの女。
彼女はある日、友人に結婚を申し込まれる。
特に好きでもなかったが、嫌いでもないし、いいだろうと婚約する。
しかし、その婚約者は母が危篤だというので、結婚式を一ヶ月後まで待つことにする。
婚約者は、母の見舞いに行くために飛行機で旅立った。そして彼は、「その一ヶ月の間に、縁が切れている弟に会い、結婚式に来てくれるように説得して欲しい」と主人公に頼む。
主人公は弟のところに行く。
弟は、パン屋の職人だった。彼は指を機械で切断し、彼女に逃げられており、その「原因」として兄を逆恨みしていた。
主人公は、その弟を説得しようとする。しかし、反論する弟。激論を交わす二人。
そうやって徹底的に話をしてみたら、なぜか気が合い、気が付いたら男と女の仲になっていた。
だが、一度だけの過ちとして、彼女は弟を説き伏せようとする。
しかし、弟は本気で恋に落ちていた。
そして、恋の駆け引きが始まる。
彼女は朝帰りして、母親に叱られる。さらに母親は、「夫がどうも浮気をしているらしい」という話をする。
どうも、家の中は自分も含めてゴタゴタしているらしい。主人公は頭が痛くなる。
さらに、「最後の一回」ということで行った、婚約者の弟とのデート先で、不倫している父親にばったり出会ってしまう。
それだけではなく、やけになって飲みに行った母親は、そこで大学教授に求愛される。そして、いい雰囲気になって帰って来る途中で、義父に目撃されてしまう。
「この家はいったい、どうなっているんだ!?」
悩む主人公の祖父。
そして婚約者の母親が回復して、婚約者が家にやって来た。
家には、婚約者の弟も求婚に来ている。いったいどうなるのか?
そこで、婚約者が意外なことを話し始める。
話の展開的には「世間は狭いなあ〜」で、結論的には「そうくるか!」でした。
最後の展開は、悔しいことに読めませんでした。
2007/11/17 (土)
うちは、世間的なカテゴリではSOHOですね。
仕事は自宅で、取引先とのやり取りは、メールやWebやFTPや銀行振り込みで行っています。
好きな時間に起きて、好きな時間に寝る生活です。そして、起きている間中、基本的に仕事をしています。
仕事道具はパソコンと脳みそと手なので、旅行中でも仕事をします。歩いている時でも、脳にセーブしている仕事はできますので、散歩中でも仕事をします。
なので、パソコンと脳みそに何をインストールするかは、けっこう重要です。
それさえ間違えなければ、「オフィス」もいらないです。
こういった生活を5年以上続けていますが、幸いまだ破綻していません。
いつまで続けられるかは分かりませんが、誰にも指示されずに好きなことを好きなだけできる現在の環境は素晴らしいです。
なぜこういった生活をしているのかを考えると、たぶん、「自分が欲しい物」と「欲しくない物」が明確だからだと思います。
なので、追う物と捨てる物を切り分けられる。そして、自分の生活を特化させられる。人生を他人と同じにしなくても気にならない。
当然、「全て自己責任」という大きなリスクがあります。私のような生き方は、ザイルパートナーなしで山を登るようなものなので。
2006年の日本の広告費調査では、ネットは3630億円。 そのうちモバイルは390億円、検索連動広告は930億円とのこと。 なるほど。 初音ミク問題では、個人的には、けっこうの人が「分かっていて」電通批判をやっていたのではという印象があります。
コピー用紙の裏表
↓Permalink(感想&トラバ投稿)
2007/11/11(土) 09:17:29
そういえば、大学時代に「コピー用紙の裏表が違う!」と友人に指摘したら、「えっ、裏表ってあるの?」と言われました。 紙の表面を見ればすぐに分かります。
みかんはよく食べます。 大学時代は、ダンボール箱で買っていました。 これは、一度試してみたいと思います。
2007/11/15 (木)
映画「チャイナタウン」のDVDを十月中旬に見ました。
1974年の作品で、監督はロマン・ポランスキー。
ロマン・ポランスキーの作品は、「ナインスゲート」(ジョニー・デップ主演)と、「戦場のピアニスト」しか見ていないので三作目です。
脚本はロバート・タウン。この人は、調べてみると「ザ・ファーム」とか「ミッション:インポッシブル」「M:I - 2」の脚本を書いていますね。
主演はジャック・ニコルソンで、助演はフェイ・ダナウェイです。
ジャック・ニコルソンがアクの強い探偵を演じる、ミステリ系(サスペンス寄り)の映画でした。
さて、この作品はミステリなのですが、いきなり序盤から「これって、一応ネタバレだよね?」となるような仕掛けが入ってきます。
というわけで、読む人は、そういった部分を覚悟してから、感想を読んで下さい。
序盤です。
探偵のところに、「夫の身辺調査」の依頼が婦人から入ります。
夫は、ダム会社の重要人物。
彼は若い女性に実際に会っています。なので、探偵はその調査結果を婦人に報告します。すると、それが新聞にすっぱ抜かれます。
つまり、偽婦人。主人公は芸能記者みたいなことを、知らず知らずの内にやらされたわけです。
探偵がいきなりはめられて、さらに、激怒した本物の婦人が乗り込んで来て、その直後に、調査対象だった夫が自殺します。
なんというか、「いきなり修羅場」です。
畳み掛けるように主人公が追い詰められていきます。
いやあ、鮮やかです。
こうなると主人公は能動的に動かざるを得ません。それでちょっと動いてみると、どうも夫は他殺っぽい……。
つまり、探偵は単にはめられたわけではなく、殺人の偽装工作に使われていた。
ミステリは、最後の種明かしの鮮やかさとともに、最初のはったりが大切だと思うのですが、そのはったりが見事だなと思いました。
この映画では、そのスタート時点の「怒りのエネルギー」の大きさで、あとはごろごろ転がって行きます。
途中で恋愛とかいろいろイベントはあるのですが、基本はこの序盤が全てという感じです。
まあ、途中の展開もいろいろと小技が利いているのですが、やはり序盤の力が大きいです。
終始、「怒りのエネルギー」で進んでいきますので。
あと、終盤は徐々に「自分が騙された」という視点から「本気で悪い奴らがいる」という視点にシフトしていきます。
でも、「怒りのエネルギー」が原動力になっている点には、変わりはありません。
終盤は、ミステリ的まとめ方というよりは、人間ドラマ的まとめ方です。
それも、ハッピーエンド系ではなく、ドロドロ系です。
個人的には好みのドロドロ具合でした。
DVDにはインタビューも付いており、それによると、終盤の締め方は、映画を撮り始める時点でまだ決め兼ねていたそうです。
どっちが勝つか分からないまま、撮影に入ったと。
けっこう度胸のある撮り方だなと思いました。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。終盤ぐらいまで書いています。ラストのネタバレは書いていません。)
主人公は探偵。彼はある日、婦人から夫の浮気調査を依頼される。そして、調査の結果、確かに若い女性と過ごしていたので、その報告をする。
すると、その写真が新聞にすっぱ抜かれる。さらに、本物の婦人がやって来て、告訴するという。
探偵の許に最初来た婦人は偽者だった。
彼は激怒して、背後関係について調べ始める。
しかし、その矢先に調査対象の夫が死亡する。死因は一見自殺に見えたが、警察は他殺の線でも調べ始める。
調査対象の夫は、ダム会社の人間だった。
彼は元々、ダムの所有者の一人だったが、共同経営者を説き伏せて、市にダムを譲渡していた。
その夫の妻は、その共同経営者の娘だった。
彼女は、夫の死の原因を調べることを、主人公に依頼する。
主人公は調査を始め、そこにダム利権に群がる人たちの陰謀を知る。
その黒幕は、どうやら婦人の父親らしい。
主人公は婦人とともに調査を続けていくが、様々な邪魔を受け、生命の危機に瀕する。偽の婦人も殺害されて発見される。
そして徐々に事件の全貌が分かり始める。
婦人の夫が会っていた若い女性は、婦人の妹だった。婦人は彼女を必死に庇おうとする。それには理由があった。
その事件の背後には、ダム利権だけではなく、彼女の家の複雑な家族関係が関わっていた。
どうでもいいですが、何作かで見たフェイ・ダナウェイですが、「男のようにセックスする女」という個人的な印象が出来上がっています。
たぶん、「ネットワーク」の印象が強いのだと思います。
「可愛い」とか「美人」ではなく、「強そう」という感じです。
本当にどうでもいい感想ですが、そう思いました。
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