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2008/06/26 (木)
博士は機械猫の恋愛に振り回されております。
というわけで、現在は次のシーズンのペン入れをしています。
映画「リトル・ミス・サンシャイン」のDVDを五月上旬に見ました。
2006年の映画で、監督はジョナサン・デイトンとヴァレリー・ファリス(夫婦のようです)。脚本はマイケル・アーント。
小品ですが面白かったです。
たまにこういった“ぐたぐた感漂うハートフルな話”を見ると心が和みます。
話の筋としては、娘(小学生低学年ぐらいか?)が、「リトル・ミス・サンシャイン」という子供向けミスコンに参加するというだけの話です。
そして、そこまでに行く間を描いたロードムービーです。
娘の家族全員で、車に乗って遠方まで行きます。そして各人がどんどん不幸スパイラルに入っていき、ドン底まで行った時に、開き直って家族愛に目覚めるという話です。
非常に分かりやすいベタベタな展開です。
でも、それがよかったです。
特に、各人各様の不幸っぷりが素敵でした。
この作品は、各登場人物(家族の構成員)のキャラが立っていてよかったです。
特におじいちゃんは、最後にいいところを持って行き過ぎです。Good Jobという感じです。やってくれたなと思いました。
でもまあ、中心にいるのは幼い娘です。
この子なのですが、ミスコンに出場する設定のくせに、ちょっとやばいんじゃと思うぐらいぽっちゃりしています。
正直、最初に出てきた時、「この年で妊娠?」と思いました。そしてその直後「いくらなんでもそういった設定ではないだろう」と思いました。
たんに太っているだけでした。
お腹周りだけ、以上に太いです。
まあ、この体型でミスコンに出場する辺りが、終盤の展開の条件付けになっているのですが。
しかしこの子の体型は、「痩せた方がいいんじゃない?」と本気で心配になりました。
以下、粗筋です。(大きなネタバレはなし。終盤まで書いています)
娘が「リトル・ミス・サンシャイン」という子供向けのミスコンに参加することになった家族。
その一家は、かなりごたついた状態だった。
父親は、成功するための行動パターンを研究して本を出版しようとしている“成功とはほど遠い”研究家。
母親はそんな夫を支持しており、息子は、そんな“負け組を否定する両親”に愛想をつかして無言の行に入っている思春期の少年。
父親の父(娘の祖父)は、エロとヘロインが大好きなじいさん。
母親の兄で、急遽居候することになった元大学教授は、ゲイで失恋して自殺未遂を起こした人物。
彼らは娘のミスコンに参加するために、おんぼろ車に乗って家を出発した。
しかしその途中、各人各様に不幸が舞い込み、全員ずたぼろの精神状態になりながら会場にたどり着く。
彼らの頭にはもう、娘をミスコンに参加させることしかなかった。だが、そのミスコンが、明らかに娘のためにならないと知った時、彼らは一致団結して意外な行動に出ることになる……。
個人的には、息子と伯父の微妙な目線での会話がよかったです。
息子(無言)「ほら、またこれだよ」
伯父(無言)「いつも、こんななのか?」
息子(無言)「ああ、そうだよ」
伯父(無言)「君に同情するよ」
こういった目線だけの会話が随所に挟まれます。
これがなかなか楽しいです。
こういった会話が成立するように、家族の中に異物(伯父)を紛れ込ませているのは、上手い設定だなと思いました。
家族だけでは、こういった会話が行われず、状況説明が一切できなくなってしまいますので。
予算的にも内容的にも小品に属する作品だと思いますが、なかなか面白かったです。
2008/06/25 (水)
この手の移民受け入れには反対です。 国が傾き、貧富の差が拡大し、スラム化し、暴力事件が増え、路頭に迷う日本人が続出するので。 負の遺産をせっせと作るのが政治家の仕事になっているのは、どうにかして欲しいです。
2008/06/23 (月)
映画「ザ・マジックアワー」を劇場で先々週見てきました。
2008年の映画で、監督・脚本は三谷幸喜です。
主役は佐藤浩市で、脇を固めるのは妻夫木聡と西田敏行です。
感想は「大当たり」。ともかく笑いっぱなしで、終盤ほろりとさせられる。
映画館から出てきた時には「俺がデラ富樫だ」と何度も言っていました。
とりあえず感想を書く前に、序盤の粗筋(というか設定)を書いていた方が分かりやすいので、先に粗筋を書きます。
以下、粗筋です。(序盤だけ書いています)
ある港町。そこのクラブの若い支配人が、町のボスのところで殺されそうになっていた。彼はボスの女に手を出したのだ。
クラブの支配人と女はコンクリートで足を固められそうになる。その時に、支配人は言葉を漏らす。「僕はデラ富樫を知っている……」
ヤクザたちの動きがぴたりと止まった。
支配人は、彼らがデラ富樫を探しているのを小耳に挟み、助かるために口からでまかせを言ったのだ。
彼らはボスのところに連れて行かれ、デラ富樫を連れてくることを条件に命を助けてやると言われる。デラ富樫とは、幻の殺し屋のことだった。
支配人とボスの女は一時的に解放される。しかし、支配人はデラ富樫が誰なのかそもそも知らない。最初の数日は真面目に調べるが、見付かりっこないことに次第に気付く。
そして、逆転の秘策として、殺し屋を演じてくれる俳優を雇うことに決める。
支配人は、“殺し屋に見えて”“最も売れていない(ボスが顔を知っていそうにない)”俳優を探す。
そして彼に、「自分は映画監督で、あなたを主役にした殺し屋の映画を撮りたい」と言って近付く。
その俳優は落ち目だった。そして、ギャング映画の主人公に憧れていた。
最初は断っていた彼だが、数々の現場での屈辱の後、その“自称映画監督”の“映画撮影”に全てを賭けてみようと決意する。
俳優のマネージャーは、その決断に反対する。しかし彼は、その言葉を無視して“現場”に乗り込む。
そして支配人は、“二つの嘘”を突き通す困難な作戦に打って出ることになった。
ボスに対し、“本物の殺し屋を連れてきた”と思わせること、そして俳優に対し、“本物の映画撮影”だと思わせること。
最初は上手くいきそうだったその作戦だが、思わぬ展開で泥沼にはまる。
ボスが“殺し屋”を気に入り、自分の部下として雇うことに決めたのだ。
そして支配人は、自分の命を守るために、途方もない嘘を貫き通さなければならなくなり、大奔走することになる。
序盤、俳優をボスのところに連れてくるまではちょっともたつく印象がありましたが、俳優がボスのところに来て以降は、ジェットコースターのように笑いの連続で楽しませてくれました。
逆に言うと、序盤はエンジンが掛かっていない感じが少しありました。
特に、最初の最初は、まるで臭い演劇のようで、そういった演出なのかもしれないのですが、映画でそれが気になるというのは、問題のある演出なのではないかと感じさせられました。
かなり強引でしたし。
さて、俳優がボスのところに来て以降の展開です。
最高です。
佐藤浩市(俳優=殺し屋)の“くどくて臭過ぎる演技”と、それを受ける西田敏行の素晴らしさ。
そして、微妙にずれている二人の認識が、支配人の言葉の綾で、微妙に噛み合い、会話が成立するおかしさ。
特にこの出会いのシーンの「俺がデラ富樫だ」と佐藤浩市がペーパーナイフを舐めながら演出過剰に言うシーンが最高です。
映画の撮影だと思っている佐藤浩市は、撮影の撮り直しと思って、何度も同じ台詞を言い、ボスには“よく分からない異常な人物”と映る様子がよかったです。
そういった感じで、話は“微妙なずれ”と“それがなぜかドンピシャにはまる爽快感”と“その陰で奔走する支配人”といった構図で進んでいきます。
その中で、売れない俳優の悲哀や、心の動き、そして心の師匠との出会いなど、きちんと成長物語が描かれています。
そして、その成長物語のために、伏線がきちんと噛み合っています。
笑いだけでなく、よくできた映画だなと思いました。
さて、俳優の力について書こうと思います。
この映画は、西田敏行が非常に素晴らしいです。この映画の説得力の多くは、西田敏行の演技力に負っています。
特にラストの、あまりにも途方もないどんでん返しは、西田敏行の演技力があって初めて成り立つなと思いました。
怖いボスから駄目人間までを同じキャラで演じ分けられる能力。これはかなり凄いなと思いました。
もう一つ書いておきたいのは、台詞の力です。
この映画が終わった直後、かなりの台詞をそのまま口に出して言えました。
それだけ、頭にするっと入ってきて、記憶に残る台詞だったんだなと思いました。
カンフー映画を見て動きを覚えてしまうように、コメディー映画を見て台詞を覚えてしまいました。
これは、他の映画では少ないことなので、特に印象に残りました。
さて、少し脚本について触れておこうと思います。
ちょうど、この映画を見る前の日まで、三谷幸喜のテレビドラマ「合い言葉は勇気」の脚本を読んでいました。
その冒頭に本人が書いていたのは、「このドラマは、僕が好きな要素を全てぶち込みました」ということでした。
その「大好きな要素」として挙げられていたのが「偽者が本物以上に活躍する話」でした。
この「ザ・マジックアワー」もそういった話です。
ちなみに「合い言葉は勇気」は、ゴミ処理場に対して暴動を起こそうとしている住人に対し、鎮めるための弁護士を探しに行った主人公が、弁護士が見付からずに弁護士役の“売れない俳優”を連れてくるといった話です。
つまり「本物を探して見付からなかった」ので、「その職業に見える売れない俳優を連れてくる」、そして、その俳優が大活躍するという話です。
基本構造は全く同じです。
三谷幸喜は、こういった設定が本当に好きなんだなと思いました。
それとともに、役者という人を本当に愛しているんだなと思いました。
「合い言葉は勇気」の中に、こういった台詞がありました。
「○○さんって、どんな人?」
「よく言えば役者バカ」
「悪く言えば?」
「バカ役者」
三谷幸喜は、そういった「役者」が大好きなんだろうなと、二つの作品を見ながら感じました。
さて、最後に二つほど疑問に思った点を書いておこうと思います。
この映画を見ていて、港町の遠景が出てきたのですが、「これって門司港だよね」と思いました。あと、夜景の遠景の光の配置も、関門海峡辺りの建物の配置に似ています。
うーん、どうなんだろうと思いましたが、映画の最後のスタッフロールの協力の中に、「下関」の名前と「門司港ホテル」がありました。
でも、プログラムには、そこらへんの情報は載っていませんでした。
どうなんだろう?
ネットで調べましたが、どうも門司港で合っているようでした。
あと「デラ富樫」という殺し屋のネーミングについてです。
「デラ」って何だよ? と思っていましたが、これはなんなんでしょうね?
「デラ・ベッピン」の「デラ」でしょうか? 謎です。
しばらく経って「デラシネ」(根無し草)かもしれないなと思いました。
「デラシネ富樫」で、「故郷や祖国から切り離された富樫」という意味。
それなら意味としては合っているけどなと思いました。でも、よく分かりません。
2008/06/19 (木)
2008/06/18 (水)
「星」ステージです。
小ステージなので、けっこう簡単だと思います。
新版のEXリバーシですが、プログラミングは終わり、後はHTMLの作成やドキュメント類の整備、デバッグなどを残すのみです。
他の仕事が片付かずになかなか時間を割けずに止まっていますが、早く出したいものです。
あと、「ラジオ・ブラウザ」の新版と、「めもりーくりーなー」の新版も早く出したいところです。
コマ割りマンガになって2回目。
4コマよりはストーリー物を描きやすくなったので、いつもと違った系統の話にしています。
とりあえず、今回は「恋」がテーマです。
映画「ナルニア国物語 第2章 カスピアン王子の角笛」を、劇場で六月上旬に見ました。
2008年公開の映画で、監督はアンドリュー・アダムソン。脚本はアンドリュー・アダムソン他。
アンドリュー・アダムソンは、「ナルニア国物語」の前作(2005年)や、「シュレック」シリーズを手掛けているようですね。
なかなか面白い映画でしたが、だいぶ偏った映画だなと思いました。
以下、偏っていると思った点です。
・攻城戦好きは大喜び。
・基本的にアクション中心。
・ファン・サービス多し。
そして、以下、微妙かもと思った点です。
・ストーリーはあってなきがごとし。ほぼ一本道。
・主役となっているカスピアン王子がとにかくへたれ。
なので、アクション映画(それもファンタジー・バトル物)として見に行くと満足なのですが、ストーリー物として見に行くと不満が残ると思います。
私は、「攻守を入れ替えての攻城戦が中心」という構成(というかそれしかない)で、だいぶ満足しました。
基本的に、ファンタジー戦争物の映画は、それだけで好きなので。
でもまあ、話に深みもなければ、人間ドラマもありませんでした。
さて、この映画を見て、一番感じたのは「カスピアン王子はへたれだ」ということです。
王位を奪われてファンタジーの住人に拾われて、勝手に担がれて大将になるのですが、大将としての仕事が駄目駄目です。
戦場で自分の役目を果たさず、感情に走り、仲間を大量に虐殺しておきながら、自分の非を認めず、他人に責任転嫁しようとする。
うーん、王としては失格ですよ。
一応主役だそうですが、宣伝で「かっこいい王子様」と思って行ったら「とんでもないへたれだった」ことが分かってがっくりすると思います。
結局、最後まで自分ではほとんど何もやらず、たなぼた的に進んでいきますので。
なんというか、ピンチになる理由が「敵の攻撃」ではなく「カスピアン王子の選択の失敗」が多いので、特にそう思いました。
以下、粗筋です。(特にネタバレはなし。序盤だけ書いています)
ナルニア国から帰って来て、普段の生活に戻っていた四人の子供たち。彼らは再びナルニア国に行くことになった。彼の地で、角笛が吹かれたからである。
思い出の地に戻ってきた彼らは衝撃を受ける。それは、以前にいた時代から遥かに下った時代だったからだ。
ナルニア国は、人間たちの王国によってほぼ壊滅させられており、そこに住む人々は伝説の中の存在になっていた。
その人間の国で、一人の男が王位簒奪を狙っていた。
前王の兄弟は、自分の子供の誕生を機に、前王の息子を殺そうとした。その王子カスピアンは、すんでのことで、博士によって脱出させられる。
その博士はカスピアンにナルニア国の伝承を伝えていた。そして、脱出の時に一つの角笛を持たせてくれた。
カスピアンは逃げ、新王の配下は彼を追う。元ナルニア国の森に入ったカスピアンは、角笛を吹いた。そして、その角笛に導かれ、四人の伝説の王たちがこの地に呼び戻されたのだ。
カスピアンと四人の王は出会い、そしてともに戦うことを誓う。
カスピアンは、王位の奪還とナルニア国の保護のために、四人の王は、カスピアンを前面に立て、ナルニア国の回復と安定を図るために。
そして、カスピアンと伝説の住人たちの連合軍と、人間世界の大軍団との戦いが始まった……。
映画を見ていて思ったのは「姉ちゃん強い」です。
矢をばんばん放って、近付く敵は弓で叩きのめしていきます。なんか、殺傷数だけ見ていると、圧倒的にこの娘が一番多い気がします。
あと、「兄貴頑張るなあ」と思いました。
カスピアン王子のへたれっぷりを補うために、面倒なことをほとんど彼がやっています。大変だ。
また、小さい奴らがいいです。小人とかネズミとかがユーモア担当で頑張ります。そう、ユーモアのセンスはかなりよいです、この映画。
それと、もう一つ思ったのは「話の中心は、人間世界の謀略だよな」ということです。
終盤直前、ちょっと驚くどんでん返しがありますので。
基本的に、話の筋がメインではなく、迫力ある戦闘が中心の映画なので、映画館向けの映画だよなと思いました。
とりあえず、攻城戦は楽しかったです。
2008/06/17 (火)
映画「大日本人」のDVDを五月上旬に見ました。
2007年の邦画で、監督・脚本・主演は松本人志。
感想は「最後の十六分で全てがぶち壊し」「これは駄目だろう」です。
ネットで前評判を聞いていましたが、確かにこれは映画好きの人は怒るだろうと思います。
「テレビのバラエティでやるならともかく、映画館まで足を運ばせて二時間も掛けてやることじゃない」というのが素直な感想です。
なまじ、最後の十六分以外の出来がそれなりによかっただけに残念です。最後がなければ、それなりに評価の高い映画になりそうだったのですが。
以下、なぜそういった感想になったのか理由を書きます。その後に、ネタバレ入りの詳細を書きます。
さて、上記の感想の理由です。
映画は、無料で流されるテレビと違い、時間的にも金額的にもコストの高い娯楽です。そこでは当然、そのコストに見合う質と内容が要求されます。
「大日本人」でやるようなネタは(後で詳述)、無料で流されるテレビ番組内の、二十分程度の一コーナーでやるべきネタです。
それを、要求されるものが全く違う映画でやっていることが問題です。
この映画は完全に「テレビの松本人志のファン」向けの作品であり、一般の人に向けた作品ではありません。つまり、同人誌をそのまま映画館で流したような映画です。
本来、この作品は「松本人志ファンの集い」などのクローズドな場所で流すべきものです。
それを、他の商業向け映画と同列に売ろうとしていることが無茶だというのが理由です。
なので、そういった内容を「映画(一般向け商業映画)」として売っているのは、そりゃあ映画ファンは怒るなと思います。実際、私も「これはなしだ」と思いましたし。
またそういった制作姿勢から「俺だから許される」という松本人志の傲慢さも感じられ、それがさらに反感を買う理由になっていると思います。
「あんたは映画に関しては、ただの素人の新人だろう。何様のつもりだ」と。そんな風に、映画関係者は怒ると思います。
映画に対するリスペクトが感じられず、「お前ら、松本人志がこういうの作ったら笑うんちゃうの?」という姿勢が見え隠れしますので。
そこらへんが、この映画の問題点だと思っています。
映画の出来うんぬんの前に、制作姿勢に不快感を持ってしまうので。
それでは、ネタバレを交えた感想に入ります。
まずは、粗筋を途中まで書きます。その後、ネタバレありの、終盤の内容について書きます。
以下、粗筋です。
現代日本。そこには「大日本人」と呼ばれる伝統的職業の人間がいた。
大日本人は巨大化して怪獣と戦う職業で、普段は普通の人として暮らし、怪獣が出てくると自衛隊の要請で巨大化して戦闘を行うことで生計を立てている。
昔は羽振りがよく、人数も多く、テレビでの視聴率も高く大人気だったこの職業だが、現在では一人だけになり、テレビでの放送も深夜帯になっていた。
その“最後の大日本人”である大佐藤のドキュメンタリーとして、カメラは彼の日常と活躍を追う。
大佐藤は、近隣住民から嫌われていた。既に斜陽産業となり、不要論の高まっている大日本人は、怪獣との戦いで町を破壊する悪人と見なされていた。
彼は目立たないようにして生きながら、家への投石や落書き、罵倒から必死に耐えて生きていた。
そもそも怪獣の数が少なくなっており、自衛隊の戦力が向上してきたことで、大日本人の必要性は薄れてきていた。彼自身も、自分が最後の大日本人になる可能性をひしひしと感じていた。
そのドキュメンタリーの撮影の中、怪獣が現れ、大佐藤は出動する。そして自衛隊の基地に行き、電気を浴びて巨大化する。彼は町に出撃して怪獣を撃退する。
そんな大佐藤には、老人ホームに入っている祖父がいた。
四代目大日本人だった彼を、大佐藤は慕っていた。五代目であった父親に厳しくされていた彼は、祖父によく助けられていたからだ。その五代目は、電気の流しすぎで死んでしまった。
ドキュメンタリーの撮影開始以降、次々と怪獣が町に現れる。そしてその都度大佐藤は出撃して撃退する。
だが彼は、未確認の怪物に敗北してしまう。そしてそのことで大日本人に対する世間の関心が一気に高まる。瞬間視聴率が跳ね上がり、雑誌は彼のことを取り上げ出す。
大佐藤は、世間の批判の矢面に立たされることになった。
そして、大佐藤を敗北させた怪獣が再び現れた時、逃げようとする彼の目の前に、変身した老人の四代目が現れた……。
最後の十六分以前は、それなりによく出来ています。
ウルトラマン的存在を、プロレスや伝統芸能的に扱い、ディティール積み重ねていくことでリアリティを積み重ねていきます。
この手法はかなりよく出来ており、実際に“巨大怪物物”として一定以上のクオリティを保っています。
下手な邦画の特撮よりクオリティが高いのではないかと思わされます。
そして大佐藤の微妙な立ち位置もよいです。強い力を持っていながらも社会的には弱者である存在。
また、ドキュメンタリーを撮っているスタッフとのやり取りも上手いです。スタッフは、基本的に大日本人否定派で、ゆとり世代的な受け答えで大佐藤をいらいらさせていきます。
しかし大佐藤は、自分の存在と大日本人の存在を守るために、できるだけ愛想よくしなければならず、必死に堪えます。
ここらへんは、終盤にいつ爆発するんだろうと思わせる爆弾要素になり、緊張感を醸し出しています。
映画が、こういった前提の上に、何らかのきれいな解決をしていれば、たぶん評価の高い映画になっていたでしょう。
しかし、実際はそうなっていませんでした。
では、どうなっていたかというと、最後の十六分で、いきなり「うそっぴょーん」と、これまで一時間半以上積み重ねていたものを全てなかったことにします。
「ここからは実写でお送りします」
といきなりテロップが出て、着ぐるみが出てきて(それも、これまでのストーリーと無関係のキャラ)、適当に戦って終わります。
夢オチよりもひどい展開です。
テレビのバラエティ番組内の二十分ぐらいのコーナーならこれでもいいのでしょうが、二時間掛けて見せる映画でやることではないです。
この人、映画業界に来なくていいのにと本気で思いました。
これはひどい。
というわけで、身も蓋もないひどいオチの映画なので、作ったスタッフは報われないなと思いました。CG頑張っていたのに。
また、松本人志という人間は、テレビのバラエティの中だけで仕事をしていた方がいい人間だなとも思いました。
自分の知名度に寄っかかって仕事をする人は、物の作り手として問題があります。少なくとも、その知名度で別ジャンルで簡単に仕事ができるとは思わないで欲しいです。
まだ今年は半分経っていませんが、たぶん今年のワースト三に入る映画だなというのが正直な感想でした。
2008/06/15 (日)
秋葉原事件について思う
↓Permalink(感想&トラバ投稿)
2008/06/06(日) 14:44:38
秋葉原の殺人事件について、いろいろと思うところがあるので、少し文章を書きます。
最初に断っておきますが、これは完全に私見です。一般則ではありません。
また、私は偏った人間です。そして、他人と同じ物の考え方である必要があるとは考えていません。
私は自分が社会的辺境に住む人間だということを自覚しています。
そういった人間が書く文章だということを前置きしています。
● 殺人が悪である理由
まず殺人についてです。殺人はそもそも悪ではありません。しかし、それを悪としていることを私は積極的に支持します。
なぜならば、殺人が悪である社会は、私にとって望ましい社会だからです。
社会には、いくつかの安定状態があります。平和という安定状態、戦争という安定状態、無秩序という安定状態、etc...。
それぞれの社会は、動的に緩やかに変化しながら、その瞬間々々には比較的安定しています。
これは、恒常性の問題で、物事の変化は直線的ではなく、角が斜めになった階段状に起こるからです。
そして、この“それぞれの安定社会”によって、殺人が悪かどうかは変わります。
全ての殺人が悪である社会、一部の殺人は善であり、残りの殺人が悪である社会、殺人自体に善悪という概念すら付与されていない社会。
これらの社会の中で、私は「全ての殺人が悪である社会」を支持します。
なぜならば、私が現在いる社会的立場では、そのことが最も利益が大きくなるからです。
殺人を悪であるとしなければならない最大の理由は、自分や自分の周囲の人間を殺人から守るためです。
そして、社会の種類によっては、この殺人の一部が善とみなされます。
無秩序状態を除き、そういった殺人が許容される社会に多く見られる特徴は、人間の経済的価値の格差が大きいということです。
つまり、経済的に“安い”人間がいる社会では、その“安い”人間に対する殺人は悪とはみなされない傾向があるということです。
もっと言うと、“価値のない”人間がいる社会では、その“無価値”な人間に対する殺人はかなりの率で許容されます。
人類がこれまで経験してきた社会のほとんどは、この“人間の価値”についてピラミッド状の構造を持っています。
一部の価値の高い人間と、その他大勢の安い人間で構成された社会です。
そういった社会の中で、私は「一部の価値の高い人間」ではありません。たぶん、私以外の多くの人もそうでしょう。
だから、「全ての殺人は悪である」という価値観に賛同の意思を表明するのです。
「殺人犯による殺人」も、「テロリストによる殺人」も、「いじめによる殺人」も、「追い込まれた人の自殺という形の殺人」も、「戦争による殺人」も、「死刑による殺人」も、全ての殺人に反対するのです。
なぜならば、少なくともこれから前後千年ぐらいに人間が経験する社会において、殺人の正当化は、価値の高い人間が安い人間を殺すことを助長する傾向にあると考えているからです。
殺人という行為は、本来それ自体は悪ではありません。
しかし、私は殺人は悪であるという価値観に賛同しています。
それは、小さい意味では「自分自身と、自分の周囲の人間の生命と安全と精神を守るため」に、そして大きな意味では、「社会という歯車に、自分やその他同じような立場の人間がすり潰されないため」にです。
なので、今回の秋葉原の殺人事件は、悪以外の何物でもありません。そして犠牲者の方々や、その周囲の人たちの悲劇を思うと正直言ってやり切れません。
● 経済問題としての今回の事件
今回の事件を知り、その容疑者の背景を知るに及び、「これは経済問題としての側面が非常に強い事件だ」と感じました。
容疑者は経済的弱者として追い詰められており、そこから暴発したという事実は見逃せません。
その後、ネットに次々と上がってきた周辺情報を読む限り、こういう形でなくとも、いつかは誰かが暴発していただろうし、また、そういった人(予備軍)が大量にいることも浮き彫りになりました。
(注:浮き彫りになったのは私の事実認識であり、実際はそういう状況が長く続いているわけです)
そして思ったのは、「経済界や政界の失敗が、そのツケを払わされた人たちにのしかかっている」ということです。
正社員を支えるために、派遣社員を大量に増やし、その社会的位置を固定化し、さらに搾取の対象としてきた結果、首の回らない人たちを無数に作ってきた。
その一人が、とうとう無差別殺人という形で暴発してしまった。
世の中は、もっとこのことを重く受け止めないといけないと思います。
● 思考の自由は、教育や健康や精神的・経済的余裕によって生まれる
これから少し書くことは、容疑者を擁護するためのものではありません(理由は前述の殺人に対する私の見解を参照)。
そして、被害者の方々がいるということを、一旦思考の外に排除した上での文章であることをご理解いただきたいと思います。
今回の事件の報道や、ネットでの容疑者への意見のいくつかを見て思ったことを書きます。
容疑者は、内向的で、コミュニケーションが下手で、異性の交際相手がいないことに悩んでいた(これは自分の容姿へのコンプレックスとして表出)ということでした。
そのことに対して報道は、容疑者を「信じられないような変な人間」であるように扱い、ネットの一部は、「コミュニケーションを取らない勇気のない人間」として攻撃していました。
この状況を見て、私は二つのことを同時に思いました。
一つ目は、「それは普通だから」ということ、二つ目は、「弱者の立場に立った人間は、そもそも思考が限定され、行動が単純化し、自分でそのことに気付かず、そこから抜け出せない」ということです。
まず、一つ目について書きます。
内向的で、コミュニケーションが下手で、異性の交際相手がいないことに悩んでいるような人間はいくらでもいます。
というか、このレベルの人間は、これまで吐いて捨てるほど見てきました。
誰の周囲にも必ずいるかどうかは別として、そういった人間は大量にいて、普通に社会の中で暮らしています。
異常者でも何でもなく、それは個性の範囲です。
今回の事件は、そういった「普通の人が暴発した」ことが恐ろしいことだと思っています。
次に、二つ目について書きます。
「弱者の立場に立った人間は、そもそも思考が限定され、行動が単純化し、自分でそのことに気付かず、そこから抜け出せない」ということについてです。
人間の思考というものは、多くの人が考えているほど自由ではありません。
まず、教育が与えられていないと、自分の立場に対する価値判断ができず、さらに不満を他人に伝えられず、さらにそれを改善する行動を起こすことができません。
「当然できる」と思うのは、「そこまでできている」人の視点での判断でしかありません。
(少し話が逸れますが、教育の本当の大切さはそこにあると思っています)
そして、これが今回の事件では本題になると思うのですが、肉体的に健康で、精神的に安定していて、経済的に余裕がなければ、人間は思考が限定され、行動が単純化します。
さらに始末が悪いのは、この傾向がある一線を越えると、自分で自分がそういった状態になっていることに気付けなくなります。そして、そこから自力では抜け出せなくなります。
これは、本人の意思や努力の問題ではなく、精神医学の領域に属する問題です。
これを避けるには、周囲に親しい人間がいて、異常に気付き、適切な手を打つしかありません。
故郷から離れた場所で、精神的に追い詰められ、経済的に圧力を掛けられ続ければ、思考は限定され、行動は単純化します。
今回の容疑者の状況の報道や心の動きを綴った掲示板のログを見て、私が一番戦慄したのは、「これって完全に抜け出せなくなった人の行動パターンじゃないか?」ということです。
容疑者がいつからこの状態になったかは知りませんが、そういう状況の中で思考の針が飛んだのではないかと感じました。
もし、論理的に物事を考えられる精神状態で、ある程度正常な判断力があれば、無差別ではなく、自分が追い込まれた状況を作った相手に刃を向けただろうと思います。
つまり、派遣会社や派遣先、もしくはもう少し上の立場の人間へのテロへと向かったのではないかということです。
それとともに思ったのは「これだけ思考が制限された状態の人間を“作業部品”として使うのは、企業にとっては都合がいいだろうな」ということです。
つまり、精神的、経済的圧力を掛けることで、思考を限定し、反論できない状況を作って、可能な限り人間を買い叩く。
容疑者が所属していた派遣会社の現状などもネットで読みましたが、これは赤線などに代表される売春婦の管理方式とほとんど同じです(去年、そういった本を読みました)。
その余りの酷似っぷりに驚きました。
もう一つ、書いておこうと思います。
たぶん、ネットで容疑者の精神性を叩いている人の多くは、欝などで会社を休まざるを得なくなったような人も同じように叩くんだろうなと思いました。
一昨年ぐらいに精神病に関する本を何冊かまとめて読みましたが、あれは病気ですので。
● 生物としてのボスの死
少し補足しておこうと思います。
先ほど、容疑者が派遣先や派遣会社、もしくはもっと上の立場の人間に刃を向ける可能性について書きました。
なぜ、そういった考えが出てくるのかを書いておきます。
理由は、生物界では無能なボスは下から追い出されるべきで、それは死を意味することが多いからです。
本来、集団の中でボスになるということは、そういったリスクを負うことです。
たぶん、そういった状態が身近にないために、「自分が人を管理するということは、自分が無能ならその相手に殺される」ということを理解していない人が多いのだと思います。
本来、他人の上に立つということは、下に付いた人間より無能なら死ぬことを意味しています。
それは、もう少し多くの人が自覚すべきことだと思います。
人の上に立つ、下に付くということは、命のやり取りをしているんだということを。
価値観や社会制度として殺人は反対します。だからといって生物としての立場を忘れるべきではないと私は考えています。
● マスコミ(主にテレビ)の報道について
昨日テレビを見たら、必死にゲームやアニメを叩いていました。何をやっているんだこいつら?
あまりの無能っぷりに、呆れて声が出ませんでした。
正直言って、報道として何も必要なことをしていないです。こいつらに電波利権はいらんだろうと思いました。
● 精神的加害者について
今回の件に関連して、他人と話をして、少し怒ったことを書いておきます。
出社した容疑者のつなぎがなかった件についてです。
この件について、隠した人は軽い悪戯のつもりだったのか、それとも本気で悪意を持ってそういったことをしたのかと聞かれました。
こと精神的な問題については、加害者側の加害の意識の有無は意味を持ちません。
そこには、被害者がいるという事実があるだけです。加害者の意図でそれが許されるわけではありません。
もし、悪意を持って加害したのならば完全に黒です。
悪意がなかったのならば、相手の心の痛みを察することができなかったということで、その人が無知で無能だったことを世間に証明しただけでしかありません。
そして、精神的問題については、誰もが気付かない間に加害者になっています。
私も数十年生きていますので、当然何度も加害者になっています。そして、多くの無知と無能をさらけ出しています。
自分で加害の事実に気付いた時には、恥ずかしさと悔しさで悶絶します。
「自分は加害者ではない」などと本気で主張する人間がいれば、その人は世間に向かって「私は馬鹿です」と叫んでいるにしか過ぎません。
● 生活レベルと人口問題
今回の事件に絡むことですが、ずっと思っていることがあります。
日本は、そろそろ“全員が”貧しくなる時期に来ていると思います。
勝ち組、負け組みではなく“全員が”。
そして、もう少し小さく回す方向性で舵を切るべきだと思います。
それとともに、人口減少については、そもそも人口が多すぎる反動だと思っています。人類は限界に来ていますので。
ただこの問題は、人口≒軍事問題≒経済問題なので、なかなか一国だけ減らすのが難しいのも事実です。
個人的な考えなのですが、本当は、そんなにお金なんかいらんだろうと思っています。
きちんと食事が取れ、そして、ある程度の娯楽が得られ、そして子孫たちが将来を切り開けるようにきちんと教育を受けさせられる。
最低限そのことを“全員が”満たせるようにして、多くを持ちすぎている人は、ある程度持分を手放さなければならないと思っています。
多くを持ちすぎている人たちが必死にしがみ付けば、どこかで革命が起こり全てを失います。
それまでに勝ち逃げする気満々の人が多すぎるのは許せないことですが。
日々、自炊をし、その食事を食べながら思います。
必死に金を稼いで、高い金を払って外食し、仕事で一日が終わり、そのストレス発散のために大量の金を使っている人がいます。
そして、それでもなお、お金が余り過ぎている人もいます。
「もう少し世の中をどうにかしたいな」
自分にはそういった能力はないですが、切にそう思います。
そういう私自身は、世界レベルで見ると大いなる勝ち組であり、物凄い勢いで搾取している側の人間であることも事実です。
● 参考リンク
□マガジン9条 雨宮処凜がゆく! - 製造業の派遣や請負で働く若者たちの生活状況
http://www.magazine9.jp/karin/080611/080611.php
□天漢日乗 - 秋葉原通り魔殺傷事件(その9)「加藤の乱」就職氷河期世代の叛乱
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/06/9_3d6c.html
□池田信夫 blog - 「日雇い派遣」禁止して「日雇い」はどうするの?
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/45a570dd0750a52fe80c0c775ac5c0a5
□404 Blog Not Found - 規制するなら労働時間を
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51065207.html
2008/06/13 (金)
首都圏外郭放水路
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2008/06/06(金) 14:34:33
だいぶ前になりますが、3月に友人の太郎さんと一緒に首都圏外郭放水路に行ってきました。
場所は埼玉と千葉が接するところです。
□首都圏外郭放水路
http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/works/saigai/sonae/gaikaku/frame_index.html
いわゆる「地下神殿」です。

台風などの大雨時に、一時的に雨水を地下にため、より高い位置にある大きな河川に排水するための、巨大な地下雨水キャッシュです。
その広さと、巨大な柱の並んでいる様子、地下にある神秘的な雰囲気から、最近話題の見学スポットです。
映画や特撮でもよく利用されており、管理見学棟(龍Q館という名称)では多くの特撮(ウルトラマン系、仮面ライダー系など)の撮影シーンの写真が飾ってありました。
□Wikipedia - 首都圏外郭放水路(ロケ地に使用した作品例あり)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6...

さて、なぜこんな施設が誕生したかと言うと、首都圏が拡大して、これまで田んぼだったところをベッドタウンとして埋め立ててしまったからです。
ここはもともと凹んだ土地で、水がたまりやすいので田んぼに適していました。
しかし、その場所を住宅地にしてしまったために、雨が降ると水浸しになる地域になってしまいました。
まあ、住む人が少なければ無視してもよいのでしょうが、浸水地域に住む人口が80万人という数値になっているために、早急な解決が求められていました。
そこでたまった水を排水するための水路を作ろうとしたそうです。
でも、一つ大きな問題がありました。
それは、土地が高騰していて、買収費用が膨大になること。
そこで、国道16号線の地下を掘って地下水路を作ることで、買収費用を節減して短時間で地下排水路を作ったということでした。
そんな、金銭的な理由でこの巨大な地下神殿ができたとは知らなかったので、ちょっと驚きました。
さて、この首都圏外郭放水路の仕組みです。
各地に掘った縦穴で水を集め、そこから地下水路を通して、巨大な地下空間(調圧水槽)に水を集め、そこからポンプで高所の大河川に排水します。
このポンプはジェット機のエンジンをカスタマイズしたガスタービンを四台使っているそうです。
このガスタービンは14,000馬力。
というわけで、排水機場に当たる「龍Q館」と「調圧水槽」に行ってきました。
まず、最初に書いておかないといけないのは、ここは見学が主の施設ではないので、見学用の設備の作りではありません。
地下に下りるのですが、階段しかありません。それも、剥き出しの金属の階段。
本当に実用的な場所で、そこを無理矢理見学するという感じでした。
また龍Q館では、映画や特撮の撮影の写真が大量に飾ってあり、撮影用に人気の施設であることがよく分かりました。
そして、そこから移動して、メインの調圧水槽を見てきました。

調圧水槽の感想は、「何もなくて遠近感が狂い、逆に小さく見える」です。
サイズは長さ177m、高さ25.4m、幅78mなのですが、柱しかないので感覚が狂います。
人間の目ではなく、カメラで撮った方が大きく見えます。
これは意外でした。
あと、ちょっと意外だったのが、この柱(59本、長さ7m、幅2m、高さ18m)の存在理由です。
「天井を支えている」と思っていたのですが、逆で「床を支えている」そうです。
浮力で床が浮いてくるので、柱で押さえているそうです。
「へー」と思いました。

ただ巨大な空間がドーンとあるだけで、感想的には特に複雑なものはありませんが、それなりに面白い場所でした。
できれば縦杭(内径31.6m、深さ63m)にも入りたかったなと思いました。
こちらは危険なので進入禁止でした。

あと、パンフレットの中に、落第忍者乱太郎のフルカラーマンガ(24ページもある)があってびっくりしました。
「絵・尼子騒兵衛」って本人です。
こういう仕事も請けているんですね。
秋葉原の無差別殺人の背景を聞いた時に、当然殺人は殺人者が悪いに決まっているけれど、それとともに、経団連や小泉元首相も同じぐらい叩かれなければならないだろうと思いました。
クッキングシートの上にサラダ油をぬり、魚をのせて包み、割り箸の上でレンジでチン。 今度試してみたいですね。
映画「マッシュ」のDVDを五月上旬に見終わりました。
なんやかやで、見終わるまでに三日ぐらい掛かりました。まあ、通して見るほど面白くなかったわけなのですが。
1970年の作品で、原題は「M★A★S★H」。監督はロバート・アルトマン。原作はリチャード・フッカー。脚色はリング・ラードナー・ジュニア。
DVDにはインタビューが付いていたのですが、この作品はアカデミー賞の脚本賞を取っています。
でも、監督のロバート・アルトマンは、脚本を完全に無視させて全俳優にアドリブだけをさせて撮ったそうです。
撮り方は、同監督の「ゴスフォード・パーク」とほぼ同じで、全員が同時にしゃべっている中、誰を撮っているか俳優に知らせずにカメラを回すというものだったということでした。
さて、この映画は、ベトナム戦争(1959〜1975年)に対する反戦映画の意味を持った、朝鮮戦争(1950年〜1953年)の映画だそうです。
そういった予備知識なしに見たのですが、見た正直な感想は「戦争バカコメディー」という感じでした。
主人公たちは徴兵された軍医たちで、戦場の野戦病院でバカをやるといった話の内容です。
ブラックユーモアとかではなく「単なるバカ」にしか見えず、はっきりいって面白くなかったです。
また、「やるぜ戦争イェーイ」「戦場だから不倫しまくるぜイェーイ」という乗りで、見ていて萎えました。
特に後者の、「旦那や奥さんが本国にいるけど、戦場だからやりまくるぜ」という乗りは不快でした。
また、話に明確な筋がなく、シーンの羅列にしか過ぎなかったのも見る気を失せさせる要因でした。
インタビューで監督自身が言っていましたが、ストーリーの明確な筋がなく、いったん完成した後、どうしようと思い、スピーカーでの放送を付け加えることによって筋らしきものを付けたということでした。
なんというか、ぶつ切りの印象です。
こりゃあ、脚本家が怒るわと思いました。
というわけで、有名な映画のようですが、私の感想としては「全く面白くないひどい映画」という印象でした。
きっと公開された時の時代背景などがあってヒットしたのでしょう。
現代人の目から見て面白い映画とは到底思えませんでした。
以下、粗筋です。
主人公たちは、徴兵されて朝鮮戦争に駆り出された軍医たち。
彼らは、仲間の軍医や看護婦たちと、野戦病院でバカをやって日々を過ごす。
特に筋らしき筋はないので、こんな感じです。
完全な外れだなと思いました。
あと、朝鮮戦争なので、お隣の日本にも来ます。場所は福岡県小倉市。
えー、ここどこ?
まあ、それはいいとして、日本にいる時のBGMが全部中国風なのはハリウッドクオリティだなと思いました。
日本がまともに描かれる映画は少ないですので。
2008/06/11 (水)
祝100回です。
1年が約50週なので、2年近く連載が続いていることになります。ありがたい限りです。
というわけで、今回から「4コママンガ」ではなく、「コマ割りマンガ」になりました。
大きな転換点です。
これまで、「4コママンガ」の連載はやったことがあっても「コマ割りマンガ」の連載をやったことはありません。
自分自身のスキル向上と、今後のマンガ読みとしてのレベルアップのために、頑張っていきたいと思います。
とりあえず、今回の猫プロを描いていて分かったことです。
・1ページごとに話を区切らないといけないので、コマ数が必然的に増える。
・コマ数は、だいたい8コマ前後。4コママンガの倍ぐらい。なので、時間は倍ぐらい掛かる。
・4コママンガよりも、ネタの区切りは付けやすい。
・コマの配置で感情の演出を付けられるので、感情系(人情系、叙情系)の話を作りやすい。
まだ手探り感が強いですが、コマ割りマンガの練習を積極的にしていきたいものです。
2008/06/10 (火)
最近話題のお絵描き人系SNSです。
ちょっと前から「入るのじゃ!」と言われていたので入りました。
そして入ったら「絵をアップするのじゃ!」と言われましたので、絵をアップしました。
こっちの方では公開していない絵も何点か入っています。
まだ、よく分かっていないので、時代に乗り遅れないように、適当に使ってみようと思います。
なんだか、絵のブログへの貼り付け機能もあるようなので、アップしたマンガを貼り付けてみようと思います。
というわけで、ちょっと前に描いた6ページマンガ「部屋に生える女の子」を貼っておきます。
あと、こちらはまとめページです。
2007年の読書12/12
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2008/06/06(火) 23:40:50
十二月分です。
● 2007年12月(4冊/計71冊)
■ 神は妄想である―宗教との決別(リチャード・ドーキンス)
(★★★★★)
「利己的な遺伝子」のリチャード・ドーキンスが、昨今のアメリカの宗教国家ぶりに憤慨して、「お前ら有神論者を完膚無きまでに叩きのめしてやる」と書いた本。
ありとあらゆる有神論者の言説を、徹底的に粉砕していきます。
そういう理由で書いた本なので、敵は「キリスト、イスラム、ユダヤ」の兄弟宗教です。名指しです。「こいつらがいなければ、世界はかなり平和だ」という感じです。
また、そのために「仏教はまあ今のところ無害なんでいいんじゃないの?」という姿勢です。
何よりも面白いのは、「敵に勝つには、敵を知らねばならぬ」と、神学や宗教の歴史についてやたら博覧強記なこと。
例えば、
「その言説の元ネタは○○年の△△の書いた文章で、さらにその元ネタは□□で、それは☆☆年に※※によって既に否定されている〜〜〜!!!!」
などといった感じで、凄い勢いで打ち消していきます。
当然、論理武装という意味でも「核兵器で武装していますが何が?」という勢いで、「神を信じる姿勢が、そもそも世界を邪悪に変えている」という姿勢で妥協を許しません。
なんというか「進化論ハンマー(ゴルディオン・ハンマ〜〜〜風に)」という感じで、「神」という存在を隙がないまでに論破していきます。
また、「無神論者のロール・モデルがいない? よし、俺がなってやろう」という風に、やる気に満ち溢れています。素晴らしい。
超戦闘的ドーキンスによる「神殺し」の書は、独特のドーキンス節とともに、非常に面白かったです。
なんというか、ここまで徹底的に実名で戦いを挑む“知の勇者”がいることに、世界も捨てたもんじゃないなと思いました。
そして、一つだけ書いておかなければならないことを書いておきます。ドーキンスが最も批判しているのは、知の扉を閉ざすこと。
神を否定するのが本当の目的ではなく、「疑わず信じること」を強要することで、世界に対して扉を閉ざし続ける人々の蒙を啓くのが目的。
そして、「疑わず信じること」を子供に押し付ける人々に、それがいかに残虐なことかを伝えようとしています。
ドーキンスは本の中で書いています。「宗教は幼児虐待である」と。この視点はなかったなと思いました。
あと、勘違いしている人が多いですが、ドーキンスはイギリス人です。
お薦めの書。
■ 定家百首・雪月花(抄)(塚本 邦雄)
(★★★☆☆)
現代の歌人塚本邦雄が、平安最大の歌人藤原定家に戦いを挑む本。
「はっ?」と思うような煽りですが、内容そのままの本です。
定家の秀歌を百首選び、それに対しての批評を加え、どこが凄いのかを解説し、さらに対抗して自分の歌をぶつけるという本です。
これが面白い。
なぜ面白いかというと「くそー、定家め、いい歌作りやがって」と思っている“分かる”人が、自分がどう打ちのめされたのかを書いているから。
「なるほど、歌人は歌をこう見るのか」というのが分かり、「言われてみて納得。確かにそう言われると戦慄する」と、歌の見方を教えてくれます。
この本を読んで以降、定家関連の本を読んでいて和歌が出てくると、その内容がだいぶ分かるようになりました。
変わった本ですが、勉強になりました。
あと、定家の屈折ぶり、鬱屈ぶりは、非常に共感します。こういうねじれた人間は大好きです。
■ バガージマヌパナス―わが島のはなし(池上 永一)
(★★★☆☆)
沖縄。
「カジマヤー」の前のデビュー作。
こちらも面白かったです。ただ、やはり出来としては「カジマヤー」の方が上です。まあ、当然でしょうが。
■ もっとできる男のたしなみ(松岡 宏行)
(★★☆☆☆)
いただきもの。
イラストと短い文で、いろいろと男女の機微や仕事の機微をまとめた本。
くすりと笑える部分もあれば、そうそうと納得できる内容もある本でした。
2008/06/06 (金)
だいぶ間が空きましたが、ユーザーの方の意見などを取り入れて、いろいろと改良しました。
主な改良点は以下の通りです。
・CSVで保存機能を追加
・表示件数の変更を追加(30件、50件、100件表示)
・検索機能の追加(キーワードを検索できます)
・翌日検索登録機能を追加(検索失敗時にキーワード追加ボタンが表示。翌日の更新時に自動で検索リストに追加)
・レギュラー・キーワード機能を追加(100円以上の単語は自動で毎日検索。上の翌日検索登録で検索したキーワードも100円以上なら自動でリストに入る)
後は、細かいバグ取りをしました。
取り敢えずは今回はここまでです。また、時間を見つけて改良していこうと思います。
2007年の読書11/12
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2008/06/06(金) 15:39:01
十一月分です。
● 2007年11月(4冊/計67冊)
■ 陰の季節(横山 秀夫)
(★★★☆☆)
組織としての警察の知られざる一面をミステリーにした佳作揃いの短編集。
どれもよいできでした。特に、最初の話がぐっときました。
■ すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER(森 博嗣)
(★★☆☆☆)
なるほど、こういうトリックでもトリックとして認められるのかと思いました。
普通に考えると、ちょっとあり得ない話だと思いますので。
物の価値観や考え方には共感する部分が多かったです。大部分、今の私が実践しているところですので。
■ 閉じられた履歴書―新宿・性を売る女たちの30年(兼松 左知子)
(★★☆☆☆)
ちょうど赤線廃止の前後で、婦人相談員をしていた方の手記。
何かの参考になりそうだと思ったので読みました。
あの手この手で女性を精神的・経済的に逃げられなくして縛り付ける手法があるのだなと思いました。
また、女性がそうなった場合の、旦那のメンタリティーの壊れていく様が興味深かったです。経済的依存よりも、プライドの崩壊が大きく、駄目人間に落ちていくという感じです。
あと、一度落ちてしまうと這い上がるのはかなり大変だなと感じました。
■ 藤原定家 (人物叢書)(村山 修一)
(★★☆☆☆)
ここ数年興味を持っている藤原定家について研究しようと思い、数冊買った内の一冊。
平安末期から鎌倉初期の二流貴族の生活がよく分かって興味深かったです。
しかしまあ、この時期になると、有力貴族でない限り、税の徴収もおぼつかなったんだなというのがよく分かります。
その中では、定家はけっこう勝ち組です。
仕えていた主家が武家寄りの政略の人で、彼自身も息子の嫁を関東から招き、晩期は安泰でしたので。
2008/06/05 (木)
「風車」ステージです。
簡単なステージなので、どれだけ石を取れるかが勝負になると思います。
99回です。相変わらず世界征服は頓挫します。
次回100回は、これまでと大きく違います。
というわけで、来週は要注目です。
2007年の読書10/12
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2008/06/06(木) 12:40:58
十月分です。
この月は一冊。忙しかったせいです。がっくり。
● 2007年10月(1冊/計63冊)
■ パラサイト・イヴ(瀬名 秀明)
(★★☆☆☆)
話自体はかなり短い話なのですが、細かな描写が多くて、なるほど現場の人だなと感じました。
臓器移植関係の話がなかなか興味深かったです。
同時期に同じネタを扱っていた「ブラックジャックによろしく」が盛り上がらないまま続いていたのを見ながら、同じネタでも切り口によってだいぶ違うなと感じました。
あと、この作品はゲーム化されていましたが、よくまあゲームとして膨らませたなと感想を持ちました。
それと、これはホラーではなくSFだなと思いました。怖くないですし。
2008/06/02 (月)
2007年の読書9/12
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2008/06/06(月) 12:08:54
九月分です。
● 2007年09月(9冊/計62冊)
■ ローマ人の物語 終わりの始まり[上] 29(塩野 七生)
(★★☆☆☆)
なんだか、人と話をするたびに「始まりの終わり」と言い間違える巻。
そろそろローマ帝国の崩壊が始まりつつあります。最近文庫が出ていないので、早く続きを出して欲しいものです。
キリスト教ウイルス蔓延の辺りが早く読みたいので。
■ ローマ人の物語 終わりの始まり[中] 30(塩野 七生)
(★★☆☆☆)
同上。
■ ローマ人の物語 終わりの始まり[下] 31(塩野 七生)
(★★☆☆☆)
同上。
■ 点と線(松本 清張)
(★☆☆☆☆)
さすがに今見るとちょっと辛いなというのが本音です。
時代性というのはやはりあるなと思いました。
■ 秘密(東野 圭吾)
(★★★★☆)
(★☆☆☆☆)
出来で言えば★4つ。でも、後味の悪さで言えば★1つ。
なんというか、あまりにも何の救いもない話で、読み終わった後にへこみました。
ダウナーになりたくて読んだんじゃないのに、数日ダウナーになりました。
ハッピーエンドとまでは言わなくても、普通の人向けの本には、どこか救いがあって欲しいというのが正直な感想です。
主人公が可哀想過ぎて、不幸過ぎて、目も当てられないです。
■ 北の夕鶴2/3の殺人(島田 荘司)
(★★☆☆☆)
ミステリーというよりは、個人的には青春ドラマ(年齢は上ですが)的に読みました。
熱い気持ちが伝わってくる話でした。
■ 夜市(恒川 光太郎)
(★★☆☆☆)
なるほど、こういうのが評価されたのかと思いました。
しかし、これはホラーじゃないよな、ファンタジーだよなというのが素直な感想です。
■ Motor Fan Illustrated vol.7 安全技術の現在
(★★☆☆☆)
調べ物の本。自動車事故についての研究のために購入。
最新(2007年)の安全技術についてまとまっていました。
内容はよくできているのですが、誤字脱字が多すぎなのが難点。1〜2ページに1つぐらいの割合で見付かりました。
しかし、乗り物の安全技術の本って、探すのが大変だなと思いました。出版点数少なすぎ。
たぶん、業界紙を漁らないと、最新の有効な情報は拾えないのだろうなと思いました。
■ 太陽の塔(森見 登美彦)
(★★★★☆)
馬鹿です。愛すべき馬鹿。そして男汁。
人気が出るのも頷けます。
しかし、自分の周りの学生時代はこんな感じだったよなと思うと、くらくらきます。
2008/05/31 (土)
2008/05/30 (金)
お腹から何かが出てきます。
どこかで見たことのあるような気がする人は、気のせいです。
再来週はいよいよ100回です。
先日公開した「ラジオ・ブラウザ」ですが、窓の杜で取り上げていただきました。
スクリーンショット付きです。
moCo 様の新作スキンです。ありがとうございます。
縦書きのスキンです。漢字表記が面白いです(^^
2008/05/29 (木)
2007年の読書8/12
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2008/05/05(木) 23:32:38
八月分です。
● 2007年08月(13冊/計53冊)
■ 斜陽(太宰 治)
(★★★☆☆)
斜陽の貴族たちの生活を描いた小説。
主人公の女性は、今見るとかなり痛い気もしますが、まあこんなメンタリティかなと。
しかしこの小説で最もキャラが立っているのは“お母様”です。浮世離れしたふわふわした人です。
スプーンでスープを飲む仕草でまずスマッシュヒットします。そして、おしっこをするシーンで止めを刺されました。
放尿をここまで萌え要素で描いた太宰治には感服します。
あれは、私がこれまで読んだ本の中で最も萌え萌えの放尿シーンでした。
■ 独白するユニバーサル横メルカトル(平山 夢明)
(★★★★☆)
狂っている。
そう褒め称えたくなるホラー短編集。
特に、前半に載っている「Ωの聖餐」が秀逸でした。
いい具合で脳みそがとろけます。
■ 慟哭(貫井 徳郎)
(★★★☆☆)
非常に端正な文章ときっちりした構成のミステリー小説。
そのあまりにもきれいすぎる構成のせいで、序盤を読んだ時点で答えが論理的に分かってしまうという難点があるのですが、それを補って余りある出来をしています。
■ 奇想、天を動かす(島田 荘司)
(★★☆☆☆)
こういった構成のミステリーも、ミステリーとしてありなのかと思いました。
スケールは大きいのですが、現代で求められるミステリーとしてはどうなのかなと少し思いました。
■ まさかの墜落(加藤 寛一郎)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。飛行機事故についての研究のために購入。
■ 図解 ヘリコプター―メカニズムと操縦法 (ブルーバックス)(鈴木 英夫)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。飛行機事故についての研究のために購入。ヘリコプターの仕組みを把握する目的。
■ 海難の世界史(大内 建二)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。船舶の事故についての研究のために購入。
■ 博士の愛した数式(小川 洋子)
(★★★☆☆)
何がどうこうというわけではないのですが、つかみ所のない美しい物語が進んでいきます。
数字にまつわる話を展開しながら、短期の記憶しか保持できない博士相手に家政婦親子が交流をしていきます。
交流というには一方通行なのですが、それでも心温まる物語です。よい話でした。
■ 墜落事故―機体が語る墜落のシナリオ(デイヴィッド オーウェン)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。飛行機事故についての研究のために購入。
■ 完全失踪マニュアル(樫村 政則)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。失踪方法の研究のために購入。
■ 手紙(東野 圭吾)
(★★★☆☆)
殺人者の家族が体験する罪の話。
兄が殺人を犯したばかりに、人生の夢と希望を絶たれ続ける青年が主人公です。
重い話ですが、最後に幾ばくかの救いがあります。
個人的には、音楽をやっている主人公の友人が、偉いなあと思いました。彼のおかげで、主人公はだいぶ救われますので。
■ クルマ安全学のすすめ(清水 和夫)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。自動車事故についての研究のために購入。
■ 完全自殺マニュアル(鶴見 済)
(★★☆☆☆)
調べ物の本。死の条件の研究のために購入。
2008/05/28 (水)
VectorのDLページで発生していたエラーですが、問題の発生しないZIPファイルに差し換わりましたのでリンクを変更いたしました。
今回のようなケース(続報2)は初めてだったので、非常に驚きました。
とりあえず、問題は解決しましたので報告しておきます。
ウェブ3.0と黒川紀章
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2008/05/05(水) 13:17:09
TBSの内部事情
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2008/05/05(水) 13:11:35
JavaScriptのエラーが出るという報告を受けたので調べたところ、サーバー上のHTMLから呼び出しているGoogle Analyticsのファイル内でエラーが出ていました。
発生しないようにコメントアウトしておきました。
2008/05/27 (火)
ラジオ・ブラウザ
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2008/05/05(火) 23:04:35
久しぶりの新作ソフトです。ジャンルは音声読み上げソフト。
Web上のニュースを自動でダウンロードして、ラジオのニュースのように、次々と読み上げるソフトです。
ソフトを起動し[読み上げ開始]ボタンを押せば、自動でGoogleニュースを読み込んで、ネット上のニュースを収集して読み上げていきます。
ながら作業をしている時に、ニュースを聞きたい場合に重宝します。
また、[クリップ読み]ボタンを押せば、クリップボード内の文字列を読み上げることができます。
なので、普通のテキスト読み上げソフトとしても使えます。
さらに、IEの右クリックから、Webページの選択範囲を読み上げる機能も付いています。
以下、スクリーンショットです。

個人的に欲しかった機能をローカル向けに作っていたのを、リリースできるところまで持っていきました。
長かったです。
今年の1月16日から開発を始め、他の作業と平行して作り続け、完成したのが3月13日。それから公開まで色々あり、かなり時間が掛かりました。
とりあえず面白いソフトですので、弄って遊んでもらえればと思います。
たぶん、多くの人が弄ると、色々と改良点が見えてくると思います。そこら辺を反映して、さらに改良していきたいところです。
昨晩公開された3.081をダウンロードができない環境があるという問題ですが、Vectorから回答がありました。
やはり、「圧縮ファイルをブラウザがHTMLファイルであると誤認識していることが原因」とのことでした。
というわけで、明日5/28(水)のVectorのサイト更新時に、誤認識されない状態のZIPファイルに差し換えてくれるそうです。
それまでは、VectorのDLページでは、以下のような警告表示が出るそうです。

v3.081では、『Internet Explorer』にてファイルのダウンロードが行えない不具合を確認いたしております。
(『Internet Explorer』がファイルをHTMLファイルと誤認識するための不具合となります。)
なんか、ファイルに凄い問題がありそうな表記です。実際には3.081の不具合ではなく、IEの不具合のはずですが。
まあ、明日になれば改善されるはずなので様子見です。
あれから色々と調べていたのですが、どうやら原因らしきものが分かりました。
公開したLZHファイルをバイナリエディタで開いて確認してみると、想定外の現象が起きていました。
「めもりーくりーなー」では、複数のファイルをLZHでまとめて圧縮して公開しています。
今回のLZHでは、その中のファイルの順番と、各ファイルの圧縮のされ具合の関係で、たまたまHTMLファイルと誤認可能なファイルが出来上がっていました。
以下、どういうことか説明します。
「めもりーくりーなー」の圧縮ファイルの中には「help.html」というファイルがあります。ヘルプページに飛ぶためにショートカット的な使い方をする小さなファイルです。
このファイルが圧縮ファイルの先頭に来ていて、かつファイルサイズが小さすぎるためにほとんど圧縮されず、ほぼHTMLファイルの文字列そのままになっていました。
そのためにLZHファイル全体が、ブラウザによってはHTMLファイルとして誤認され、様々な挙動を生み出していたようです。
以下、想定される挙動の一覧です。
・LZHファイルとして正しく認識。DL成功。
・セキュリティー的に問題のあるファイル(拡張子を偽ったファイル?)と解釈されてブロック。
・HTMLファイルと解釈されて実行。変な文字列が大量にブラウザ上に出る。
・HTMLファイルと解釈されて実行。「めもりーくりーなー」のトップページに転送される。
上記のような解釈の違いが発生するために、ブラウザによって挙動が異なっていたのだと思われます。
とりあえず原因が分かったので、VectorにはファイルをZIPで圧縮して差し替え依頼を出しておきました。
ZIPでは、HTMLと解釈されないようなバイナリの状態に圧縮されていましたので。(バイナリエディタで確認しました)
また、暫定的に「めもりーくりーなー」のトップページに「失敗時の仮DL先」というリンクを追加しておきました。
こちらでもDLできるはずです。
ただ、今回の件でLZHファイルとして正しくファイルがDLできなかった人は、ブラウザが古いとかセキュリティの判定が誤っているなどの問題がある可能性があります。
もし古いバージョンのブラウザなどを使っている場合は、セキュリティバージョンアップがあったかどうか確認した方がいいかもしれません。
単に、新しいバージョンのブラウザの判定アルゴリズムの問題ならば、無視して構わないと思いますが。