●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●           PBeM     猪槌城(いづちじょう)                第1回シナリオ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●                                     柳井政和 ver 0.01 1999.11.07 ver 0.02 1999.11.08 ver 0.03 1999.11.09 ver 0.04 1999.11.10 第1話か第2話、どちらか好きな方のシナリオを選んで参加してください。一人のキャラ は、どちらかのシナリオにしか参加できません。番外には参加できません。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第1話「滝川」 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 万字賀谷、霧深いこの谷の断崖の上に、猪槌の里最大の忍軍である「雪組(ゆきぐみ)」 の屋敷がある。四方を断崖に囲まれたこの屋敷は、難攻不落の雪組天上屋敷と猪槌の里で は呼ばれている。この屋敷に、「雪組」頭領「豪雪(ごうせつ)」と、その娘「雪姫(ゆ きひめ)」は住んでいた。 「雪姫」の心が何処かに失せて既に半月程が経とうとしていた。 「雪姫」は奥の座敷で相変わらず起きているか寝ているか分からない状態で座していた。 屋敷の奥座敷では、頭領「豪雪」が部屋の中央に座し、苛立ちを覚えながら部下たちの報 告を待っていた。 「豪雪」は数年前に妻を亡くしていた。その後、唯一心を許していたのが娘の「雪姫」で あった。その心の支えを奪われた「豪雪」の怒りは激しかった。それ以来、日中は「雪姫」 の心の探索の指揮を取り、夜は「雪姫」の前で寝ずの番をする毎日である。「豪雪」の目 の下には、暗い隈ができていた。 「まだ、分からんのか。下忍共は何をしている! こんなに時間が経って、何も見つけら れんはずはなかろう!」 「今しばらくお待ち下さい、豪雪様」 老人衆の一人、「氷室(ひむろ)」が慌てて「豪雪」をなだめた。「豪雪」は日に日に短 気になっていく。以前の、有能な忍軍の将の面影はそこにはなかった。最愛の娘を思い、 自分の心のままに怒りをぶつける一人の父親がいるだけであった。 既に、猪槌の里に放った下忍の数は百人以上。そろそろ何らかの報告があって良い頃であ る。「豪雪」よりふた周り年上の老忍者「氷室」は思案した。いや、確かに報告はある。 しかし、確証のある情報ではない。出所の分からない情報を告げ、探索をいたずらに混乱 させるわけにもいかない・・・。 「仕方ない。俺が直接探しにいく」 「豪雪」が痺れを切らして立ちあがり、部屋を出て行こうとした。「氷室」が慌てて「豪 雪」を止めた。「豪雪」が、「氷室」を上から見下ろした。禿頭の偉丈夫が鋭い眼光で老 人を射すくめる。 「お待ち下さい豪雪様。実は、確証のない話なのですが、このような報告を受けておりま して・・」 ;** 「氷室」が受けた報告とは、以下のような内容であった。 一月程前のことである。ちょうど、霧が、猪槌の里の近くまで降りてきていた日のことで ある。心の失せる前の「雪姫」は、お側衆(雪姫付きのくの一)ら数人と共に城下町に降 りることがあった。竜神丹という、仙丹を買いに行くためである。竜神丹は、老化を遅ら せ、神通力を授けると言われ仙丹で、「雪姫」が日頃から愛用していた薬であった。 城下町に入るときだった。急に霧雨が降ってきた。陽は、まだ天高く上っている時刻であ った。雲が湧いているわけでもなく、突然の雨であった。あまりにも唐突な雨だったため に、誰も傘を持ち合わせておらず、「雪姫」ら一行は、しぶしぶ道の脇にある大木の陰で 雨宿りをすることになった。 「もし。そこのお方、傘は入用ではないですか?」 済んだ声が耳に飛び込んできた。「雪姫」とお側衆の目の前には、いつの間にか一人の女 人が立っていた。目が切れ長で、絹のような肌。墨を流したような髪、桜のつぼみのよう な唇。見目麗しいその女人は、微かな匂いを漂わせながら、雨に打たれて立っていた。微 笑むときに、目が細くなるのが印象的な美しい女だった。雨に濡れるのが似合う女だった。 「どなたでしょうか?」 お側衆が「雪姫」とその女人の間に割って入り、厳しい口調で尋ねた。 「滝川・・と申します」 柔らかそうな唇からは、甘い声が漏れてきた。吐く息で、辺りの空気の色が変わる。「滝 川(たきがわ)」と名乗った女が、手に持っていた閉じた傘を差し出した。傘を伝って一 筋の滴が流れ落ちる。その滴は、ゆっくりと、長い時間をかけて足元に落下した。その滴 に見入られるようにお側衆たちが動きを止めた。その場の時が止まった。 「妖しげな術を使うようね」 「雪姫」が、動きを止めたお側衆の背後から声を発した。「雪姫」が着物の袖を大きく振 った。「雪姫」の周りの霧雨が、霧氷と変わり、渦を巻いた。 「まあ、怖い・・」 「滝川」と名乗った女は微かに笑った。「雪姫」が、険しい表情で女を睨んだ。女はその 視線を平然と受け流し、一歩踏み出した。先程まで離れた位置にいた女が、いつのまにか 「雪姫」の眼前に立っていた。 「あなたは、竜神丹を買いにいくそうですね」 「あなたには、関係ないことでしょう」 「雪姫」が、間近で微笑みかける女に答えた。「雪姫」は体中の力が抜けていくのを感じ た。女の匂いが、意識を遠くに運んでいく。女は、唇をゆっくりと開いて尋ねた。 「なぜ、竜神丹を?」 「雪姫」の口からは、意外にも本心が漏れ出していた。 「決まっているでしょう。老いないためよ。私は、母のように死にたくはない。見にくく 年老いて顔に皺を刻み、腕を枯れ木のように枯らして死にたくはない」 「滝川」と名乗った女は、何かを思うように目を閉じた。 「死は・・、死は始まりに過ぎないわ。人は死ぬために生きる。そして、死なないために 生き足掻く。死して初めて知ることもあるのに、死を際限無く恐ろしいものとする。私は 生きるために死を選ぶ女」 霧雨は、女と「雪姫」の二人の視界いっぱいに降り注いでいた。女が目を開ける。二人の 濡れた女が静かに唇を合わせた。 「傘は確かに渡しました」 いつの間にか「雪姫」は傘をさしていた。そして女は「雪姫」の唇に、そっと自らの指を重 ねた。いっとき、指で唇をなで、そしてその指を唇から離した。一滴の液体が「雪姫」の唇 と女人の指の間で糸を引いた。 「傘のお代は後ほどいただきに参ります」 そう言い残して、女は消えた。 ;** 「なぜ、その話をもっと早くせんか!」 「豪雪」の怒号が屋敷に響き渡る。「豪雪」の目に、怒りの光が燃えている。慌てて「氷 室」が言葉を継いだ。 「いえ、しかしこの話を覚えている者はお側衆にも一人もおりませんでして。城下町で、 たまたまこの噂を聞いた下忍がいたということで・・」 しどろもどろに「氷室」が答える。 「その下忍はどこで、その噂を聞いたのだ」 「そっ、それが、遊郭で・・。いえ、すぐにその下忍は処分しておきました。任務中に遊 郭で遊びほうけるとは不届き千万」 「馬鹿もん! それでは、話しの裏づけが取れんではないか。遊郭のどの見世でその話を 聞いたのだ!」 「いえ、すみません。屋号までは。・・、豪雪様。実はこの話には続きがありまして・・」 ;** 「豪雪」は、再び部屋の中央に座していた。「氷室」は話の続きを語った 「ちょうど、昨日、やはり城下町を調査していた下忍が、滝川が戻って来たという噂を聞 いたと言うのです」 「豪雪」の目の色が変わった。「雪姫」の心の手がかりは今の所何もない。唯一、「滝川」 と名乗った女が関係を持っていそうだという情報があるのみだった。 「その下忍は生きておるのだろうな」 「豪雪」は問いただした。 「はっ、はい。それで、現在調査を続行しております。なにぶん、全て噂、噂の情報でし て」 「滝川か。何者だ、その女は・・。直ちに調べるのだ。雪姫の件に関係あるやも知れぬ」 ;** その夜、「滝川」探索部隊が組まれた。城下町をしらみつぶしに探して、「滝川」を探す 部隊だ。 ;** 「豪雪」は、一人、屋敷の窓から外の景色を眺めた。濃密な霧が谷中に渦を巻いていた。 ふと、ため息を漏らす。「雪組」の組織は荒れていた。下で起こっていることが、まとも に「豪雪」の耳に届かなくなっていた。昔の「豪雪」であれば、このようなことを許さず、 組織の緩みにはいつも目を光らせていた。しかし、「雪姫」の心が失せてからはそういう 心持にはなれなかった。 「心では分かっておる。責任のある立場である俺が、組織をしっかり采配せずしてどうす るとな。忍者とは、心を殺して生きるもの。それが、娘一人のために、忍軍を動かしてい る。俺は忍者には向いていないのかもしれない」 「雪組」組織は荒れていた。「豪雪」は、窓に手をかけ、一人肩を落とした。 ;** 鈍砂山から流れる水が、巨大な蛇行を続けている。月河。その流域に網の目のように交わ る小さな支流の間には大きな半月湖が多数できていた。ここは、猪槌の里の東の湿地帯、 忍軍「月組」の生息する土地である。 葦が生え茂り、人の高さ以上の背丈になっていた。このような葦原で月組忍者と闘えば命 はないものと思わなければならない。その月組忍軍の族長会が、月明かりの下、おこなわ れていた。 月河最大の半月湖「睦月」。その周囲を囲むようにして作られた集落「青眼(せいがん)」。 満月の差し迫った月の下、猪槌の里で第二の勢力を誇る忍軍「月組」の族長会が開かれて いた。半月湖の周りには、蒼い火の灯された提灯が無数に掲げられている。「青眼」の族 長「青い目の爪牙」を称える火である。 「聞いたとおりだ。雪組の組織は今や崩壊寸前。今こそ雪組に攻勢をかける時がきた。」 「青い目の爪牙」と呼ばれる「青眼」の族長が声を上げた。「青い目の爪牙」はまだ10 代前半の少年である。その名の通り、青い目が二つ顔の中で光っている。両目の代わりに 丸く磨かれた水晶を眼窩にはめているのだ。この水晶眼は、「青眼」の族長の証である。 少年らしい甲高い声に族長会の大人たちの野太い歓声が続いた。 「今こそ、長年の雪辱を晴らすときが来た」 「討って出るぞ」 「どこから手をつける」 大人たちの声を耳に受け、「青い目の爪牙」が声を張上げた。 「二手に分かれる。城下町と、雪組の屋敷を同時に突く。これで、雪組の指揮系統はズタ ズタになり、配下の者との連絡もままならぬことになる。組織の無くなった忍軍は脆い」 族長会の面々が満足げな顔を浮かべる。 「二つの軍を用意しろ。戦は近いぞ」 再び「青い目の爪牙」は声を張り上げた。半月湖「睦月」に月組の男たちの雄叫びが木霊 した。 ;** 「青い目の爪牙」は、族長会から帰り、部屋で装束を解いた。まだ耳に大人たちの歓声が 残っている。その声を振り払うようにかぶりを振った。光は未だ見えず、音だけを頼りに 生活を続けている。「青眼」の族長は、これまで「青い目」の儀式で身につけた水晶眼に よって、眼が見えていたという。しかし、「爪牙」は未だ一条の光も見出せないでいた。 「暗い、怖い・・」 部屋の中で一人「爪牙」は震えた。最近では、眼が見えない分、耳を通して人の心が読め るようになっていた。大人たちの怒り、憎しみ、悲しみ、憤り、それらの負の感情が声を 通して耳に飛び込んでくる。 「もう、たくさんだ」 「爪牙」は、一人暗闇の中で震え続けた ;** 「久しぶりの城下町ね。町の結界が緩んだから、再びこの町に戻って来れる。ねえ、雪姫。 あなたもそう思うでしょう」 「滝川」と名乗った女が猪槌城の城下町の入り口の前に立っていた。その女は、大事そう に抱えた懐の壷に向かって話かけた。壷が微かに震える。町の入り口では、多くの人々が 忙しそうに通りすぎていく。しかし、城下町の入り口の前に立っているこの女人に気づい ている者は誰もいなかった。女は、町に向かって一歩足を踏み出した。 「パキッ!」 空が割れるような音が響いた。空気が弾けたような音が猪槌の里中に響いた。その直後、 城下町の入り口から女の姿は消えていた。 城下町の大通り。この道をその日に通った霊感の強い男は、一人の見目麗しい女を見た。 その美しさ、そして何よりその香りに心を奪われた者は多かった。そして、町では遊郭を 中心にひとつの噂が流れ始めた。 「滝川が戻った」 女は、町の中をゆっくりと歩いていく。 「千重様、再び滝川が戻ってまいりました・・・」 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 今回の主なシナリオ ■忍者組織「雪組」 内容=「雪姫」の魂の探索 場所=城下町 内容=「滝川」という女人の探索 場所=城下町 ■忍者組織「月組」 内容=城下町の「雪組」忍軍への攻撃部隊に参加 場所=城下町 内容=万字賀谷の「雪組」本陣への攻撃部隊に参加 場所=万字賀谷 ※内容、場所は参考までに上げています。これ以外の場所に行って、違う行動を取っても  もちろん構いません。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第2話「清水探索」 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 「お前ら、人を斬るときにな。一人斬るのと十人斬るのとどっちが難しいと思う?」 猪槌城。二重に堀を持ったこの堅固な城の城門の控えで、髭面の武人が周りの者たちに尋 ねた。男は、名前を「火野熊(ひのくま)」という。猪槌城護衛団「十六夜(いざよい)」 で最も勢力の大きい組織の親分である。十六夜の中では大親分と呼ばれることも多く、千 重の信任も厚い。城門の控えは、剥き出しの木造の部屋で、柱や梁に、荒くれ者の十六夜 剣士たちが鈴なりになっていた。 男たちが顔を見合わせて考え込んだ。今日集まった男たちのほとんどは、十六夜の中でも 若手の者たちだった。 「そりゃあ、火野熊様。十人でしょう」 「違うな」 髭面をニタニタさせながら、「火野熊」は若者たちに自分の考え方を披露した。 「人間は、一人を斬るときは、相手を人間だと思って斬るもんだ。しかし、十人斬るとな ったとき、相手が人間に見えなくなるんだな。そうよ。まるで、大根か何かのようになる ってわけだ。俺たちは、人を斬る商売だ。相手を人間だと思ったら負けだ。大根だと思え。 そして、斬って斬って斬りまくれ。俺たちは人斬り家業だ。人を斬ってなんぼの商売だ」 「火野熊」は、周りの若い者を見渡した。皆、人を斬りたくてうずうずしている連中ばか りだ。その一同の面構えを確かめて、「火野熊」は言葉を続けた。 「清水に探索に行っていた十六夜の斥候が殺された」 一同がざわめく。 「火野熊の親父、誰がやったんですか」 血気盛んな若者が怒りを顕に言い放った。 「まだ謎だ。しかし、殺られた奴らは、体の各所をスッパリと鋭い刃物か何かでえぐられ ていた。どんな得物かは分からない。だが、敵は十六夜の剣士十人を葬り去っている。油 断ならない敵だ」 「親父。敵の姿を見た者は?」 「火野熊」はかぶりを振った。 「いない。昨朝、死体のみが見つかった。えぐられた肉はそこにはなく、死体だけが清水 の塩の原に転がされていた。良いか。清水が干上がるというこの大事件。俺たち十六夜が 原因を探して解決する。当然そうでなければならない。分かるな」 「火野熊」はそこで一息ついた。若者たちの視線が「火野熊」に注がれる。「火野熊」は 再び口を開いた。 「千重様の言葉では、何ものかがこの猪槌の里を狙っているという。敵はいくら斬り殺し ても構わないとのお墨付きだ。志願する者は前に出ろ。千重様から直々に授かっている斬 人許可証を渡す」 その場にいた多くの荒くれ者たちが先を競って清水探索に志願した。彼らの多くは、清水 の探索よりも、「火野熊」から手渡される斬人許可証の方に関心があった。「火野熊」は 我先にと群がる志願者たちの中から、数十人を選び、斬人許可証を手渡した。 :** 「千重様。十六夜の若い者たちの中から、十数人ほど、清水に送っておきました」 暗闇の中に、二本の蝋燭の炎だけが揺らめいていた。ここは、猪槌城の奥座敷。「十六夜」 の大親分「火野熊」は、猪槌城城主「千重(せんじゅう)」に報告をしていた。暗闇の中 から、ズルズルと何かを引きずるような音がする。蝋燭の炎は、紙の覆いが奥の方に置か れており、「火野熊」のいる場所だけを照らすようになっていた。「千重」の姿は見えな い。 「ご苦労だった」 蟇が泣くような声が漏れた。「火野熊」は、居住いを正した。 「所で千重様。清水ではいったい何が起こっているのでしょうか?」 しばしの沈黙が訪れた。「火野熊」は、いつものことだと思い、慣れている様子で「千重」 の言葉を待った。 「千重」の下で仕事をはじめて既に二十年以上が経っていた。その間、何度か万字賀谷が 開いた。万字賀谷が開いている間は、「千重」は、決まってこのように自らの姿を人目か ら隠す。化け物の姿でもしているのか。「火野熊」は一人考えた。 そもそもは、「千重」の不死の秘密を探ろうと城に潜り込んだのがきっかけだった。捕ら えられた「火野熊」に、「千重」は言った。「お前は才がある。お前に組織を一つやろう」 と。そして、「十六夜」を組織させた。二十年。不死の秘密は未だ暴けぬままか・・。 「怪異だ・・」 突然の「千重」の言葉が「火野熊」の思考を妨げた。これまで何度か「千重」の言葉から 「怪異」なるものの存在が語られた。「人を超えようと思うなら怪異と交われ。ただし、 わしのように人には戻れなくなる」かつて、「千重」が言った言葉だ。それが不死の秘密 か? 「怪異を追い払うのだ。怪異は世の拮抗を崩す。怪異は力そのものだ。力は、使い方を知 る者以外には無用の物だ。火野熊よ。猪槌の里から怪異を追い出すのだ」 「火野熊」の目に、かつて猪槌城に忍び込んだときの炎が宿っていた。 「分かりました千重様。私が直接指揮いたしまして、怪異を、この猪槌の里から追い払っ て参ります」 「火野熊」は、「千重」がいるであろう闇の奥をじっと見た。「千重」の姿は見えない。 いっときして、立ち上がり、奥座敷を辞去した。 ;** 猪槌城城下町。大通りから裏路地に入り、二度ほど道を折れた下町に剣術道場「雷神」は ある。今は昼。道場の中から門下生たちの稽古の掛け声が響いている。入り口の戸を開く と、多くの下駄や草履が無造作に脱ぎ捨てられていた。廊下を歩いて道場に向かうと、ま だ少年の面影が残る門下生が挨拶をしてきた。 「二重様。おはようございます」 「ああ」 細面の居候の剣士「二重(ふたえ)」は少年に気の無い返事を返した。面倒臭そうに道場 の戸を開ける。そこには、稽古をおこなっている門下生たちがいた。町道場の中では、盛 況の部類に入る。決して少ない人数ではない。ふと道場を見渡すと、見知らぬ男と目があ った。誰だろう。そう思っていると、門下生の一人が「二重」の側に駆け寄ってきた。 「道場破りです。鍬形師範代が今日は留守でして」 「・・。珍しいな。どこに行っている」 放蕩癖のある道場主「蜻蛉(とんぼ)」と違い、師範代の「鍬形(くわがた)」は、実直 だけが取り柄のような男である。普段なら、この時分は必ず道場にいる。何をしに出てい るのだ。「二重」は、頭を掻いた。しかし、そのおかげで道場破りがまだ逃げ出さずにこ こに居残っている。悪いことではない。「二重」はそう思った。 「道場破りらしいな」 「二重」は、道場の壁にかかっている木刀を手に取った。軽く振って重さを確かめる。そ して、道場破りの方に向き直った。木刀を肩に置き、挑発するように声を出す。 「俺が相手をしよう。名は二重だ。雷神の二重と言えば、そこそこの名であろう。倒せば 名が上がるぞ」 道場破りは立ちあがった。そして真剣を抜いた。 「お前のような華奢な者が、雷神きっての剣士と噂の高い二重だとはな」 「ああ。良くそう言われる。まあ、この道場で俺が別段強いわけじゃあないんだがな。道 場破りの相手は俺にさせて欲しいと頼むと、みんなその役を譲ってくれるのだ。おかげで 名だけが売れて困っている」 「二重」は道場の年少の者たちに微笑んだ。その優しげな微笑に少年たちは上気した。年 経ている門下生たちの中には苦笑する者もいた。二重は、微笑すると美女に負けない面持 ちになる。 「ふん、良いわ。女のような顔を斬るのは気に食わんがな。お前を斬る」 道場破りは刀を構えた。 「二重」は微笑を止めた。顔に怒りの相が浮かぶ。一瞬後、道場破りが「二重」に襲い掛 かった。その刹那、「二重」の木刀が弧を描いた。勝負は一瞬で着いた。道場破りの頭蓋 骨が砕けて割れていた。鈍い音を立てて道場破りは床に倒れた。まだ赤く、さらさらとし た血が床に広がる。「二重」は、倒れこんだ死体を一瞥して縁側に出ていった。 「言うに事欠いて「女のような」か・・」 唇の端を噛んだ。 「またやったようだな・・」 声の方に振り返ると、裏口から、道場主の「蜻蛉」と師範代の「鍬形」がやってきた。 「鍬形」が道場を仰ぎ見る。 「これでいいんです。私は剣の道に生き、剣士として死ぬつもりですから」 「それがお前の人としての生なのか」 「鍬形」が「二重」に答えを求めるでもなく声をかけた。気まずい雰囲気を察したのか、 でっぷりと太った丸い体を揺らしながら「蜻蛉」が明るい声を上げた。 「さあさあ、お客さんだよ。稽古をしているみんなもちょいと手を休めるんだ。さあ、休 憩、休憩」 良く見ると、もう一人の男が「蜻蛉」の背後に立っていた。 ;** 「蜻蛉」は持ち前の陽気な声で、道場の門下生たちに一人の男を紹介した。年は三十代と いったところだ。男は、大きな手に、節くれだった太い指を持っていた。顔は火焼けして、 赤黒く染まっている。男の名は「真鉄(まてつ)」といった。北は鈍砂山に住むタタラの 民の一族であるそうだ。男は、むっすりとした顔で押し黙っていた。機嫌が悪いというの ではなく、元々こういう表情のようだ。 「というわけで、真鉄さんって言うんだ。いやあー、実は古い中でね、昔私が遊郭で遊ん でいたときに知り合った仲でして」 「蜻蛉さんは、今でも遊郭通いじゃないか」 門下生たちの中から笑いが起こる。蜻蛉は、頭を撫でながら一緒に笑った。 「それで、いったいどんな用で雷神に? お茶を飲みに来た訳でも無いようだが」 「二重」が「蜻蛉」に尋ねた。それには「鍬形」が答えた。 「用心棒を頼みに来たって訳だ。南の清水に、あるものを探しにいくそうだ。だが、あそ こには最近十六夜の者が多いだろう。清水の干上がった原因を探しているらしいがな」 「ああ。奴らなら、原因を突き止めるより早く、清水を血の海にしかねない」 「二重」がため息交じりにそう言った。「鍬形」は頷きながら言葉をつなげた。 「そこで、雷神から数人の用心棒を雇いたいと言ってきたわけだ。十六夜とまともに渡り 合えるのは、雷神の門下生ぐらいだからな。というわけで志願者を募る。行程は日帰り。 朝に出て、夜には帰ってくる。二重、お前が指揮しろ」 「ちょっと待った。清水に行けば日帰りで帰れないかもしれない。俺は嫌だぜ」 「駄目だ。今の清水は危険だ。お前が行かなければ死人が出るやもしれない」 「二重」と「鍬形」はにらみ合った。 「まあ、まあ、まあ。」 その場を明るくする蜻蛉の仲裁の声が入った。 「じゃあ、こうしよう。日が傾き始めれば、探し物が見つからなくとも戻ってくる。真鉄 さん。それでいいかい?」 タタラの民の男は、しばし考え込み頭を縦に振った。どうやら、それで良いという返事の ようだ。 「さあ、さあ、さあ。稽古、稽古。私も久しぶりに木刀でも振ってみるかな」 「蜻蛉さんのお腹なら、木刀がつかえてしまいますよ」 道場に笑い声が起こった。「二重」は、不満そうに道場の壁に持たれかかった。 ;** 陽光に、塩の柱がきらめいていた。どこまでも続く塩の原。目を細めて見なければ遠方を 伺い知ることはできない。ここは清水。かつて、月河の豊富な水が注ぎ込み、一面に水を たたえていた湖であった。 辺りは静まりかえっていた。時折、塩の柱が崩れる音が聞こえるだけである。その場所に ゆっくりと動く、光の揺らめきがあった。ゆっくりと、ゆっくりと、塩の原を進んでいく。 その揺らめきのやってきた方向にはいくつかの動物の死骸があった。どの動物も、体の一 部を無造作にえぐり取られていた。 いくつかの、まだ新しい死体から、微かな白い影が立ち上った。魂が抜けているのであろ うか。煙のようにその影は消えていく。消え行く影を良く見ると、影には、黒い光がまと わりついていた。一時経つと、その影も消えた。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 今回の主なシナリオ ■猪槌城護衛団「十六夜」 内容=清水探索部隊に入り「火野熊」と共に清水に行く。 場所=清水 ■剣術道場「雷神(らいしん)」 内容=「二重」「真鉄」と共に清水に向かう 場所=清水 内容=「蜻蛉」と共に遊郭に遊びに行く 場所=城下町の遊郭街。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■番外「明光院」 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 霧深い谷。万字賀谷。この谷を歩く一行があった。数十人の武士と僧。そして一人の老人 の一行だ。僧の一人が老人に向かって尋ねた。 「明光院様。この先には何があるのですか?」 「明光院(めいこういん)」と呼ばれた老人はしわがれた声で答えた。 「異土じゃよ。しかし、こんな老いぼれをひっぱて来て、何の用かと思えば、猪槌の里へ 行けじゃとはな。老人はもっといたわって欲しいのう」 老人はため息をついた。 「それで、手筈は整っているのでしょうな」 武士の一人が尋ねた。老人が面倒臭そうに答えた。 「呼び水は既に手配しておるわい。しかし、まあ。老人をもっといたわって欲しいなあ」 老人は一人毒づきながら一行と共に万字賀谷を進んだ。