●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●           PBeM     猪槌城(いづちじょう)                第四回結果 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●                                     柳井政和 ver 0.01 2000.02.27 ver 0.02 2000.02.28 ver 0.03 2000.02.29 ver 0.04 2000.03.01 ver 0.05 2000.03.02 ver 0.06 2000.03.03 ver 0.07 2000.03.05 ver 0.08 2000.03.08 第8話の結果です。第五回のシナリオは、また別にアップいたします。 今回からPC、NPCの<>≪≫と読み仮名は初出のみにしました。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第8話「婚礼の儀」 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------  猪槌の里に朝日がのぼる。紫にそまった城下町の屋根に、暁の光が黄金色にひるがえる。 よどみは陽の光で浄化され、すんだ空気があたりをみたしていく。  猪槌の里は、日本の中央府である京都より二日ほどの距離にある。しかし、この場所に たどりつくものは、よほど運のよいものか、あるいは異能のものだけである。ここは、忍 びとよばれるあやかしたちの住む隠れ里である。  その猪槌の里の中央には、この里最大の城下町がある。城下町は、ほぼ正方形にひろが っており、その北の突端に、猪槌城とよばれる巨城がある。城主の名は≪千重≫(せんじ ゅう)という。  その猪槌城の横に、巨大な鉄の兵士がたっていた。兵士の身の丈は三十間(約55m)。  城と兵。その二つの巨大な影が、朝日をあびて町に影をおとしている。光は、優しい風 のように町の空気をかえ、そしてすぎさっていった。 ────────────────────────────────────────  朝日の中、城下町をみおろしている巨鉄兵の頭部がうごいた。重く鈍い音とともに頭部 が背中におれる。  中にいるのは三人。一人は巨鉄兵の開発者である≪真鉄≫(まてつ)。もう一人は、そ の操縦者<山嵐>(やまあらし)。三人目は、昨晩ひろわれた少女<白梅>(しらうめ) である。  にわかに巨鉄兵の操縦席に朝日がとびこんできた。 「まぶしい」  白梅が、まばたきをしながら顔をのりだす。眼下には城下町が一望でき、朝日をあおぐ と月河の川面が、夏のこもれ日のようにきらめいている。  「朝になったか」真鉄も身をのりだした。山嵐も目を細めながら、はじめてみおろす城 下町の様子にしばし時をわすれた。  しばらく三人は無言ですごした。最初に口をひらいたのは山嵐だった。 「そういえば、名前をきいていなかったな。名は何というんだ。あと、どうしてこのよう なことになったのか教えてほしい。それに、城下町でおきた騒ぎについて知っていること はないか」  山嵐の矢継ぎばやの質問に、白梅は少しうろたえる。あまりにも一度に質問されたため に、なにから答えればよいのかわからず、仕方なく笑顔をつくってみせた。 「おいおい、山嵐、一度にききすぎだ。お嬢ちゃん。名前を教えてほしい」  「白梅です」真鉄の助け舟のおかげで、ようやく答えることができた。白梅は少し落ち 着きをとりもどし、二人の顔を観察する。年長の男は、頑固そうな顔をしている。年から して、奥さんや子供がいそうだ。怒るとちょっと怖そうである。  もう一人の若い男は、背が高く理知的な感じがする。晴れやかで、人好きのする顔をし ていて、笑顔がなんだか優しげだ。  白梅は、二人の快活な様子をみて安心したのか、今度はうってかわって、明るく答えだ した。まだ幼さをのこした顔がころころとかわり、愛くるしい表情をつくる。白梅は、雪 組と月組の闘争のこと、城下町の南が、何者かによって放火されたこと、月組の忍者に、 危うく殺されかけたことをしゃべった。 「で、雪組に戻るのか」  山嵐のすんだ声に、白梅はかぶりをふった。「私、雪組は抜けたの」もう、雪組にはも どれない。忍びを抜ける手紙をのこしてきたのだから。  なぜだか目から、涙があふれだしてきた。  「心配ない。私も先日、剣術道場に暇をいただいた」山嵐が、白梅のかなしみに笑顔で こたえる。  「くくくっ、そういったあぶれ者があつまるようだな」真鉄も笑みをうかべる。  白梅の涙も晴れてきた。白梅は、のぼりはじめた朝日に、未来への希望をみるような気 がした。 ────────────────────────────────────────  城下町の南。猟師たちの多い密集家屋の近辺では、昨日の大火はほぼ鎮火していた。  あたりは一面の焼け野原である。家を追われ、煤と灰の地になげだされた民衆たちは、 たくましくも、ふたたび自分たちの住処を再建しつつある。燃えのこった木材、戸板など をつかい、当座の雨風をふせぐ仮屋をつくっている。  その民衆の中、一人の異装の男が民衆たちの仮屋づくりをてつだっている。その近くで は、一人の少年が腰をおろし、その様子をながめていた。  異装の男<大矢野一郎>(おおやのいちろう)は汗をぬぐい、少年のかたわらまであゆ みより腰をおろした。 「たまに朝からはたらくと、ひじょうに汗がでますね」  「たまには、酒がぬけるのも悪くないだろう」青い目の少年が軽口をたたく。朝、急に たたきおここされた爪牙は、大矢野の救済活動を見物させられていた。  ≪爪牙≫(そうが)は腰の竹筒をひきぬき大矢野にわたしてやる。「中身は水だ」「酒 じゃないんですね」大矢野がしかたなさそうに乾いた喉をうるおす。「話があるんだろ」 いそがしそうに立ち働く人々の様子をみながら、爪牙はつぶやいた。  「金と飯、それに人手を貸してもらえませんか。多いほどいいんですが」大矢野が、悪 びれもせず口をひらく。「利は」「ないですよ」大矢野は喉をならして水をのむ。「それ に、ききました。猪槌城の城主の千重さんが結婚するそうですね。その場に、雪組があら われる公算が高いと。襲撃などしないでくださいね」  爪牙は青い目を北の猪槌城にむけだまりこむ。 「正直いって、今度の婚礼の儀には、猪槌の里中の武力がぶつかりあいます。お互いにつ ぶしあって、自滅するのが自明の理でしょ。だったら下手に手をつっこんで大怪我するよ りも、ここは一つ地盤をかためて、他が弱ったところで一気に攻勢にでるんです。月組は 精鋭を温存できるわけだし、案外簡単に覇権をとれるかもしれません。まあ、その時は私 にも教会の一つぐらいたてさせてくださいね」  「婚礼の儀は見にまわるつもりだ。千重と≪豪雪≫(ごうせつ)がぶつかりあえば、月 組にとって有利この上ない。むだに多くの忍びを割くつもりはない」ここで、爪牙は一息 ついた。視界には、無数のあばら家がたちつつある。  「金と飯はむりだ。この火事だ、少しの食料では、それこそ焼け石に水だ。それに、職 もなく、家もない民は暴徒と化しやすい。それをふせぐには、仕事をあたえてやることだ。 城下町の東は豪商が多い。安い人手をもとめている商人をさがし、仕事を斡旋してやるよ うにする」 「仕事がありますかね」 「ある。月河周辺の穀倉地帯は、現在月組忍軍の動員により、農作業の人手が不足してい る。  豪商の何人かに口添えをしておく。このあたりの住人を、あらかた月河に移動させてし まえ。このままここにあばら家を建てられれば、またこのあたりから火事になる。一度、 きちんとした区画整理が必要だろう。  あいた土地を買う金ならいくらでもだそう。仕事を斡旋し、移動するさいに安く買いた たけ。額は少なくてよい。当座の金をあたえ、民衆を安心させるのが目的だ」  「それはまた大掛かりな」大矢野は舌をまいた。このところ、爪牙は日に日に成長して いるように感じられる。体はまだ幼い少年のままであるが、心はまるで生き急いでいるよ うに成長している。  「大矢野殿は、金勘定は得意か」爪牙の問いに、大矢野は苦笑をうかべる。「では、民 衆を先導してほしい。手はずはこちらでととのえよう」そういうと、爪牙は風のようにき えた。瓦礫の中に大矢野だけが腰をおろしている。 「私にモーゼになれと言うのですか」  大矢野は、まだ煙の残っている地面をふみしめた。「しかし、この町のモーゼ様は、だ いぶ酔いのまわったモーゼ様だな」大矢野は、苦笑をうかべながら、民衆たちの輪の中に はいっていった。 ────────────────────────────────────────  雪組、月組の闘争。城下町南の火事。ここ数日で。城下町の治安は極度に悪化した。自 然、町の門での警備も甘くなっている。忍者たちの出入りがはげしすぎる。何より、忍者 たちの多くは、門から出入りをしてくれない。  城下町の周囲全体を警備することは不可能に近いことだった。十六夜の剣士たちの警備 は強化されてはいたが、やはり全体を覆うことはできない。  その警備の薄い場所をぬけ。多くの忍者たちが出入りしていた。先日、≪火野熊≫(ひ のくま)に腹を殴られ醜態をさらした<厳瑞>(ごんずい)も、この混乱を利用し町を出 入りしている。今は姿と名を変え、<干水>(かんすい)という少年になっている。  同じように町をぬけた男がいる。  <禍丸>(まがまる)は月河のほとりいた。左肩は膿み、醜くただれて異臭を放はなち はじめている。しかし、痛みは憤怒でかき消されていた。  ≪黒鬼≫(くろおに)を殺す。その一事を胸に今を生きている。  月組の族長の一人、故<手長>(てなが)の土地。その泥流の多い湿地帯の奥に洞窟が ある。洞窟は岩石性の地下窟で、入り口は苔と羊歯でおおわれている。  「忌々しい場所だ」禍丸は洞窟の奥に足をふみいれる。ずっとつながれていた。灯りが なくとも、この程度ならよくみえる。  つい先日まで俺はこの洞窟につながれていた。何度体当たりをしても折れることのなか った太い鉄棒。毎日苦いおもいでみていたこの鉄棒が、今度は、俺のために必要な道具と なる。  「ふんっ」禍丸は地下牢の鉄格子をひきぬいた。  これなら奴の刀もとめられよう。自分を支配していた鉄棒をつかい、今度は憎き敵をほ うむる。禍丸の胸中に、愉悦がこみあげてきた。恐ろしく低い笑い声が洞窟にひびきわた る。 「待っていろよ、黒鬼。もうすぐ殺してやる」  禍丸は一人笑いながら、さらに数本の鉄棒をひきぬいた。 ──────────────────────────────────────── 「号外、号外やー」  陽があがった城下町に、女瓦版売りの声がひびく。道行く人々が、<観影>(みかげ) のうる瓦版を先をあらそいもとめていく。 「あの千重はんがついに結婚や。相手は≪雪姫≫(ゆきひめ)っちゅうべっぴんはん。特 別編集の号外、みんなでみたってや」  瓦版はとぶようにうれていき、あっという間に最後の一枚になった。 「あらら、もう最後の一枚やわ。今日はぎょうさんうれたわ」 「その最後の一枚をもらおう」  男の声が観影にむけられた。ふりかえると、白髪の美しい面立ちの男がたっていた。か たわらには、老人と覆面、女二人と男をつれている。 「ほなこれで今日の商売はあがりやな」  観影は最後の一枚をその男にわたした。「≪氷室≫(ひむろ)、はらってやれ」白髪の 男、≪深雪≫(みゆき)は瓦版をうけとる。観影はほくほく顔でその場をたちさった。 「ふむ、千重と雪姫が結婚か」  深雪はあるきながら瓦版をよむ。 「深雪様。婚礼の儀の襲撃をお考えになっているようでしたら、なにとぞお止めになって ください」  かたわらの男、<蝉雨>(せみあめ)がおずおずと深雪に進言する。「それは、どうい う意図の言葉だ」深雪の声が、冷たい針のように蝉雨をつらぬく。深雪の声はそれだけで 人を畏怖させる。蝉雨は口の中がたちまち乾いていくのを感じた。 「さようで。この婚礼の儀、雪姫をめぐって千重と豪雪があらそうのは必至。他の者たち も蠢動しているようです。このさい奴らの共倒れをまってはいかがかと」 「生者は臆病だ」  ふたたび深雪の声が蝉雨をさす。されば死者になれ。蝉雨には、そういっているように きこえる。死ねば元も子もない。 「お前が先頭にたて」  深雪が底冷えのする声でいった。「滅相もございません。その栄誉は、ぜひぜひ、<式 鬼>(しき)殿に」蝉雨はことさら陽気におうじた。脇の下にはぐっしょりと汗をかいて いる。  「それではお前はなにをする」瓦版を氷室にまわしながら、深雪は蝉雨の目をみた。 「じ、城下の動静をさぐってまいります」蝉雨はその場から逃げだすようにたちさろうと した。 「待て」  深雪が蝉雨の肩に右手をおく。そして左手を蝉雨の腹にいれた。腹に激痛がはしる。呼 吸が一瞬できなくなる。腹中に、なにかがうごめく違和感をかんじる。 「なっ、何を」 「豪雪の下にいくのだろう。偵察で死ねば報告もできぬ。いつ死んでもよいように、黄金 蟲をいれておいた。なに。死ねばただの傀儡になるだけだ」  深雪が蝉雨の肩をおす。二歩、三歩すすみ、蝉雨はその場にたおれた。 「報告を期待している」  そういいのこすと、深雪はふたたびあるきだした。 ────────────────────────────────────────  戦功で得たものは、切り込み隊の隊長の地位とあびるほど酒がのめる金。悪くはない。  月組の豪傑<鯨州丸>(げいしゅうまる)は、城下町の東にある酒仙楼という店で酒を のんでいた。安い店ではない。鯨州丸には、分不相応といった感はある。大金でも入らね ば、こんな店にくることはない。  席は各々個室。密談には最適の店だ。  鯨州丸が酒をのんでいる席に、長身の男がはいってきた。体は細く、顔には傷がある。 「お、これは<錐鮫>(きりさめ)殿。いいところへきやしたな。一緒にどうですかい」 「うむ。一献もらおう」  錐鮫は、席につきながら杯をさしだす。鯨州丸は、あふれんばかりに酒をそそいだ。 「この間の活躍の褒美ってことで金子をいただきましてね。こうして派手につかってるわ けでさ。それと、今度派手なことやるそうで斬り込み隊を一つまかされやした」 「ふむ、うまくやっているようだな」  錐鮫は喉をしめらせながら鯨州丸の報告をうける。報告が深雪の件におよぶと、にわか に錐鮫の表情がかわった。 「なに、深雪だと」  鯨州丸は噂で聞いた話だとつげ、あわててその補足をする。 「へい。雪組の深雪ってやつがでてきたって。実際に戦ったやつもいたらしいですが、み んな殺されてしまったそうです」  「そうか、先日のあれの理由がわかった」錐鮫がぼそりとつぶやく。「なんです」「気 にするな。私はもういく」席をたつ錐鮫に、鯨州丸はあわてて声をかけた。 「旦那、あっしはこれからどうすればいいんで」 「おっとそうだったな。では」  錐鮫は鯨州丸に幾つかの指示をあたえた。豪雪と直接あらそわず、豪雪の直属の戦力を そげ。雪組の弱体化をねらえ。それが錐鮫の指示の内容であった。 「へい、分かりやした」  錐鮫は鯨州丸に念をおし店をでた。 「深雪様か。あの人ならばおそらく」  錐鮫の顔に、醜悪な笑みがうかんだ。 ────────────────────────────────────────  城下町の西にある剣術道場といえば、誰もが真っ先に雷神をおもいだす。その雷神の剣 士たちの実力は、城下町一だといわれている。いつもは、稽古の声が絶えることのない道 場で、今日はかわりに≪蜻蛉≫(とんぼ)の指示がとびかってた。 「じゃあ、こちらの舞台の設営の手配は、<魅遊>(みゆ)にまかせる。警備の人員の配 置は≪鍬形≫(くわがた)に、設営の人足のための炊き出しの指示は<東雲>(しののめ) に」  急の婚礼の手配のため、雷神、石神油総出で準備にかかっている。いつもは雷神にも石 神油にもさほど顔をださない蜻蛉だが、さすがに今回は二つの組織の人員をつかわないわ けにはいかない。蜻蛉は忙しそうに指示だけだすと、ふたたびび外にでていった。  「ふむ。それでは警備の人員配置について話す」鍬形が道場の真ん中にたつ。既に、昨 晩に蜻蛉と話はつけてある。「まずは警備の隊を六つに分ける。≪二重≫(ふたえ)、< ジョン・義理>(じょんぎり)、・・」つづけて合計六名の名をあげる。「以上の者たち は二交代で三組づつ、当日の警備の指揮にあたる」 「警備など十六夜にまかせておけばよいでしょう」  二重が不満そうな声をあげる。ジョン・義理はニヤニヤしている。 「十六夜は街の警備に忙しい。それを考慮しての配置だ」  「当日は忍者たちが出るかもな。切捨て御免ですか」ジョン・義理が嬉しそうにいう。 「そうだ。忍者は斬ってもかまわない」鍬形が短くこたえる。 「じゃあ、当日までは何もしなくていいんだな」  まだ不満そうに二重がきく。どうも、気がのらないようだ。 「二重様。それじゃあ、私がまかされた炊き出しの指示をてつだってください」東雲が、 二重の手を楽しげにひく。二重があらがう。 「このあいだは心配してくださったのに手伝ってくれないんですか」  東雲の言葉に二重はうなりをあげ、しぶしぶしたがった。 「それじゃあ、残った暇な人たちは会場設営のてつだいをしてもらうわよ。どうせ当日ま で暇なんでしょう」  魅遊の声に、鍬形とジョン・義理が渋い顔をした。「いや、暇ではない」「実は忙しく て」鍬形とジョン・義理はその場をたちさろうとしたが、石神油の主だった者たちにすぐ にとりおさえられてしまった。 ────────────────────────────────────────  猪槌城。天守閣をそなえた豪壮なこの城は、戦乱のための城と言うよりは権威を示すた めの城にみえた。いや、堅牢なことには違いはない。しかし、これだけの城をこの地に築 き、いったい誰からの攻撃をふせぐというのであろう。  忍者たちからの攻撃をふせぐのか、それとも猪槌の外からの攻撃をふせぐのか。いや、 たとえ、そうであっても説明がつかない。それに、巨鉄兵のような巨大な兵器までつくり、 いったい千重は何者と戦うつもりなのであろうか。  巨鉄兵の操縦者として猪槌城に滞在をゆるされた山嵐は、特にすることもなく猪槌城の 中をあるきまわっていた。真鉄は巨鉄兵の納品後いったん鈍砂山にかえった。婚礼の儀に はお伽衆の一人として出席するそうだ。  真鉄は、蜻蛉の推挙で千重のお伽衆の一人となっている。  あれから数日。色々あった。何人かの忍者が真鉄の下にくだり、少数ながら真鉄党とい える組織ができつつあった。雪組の<氷柱>(つらら)。白梅の兄の<蒼竹>(あおだけ)。 他数人がいた。彼らは、庭の兵舎に山嵐や白梅とともにいる。  山嵐は城の庭をみながら廊下をまがった  「おっと危ない」「あっ、蜻蛉様」山嵐はかつてかよっていた道場の主に礼をした。 「おお、山嵐。久しぶりじゃないか。鍬形からきいた。今は真鉄の所にいるそうだな」 「ええ。おかげ様で色々と教えていただいております」  「がんばれよ」蜻蛉は満足そうに頷きその場をあとにした。  山嵐はふと空をみあげた。日中の空に月がみえる。「月か」あの日の真鉄の顔がうかぶ。 そういえばあの日、真鉄はしきりに月をみていた。 ────────────────────────────────────────  猪槌城の南、正門前には数多くの武家屋敷がたちならぶ。武家といっても、千重から直 接禄をもらっているものは少なく、それぞれが独自の収入源をもっている。  武家屋敷に住む者たちは地面持ちが多い。その収入の多くはその土地の賃貸料や収穫か らはいる。武家屋敷は、豪商の多い城下町東とならび、富裕な者たちが多い一角である。  その武家屋敷の間で、婚礼の儀の会場設営がすすんでいる。設置の段取りは、すべて蜻 蛉がとりきめ、その実動は蜻蛉がかかえている石神油のものたちに指揮させている。会場 は着々とできつつある。 「ちょっと、その飾りは、こっちにおいて。いや。それは、むこうよ。あとそこ。鍬形さ んとジョン・義理さん。ぼーっとつったってないの」  魅遊は、男達に指示をとばしていた。目がまわるような忙しさだ。二日といって借りた 禿のことが気がかりだ。明日香に指示をだしている暇もない。誰かこの役をかわってほし い。 「それじゃあ、お先に失礼します」  東雲が二重とともに雷神道場にかえっていった。空をみあげると、そろそ夕方になろう としている。ともかく≪花扇≫(はなおうぎ)に事情を話し、もう少し<明日香>(あす か)を貸してもらえるようにお願いしよう。 ──────────────────────────────────────── 「急ごう。そろそろ日が暮れる」  道すがら、二重が東雲をいそがせる。まだ夕方には間があるのに、何かに憑かれたよう に、二重は夜を恐れている。 「二重様、まだ日暮れまでは間があります。そんなにいらいらしなくとも」  本当は、二重様とゆっくりかえりたい。東雲は、せかせる二重が恨めしい。  二重がいそぐと本当に早い。あるいているのか、はしっているのかわからない早さにな る。だが、これでも東雲にあわせて歩調を遅らせているのだろう。本気でいそげば、一歩 で十間(18m)はすすむ。 「でもどうして二重様は日が暮れると出歩かないんですか。夜が怖いとか」二重のこたえ はない。「でも確かに日暮れ時というのは少し怖いですよね。黄昏時は、逢魔が刻といっ て魔物にであうっていいますものね」  「二重様、魔物は怖いですか」東雲は、とりとめもないことを話していると我ながらお もった。「そんなことないですよね。だって二重様も鍬形さんもジョン・義理さんも、雷 神の人ってみんな化け物みたいに強いんですもの」  あいかわらず二重は無言だ。  東雲は、くすくすと子供の声で笑いながら話をつづける。「私はみたことはないのです が蜻蛉さんもお強いんですよねぇ」でっぷりとした体で剣を振る蜻蛉を想像して、東雲は くすりと笑った。  つと、二重が歩をとめる。「化け物ね」二重は少し顔をゆがめる。「化け物、だったら どうする」二重は再びあるきだした。 「だったら魔物に逢うのも怖くないですね」東雲は、いくぶん歩を早めた二重をおいなが らにこりと笑った。 ────────────────────────────────────────  その日の夜、一つの小さな事件がおこった。雪組と月組の闘争以来よくある事件だが、 二つの顔のない死体が道にころがった。雪組の抜け忍、蒼竹がつくった死体だ。二つの死 体の背格好は蒼竹、白梅に似ており、二人の服がきせてあった。  雪組では、その小さな事件は、月組の仕業だとして処理された。 ────────────────────────────────────────  城下町夜。町の東にある隠居老人の住む家に灯かりがついた。このあたりは、裕福な家 が多く、夜に灯かりをつける家も多い。その老人の家の中。 「死体は、軒の下にでもうめておけ。隠居老人ならば、たずねてくる者も少なかろう。家 の広さも手頃だな」  深雪は部屋の中央に腰をおろした。普通の宿や隠れ家にいけば、無駄に豪雪の部下たち と接触する可能性がある。豪雪のことだ、深雪復活のことは、もうしりおよんでいること であろう。いちいち小者を相手にするのもばかばかしい。  式鬼が軒の下に死体をうめている。  <紫>(むらさき)は、深雪にいわれたとおりに、筆とすずり、紙をさがしてきた。紫 には深雪が、蝉雨が恐れているほど怖い人物にはみえなかった。  万字賀谷で空から岩がふってきたときも、岩をよけそこねた紫をつかまえてたすけてく れた。それ以来、深雪を怖いとおもったことはない。  「なにをかいているのですか」深雪の手元を、紫がのぞきこむ。「地図だ」深雪は、細 かい字や絵をびっしりと紙にかきこんでいく。紫が感心して声をもらす。 「ここが城下町で、ここが万字賀谷。あれっ、万字賀谷の中はかかないのですか」 「必要ない。今や万字賀谷は完全にとざされた。出入りはできない」  「えーっ。そうなの。そんなの困るわ。一純様のお命は、もって半年なのよ」紫が声を あげる。「なんだ一純とは」「私のご主人様よ。私は一純様の病気を治す秘薬をさがすた めに、この猪槌の里まできたんだから」深雪が筆で、紫の顔に大きくバツの字をかく。 「それは残念だな。一純とやらのことは忘れろ」  「何をするんですか。人の顔に墨なんかで」怒る紫を片手でおさえつけ、深雪はその顔 を紫に近づける。「悪かったな。顔の墨は、俺がなめとってやる」深雪の顔が、紫にせま る。紫は、心の臓が早鐘を打つように鳴っているのを感じた。 「死体をうめおわりました」  式鬼が深雪の背後から声をかけた。紫と目があう。紫は顔から火がでるのを感じた。深 雪の腕の力がゆるむ。紫は蝶に姿を変じて深雪の腕の中からとびたった。 「式鬼よ、無粋はいかんな」  深雪は床に横になり、地図の続きをかきはじめた。ふたたび、頭の中は、婚礼襲撃のこ とをかんがえはじめる。  紫は家の外にとびたった。玄関のあたりでふたたび人の姿にもどる。まだ胸が鳴ってい る。顔から火がでそうな気がする。一純様とあうときとは違う、生々しい感情。紫は、忍 びの修行でおそわったように、呼吸をととのえた。 「おい、その格好はなんだ」  蝉雨の声がした。真っ赤な顔で、鼻血をながしながら、蝉雨がたっている。「顔にペケ をかいて、真っ裸で」真っ裸。紫は、自分の姿をみる。そうだ。変身後は真っ裸だ。  紫は、声にならない悲鳴をあげて、蝉雨に平手打ちをくらわせた。蝉雨がとび、茂みに たおれこむ。紫は、すぐに家にはいり、かんぬきをかけた。蝉雨がおきあがり、戸にすが る。ひらかない。 「おーい、あけてくれ」  蝉雨は、なぜ自分がこんな目にあうのかわからないまま、家の戸をたたきつづけた。 ────────────────────────────────────────  陽が中天にさしかかろうとしている。真鉄は、青々とした木々の坂道を、上へ上へとの ぼっていく。峠をこえると視界がひろがる。鈍砂山の、タタラの民の集落がみえてくる。  結局、夜をてっして巨鉄兵の性能をためしていたせいで、蜻蛉とあそびにいく暇もなか った。それだけが心のこりである。だが、それ以外は満足であった。巨鉄兵の性能は申し 分ない。今日はゆっくりと、妻と子供の相手をしてやろう。  真鉄は、足早に坂をおりた。  タタラの民の集落をぬけ、崖の縁にたっている我が家にむかう。家の前に二人、いや三 人の人影がみえる。一人は<土亘>(どせん)。あの男、神通力を身につけおったか。後 の二人はしらない。女と老人だ。  「どけ、ここの主に話しがあってきた。どかぬば斬るぞ」女が威嚇する。  「ふんっ、貴様を俺の力の実験台にしてくれるわ」土亘がおうじる。  真鉄は、家の前にいそいだ。家の戸の奥で、ふるえている妻と子供の姿がみえる。老人 が真鉄に気づき、声をかけようとした。 「ばかもん」  真鉄の大喝が山にひびきわたった。「わしの家の前で何をしている」真鉄が、烈火のよ うに怒りくるい、二人の顔をにらむ。 「<吉野>(よしの)、剣をおさめなさい」  老人、≪明光院≫(めいこういん)が静かに声をはっした。吉野が剣をおさめる。 「話をきこう」  真鉄は家の前までやってきた。 ────────────────────────────────────────  「素晴らしい」明光院の上機嫌な声が部屋にひびいた。部屋では真鉄の妻が、みなに茶 をふるまっている。  部屋には、真鉄、明光院、吉野秀華、土亘がいる。 「あの巨大な兵士は巨鉄兵というのか。いや、素晴らしい。あれほど精強な鋼の兵士があ れば、天下をねらうこともできる。しかし、おぬしほどのものが、なぜ、猪槌の里などに とどまっている。外の世界はひろい。わしとともに外の世界にいくつもりはないか」  明光院が、興奮した口調で真鉄にかたる。悪い気はしない。千重なら、ここまでほめて はくれない。 「しかし、怪異を動力源にして、あれほど巨大な鉄の塊を動かすとは。完璧な兵器だ」 「いや、まだ完璧な兵器ではない」 「何を謙遜しておられる」  真鉄はかぶりをふった。いや、本当に完璧ではないのだ。 「あれはただの移動砲台にすぎぬ。まだ、武器を装備していない」 「ほほう。あの兵器に武器が」 「左様。竜王砲という武器だ」  真鉄は茶をすすった。「どのような武器なのかな」明光院の目がかがやく。 「発案は、千重様だ。俺ではない。地上に生じた神の血族を核にして、竜脈の力をつかい、 銀の砲弾をうちだす兵器だ。しかし、神の血族など世の中にはいない。ただの役立たずの 武器さ」  神などいない。確かにそうであろう。この世には神などおらぬ。真実はそうである。し かし、子供の頃から、神仏を信じ生きてきたものには、うけいれがたい思想だ。才気がは しりすぎている。明光院はおもった。部下としてつかうには難しい。対等の協力者という 立場からはいらざるをえないであろう。明光院は、人好きのする好々爺の顔をする。 「うむ。そなたの話、面白い。ぜひ、互いに協力して、知識の交換をはかろうではないか」 「もちろん。あなたが諸国でおこなってきた、龍脈操作の方法、非常に興味がある。ぜひ、 互いに知識を交換して、研究を一歩でも二歩でもすすめたい。この猪槌で、困ったことが あれば、ぜひ声をかけてほしい。私にできることならば協力したい」  明光院は、真鉄と固い握手をかわし、その場を辞した。すでに夜陰にさしかかっている。 「泊まっていかれるがよい」という真鉄の言葉を丁重にことわり、真鉄の家をあとにした。  明光院と吉野は、坂をのぼり峠の上にきた。 「脅しをつかわずとも仲間になりましたね、明光院様」 「ああ。やつの頭の中にある数々の兵器。天下をねらえる傑物だ」 「どんなに兵器があっても、つかうものがいなければただのごみ」 「つかうのは、我らであるべきだな」  明光院は、短く口笛をふいた。一匹の梟が、明光院の前にまいおりる。 「<金梟>(きんぶくろう)。真鉄の家をみはれ。竜王砲という兵器があるそうだ。きっ と後日、役にたつであろう」  梟はこくりとうなずき、大きな羽音とともに空にきえた。月光の下、巨大な梟がタタラ の民の村におりた。 ────────────────────────────────────────  真鉄の家の地下。厳めしい拷問器具がたちならぶ部屋の片隅。土亘が拷問部屋とよんで いるその部屋に、真鉄と土亘がいる。  「どうやら、神通力をえたようだな」真鉄が重い表情で、土亘の様子を観察している。 蝋燭の光が、二人の影を拷問器具の上にゆらしている。 「何かおかしいんだ。今までの自分とは違う気がする」  真鉄は、土亘の様子を静かに観察している。土亘はおちつきをうしなっているようだ。 自我が崩壊しかかっているのかもしれない。土亘が、堰をきったようにしゃべりはじめた。 「神通力をえるためには、怪異にはいらなければならない。はたして、神通力を身につけ たものが怪異にはいって生きてもどってくることができるのだろうか。俺はもっと力をつ けたい。もっと、もっと怪異にいれてほしい」  駄目だ。完璧に我をうしなっている。処分する必要があるかもしれん。怪異にはいった ものの多くは、その場で廃人となる。ここまで持ったのは、運がいいのかもしれん。  「怪異にはいってどうする」真鉄の問いに、土亘はだまりこんでしまう。「怪異にはい れば、内から外にはでられん。いや、外から内というべきかな。はいったあとは、死をま つだけになる。お前は運がいいのだ」  土亘は鳴咽をもらしている。 「もし、怪異にはいりたいのならば、清水にいけ。あそこには、まだ巨大な怪異があるは ずだ」  真鉄は、土亘を家の外にうながした。もし、自分をとりもどすことができれば、ふたた びあうこともあるだろう。土亘はそのまま、夜の森にきえた。森では、淡い月明かりの下、 梟がホウホウとないてた。 ────────────────────────────────────────  城下町の南、古ぼけた廃寺に明光院の一党はいる。この一帯は、先日の大火で、多くの 建物がもえてしまったが、不思議とこの廃寺に火ははいらなかった。この寺には、明光院 の手によって、災厄除けの呪がほどこされている。 「ただいまもどりました」  黒い外套を身にまとった長身の男が廃寺の奥にはいる。奥には老人がいた。 「明光院様。おもうしつけのとおり、城下町のものどもに猪槌城のことをきいてまいりま した」  明光院は、黒い外套の男、<鴉問>(あもん)の報告をうける。予想したとおりの結果 だ。 「明光院様、猪槌城をおとす計画をあかしてください」  鉄砲をかたわらにおいた<修羅>(しゅら)が明光院に顔をむける。 「しかし、猪槌城をおとす。それだけで猪槌の里はとれましょうか」  吉野が口をはさんだ。明光院は、しばし沈黙をつづける。  「この猪槌の里は明瞭すぎる」明光院は、堂の中にいる手のものたちに語りだした。 「通常、異土というものは、霧がたゆたうようにおぼろげなものだ。形があるようでなく、 霧の中に地面がうかんでいるような場所が本来の異土の姿」  「しかし、この猪槌には、草木しげり、山河あり、民さかえ、国もあります」<寿羅> (じゅら)が、疑問をのべる。 「それが不自然なのだ。きけば、この猪槌の里には、猪槌城の城主、千重の呪がはりめぐ らされているという。その呪が、猪槌の里を、今の姿にとどめ、維持している要。この呪 を破壊することができれば、猪槌の里をおとすことができる」  「呪ですか。その呪は一体どこに」吉野が明光院に問う。 「猪槌城の中。千重自身が死ぬか、千重のつくった呪を破壊することができれば、猪槌の 里は霧散する。そもそも、猪槌の里という名前自体が、異土を呪でかためるための言霊。 敵は猪槌城にあり。  わしは、千重の呪を破壊するために手をつくした。猪槌の里にいさかいの種をまき、千 重の命をねらうものたちが跋扈するようにしむけた。ことは成就するだろう。しかし、い まひとつしこんでおく必要があるだろう。猪槌城にあるはずの呪の要を破壊しやすくして おく。そのために、猪槌城の結界を一枚はいでおこうとおもう」  「猪槌城の結界とは、どのようなものでしょう」修羅が問う。この問いには、鴉問がこ たえた。 「猪槌城の四方には、青龍、白虎、朱雀、玄武の鉄像がおかれてある。おそらく、この鉄 像が猪槌城の結界」  「時は婚礼の儀。破壊には、この破魔の矢をつかえ」明光院は、四本の朱塗りの矢をと りだした。「よいか。ぬかるでないぞ」明光院のてのものたちは平伏した。 ────────────────────────────────────────  塩の原がひろがる清水に、淡い光の塊がゆらめいている。光の大きさは、幾多の人をの みこめるほどもある。その光は、怪異と称される光である。  その光が徐々に城下町にむかっている。光から、少し離れたところに≪白雪≫(しらゆ き)と<銀狼>(ぎんろう)はいる。  ≪滝川≫(たきがわ)と千重により、体と名前をうばわれた雪組頭領直系の姫である白 雪。そして、その白雪にしたがう銀狼。  たがいに白い装束をつけている。白雪は霞からつくった体と衣、銀狼は塩をねってつく った鎧。ともに白雪の神通力によってつくられたものである。  「白雪様。なぜ、滝川と千重は、白雪様の体を」銀狼は、なぜうばったのか、それがし りたい。 「理由などよかろう。うばわれたものは、とりもどすだけだ。もし、とりもどせぬなら破 壊せよ。体などは、浮世のかりそめの姿。だが、人に我が体をつかわれるのは、たえがた い」  白雪が、凛とした口調でいう。  「では、豪雪様に」銀狼が、雪組の頭領の名を、白雪の父の名を口にしたとき、白雪の 冷めた視線が銀狼をつらぬいた。「あの男など役にはたたぬ。力を恐れ、安寧をもとめる 男。母が死ぬときも、ただその死をうけいれるのみであったわ。腰抜けの力などたよりた くはない」  無機質の野に、白雪のいてついた声がひびきわたる。 「では、いかように」 「そう。あの男には、我が体をとりもどすようにけしかけるだけでよい。しかし、我が体 をとりもどすのは、他でもない銀狼。あなたがおこなうのです」  白雪は、百合のような笑顔でほほえんだ。 「おおせのままに」  銀狼の姿が闇夜にきえた。白雪は、丘のむこうにみえる、淡い光を一瞥して、城下町へ とあるきはじめた。 ────────────────────────────────────────  城下町にある足袋屋が、現在の雪組の本陣となっている。その足袋屋の奥に豪雪はいる。 「お耳にいれたいことが」  上忍が豪雪に報告をした。どうやら町で、下忍相手に、雪組をぬけ、深雪にくだれと勧 誘しているものがいるらしい。 「誰だ。そんなたわけたことを触れまわっているのは」 「どうやら、蝉雨という下忍のようで」  みつけ次第、つかまえろと厳命しておけ。報告をした上忍は退出した。  「豪雪様。御目通りを願っているものがおります」ふすまがひらき、違う上忍がはいっ てきた。「<銀華>(ぎんが)の弟で、銀狼というものです。雪姫様の件でお話があるそ うです」「きこう」豪雪は、銀狼を部屋にとおすようにめいじた。 ────────────────────────────────────────  銀狼は、豪雪の前で平伏した。「よい、面をあげろ。話せ」銀狼は少し面をあげ、なお 平伏したままで豪雪に話しはじめた。 「そうか、雪姫の魂を千重が怪異の中に。ならば、今千重と婚礼の儀をあげようとしてい る雪姫はいったい何者なのだ。ところで、白雪はどこにいる」 「いえ、それが」  銀狼は、言葉をにごそうとした。白雪は、豪雪にあいたくないといっている。父のかけ ている愛情ほど、娘は父をしたってはいない。銀狼は、心がいたんだ。 「今、こちらにむかっている最中です」  「では、迎えを」銀狼はあわてる。「いえ、それにはおよびません。すぐさま私がむか えにまいります。豪雪様、白雪様の件でお願いがございます。白雪様の元の体。必ずやと りかえしていただけますように」「いわずもがな」  銀狼は、すぐさま足袋屋をでた。婚礼の儀まで、ここにはもどれないだろう。白雪様は、 豪雪様の下にはもどろうとはされまい。いたましい。銀狼は、闇夜にきえた。 ──────────────────────────────────────── 「よいか、万字賀谷の様子を偵察してくるのだ。本当に、兄者が復活したのか。もしそう なら、その痕跡があるやもしれぬ。なににせよ、谷の様子が気がかりだ」  豪雪の前には、二人の忍びがいた。<玖須>(くず)、<紗織>(さおり)の兄妹であ る。 「この目でしかと」  二人が冷風をのこしてとびさった。豪雪のかたわらに老人がいる。「<五伏>(いぶせ) よ。ついていってやれ。兄者がもしいたのならば、あの二人をとめてやるものが必要だ。 そのためにも、兄者の怖さをしっているものが一人ゆく必要があろう」 「御意」  湿った空気をのこし、老人は部屋からきえた。  豪雪が部屋の中で手をふる。いつしか部屋には、雪組の主だつ上忍たちがあつまってい た。 「婚礼の儀で、雪姫をさらう。肉体には傷をつけるな。必要であれば、千重を殺せ。必要 でなければ、手をだすな。また、城下町での下忍たちの活動は極力ひかえよ。必要最小限 の活動だけをおこなえ。ただし諜報はおこたるな」  上忍たちの姿がきえた。豪雪はたちあがる。部屋の窓から月明かりがこぼれている。 「淡い光の月よのう。婚礼の儀の日は、半月か」  月のか細い明かりは、亡き妻<姫百合>(ひめゆり)の姿をおもいおこさせた。 ────────────────────────────────────────  月明かりの中に、草がゆれる音がする。月河の岸辺には、葦の原が多い。遠景からみる と、黒い海の中に、葉の水面がゆれているようにみえる。葦の原が、月の光にかがやいて いる。  その葦の海をゆらす人影がある。信光である。明光院のひそむ廃寺をぬけ、徒歩で月河 までもどってきた。忍びとしての修行をつんでいない体には、こたえる強行軍だ。しかも <信光>(のぶみつ)は女である。 「あの老人め。この私が月組を裏切るかのごとき戯言をいいおって。早速、叔父上に進言 し、手勢をさしむけてくれよう。私を逃がしたことを後悔させてくれる」  明光院の言葉が、信光の心をゆらしていた。その心をかきけすために、口から苦々しい 言葉を幾度となくもらす。  葦の原がきれた。ひとつの館が目の前にある。月組の族長の一人、<白眉>(はくび) の居館である。白眉は信光の父と義兄弟の契りをむすんでおり、信光は白眉のことを叔父 上とよんでいた。  白眉の部族は十数年前から急速に勢力をのばした。それというのも、信光の父がこの部 族にくわわり、その政治家、軍略家としての才をふるったからである。  結果として白眉は、信光の父に、能力にふさわしい地位をあたえ、信光も下忍としてで はなく、将としてそだてられた。ゆえに、信光は忍者としの修行をつんでいない。信光に とって白眉の館は、生まれ育った我が家である。 「叔父上、ただいまもどりました」  信光は、つかれきった体をひきずるように館にはいった。 「おう、おそかったな信光」  老齢の域にさしかかっている白眉が、信光をでむかえた。どことなく声に険がある。 「は。大変ないくさになりました。しかし、爪牙殿が神通力にめざめられた今、月組の勝 利は確実でしょう」  「そうか、それは残念だ」白眉が重い声をもらす。「何が残念なのですか」信光は、怪 訝そうに白眉に問いかえす。白眉は、唇をふるわせながら信光にいいはなった。 「これで、爪牙は名実ともに月組の頭領となる。それにひきかえ我が部族は、此度ろくな はたらきをしていない。我が部族の威信は地におちたも同然」  白眉は、烈火の如く声をはっした。「申し訳ありません」おもわず、信光が身をかたく する。 「申し訳ないですむか。お前の父のたっての願いと兵をあずけてみれば、みな殺してしま いおって。一人お前だけが、のうのうと生きてもどり、はずかしくはないのか。所詮、お 前はおなご。父の才はうけつがなかったということか」  白眉が憤怒の形相で信光にせまる。信光は、成す術もなくうなだれている。 「お前達は、即刻この屋敷からでていってもらおう。お前達の父が亡くなった今、お前達 を可愛がるふりをする必要もない。<雉乃丞>(きじのじょう)も死んだと言う報告がは いっている。お前をかばうものは誰一人といない」 「き、雉乃丞が。それは本当ですか、叔父上」 「うるさいわ。気安く叔父上などとよぶでないわ」  白眉が信光を足蹴にする。蹴りは、なおったばかりの左腕にはいり、信光の顔をしかめ させる。 「まあ、命までとりはせぬ。どこかでのたれ死ぬなり、なんなりするがよいわ」 ────────────────────────────────────────  風が信光の髪をみだしてとんでいく。背にはまだ四歳にしかなっていない<月丸>(つ きまる)をおっている。風の音が耳にいたいほどひびく。  白眉の館をおいだされたときには、元気にあるいていた月丸は、すでにねむりについて いた。  これからどうすればよいのだろう。父は死に、雉乃丞も死に、頼りにしていた叔父には すてられた。月丸もいる。忍びとしての訓練をうけていない信光は、これから先のことを おもい、一人うちふるえた。  風に耳をすます。風にのって声がきこえてくる。信光は、その声にさそわれるように足 をむけた。丘陵をひとつこえると、その先に火をかこむ多くの人々の姿がみえた。信光は しるはずもないが、城下町の南からきた移民たちだ。  火をかこむその家族たちは、どの顔も明日への希望で光りかがやいている。  信光は、その顔がまぶしいとおもった。月丸が背でうごき、信光は我にかえる。なぜか、 自分のすむ世界はそこではないとかんじる。「お前がのぞむなら、我が下へこい」廃寺で あった老人の言葉がおもいだされる。 「誰かいるのか」  火をかこむ男の一人が、信光がひそむ暗闇に声をかけた。信光は駆けた。闇にむかって 駆けた。はしりつかれ、まわりをみわたすと明かりがみえた。月である。月は西にむかっ てわたっており、その先には明光院のいる廃寺があった。  「明光院様。信光という女がたずねてきております」吉野が、堂に座する明光院をよん だ。 「そうかきたか」  ゆっくりとたちあがり堂からでてきた老人は、信光の手を優しくにぎりしめてやった。 ────────────────────────────────────────  遊廓街に燈がともる。湿った空気にゆれる灯篭の明かりは、目にまぶしく、普段この様 な場所であそびなれない<鎌井>(かまい)の心を困惑させた。 「たしか扇屋だったな」  遊廓街であそぶには実直すぎる青年が、大路をぬける。扇屋の入り口はすぐにみつかっ た。豪奢な見世である。本当に、こんな見世にあがれるのだろうか。一抹の不安がよぎる。 見世にはいるのは、誰もが大店の旦那といった風情の男たちだ。 「お客さん、どうぞいらっしゃいませ。初めての方ですね。お名前は」  今まできた客をすべておぼえているのかとおどろきながら「寺羽流、鎌井」とこたえる。 「花扇様がおまちになっています」  鎌井はすぐに奥の座敷にとおされた。部屋には香の匂いがたちこめている。花扇がいた。  先日は暗がりでみえなかった花扇の姿がよくみえる。にこやかにほほえみかけてくる花 扇の顔に、鎌井は一瞬我をわすれた。 「どうなされたの。まるで、心ここにあらずといったお顔の様子」  花扇が、心をとろけさせる声でころころと笑う。「いや」鎌井は絶句した。千重様の妻 となる雪姫の美しさも凄まじいが、花扇の姿はそれに勝るとも劣らない。いや、人の心を たのしくおどらせてくれるぶん、花扇の方が勝る。 「今日は、どのような用で」  花扇が、体をつと鎌井によせる。甘い香りが鎌井をつつむ。鎌井の顔が、意味もなく紅 潮する。駄目だ、話ができない。  鎌井は、生唾をのみこみ、どうにか気持ちをおちつかせようとする。 「千重殺害の相談にきた。あなたがたてられている作戦をききたい」 「私がたてる作戦なんて、簡単なものよ。土蜘蛛とともに婚礼の儀の会場にのりこみ、一 気に滝川を殺す。ただそれだけ」 「おっおい。それで成功するのか」 「大丈夫。婚礼の儀の日、あそこではいろんな組織が一度にことをおこす。その情報はき ちんとえているわ。その混乱にじょうじて、蜂が獲物をとらえるように、全員、針となっ て滝川をねらう」 「千重は」 「千重はおまけよ。千重が邪魔をすれば、千重も殺る。ただそれだけよ。千重はあなたの 獲物でしょう。蜂は、必要以上に敵をささないわ」  鎌井はその場でだまった。花扇が、その体を鎌井にかさねてくる。しなやかな温もりが、 鎌井の肌にふれる。 「花扇さん。ひとつききたいことがある。俺は千重の命をねらっている。だが、千重をた おせた場合、猪土の里はどうなってしまうのだろうか。それに、千重は、いつから猪槌城 の城主をしているのかしりたい。千重の前に城主がいるのなら、その城主はどんな奴だっ たのかもおしえてくれ」 「一度にきいてもおしえてあげない。ひとつずつ。ひとつずつおしえてあげる」  花扇は、鎌井の唇をすった。そして、両の腕で、鎌井の体を自分の体にからませる。鎌 井の耳に、琴の音のようなひびきがきこえる。  「猪槌城の城主は、千重一人のみ。千重の前に猪槌城はなく。千重あっての猪槌城、そ して猪槌の里」鎌井の視界が、花扇の甘い息でうまる。「千重が死んだ後の猪槌の里など、 誰もかんがえたりしない。それがこたえ」  次に鎌井が気づいたときには、部屋には鎌井一人で、帰り支度が用意されていた。鎌井 は立ち上がろうとして、よろめきたおれた。 ────────────────────────────────────────  扇屋はひろい。ひろい敷地の中に、二階建ての建物がひろがっている。しかし、その建 物の中には、男たちのしらない幾多の部屋がかくされている。普通にあるきまわって、み ることのできる部屋はその約半数。のこり半数は、花組の者だけがしっている秘密の通路 で行き来する部屋だ。  むろん、それらの部屋に、地下への入り口がある。  花扇は、部屋の壁に手をかけ、ゆっくりとその壁をまわした。どんでん返しである。壁 の奥の暗がりに、狭い道がつづいている。その道をぬけ、一つの部屋にはいった。 「花扇様がいらっしゃたわ」  暗い部屋には二人の姉妹の遊女がいた。いや、一人は言葉が不自由なため、見世にあが ることはない。妹の<鈴蘭>(すずらん)が、姉の<向日葵>(ひまわり)のぶんまでは たらいている。声をだしたのは鈴蘭である。 「鈴蘭、無断で猪槌城にむかおうとしたそうね」  花扇の声が、ぴしゃりと鈴蘭をうつ。鈴蘭と向日葵が身をふるわせた。 「はい、滝川様に挨拶にいこうとおもいまして」  花扇の平手が、鈴蘭の頬をうった。顔が青くにじむ。このようなとき、遊女は普段より 厚化粧をせざるをえない。顔にあざができたからといって、休みをえることはできない。 「あなたがいって、滝川にあえるとおもったの」  花扇が、鈴蘭のいたんだ顔をさすってやる。鈴蘭のいたみが幾分かやわらいだ。 「匂いだけ確かめてきなさい。きっと、猪槌城に花の香りがしているはず。その香りだけ かいでもどってきなさい。あなたは、滝川の姿にはあうことができないから」 「匂いだけ」  わかりました。そう短くいうと、鈴蘭はその場をあとにした。部屋には花扇と向日葵が のこる。花扇は、向日葵を一瞥してその部屋をあとにした。 ────────────────────────────────────────  月の明かりが城の影を斜におとしている。その影の中をのぼるひとつの影があった。鈴 蘭は、猪槌城の城壁につきだした屋根にのり、眼下にみえる窓に手をかけた。  窓の縁に油をたらす。窓は音もなくひらいた。  暗闇の中を、匂いをたよりに廊下をすすんでいく。障子の前で匂いがとぎれた。中から 灯かりがもれている。  耳をすますと、二人の女性の声がきこえてきた。匂いをかぐ。花の匂いがする。花の匂 いは、心地よい潤いをもって、鈴蘭の鼻をみたした。滝川様がいる。  鈴蘭は障子に手をかけようとして、花扇の言葉をおもいだし手をもどした。 「滝川様」  鈴蘭は、しばし障子をみつめて、その場をたちさった。 ──────────────────────────────────────── 「花扇様、報告します」  鈴蘭は、花扇の面前にいた。扇屋の一室。先ほどの向日葵のいた部屋とは違う部屋であ る。 「花の香が、いたしました」  鈴蘭はそうつげた。「そう」と花扇は短くいい、鈴蘭をさががらせた。  部屋には花扇だけがいる。揺らめく灯の明かりが、花扇の心の影を壁におとしている。 「まだ、つけているのね」  すでにどれほどの時がたとうか。はじめて滝川と花扇が見世にあがったとき、もらった 給金で、たがいに贈り物をしあった。花扇は滝川に、南蛮渡来の花の香水をおくった。滝 川から花扇には一本の櫛を。  その櫛は、まだ今でも懐にいれている。滝川も、死してのちもその匂いをまとっている。  花扇は、懐から櫛をとりだした。すでに年月をへて、古ぼけている。その櫛には、昔日 の面影はない。 ────────────────────────────────────────  雪組の忍者たちは、表だった活動をとめられている。全ての戦力を婚礼の儀にそそぐた めだ。そのため、城下町での忍者同士の抗争も、いったんなりを潜めた形になっていた。  その、忍びが息をひそめた町を、一羽の烏が舞っている。雪組の中忍<風幻>(ふうげ ん)である。  烏の目は、雷神の道場主蜻蛉の姿をおっている。  蜻蛉は、今日も遊郭街にむかっている。「やけに烏が多い日だな」空をみながら蜻蛉が つぶやく。上空には、無数の烏が舞っている。  烏は蜻蛉のあとをおった。  遊郭街の路地裏で、一羽の烏が男の姿にかわる。まわりにいた烏が姿をかえ、その男の 服となる。風幻は町人の姿をとり、大路にでた。  蜻蛉は扇屋にむかう。扇屋にむかう道の途中、一人の町人が声をかけてきた。 「蜻蛉殿とおみうけする。話があります」  町人は、蜻蛉の前で軽く会釈をする。「何でしょう」蜻蛉は気軽にこたえる。「実は」町 人の姿をとった風幻は、蜻蛉の間近により、小声で用件をつげる。  風幻はここ数日、花組や蜻蛉の動静をしらべてきた。花組の頭領花扇と蜻蛉の関係、花 扇が滝川をねらっているということも調べがついてある。 「花扇様が、滝川および千重の殺害を企図しているという噂があります」  花組以外の者がしりえない事実を風幻はかたった。この件は雪組にはつたえていない。 風幻の独断の調査である。  「はて、なんのことでしょう」蜻蛉は、笑顔でこたえる。 「雪組の忍者たちも同じことをかんがえています。雷神は婚礼の儀の警備を担当するとき きました。花組や雪組に手をださないでいただきたい」  「なんの話かわかりませんね」蜻蛉は、表情をかえずにその場からたちさろうとする。  「花扇様の望みは滝川および千重の殺害ですぞ」風幻が鋭い口調でかたる。 「私は、千重様に婚礼の儀のとりおこないをまかされています。千重様より、これは戦ぞ といわれております。残念ながら、そのあなたの意にはそえません。  特にあなたをどうこうしようとはかんがえていません。たちさってください。そうすれ ば、今の件はきかなかったことに」  蜻蛉は一礼してたちさった。  なにやら、不穏な動向がみられる。「あれるな」数日後におこる婚礼の儀のことをおも い、蜻蛉は短い感慨をもらした。 ────────────────────────────────────────  猪槌城の奥には、武器庫とかかれた古ぼけた表札の一室がある。部屋は広い。中には刀 槍から、甲冑、不可思議な兵器まで、多数の武器防具がおかれてある。真鉄のおさめた武 器もこの部屋にはいっている。  火野熊は、錠前をはずしその部屋にはいる。戸をあける重い音がひびき、普段光のはい らない部屋に光がしのびこむ。ろうそくの光を部屋にかかげると、武器の鈍い影が闇の中 にうきあがる。  火野熊は部屋をすすむ。新しい刀をさがしている。以前、千重から話をきいた刀がある。 刀の名は焦熱という。仏教の八大地獄の名の一つである。猛火の中へ亡者を投げこんで苦 しめる地獄の名である。  よく切れる。そして自分の名に会う。千重は、剣の名の由来、剣の五行は持ち主の五行 に合わせるのが最良だとかたっている。  火野熊の名には火がふくまれている。彼の五行は火。火の名に火の刀。ことをおこすに は、自分の身をたくすにたる刀をえらぶ必要がある。  しばらくすすむとその刀がみつかった。朱塗りの鞘におさめられている。刀をぬく。刃 文は乱刃。刃は炎のようにみえる。  火野熊は、焦熱をふたたび鞘におさめ武器庫をあとにした。部屋には、無数の甲冑があ る。その甲冑の中には、人骨や、軍馬の骨の姿もあった。 ────────────────────────────────────────  火野熊は自室にもどった。猪槌城の庭に用意された火野熊の部屋に、灯かりがともって いる。誰かきているのか。火野熊は、左手に焦熱をもったまま戸に手をかける。  戸の奥には、<ななえ>(ななえ)がいた。ななえの顔はいつもの呆けた顔ではなかっ た。目に意志がある。「どうした」火野熊は、後ろ手に戸をしめる。 「調子に波がありますが、数ヶ月に一度くらい、正気にもどったようにおもう時がありま す。こういう時にしか、ちゃんとお話しすることができませんので」  ななえは両手を膝の前についた。なにかを進言しようとしているらしい。火野熊は、棚 の酒をとり、杯を二つ用意した。  「肴は干物しかない。よいか」ななえの杯に酒をそそいでやる。ななえは笑顔でその酒 杯をうけとった。沈黙がつづく中、酒だけがすすんでいく。 「そういえば、お前が正気になったら、きいておきたいことがあった。詰め所の名札だが お前だけが平仮名なのは、なにかすわりが悪い。漢字をしらぬものでも、見栄のため名の 漢字を買ってくる。それが普通だ。元々漢字がないなら仕方がないが、もしあるのなら、 ななえとは漢字でどうかくのだ」  ななえはうごきをとめた。杯をもつ手がふるえている。  幼いころの記憶。母は、自分にとって都合のいい思い込みを、私にかたっていたのでは ないだろうか。「お前の父は幾重もの力をもったお方。陰と陽、それに五行で七つ。七つ のお力でまもってもらえますようにと名前をつけたのよ」それで七重。真実はわからない。 「八重桜がさく少し前に生まれましたので。八重から一つ少なく七重と」 「そうか、それで七重か」 「けれども火野熊さまの手によるあの名札、私は気にいっています。ぜひ、あのままで」  ななえはふたたび杯に口をつける。幾分か口が軽くなったような気がする。  「死とはどこからくるか、と私におききになりましたね」ななえが杯を膝の上におろし 口をひらく。 「死についてはわかりませんが。私は、幼い頃に母親の手をはなれてから、火野熊さまに めぐりあうまで生きてはいなかったようにおもいます」  火野熊は、静かに酒杯をかさねる。 「誰も名など私に問いませんでした。女、狂人、阿呆、いろいろよばれてきましたが、誰 もななえを気づかってはくれませんでした。  ななえが生きていたのではなく、阿呆が一人いただけのこと。  火野熊さまに名前を問われ、こたえたあの日から、ななえが生きかえったようなもので す」 「名を問われ、生きかえったか」 「あなたにいただいたこの命、いかようにもおつかいくださいませ。私は火野熊さまの心 の中にこそ、生きていけるもの。私の体が朽ちても、火野熊さまが私のことをおぼえてい てくださるのなら、生きつづけているもおなじ」  火野熊は酒杯の手をとめる。 「生きてすらいないより、生きて死ぬることをうれしいとおもいます。私はまた朝がくれ ば理のわからぬものにもどりますが、あなたへの忠誠はかわりません」  「名か」火野熊は一人つぶやく。顔はいつになく険しい。  ななえは火野熊をおもい、胸のいたみを感じていた。火野熊にであってから、かなり正 気をとりもどすことが多くなった。けれど、正気の私は剣をつかえない。火野熊に必要な のは私ではない、心の死んだななえなのではないのだろうか。  窓の外の月をみあげた。「月の顔みることは忌むこと」母の言葉がおもいだされた。 「実は頼みがある」  火野熊は、ななえに、自分がもどらなかったときにするべきことをつたえた。  つたえる相手としては、これほど不適格なものはいないだろう。だが、そのため、気づ かれることもあるまい。そして不用意にもれることもなかろう。 ────────────────────────────────────────  夜半、千重の居室に火野熊がおとずれた。左手には焦熱がある。千重は、部屋に一人で いた。雪姫は<氷雨>(ひさめ)に世話をさせているのであろう。婚礼が近い。準備する べきことは多い。 「どうした火野熊」 「今一度、不死の秘密を盗みにきました。おきかせねがいたい」 「なぜ、私がお前に不死の秘密をおしえると」 「おしえていただけないときには。雪姫様の、名の呪をときます。たとえ千重様が私の口 をふさごうとも、私がもどらぬ場合は、他のものが呪をときます」  千重は不機嫌な顔をした。火野熊の目は重くしずんでいる。心はかたい。  「まずはすわれ。長い話になるだろう」火野熊は腰をおろした。千重が苦々しげに口を ひらく。  「不死へいたる道などない」千重は言葉をきりだした。 「もし、安々と不死へいたる道があるならば、わしとて老いはせぬ。お主とあってからも、 ひたすら老いつづけておる。  確かに外見はかわらぬ。しかし、心まではかえられぬ。心は老いさらばえ死のうとして いる。我が心が朽ちたとき、我が体も朽ちるであろう。その証拠に、最近のわしは、万字 賀谷がひらいているときには、みずからの姿をよくたもつことができぬ。それをかくすた めに闇の中にいる。羽衣をかぶってな」  「不死へいたる道はない」火野熊が、信じぬといった表情で千重をにらむ。 「ただし、二つだけ例外がある」 「その例外とは」 「虚無と無限。虚無とはすべての停滞。この世との因果の鎖をたちきり、この世の人間で はなくなること。それが虚無。  無限とは、この世の始まりであり、終わりであるもの。永遠の時を同時に生きるもの。 すべての瞬間に存在し、かつ、あらかじめすべての瞬間をしりえるもの」  「どちらも、例えるならば神」火野熊は、表情をかたくしたままつぶやく。 「お前には、虚無へいたる方法をおしえよう。婚礼の儀の日、無限へいたろうとするわし をはばむために、虚無よりの使者がおとずれるだろう。その使者にとりいるがよい。虚無 へいたる道はひらかれる」  千重は、自らがかぶっていた黒い布を火野熊にわたした。「すでに薄汚れてしまったが、 これは私がこの地にきたときの羽衣だ。この羽衣が印となる」火野熊は、黒ずんだ布をう けとった。この黒は、血の染みの黒か。 「千重様はどうなされるのですか」 「無限へ至る呪をほどこす」  「神になると」火野熊が、羽衣を懐にしまいながら問う。 「陰陽がかさなるとき、陰陽をかさねあわせて死と再生の儀式をとりおこなう。死は陰陽 合一のための死。再生する場所は陰陽合一がなされた場所。  ふたたびび生をうけたわしは、陰陽の融合した、この世の因果を超越した存在となる。 すなわち、初源にして終末。地上に生まれた神となる」 「合点がゆかぬことがあります。無限へいたる千重様をはばむものとは」 「我が故郷の同胞ども。わしの裏切りをいさめんとするものども」 「使者のあらわれる場所は」 「羽衣がみちびいてくれる」  千重の言葉とともに、羽衣が柔らかい律をもった光をはなちはじめた。微かな光ととも に羽衣がうごきだす。  「なぜ、虚無ではなく、無限をえらんだ」火野熊は、すでにたちあがりかけている。 「その問いは、なぜ不死をもとめるのか、という問いに似ているな。人は、もちえないも のをもとめさまよいつづけるものだ」 「次にあうときは、互いに敵としてあうことになりましょう」  火野熊はたちあがり部屋をでていく。幾度となく千重とあったこの一室を、火野熊はあ とにした。 ──────────────────────────────────────── 「ねえ、氷雨。千重様の部屋に誰かおとずれているのでしょうか」  雪姫は、衣装を確かめている氷雨にきいた。こんな夜更けにどなたでしょう。氷雨はあ いまいにこたえる。誰がおとずれていようが関係ない。 「確かめてきていただけないかしら」  雪姫が、花の香りのする笑みをもらす。「わかりました。確かめてきます」雪姫と、は なれるのが、一瞬でも耐え難い。ふすまをつとあける。千重の部屋からは、火野熊が退出 していた。左手には刀。右手には、何か布をもっている。 「火野熊様のようです」  雪姫はにこりとほほえむ。「それならば安心ですね」氷雨は、静かにふすまをとじた。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀までの七日間。いくつかの事件があった。黒鬼党の跋扈である。ジョン・義理 は、鍬形が黒鬼その人ではないかと、昼夜をあげずみはっていたが、噂ばかりがきこえて きて、鍬形にうごきはない。  違うのか。もし、黒鬼が鍬形なら斬りたい。  しかし、この七日うごいていたのは<三畳>(さんじょう)ふんする黒鬼である。三畳 は、妻の敵を討つために城下町の下忍たちをおそいつづけた。妻をおそった者は≪赤髪≫ の手のものであると、そこまではわかった。月組の下忍どもを斬り、得た情報だ。  ならば赤髪を斬る。三畳は自らに誓いをたてた。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀が明日へとせまった。蜻蛉は忙しくたちはたらいている。会場設営の確認や、 警備の確認。物品の確認などやることは山ほどある。 「蜻蛉はん」  女の声が、蜻蛉になげかけられる。ふりむくと、そこには瓦版屋の観影がいる。 「なんだい。取材かい」  蜻蛉が気安くおうじる。こういった対応は、鍬形と違いなれたものである。 「蜻蛉はんは、今度ある千重はんの婚礼の儀に出席するって耳にしました。蜻蛉はん、後 生ですから、うちをいっしょにつれていってください。この観影、一生のおねがいです。 うち、なんでもしますきに、どうかよろしゅうおねがいします」  観影は往来で土下座する。鍬形なら、ここでとりみだすであろが、蜻蛉はなれたもので ある。顔色ひとつかえない。そして、おおいに笑いだした。 「さすが、下町の特攻娘といわれるだけある」  蜻蛉は、なおもたのしそうに笑う。こうなると、観影もしおらしく土下座をつづけるわ けにはいかない。しぶしぶたちあがる。 「残念ながら間近の席にははいれないよ。まあ、普通は遠巻きにみることになるだろうね。 だが、みれないわけじゃあない。安心していい」  「そうじゃなくて、もっと間近でみたいんですわ」観影が哀願する。 「残念ながら例外はつくれない。しかしまあ、会場設営をてつだって朝までいれば、かな り近い位置には陣取れるんじゃないかな」  蜻蛉が思案げにかたる。 「昼夜をつづけての作業だろう。人手がたりてなくてね」  蜻蛉は横目で観影をみる。 「蜻蛉はん。うちおもいだしたわ。ここにいい人手がいてますわ」 「おーい、魅遊。この娘も会場設営にくわえてやってくれ」  会場は九分どおり完成していた。あとは細かいところの点検をのこすのみだ。強行軍の 作業であったが、無事婚礼の儀をむかえることができそうだ。蜻蛉は、丸い体をゆらしな がら会場をあとにした。 ────────────────────────────────────────  石神油の魅遊の部屋。魅遊は、ぼろ雑巾のようになった体を畳みになげだした。つかれ た。今にもねてしまいそうだ。「仕方ないわね。婚礼の儀が終わるまでは貸してあげる」 花扇の言葉が頭をよぎる。  そうだ。今日中に明日香に探索を命じないと、婚礼の儀がおわってしまう。  魅遊はくたびれた体をもう一度ふるいおこした。 「明日香、いらっしゃい」 「なあに」  小首をかしげた少女がやってきた。「まあ可愛い」魅遊はおもわず明日香をだきしめる。 昨日までは、このままの姿でねむりこけてしまっていた。 「いい。怪異をさがしてくるの」  魅遊は明日香に怪異の姿を説明する。「いい、怪異ってのはね、こんな感じで淡く怪し く光っていてね。清水にでてきたのは、こんなに大きかったそうよ」手をまわし、大きな 怪異の姿をえがく。実際には、数人を簡単にのみこむほど大きい。 「ふう〜ん、そうなの。じゃあ、その光をみつけたらとってくればいいのね」  明日香は、魅遊にだかれたままの姿でうなずく。魅遊は、明日香が口をひらくたびに、 頬をよせてだきつく。明日香は嫌がりもせずに魅遊に体をゆだねている。しかし、困った。 果たして、光をつかめるのだろうか。魅遊にもよくわからない。  「ねえ、どうすればいいの」明日香が小首をかしげる。 「そうねえ、もってこれるのなら、もってきて頂戴」 「もってこれない場合は」 「そのときは、急いでここにもどってきて、私をそこまでつれていってちょうだい」 「わかったわ。じゃあ、いってきます」  明日香は元気よく石神油をとびだし、清水にむかった。魅遊の心には一抹の不安がのこ る。なぜか胸騒ぎがする。 ────────────────────────────────────────  この一週間、<植刃>(うえば)は一人稽古をつづけた。二重が東雲にひきつられて道 場にいないため、一人稽古をおこなわざるをえなかったのである。  腕はあがった。はじめて怪異と出会ったときの自分とは違う。そういう自信をもてるほ どまでにはなった。今なら、勝てる気がする。  植刃は刀を腰にさし、清水にむかう。清水にみえる淡い光は、今では城下町からでも遠 目によくみえる。それほど大きくなったということだろうか。清水は相変わらず塩の原で ある。植刃が城下町をたったとき、夕暮れがはじまった。夕焼けが塩の原におち、あたり 一面が炎のように赤い。  そういえば、婚礼の儀は明日であったな。  植刃の心には、千重の婚礼の儀は興味のない話題であった。城下町はいつになくわいて いる。しかし、親でも友でもない他人の婚儀がどうだというのだ。  それより今は怪異だ。あいつをたおさないかぎり俺は敗北者だ。俺は勝つ。絶対やつを たおしてみせる。  そうだ。そのときは、もう一度剣客の道をあるいてみるのもいいかもしれない。  闇が植刃の左手からせまってくる。日が暮れていく。塩の原にたちのぼる淡い光は、夕 闇の紫の中、強く輝いているようにみえた。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀前夜。街の辻々には、明日の婚礼の儀をしらせる篝火がたかれている。町の中 には活気があふれ、前夜より屋台をだし、商いをおこなっているものも多い。  最近は、忍者たちの闘争のため、夜にであるくことをひかえていた町の人々が、祭りの 前夜をたのしむために町にあふれている。ここ数日、忍者たちがでなくなった安心もある。  祭りの賑わいが、町の隅々までいきわたっていた。  屋敷の中で、静かに明日の朝をまつものたちにもこの町の賑わいはきこえてくる。 「深雪様。予定どおり、私は一足先に猪槌城に潜入しておきます」  若紫の小袖に身を包んだ紫が、深雪の前で礼をする。深雪は畳の上に座し、一人明日の 儀に思いをめぐらしている。  紫は膝をついた。両の手を畳につけ深雪の顔をみる。 「伽をさせていただきとうございます。子がほしゅうございます」  紫の顔が紅潮する。まだ男を知らぬ女の顔だ。 「女め」  たちあがろうとする深雪の膝に紫はだきつく。 「女の喜びもしらず死ぬなど辛うございます。このたびの婚礼の儀。私の命も最後になる やもしれません。明日への希望のために子がほしいとおもいます。貴方に一生ついていく 覚悟もしました」  「女め」深雪は紫をけりとばす。紫の体が壁にうちつけられる。  「女は時だ」深雪は紫をける。 「女は子を産み世界の時をまわす。女は子をもとめ人の生を食む。女は魔性よ。自らの生 をみつめ、死を超越した自我をもつものでなければ、この深雪の子を産むにはふさわしく ないわ」  深雪は激しく紫をけりつづける。  紫が涙と友に嗚咽をもらす。小袖がはだけ、あらわな乳房がのぞく。紫は、そのままの 姿で深雪の姿をみた。 「それほど子が欲しいのならば、お前におびただしい子をくれてやろう」  深雪は紫の下腹に手をかけた。手は荒々しく紫の腿の内をまさぐる。手には、無数の黄 金蟲の幼虫がある。深雪は、そのまま手を紫の中におしこみ、幼虫たちを腹の中にいれた。 紫の内で、冷たい黄金蟲の幼虫たちがうごめく。紫は必死の声を上げながら気絶した。 「氷室よ」 「はっ、ここに」  首に切れ目のある老忍者がこたえた。細かな指揮は、老練なこの男にまかせてある。 「しかるべき刻限にその女をおこし、予定どおりの仕事をさせろ」  深雪はそのまま屋敷の奥へときえた。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第8話「婚礼の儀」当日 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------  夜が明けた。町にはまだ夜の霧がたちこめており、その霧の中、一匹の大紫が猪槌城に むかってとんでいく。  そのうしろより、白髪の男を先頭にした一団があるいてくる。深雪、氷室、式鬼、銀華、 蝉雨である。道は寝静まっている。その道を、深雪たち一党は朝の霧の中をすすんでいた。 「申し」  前方より男の声がきこえる。「深雪様ではござりませぬか」声の主が、霧の往来の中た っている。長身で頬に傷のある男だ。  「誰だ」という深雪の問いに、「斬鮫というものです」と男はこたえる。  斬鮫は、いつも手にもっていた剣をさしだす。「この剣、神無月で豪雪を斬り殺してい ただきたい」剣は、リーンとうなりをあげる。 「ふむ。俺が昔もっていた刀か。お前は雪組のものだな。俺がきえたのち、お前の縁者が この刀をもちさったのか」  深雪が斬鮫を一瞥する。斬鮫の足がふるえる。  「豪雪には恐怖が足らん」  深雪は斬鮫の手から刀をとり、すばやくひとふりした。刀のうなりがきえ、しんと静ま りかえる。斬鮫の頬に新たな傷がきざまれている。  両の頬に傷ができた斬鮫はその場で膝をおる。叫び声を必死におさえつける。 「賢しらしいやつめが。俺は人に命じられるのがなによりも嫌いだ」  深雪がにぎる剣には霜がおり、血振りをするまでもなく斬鮫の血は雪のようにちった。  霧がはれていく。朝の光が道をてらしだしたとき、すでに深雪たち一党の姿はなかった。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀の会場となる猪槌城の正門前、武家屋敷のあたりには、すでに人々が雲霞のご とくあつまっていた。  会場では、気のりのしない二重をひきずりまわす東雲の姿がある。鍬形とジョンは、忍 者を斬った斬らないの口論の挙句、朝まで酒をあおっていたらしく、警備の交代まで寝入 っているようだ。 「もう、二重様。もっとしっかり警備してくださいね」  まだ寝ぼけ眼の二重の手をひきずって、東雲は会場をあるきまわる。  朝早くの二重の手は、なぜかいつもよりか細く感じる。朝早くの二重の顔は、とても艶 かしいものにみえる。東雲が着流しの二重をつれあるくと、多くの男たちが女と間違って ふりむいた。 「でも、一番警備が必要なのは、千重様と雪姫様が表にでてきてからですね。そのときが 一番危険です」 「心配ないよ。その頃は、師範代が警備のときだ。数で攻められない限り、問題はないだ ろう」  確かに師範代なら安心だ。ジョンも同じ刻限の当番だったし。 「二重様。もう少し警備に気をいれてくださいよ」 「朝は辛い」  二重はそういいながら、東雲に手をひかれ会場中をあるきまわされた。 ──────────────────────────────────────── 「そろそろ城からでて、会場にむかう頃だな」  鍬形は、見回りをしながら会場の一段高くなった席にすわっている蜻蛉をみやった。蜻 蛉は、今のところ順調におこなっている婚礼の儀に満足そうにほほえんでいる。 「師範代。ほんっとうに忍者を斬っていないんですね」 「ジョン。お前の悪い癖はそのしつこすぎるところだ」  ジョンはここ数日、黒鬼の正体は鍬形ではないのかといい、つきまといつづけている。 その間にも、黒鬼は各地で出没しており、鍬形は昼も夜も一緒にいるジョンに「関係ない」 といいつづけてきた。  さすがにおうじるのも億劫になってきて、最近ではむすりと不機嫌な顔をするだけのこ とが多い。  観衆の声が大きくあがった。若々しく美しい千重と、花の香りにつつまれた雪姫が姿を あらわした。会場では太鼓がなりひびき、その音に呼応して城下町中の寺で鐘が一斉にな らされた。 「おおっ。あれが千重様の奥方になる雪姫様か」  会場近くの武家屋敷の塀の上で、<児玉>(こだま)が感嘆の声をもらす。道も塀も屋 根も人でおおいつくされている。 「あたりめえだろう。殿様の奥方ってのは美人と相場がきまっている」  <日狩>(ひかり)も塀の上から会場をみている。二人で顔をあわせ、「俺たちもあん な美人の奥さんが欲しいよなあ」と肩をおとす。 ──────────────────────────────────────── 「よいか。ぬかるでないぞ」  婚礼の儀の鐘より数刻前である。明光院は、部下の中から四人を、猪槌城の四方の結界 を破壊する、実行部隊にえらんだ。明光院自身は廃寺にいる。  「北の玄武の像のうけもちは鴉問」黒い外套を羽織った男が明光院に一礼する。  「東の青龍の像のうけもちは寿羅」丸坊主の小男がうなずく。  「西の白虎の像のうけもちは吉野」女剣士がおうじる。  「南の朱雀の像のうけもちは修羅」甲冑に身をかためた武人がたちあがる。 「結界を破壊する道具は、先刻わたした破魔の矢だ。猪槌城の堀はひろい。弓でねらえる 距離ではないので、じかに矢をつきたてにいかなければならない。危険をともなう仕事だ」  「元より承知の上」兜の下で、修羅が不敵に笑う。 「仕事をおえればこの廃寺までわたってこい。混乱の中、忍者共が千重をかたづけてくれ るであろう」  「もし、忍者がまければ」吉野が疑問をのべる。 「結界のなくなった猪槌城にいき、猪槌の呪の要をこわす」  「いこう」鴉問が廃寺の堂の戸をあけた。既に日はのぼっている。四人は猪槌城にむけ てかけだした。 ────────────────────────────────────────  千重、雪姫登場の鐘の音が城下町にひびきわたる。既に、明光院の一党の四人は、猪槌 城の塀の中にある四つの結界の近くまできている。鐘がなった。いよいよ矢を像につきた てるときがきた。  四人は一斉に像へむかってかけだした。人々の目は千重と雪姫にうばわれており、たや すく像に近づける。  像に矢をつきたてた。  太鼓の音と鐘の音が町になりひびく城下町に、突如爆発音がひびきわたった。猪槌城の 四方の塀の内より、蒼い炎の柱がたちのぼる。 「なにごとだ」  蜻蛉がおもわずたちあがる。  玄武、青龍、白虎、朱雀のそれぞれの像には朱塗りの矢がつきささっている。蒼い炎は その矢からでている。像の一部がとけだす。猪槌の里に、甲高い音がひびきわたる。猪槌 城の結界が割れる音だ。 「やったぞ」  修羅が声をあげる。異変は猪槌城の内でおこっていた。 「一つめの結界がやぶれたか」  千重は、四方から蒼い炎をあげる猪槌城をみながらつぶやいた。  猪槌城の武器庫。その暗闇の中で赤い光が無数にめざめる。生き物のいない武器庫の中 で、カタカタと硬い物音がきこえる。鎧がたちあがる。鎧の内には赤い目を光らせた骸骨 がいる。骸骨の軍馬もたちあがる。その数九十九騎。  骸骨の武者たちは、軍馬にとびのり手綱をひいた。武器庫の扉が内よりやぶられる。  九十九騎の騎馬武者たちは、闇をはしる風のように城内をかけぬける。 「よし。任務は終了だ。明光院様の元へもどろう」  寿羅が無残に欠けた青龍の像からはなれようとすると、突如城の戸が内からやぶられた。 骸骨の騎馬武者たちが、塀の内側におどりでる。  あっとさけぶ暇もなかった。寿羅の体が骸骨の武者の槍でつらぬかれる。寿羅が絶命す る。  他の結界の像にも骸骨の騎馬武者たちはあらわれた。鴉問が黒い外套の上から刀で裂か れる。「仕事をおえればこの廃寺までわたってこい」明光院の言葉がおもいだされる。鴉 問は一瞬後には銀の光となり南にとびだした。 「なんだこいつら」  修羅が、火縄をつけていた鉄砲をかまえる。引き金をひき、鋼の弾を筒からうちだす。  弾は狙いを違わず騎馬武者の胴をつらぬいた。しかし骸骨である。「効かぬか」その修 羅の背を他の騎馬武者が斬りつける。骸骨の群れが修羅にむらがる。  「危険を伴う仕事だ」明光院の言葉が頭をよぎる。  「元より承知の上」  南天をみた。南天の先には淡く輝いている光がみえる。修羅はその光をたよりにとんだ。 目がかすむ。銀の光は、紅い血しぶきをあげながら南にきえた。  鋼と鋼が打ち合う音がきこえる。西、白虎の像の前。吉野は騎馬武者の刀をうけている。 四方より押し寄せる刀と槍の群れに吉野の刀がおどる。  無数の傷が吉野の柔肌をきりさくが、戦いに支障をきたすほどの傷にはいたっていない。  しかし、このままでは早晩殺られる。吉野が銀の光につつまれる。南に向かって渡りを おこなう。しかし、先の鴉問、修羅ほどの早さはない。  婚礼の儀の会場の上空に、黒い大群がかけだした。空をかけ、吉野をおいかける九十九 騎の骸骨の騎馬武者が、ひづめの音を空にとどろかせる。 「ん。あれはなんや。なーんか悪い予感がするでえ」  会場の間近に陣取った観影が空をみあげる。骸骨の騎馬武者の大群は、南の空にきえて いった。  空をみあげる観影の尻を誰かがさわった。短い悲鳴をあげ、観影がふりかえると、そこ には白ひげの老人がいた。老人と観影の目があう。 「呪術のにおいがする。誰かこの猪槌でとんでもない呪術をはたらこうとしているな」  老人は、真面目な顔で観影の尻をなでまわす。観影の鉄拳が老人の顔にはいった。老人 は地面にころがり、通行人にふみつけられながら観影にゆるしをこう。 「まてまて、わしは<雲行飛>(うんこうひ)というものじゃ。ゆるせゆるせ」  老人は、人の波をかきわけ観影に近よる。「よい尻じゃが、ちと形が小さいのう」再び 観影の鉄拳が老人の顔にはいる。 「わしは、これと似たような呪をみたことがあるわい。徳川家康公が東照大権現になると きに、大掛かりな呪をほどこした。あのときは、日本を巻き込んだ呪だったがな。とりお こなった黒幕は南光坊天海」  その名をつげるとき、雲行飛の顔は一瞬殺気をおびていた。 ────────────────────────────────────────  骸骨の黒い大群が南の空へきえる。人々の注意が上空へむいたとき、悲鳴があがった。 会場の西にある武家屋敷の屋根の上に、豪雪を筆頭とした雪組忍軍の姿がある。  雪組の忍者が、雪崩となって会場におしよせてくる。見物に来た町の人々が悲鳴をあげ ながら、その場からにげようとする。街路に白刃がきらめいた。見物客にまざっていた月 組忍者が雪組忍者をはばむ。町人をまきこみながらの斬りあいがはじまる。 「いくぞ」  雪組のうごきが一瞬鈍った隙をついて、鯨州丸は切り込み隊をひきいて、豪雪にむかっ た。進路を邪魔する無関係な通行人たちをなぎはらいながら、豪雪の下にすすむ。 「ジョン、会場に上がって千重様をまもるぞ」  御免と短くいいながら、鍬形が会場にかけあがる。刀はすでに抜き身である。  混乱する会場の地面がはぜた。道のあちこちに大穴があき、土煙がもうもうとあがる。 道に土蜘蛛たちがあらわれ、まわりのものたちを、手当たり次第にたたきつぶしていく。 その土蜘蛛たちの肩には、黒服の花組忍者たちの姿がある。 「<彩花>(あやか)、道をひらきなさい」  花扇がさけぶ。花扇取り巻きの花魁である彩花は、数匹の土蜘蛛をひきいている。騎馬 民族が馬をかけさすように、たくみに土蜘蛛をあやつる。彩花のうしろに、次々と死体の 道ができていく。その道を花扇がすすむ。  東の武家屋敷の屋根には、その様子を息を殺してみている一団がある。月組である。青 い目の爪牙は、戦力の温存をはかり、決戦のときを見極めようとしている。 「どけっ」  鯨州丸が行く手の人々をなぎはらいながらすすんでいく。 「お父さん」  女のか細い声があがった。婚礼の儀に来ていた双沙である。父が斬られ、母がたたきつ ぶされ、姉がふみ殺される。<双沙>(そうしゃ)は間近におちていた刀をとり、鯨州丸 にむかう。 「邪魔だ」  双沙の頭がくだかれる。月組の切り込み隊は屍の山をきずきながら豪雪にむかう。 「わしが月組一の豪傑、鯨州丸じゃあ。死ぬ覚悟のないやつは道をあけい」  鯨州丸の怒号に気圧されて、幾人かの雪組忍者の腰がひける。 「にげろ、にげろ」  日狩と児玉は必死ににげまどう。雪組、月組、花組の忍者がいりみだれて、あたりは血 の海となっている。  あまりの人数に、雷神の剣士たちも手がつけられない。日狩と児玉も傷をおっていた。 人の波が邪魔をして、思うような行動もとれない。  この混乱からのがれるべく、見物人たちは城下町に散り散りに逃げた。またあるものた ちは銀の光となって、武家屋敷より南にのがれた。日狩と児玉も南にとんだ。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀の会場は混乱を極めている。その様子を冷静にみている月組の中心で、爪牙は <曹沙亜>(そうさあ)に指示をだしている。 「いいか、よくねらえ。うごきをとめた雪組の上忍をうちぬいていくのだ」  混乱の中、指揮系統が断絶すれば、軍はただの暴徒となる。  しかしこの鉄砲。かわってきている。曹沙亜は、爪牙の指示する的を正確にいぬきなが らおもった。  鉄の部分が木におきかわってきているようなのだ。木に侵食されているといってもいい。 今はまだかなりの金属部分がのこってはいるが、このままいくと、すべてが木でできた鉄 砲になる。いや、鉄がなくなれば木砲か。  それに記憶があやふやだが、豪雪にうちこんだときには、弾も火薬もこめられていなか ったはずなのだ。念をこめてうつ。その行為を念射と曹沙亜はよんでいた。 「曹沙亜、豪雪のうごきがとまったぞ」  爪牙の言葉で我にかえる。鯨州丸が豪雪と対面している。豪雪は、両手に忍者刀をもち、 間合いをとっている。たしかに絶好の機会だ。  曹沙亜がねらいをつけたとき、突如会場で爆音があがった。曹沙亜のねらいがそれる。 弾は大きくまがり、向かいの壁にあたった。  ふと、曹沙亜の目が道の往来に釘付けになった。風が白い形をとり、人の形をなしてい く。そこには、今までいなかった。白い衣をまとった女の姿があった。 ────────────────────────────────────────  爆音がきこえた。会場の方だ。 「二重様、急いでください」  異変に気づいた東雲が、二重と共に会場にむかう。なにか胸騒ぎがする。二重の足は、 いつになく遅い。 「東雲、なにか変だ感じないか。世界がゆるい」 「なにを変なことをいっているんですか。鍬形さんががんばっているはずですから、早く 加勢にいかないと」  東雲は、二重の手をひきはしりだした。天には半月がうかんでいる。 ──────────────────────────────────────── 「さあゆけ」  会場の上に陣取った深雪が指示をだした。深雪の背後から、式鬼と銀華があらわれる。 深雪の一党は、すでに朝から婚礼の儀の会場にはいっている。参列者を殺害しなりすまし ていたのだ。  深雪は、会場の下で必死に戦っている忍者たちを見て嘲笑う。雪姫をもらえば、その他 には用はない。じっくりと豪雪をいたぶることができるというものだ。  式鬼と銀華が雪姫にむかいかける。式鬼は無数の爆薬を体にしこみ、銀華は黄金蟲の触 手をのばした刀をもっている。 「ジョン、お前は女を殺れ。俺は覆面を殺る」 「ジョンぎり、ジョンぎり」  ジョンの目が殺意で光る。鍬形とジョンが、すれ違い様に式鬼と銀華を両断する。てご たえがおかしい。  蜻蛉が席をたちあがる。「やばい、にげろ」蜻蛉の声があがった。  一瞬後、式鬼の両断された下半身が爆発した。銀華の裂けた体からは毒霧がふきでてい る。会場の一角は、人の立ち寄れぬ場所と化した。 「雪姫様」  氷雨の悲痛な声があがる。  千重は、雪姫を連れ猪槌城にむかおうとしている。 「深雪様、俺はいつ雪姫をさらいにいけばいいんですか」  蝉雨が毒霧をすいこまないようにしながら深雪に指示をこう。  深雪の目は、道の一点をみつめていた。蝉雨も深雪の視線をおう。視線の先には、白い 衣をまとった女人の姿があった。どことなく雪姫に似ている。 「姫百合」  深雪は声をもらした。蝉雨は深雪の顔をみる。表情はよみとれない。千重と雪姫は、城 への橋をわたろうとしている。会場に怒涛のように花組と土蜘蛛がなだれこむ。蝉雨は、 深雪の影にかくれた。 「鈴蘭。しんがりをおまもり。後続の雪組、月組を制すのよ」  花扇の声がひびく。土蜘蛛たちは、風のように毒霧の中をつっきっていく。霧がその勢 いではれた。 ──────────────────────────────────────── 「どうした曹沙亜」  爪牙が曹沙亜の視線の先をみる。そこには白い衣に身を包んだ女人がいた。 「すみません。豪雪は」  曹沙亜が必死に豪雪をさがす。しかし、人込みの中、豪雪の姿も鯨州丸の姿もなかった。 「深雪がでてきた」  爪牙が会場を指さす。そこには、白い髪を腰までなびかせた若い美丈夫の姿があった。 男の目は先程の女人の姿をみている。 「千重が城ににげようとしている」  曹沙亜は目で千重の姿をおった。千重が城にかかる橋の所までたどりついたときに、堀 の中から水柱があがった。 ────────────────────────────────────────  城下町の南の廃寺では、明光院が部下の帰還をまちわびていた。銀の閃光が二つ、廃寺 へとたどりつく。 「鴉問、修羅無事だったか」  遅れてもう一つの閃光がわたってきている。そのうしろには、無数の黒い影があった。 「何者かにつけられておるわい」  「あれは、吉野のようです」鴉問が北の空を指さしながら口をひらく。「寿羅が吉野よ り遅れてくることはないはずです」  「ならば寿羅は骸骨の騎馬武者どもに殺されたということか」修羅が唇をかむ。悔しさ をあらわにする鴉問、修羅の二人も深い傷をおっている。  明光院は大きく息をすいこむ。 「吉野、低くとべ」  声が空に、地にひびく。銀の光が飛行高度をさげ、地をはうようにすすむ。幸い、この あたりの建物はあらかた燃え、障害物はない。  その吉野の光の軌跡をおうために、骸骨の騎馬武者たちが高度をさげる。馬の蹄が、焼 け野原の上をかけ、地をゆるがす大音響をあげる。  明光院は廃寺の外にでる。 「お主ら、渡りの準備をしておけ」  僧たちが円陣をくみ、武士たちがその内にはいる。傷をおった鴉問、修羅もその内には いった。 「喝っ」  明光院が拳を地面にたたきつけた。  大地がゆるぎ、轟音があがる。地割れが地をはい、吉野の銀光とすれ違う。地は深くわ れ、ささくれだった土が、鋭い剣のように騎馬武者たちをなぎはらっていく。  城下町に突如地震がおこった。地割れは、鋭く大地をえぐり、町を縦断していく。蛇の ようにあぎとをひらいた地割れは、一直線に猪槌城へとむかう。 「明光院様、いづこに渡るのですか」 「鈍砂山に」  直後、巨大な銀の光が北にむかった。 ────────────────────────────────────────  猪槌城の正門前。二重の堀をわたる橋の手前に、千重と雪姫はいる。婚礼の儀の会場は、 既に地獄絵図と化している。  千重と雪姫が橋をわたろうとしたとき、突如堀に水柱があがった。 「なにやつ」  千重が声をあげる。雪姫は、千重にしかとだきついている。  水柱からは一匹の魚がとびだし、その魚は姿をかえ、塩の鎧を着た男、銀狼の姿になっ た。 「雪姫様の体をかえしていただこう」  銀狼が宙をまい、鎧から塩の刀をひきぬく。千重は右手で雪姫をかばい、空いた左手の まわりに無数の黒い闇をうかびあがらせる。宙をまい、せまってくる銀狼めがけて闇の球 をはなつ。  大地が激しくゆれた。天地がきしむような音とともに、銀狼と千重の間に、突如ささく れ立った地割れがあらわれた。闇の球が地割れをけずり、銀狼をかすめて空にきえる。 「まて、千重」  銀狼は、地割れにはばまれ千重の姿をみうしなう。地割れは猪槌城にぶつかり、轟音と 共にとまった。  地割れの跡は地が大きくえぐれ、地の底が姿をのぞかしていた。  千重はふたたび雪姫をだき、橋をわたりはじめた。  南の空の下では、ふたたび九十九騎の骸骨の武者たちが体をくみあげつつあった。 ────────────────────────────────────────  猪槌城の内側。城外の阿鼻叫喚が微かにきこえてくる城内をすすみ、鎌井は千重の居室 を目指している。その途中、ふと花扇のことが心配になる。  花扇のことをおもうと、共に床をすごしたあの日のことをおもいだす。鎌井は、その思 いをふりはらい、自分の仕事に集中した。  花扇が床の中でかたってくれた道をたどり、ここまできた。  城の奥、陽のとどかぬ場所にその部屋はあった。何者かから隠れているようだ。鎌井に はそこが、人目をさけるための穴蔵のようにおもえた。  しかし、千重ほどのものが、人目をさける必要があるのだろうか。  ふすまに手をかけそっとひらく。中には人はいない。式神を見張りにのこし、鎌井は、 いくつかふすまをあけ、部屋をすすんでいった。  いくつかふすまをあけた場所に、大きな箱庭があった。 「これは猪槌の里」  鎌井は、その精巧な箱庭に目をうばわれた。城下町の南の火事の跡まで再現されている。 突如足元がゆれた。地震だ。鎌井は畳の上にふせる。地震はすぐにおさまった。  再び箱庭を見た鎌井は我が目をうたがった。先程まで箱庭になかった地割れの跡が箱庭 にあらわれている。地割れは、城下町の南から真っ直ぐに猪槌城までのびている。  もしかして。この箱庭は猪槌の里をうつしとっているのではないか。ならば。  鎌井は拳をにぎり、猪槌城へとふりおろしてみた。 ────────────────────────────────────────  雪組の下忍氷柱は、猪槌城の中で千重の居室を目指していた。  窓からは、城外の惨劇の様子がみえる。 「惨いことだ」  あの戦いの中に、自分の姿がないことに安堵する。視線を城の中にうつそうとしたとき、 南の空に黒い影がみえた。その黒い影は、猪槌城にせまってきている。さきほどみた骸骨 の騎馬武者たちか。  氷柱は戦慄した。もしや、千重の居室にむかおうとする俺をたおすためにきたのか。そ んなことはない。氷柱は、自分の心をおちつかせようとした。  そのとき、城の奥から悲鳴がきこえた。 ────────────────────────────────────────  鎌井は部屋の中で悲鳴をあげ、ころがりまわっている。  箱庭の猪槌城をたたきつぶそうとしたとき、突如自分の拳が燃えあがったのだ。拳の火 をけそうと必死にころがりまわる。  火はどうにかきえた。 「この箱庭が、こわされるのをふせぐために、俺の手に火をつけたのか」  鎌井は当惑する。  もう一度箱庭をよくみる。鎌井は、新たにできた地割れをよく観察した。その地割れの 底には、どうやら空間があるようだ。鎌井は、箱庭に顔をよせ、その地割れの底をのぞき こもうとした。 ────────────────────────────────────────  馬蹄の音が城にとどろいてくる。  深雪の命をうけ、猪槌城に侵入していた紫は、手に火縄と油をもち、城のふすまに火を かけようとしていた。  さきほど式鬼の爆発音がひびいた。深雪からいわれた火をかける合図だ。  馬蹄の音が急に大きく、近くなる。紫のいる部屋のふすまをやぶり、骸骨の騎馬武者 があらわれる。 「きゃっ、なによ」  そこまで言葉をだし、紫の声がとまる。数騎の骸骨の騎馬武者たちが、槍を刀をふりか ざし紫をおそう。紫は火縄と油壷をすて、となりの部屋ににげる。火縄は、骸骨の軍馬に 踏みつぶされ光をうしなう。  紫があけたふすまのむこうでは、既に幾人かが血祭りになっていた。騎馬武者たちが幾 重にも紫をとりかこんでいる。  紫は蝶になり、その場をのがれようとする。紫は、骸骨たちの刀槍をかわしながら、体 を大紫の姿へと変化させていく。蝶が城の中にまう。  骸骨の騎馬武者の刀が一閃して、大紫の体を二つに割った。  蝶は畳の上におち、数度羽根をふるわわせて動きをとめる。骸骨の騎馬武者たちが、馬 蹄のとどろきをあげ、その部屋をすぎさっていく。大紫の骸は、無残にもふみしだかれた。 ────────────────────────────────────────  城の長い廊下を必死でかける。背後からは骸骨の騎馬武者たちが、馬蹄の音をとどろか せてせまってくる。 「くそっ」  氷柱は、真っ白になった頭の中でかんがえていた。何が間違っていたのだ。なぜ、俺が 死ななければならないのだ。  前方に、廊下の曲がり角がみえてくる。氷柱は、はたと足をとめた。曲がり角に無数の 騎馬武者たちがいる。  俺は、死ぬために生きていたのか。  氷柱の体は、骸骨の軍馬の馬蹄でふみくだかれた。 ────────────────────────────────────────  鎌井の式神が部屋に飛びこんできた。部屋の外が騒がしい。 「どうした」  鎌井は慌てる式神に問う。部屋の外に無数の騎馬武者がいるという。城の中に騎馬武者。 鎌井が不思議におもったとき、ふすまがやぶかれ、けたたましく騎馬武者たちが乱入して きた。  姿は骸骨。手には槍や刀をもち、その刃には死体がぶらさがっている。鎌井はすばやく 両手に刀をかまえる。  骸骨の騎馬武者たちは、荒々しく鎌井につきかかってくる。寸でのところで必殺の一撃 をさけているが、幾重もの攻撃が鎌井をうしろにおしげる。  かかとが箱庭にあたった。あとがない。 「貴様ら何者だ」  鎌井が白刃をくりつつ騎馬武者に問う。返事は槍の一突きでかえされた。鎌井はうしろ にとぶ。槍が空をきる。鎌井は箱庭におちていく。  おちる先は猪槌城の正門前、城下町の南からつづく長い亀裂の間であった。 ────────────────────────────────────────  塩の原が広がる清水に、淡い光がゆらめいている。光の姿は大きい。人が平気で数十人 ははいれそうだ。形はまんじゅうのかたちに似ていた。  その光が、ゆっくりとした速度で北にむかっている。  この光は怪異とよばれていた。  光からは天にむかって、一本の細い糸のような光線がのぼっている。 「あれが怪異なのかしら」  魅遊の命を受けて清水にやってきた花組の禿明日香は、小首をかしげた。あんなものを どうやってもってかえれというのだろう。  もってかえれない場合は魅遊をよべといっていたが、とにかくためしてみないとわから ない。  明日香は手裏剣をとりだし、怪異にむかってなげてみる。手裏剣は怪異の中にきえた。 ないもおこらない。 「おかしいな。えいっ」  もう一つ手裏剣をとりだしてなげてみる。そのとき怪異から、凄まじいばかりの光がは っせられた。  光は、清水一帯にひろがった。 「なんだいったい」  昨晩清水にはいり、怪異にむかっていた植刃は、突然の光の洪水で視界をうばわれた。 植刃は、さきほどまでの記憶をたよりに、怪異にむかって塩の原をかけだした。 ────────────────────────────────────────  猪槌城の正門前は、混乱を極めていた。忍者が斬りあい、斬りふせ、人血の海をつくり つづけている。 「山嵐よ、巨鉄兵をだせるようにしておくぞ」  真鉄がはしりながら山嵐にいう。かたわらの山嵐も傷をおいながらかける。 「渡れるか」  真鉄が山嵐に問う。 「いえ、巨鉄兵をまもるよう式神たちに命じていますので、渡れるほどの力はのこしてお りません」  「仕方がないはしるか」といい、真鉄は山嵐とともにはいっている。近づいてきた忍者 たちには、真鉄が短筒の銃火をあびせている。  猪槌城の前を横切ろうとするときに、正門前の橋の様子が目にはいった。 「真鉄殿、橋の上に千重様が」  真鉄がみると千重と雪姫がいる。その橋を土蜘蛛の一団がかけていく。先頭の土蜘蛛に は、黒い忍者装束に身をつつんだ花扇の姿がみえる。  土蜘蛛が千重と雪姫におそいかかる。千重は雪姫をかかえたまま跳躍し、空にのがれる。 土蜘蛛の一撃で橋が音をたててくずれる。  空にはもう一つの影があった。花扇である。 「滝川」  影がほえた。婚礼の儀にいた、すべての者の目がその空にすいよせられる。影は手刀を ふりぬき雪姫の体をつらぬく。手刀はそのまま雪姫の体をぬけ、千重の体をもつらぬいた。  二人の影が、花扇の手刀によって一つになる。  影は時をとめたように、ゆっくりと地にむかっておちていく。その場にいたすべてのも のは手をとめ、その光景に釘づけになった。  「雪姫様」悲痛な氷雨の声があがる。  ふたたび時がうごきはじめた。  「呪は成った」千重の声が微かにひびいた。「花扇」雪姫が微かにほほえんだ。千重と 雪姫の姿は、光と闇にかわり、花扇の手に血糊だけをのこしてきえた。  猪槌城から九十九騎の骸骨の騎馬武者がとびだし、呆然とする人々をのこし南西にむか った。 ──────────────────────────────────────── 「やったぞ。千重が死んだ」  鈍砂山にて、千里眼で婚礼の儀をみていた明光院が声をあげた。これで猪槌の里は姿を とき、ただの異土にもどってしまう。  明光院の声に一党は勝利の声をあげる。  しかし明光院の表情がくもる。 「なぜじゃ。千重が死んだというのに呪がとけん。千重は確かに死んだ」  明光院の声は稲妻のように鈍砂山にひびきわたった。 ────────────────────────────────────────  婚礼の儀の舞台の上では、蝉雨が深雪のうしろでふるえていた。 「深雪様。千重が死んでしまいました。我々はどういたしましょう」 「よし、こうなれば時にじょうじるだけよ。猪槌城をとる」  深雪は猪槌城の正門にむかってかけだした。氷室、式鬼、銀華、蝉雨がつづく。  猪槌城の前にいた花組と土蜘蛛たちの姿は、潮がひくかのようにうせてきえていた。 「好期よ」  深雪たち一党が橋をわたり、正門をとおりぬける。「しめい」深雪の言葉で式鬼が正門 をとじる。「結界を修復し強化せよ」深雪が銀華に黄金蟲をわたす。 「私はなにを」  蝉雨が恐怖にふるえながら問う。 「お前は門の上にたち、深雪が一党がこの猪槌城を占拠した旨宣言せよ」  深雪は氷室をつれ、城の中にさっさときえる。  蝉雨は急いで城門の上に立ち大声でよばわった。 「この猪槌城は、深雪様の一党が占拠した。これより、猪槌の里の領主は深雪様となる」  蝉雨めがけて無数の矢がとんでくる。蝉雨は慌てて頭をさげる。  矢がやんだ。蝉雨が周囲をみわたすと、猪槌城の城壁には、無数の白い虎が陣取ってい た。 ────────────────────────────────────────  二重と東雲は婚礼の儀の会場にむかってかけていた。婚礼の儀での惨劇をまだ二人はし らない。  二重の足音がとまる。 「どうしたんですか、二重様」  東雲が歩をゆるめふりむくと、二重が地にふし汚物をはいていた。顔色が蒼白だ。 「二重様」  ちかよろうとした東雲の横を、蹄の音が怒涛のように鳴りながらおいぬいていく。東雲 の視界は、骸骨の騎馬武者たちでうめつくされる。  暴風のような蹄の音がとおりすぎると、そこには二重の姿はなかった。 「二重様」  東雲はその場で絶叫する。  九十九騎の騎馬武者は、そのまま城下町を縦に貫いた亀裂にとびこみ、そのまま地下に 姿をけした。 ────────────────────────────────────────  光がやみ、ようやく視界をとりもどした植刃の目に、剣山のように無数の矢をうけた少 女の姿がとびこんでくる。  視界がよみがえる。目がなれたとき、怪異の淡い光は割れており、中には無数の人影が あった。人々は一様に羽衣をまとい、手に手に武器をもっている。 「怪異からでてきやがったのか」  植刃が当惑の声をあげる。  怪異からでてきたものたちの肌は一様に白い。  まるで、洞窟の中で育った山椒魚のように、光にあたったことがない生物のように肌の 色がない。  手に弓をもっているものたちが、次々と入り口のあいた怪異からでてくる。一人だけ、 羽衣の違う男がいた。手には水晶の髑髏をもっている。水晶は怪異の光をうけ、青く輝い ている。  奴が大将か。植刃は混乱したままの頭で、水晶髑髏の男に斬りかかろうとした。数十の 射手が植刃に弓をむける。 「まて」  植刃の肩に男の手がかかる。 「火野熊親分」  火野熊は羽衣を首にまき、植刃を制してその前にたった。火野熊の傍らには、ななえも いる。 「問う。お前たちは何者か。この地になにをしにきた」  火野熊の声が雷鳴のようにとどろく。射手たちは手をとめた。  沈黙する射手たちの間を悠然と、水晶髑髏をもった男があゆみでる。 「羽衣をもっているな」 「ここに」  火野熊は、首にしっかとまきつけた羽衣を指さす。 「では、我らが同朋として話しをしてやろう。名は」 「火野熊。あんたの名は」 「<千幻>(せんげん)。先の問いにもこたえてやろう。我らは月の都人。この地に奸賊、 千重をほろぼしにやってきた。予告の文をはなったゆえ、千重もそのことは重々承知であ ろう」  千幻となのった男は、無表情な目で火野熊をみた。 「矢文の主」  火野熊が声をもらす。植刃が天をみあげると、怪異からのびる光の糸は、月へとつづい ているようにみえた。  千幻が北をみやる。「少し遅かったか」表情はかわらない。 「ならばこの地を掃討し、千重の行き先をさがすのみ。お前たちはあとでききたいことが ある。この場にのこれ」  怪異からは、まだ幾人もの白子の兵がでてくる。 「弓隊前へ。矢を打ちつつ前進」  射手たちが、歩調をそろえてあるきだす。弓に矢をつがえて、北の空にむけてひょうと はなつ。  矢は十間とぶと十にふえ、二十間とぶと百にふえ、三十間とぶと千にふえ、四十間とぶ と万にふえた。矢はそのままとび、雨のようになって城下町にふりそそいでいく。射手た ちは前進する。  城下町の人々が、次々と矢の雨にたおれた。剣山のように矢をつきたて屍をさらすもの、 全身の肉を矢の雨でそぎおとされるもの。様々な死体の山が瞬時にきずかれた。 ──────────────────────────────────────── 「あれは何だ」  武家屋敷の屋根の上で、爪牙が南を指さした。南の空が暗雲がおおっているように暗い。 「矢のようです」  曹沙亜が唖然としていう。矢が南の空をおおい、雨のように城下町にふりそそいでいる。  爪牙はちらりと婚礼の儀の会場をみる。すでに戦闘はおさまりかけている。死体は累々 ときずかれ往来は赤くぬかるんでいた。 「いったん月河にひく。ものどもひけ」  爪牙の声が合図となった。月組は全速力で城下町をぬけた。  豪雪は猪槌城の堀の外で雪組忍者たちをまとめつつあった。兄者が猪槌城をとった。そ の一事が豪雪の胸に重くのしかかってくる。猪槌城をとり、猪槌の里の領主を宣言した深 雪は、次になにをするつもりだろうか。  兄の考えは弟にはよめない。 「豪雪様、万字賀谷は土砂で封鎖されておりました」  西に偵察にだしていた紗織たち一行がかえってきた。「南天に矢の雨が」他のものから も報告が入る。  「何者だ」豪雪が怒鳴る。 「わかりませぬ」  東は月組の地、西は封鎖。南は正体不明の敵。 「北へ」  豪雪は短くいうと、銀の光となってきえた。雪組の忍者たちがそのあとをおう。 ──────────────────────────────────────── 「東雲どうした」  泣きながらはしってくる東雲の姿を鍬形はみつけた。東雲の足元は肉と血でぬかるんで いる。 「二重様が、骸骨の騎馬武者にさらわれて地下に」  「この場は危ないにげよう」蜻蛉が南の空を指さす。矢が空をおおいつくす音が、無気 味に城下町の北の端までひびいている。  「どこへ行くのだ」鍬形が雷神、石神油のものたちをよびあつめながら問う。 「鈍砂山。真鉄にたよろう」 「わかった。俺も山にもどる」  巨鉄兵にのりこんだ真鉄の声がひびいてくる。 「北へ」  一同は北へとにげだした。 ────────────────────────────────────────  城下町には、矢の雨がふりそそいでいた。不幸なことに、この場にいあわせた者は、こ とごとく全身に矢をあび果てた。矢が屋根を壁をつらぬき、建物をも破壊していく。  運よくにげられたのは、婚礼の儀に参加するために城下町の北の端にいたものたちであ った。しかしこれらの多くは、婚礼の儀の戦闘で命をうしなっている。  不幸にも矢の餌食となったものたちがいる。厳随、いや変身して干水となのっていた男 は、全身をくまなく矢にさされて死んだ。特に左手には数えられぬほどの矢がささってい た。  城下町で竹林にいた禍丸もやはり無数の矢をあび死んだ。  婚礼の儀から、渡りでにげだした日狩、児玉も矢の雨に遭遇した。一瞬目の前に無数の 棒がみえたかとおもうと鈍い音と共に全身の骨がくだかれ絶命した。 「射ち方やめい」  千幻の声とともに射手は手をとめた。町は無数の矢で針の山のようになっており。その針 の下には瓦礫と血と肉がおりかさなっていた。千幻たちは、城下町の中ほどまできており、 その先には猪槌城の姿がみえた。  あたりは沈黙した。 ──────────────────────────────────────── 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」  落下しつづけながら、鎌井は声をあげた。地面が頭上におちてくる。必死に銀の光とな り、激突をふせごうとする。  銀の光は地の底で二度三度はね、ようやくとまった。全身がいたい。どうやら生きてい るようだ。  ここはどこだ。あたりをみわたす。暗くひろい空間だ。頭上には空がみえる。 「箱庭でみた亀裂の底か」  頭がはっきりしてくる。そこは広大な空間であった。地下から地上には、無数の鍾乳石 がたちならび、巨大な鍾乳洞のようになっている。巨鉄兵がはいれるほど高い。  足元はぬれ、ところどころに地下水の川がながれている。生き物の姿はみえず、大きい 川の音がひびいている。  鎌井は呆然とした。幸いなことに鎌井は渡りがつかえる。渡りをつかえばここからぬけ だせるであろう。しばし、この洞を探検してみよう。鎌井はおもった。  足元に気をつけながら、洞をすすんでいく。地下は、頭上の亀裂からの光がさしこんで いるため明るい。鎌井は亀裂にそってすすんだ。前方に人影がみえる。  幾人かの大きな人影と、小さな人影が鎌井に背中をむけていた。  鎌井は足音をたてないように近づいていくうちに、その人影が花組と土蜘蛛のものであ ることがわかった。花扇の姿もみえる。 「花扇さん」  鎌井はかけよる。花扇がふりむく。 「千重は、滝川はどうなりました」 「殺したわ。二人とも、この手でつらぬいた」  花扇のさしだした手には、血が黒くこびりついている。鎌井は、花扇の横までたどりつ き、花扇たちがみていた方向をみた。地下の底にもう一つの城があった。  城は天地を逆にして、天守をささえに地下の空間にたっていた。城の底は洞の天井につき、 逆三角形の柱をつくっている。 「この上には猪槌城がある」  花扇が城の上端をさししめす。「鏡城」鎌井はつぶやいた。噂できいたことがある。猪 槌城の地下に、鏡城とよばれる地下要塞があると。  あっ、鎌井は声をあげそうになった。鏡城のまわりに、骸骨の騎馬武者たちの姿がある。 花扇が優しく鎌井の口をふさぐ。  呆然とする鎌井をのこし、花扇たちは地下の闇にむかってきえた。 ────────────────────────────────────────  大矢野一郎は、西天の空をあおいだ。城下町から月河の穀倉帯へと人の道はつづく。そ の人の流れを先導している大矢野の服を子供がひっぱる。「大矢野のおっちゃん、また何 か話してくれ」子供たちが、大矢野の話をきこうとねだる。 「貧しき者は幸いである。天国は汝らのものである」  大矢野は片目をつぶり子供たちにおうじ、海の向こうの神の話をはじめた。月河の空は 町より遠く、城下町の人の叫びも大矢野の耳にはとどかない。  城下町が月の都人に襲われたあと、月河に続く人の列には難民もまざり、一つの大河の ようになった。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 今回の結果 ■神通力の獲得 ゲームが進んでいく中で、キャラクターは「怪異」(超常的な不思議な現象)に巻き込ま れることがあります。キャラクターは「怪異」に出会うと、「五行の神通力」を身につけ ることができます。どの五行の神通力を身につけたかはマスターから宣言します。 ■能力の成長 ゲームが進んでいく中で、特に成長の認められる行為をおこなったキャラクターは、プレ イヤーがマスターに申請してください。プレイヤーからの申請によって、マスターはキャ ラクター能力の上昇を認めます。 ■負傷 キャラクターは、マスターより負傷段階を宣言されることがあります。負傷には、重症、 致命傷、能力減退の3種類があります。 寿羅:死亡 鴉問:重傷 修羅:重傷 双沙:死亡 紫:死亡 氷柱:死亡 山嵐:重傷 明日香:死亡 厳随:死亡 禍丸:死亡 日狩:死亡 児玉:死亡 鎌井:重傷 ■アイテムの獲得 キャラクターは、マスターよりアイテムの獲得を宣言されることがあります。アイテムは、 通常の行動の中で使用することができます。 蝉雨:黄金蟲 銀狼:塩の帷子 紫:黄金蟲の幼虫 鴉問:破魔の矢 修羅:破魔の矢 寿羅:破魔の矢 吉野秀華:破魔の矢