●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●           PBeM     猪槌城(いづちじょう)                前置き ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●                                     柳井政和 ver 0.01 1999.10.20 ver 0.02 1999.10.31 場所は日本。戦国の世も末期に差し掛かっていた。 歴史の混乱期には、異界の者が跋扈する。 ここに証言がある。戦の最中、見たこともないほど美しい姫を見たという武士がいた。馬 上から槍を刺されて死ぬ雑兵は、遥か天の向こうに金色の城を見たという。武将の間では、 まことしやかに伝説がささやかれた。不死の行者、空を渡る居士、見えない怪物、屍肉を 食らう落ち武者の群れ。 ;** これらの異界に至る道のひとつに万字賀谷という峠があった。その峠は京の近くにある。 足の速いものなら二日とかからず行けるであろう。しかし、その峠を越えるのは非常に困 難であった。 それは何故か? 理由は3つあった。 一つ目の理由は、霧である。峠にはいつも霧が立ち込めている。その霧は人の心に幻を浮 かばせる。ある者は死んだ両親の顔を見たと言い、他の者は嘆き悲しむ美女の姿を見たと 言う。それは、吹雪のような霧だったという者もいる。一時も峠に止まることができず、 山を降り、京まで逃げ帰った僧もいた。まず、この霧を越えなければいけない。 二つ目の理由は、深い谷である。峠は谷に囲まれ、その谷は折れ曲がり、交差し、思うよ うに先に進めない。切り立った谷は行く手の視界を完全に遮っている。不安になって振り かえれば、そこにも同じような谷がある。似たような交差を何度も曲がるうち、自分がど こから着たかさえ分からなくなる。そうこうしているうちに。道には、白骨となった死体 が転がってくる。ここで、さらに多くの者が谷越えを諦めるのである。 三つ目の理由が、異界である。京都の噂では、峠の先に行き戻った者は一人としていない。 何故だろうか? 峠を越えられなかったのだろうか? もし、そのまま峠を越えられれば 尾張に続く道に出るはずである。しかし、そちらから出てきた人を見た者はいない。もち ろん戻って来た者もいない。だからこそ京都では、戻って来た者がいないと言われる。 何らかの困難がそこにあるのだろう。峠を越えて、先に進めない何かが。それは、万字賀 谷を実際に越えた者にしか分からない。万字賀谷の向こうには、尾張に続く道はなかった。 そこには「猪槌(いづち)」という隠れ里があるだけだった。 ;** 猪槌は元々「異土(いづち)」と書いた。異界の地という意味である。万字賀谷は、異界 への穴である。戦国時代、砂鉄が磁石に引き付けられるように、多くの異能の者がこの隠 れ里に入った。誰も戻ってこないと言われていた峠だが、実際には人が行き来していた。 彼らは、浮世では、鬼や魑魅、魍魎と言われていた。彼らが京へ訪れる姿は、さながら百 鬼夜行そのものであった。彼らの中には、忍者として諸国の武将たちに使えた者たちもい た。また、滅んだ武家の子孫たちが住み着いたりもした。 そして戦国の混乱期が終わった。万字賀谷は、泰平の世にふさわしく、その入り口を閉じ、 静まり返った。 ;** 猪槌の里のことを少し語ろう。猪槌の里も、外の国と同じように領主がいた。そして城も あった。猪槌の里の城は猪槌城と呼ばれた。城主の名前は「千重(せんじゅう)」と呼ば れていた。既に100年以上この城に住み着いている。 この里は、外界からの侵略から身を守るために、様々な呪術的結界が施されていた。その 最大のものは、里を囲むように作られた四神の結界である。この結界は東西南北に作られ ている。 北には、地下水をたたえる霊峰「鈍砂山(にびすなやま)」。東には鈍砂山より流れる水 流「月河(げつが)」、南には地下で海とつながっていると言われる塩湖の「清水(きよ みず)」。西には万字賀谷に通じる道「蛇背(へびのせ)」。北の玄武、東に青龍、南は 朱雀、西には白虎。これは、平安京や江戸で使われている都市風水の技と同じである。 ;** 外の世界から閉ざされ、泰平の世を謳歌していた猪槌の里に、異変が起こったのは半月ほ ど前のことだった。四神の結界が崩れたのだ。塩湖清水が干上がった。それ以来、万字賀 谷を越えてぽつぽつと人が出入りするようになった。 さらに大きな事件が起こった。猪槌の里で最大の忍者組織「雪組」。この頭領「豪雪」の 娘、「雪姫」の心が行方知れずになったのだ。肉体のみを残し、心がいずこかへ消えた。 猪槌の里に、雪組の忍者たちが走り回るようになった。 また、千重の手下共の動きも活発になった。不老不死であろうと言われている千重は、な ぜか万字賀谷が開いていいる間だけ年を取る。彼の手下が動いているということは、事態 は深刻なのだろう。それと関係があるのか、千重のもとには、一本の矢文が打ちこまれて いた。 「我、何処地より猪槌に来たり。この地を我が第二の所領とする」 謎の矢文は、猪槌の里の主だった家屋敷に射ちこまれた。いったい誰がこんなことをした のであろうか? 万字賀谷が開いたのは何故だ? 清水が干上がったのは何故だ? 雪姫の行方は? 謎の 矢文の主は? 時は過ぎ、それから最初の満月を迎えようとしていた。