●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●           PBeM     猪槌城(いづちじょう)                第1回結果 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●                                     柳井政和 ver 0.01 1999.11.22 ver 0.02 1999.11.24 ver 0.03 1999.11.28 ver 0.04 1999.12.05 ────────── ver 0.05 1999.12.05 誤植を修正 第1話、第2話の結果です。第2回のシナリオは、また別にアップいたします。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第1話「滝川」本編 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- まるで、これからの戦を予感しているのか空は暗鬱たる雲をたたえていた。風が緩やかに 地を這う。葦の原が、波のようにゆらめいた。生き物のように地をうねる風は、湖を走り 去り、風の波紋を水面の上に描いた。 月河最大の半月湖「睦月」の岸辺に座る一人の少年の姿があった。猪槌の里で二番目に大 きな忍軍、月組の下忍「曹沙亜(そうさあ)」。少年は、葦の原を隔てた先の「青い目の 爪牙」の屋形を仰ぎ見た。 「これが、今の俺と爪牙との距離・・」 彼は、幼なじみの「爪牙」の姿を今一度思い出した。あらゆる面で優等生だった親友「爪 牙」。それに対して落ちこぼれであった自分。互いに両極端だった二人は、その能力に相 応しい人生を歩んでいる。 月組の頭領になった「爪牙」、先月ようやく下忍になったばかりの「曹沙亜」。 これほどかけ離れた場所にいる二人が、互いに言葉を交わした時期があった。まだ幼き童 だった頃、水と油のような二人は、いつしか相手のことを意識するようになり、気軽に悩 みや考えを語り合う仲であった。 しかし、それも「爪牙」が「青い目」の儀式を受ける前までのこと。今は、頭領と下忍。 再び「爪牙」と話しをすることができるのは、まだまだ先のことであろう。 「青い目の爪牙か・・」 「曹沙亜」は、最後に「爪牙」と話したときのことを思い出した。「青い目」の儀式を恐 れていた「爪牙」。親友のために、何か力になりたかった「曹沙亜」。 そのためにも今回の戦では・・・。「曹沙亜」は立ち上がった。そして、屋形に向かって 走り出した。 ;** 屋形では軍議が開かれていた。月組の主立った氏族の族長が「青い目の爪牙」の屋形に集 まっていた。「爪牙」が語る各氏族の配置を、「筆」と呼ばれる「爪牙」の部下が机上の 地図に書き込んでいく。地図には、今回の合戦の陣容、出立時刻、配備時刻、展開方法な どが、事細かに記されていく。各氏族の族長からは、活発な意見が出されていた。 「爪牙殿、雪組屋敷攻めの一番手はぜひ我らが赤髪に」 「城下町で雪組忍軍を足止めするなら、蛇背にも別動隊を配備した方がよかろう」 それら男共の声に混じって、少々甲高い声が響いた。 「なぜ我らが軍が、雪組屋敷攻めから外されるのだ!」 声を発したのは、氏族の代表の一人「信光(のぶみつ)」であった。病床の父に代り、若 き「信光」がこの軍議に参加している。族長会参加者の中では「爪牙」の次に若い。「爪 牙」は、青い目をその声の主に向けた。 「初陣のお前にきつい仕事は無理だ。だから簡単な仕事を用意した」 「爪牙」は心の中でため息をついた。月に一度血の匂いをまとっている者に前線は任せら れん。何より、まだ若すぎる。しかし、そう言っても納得はすまい。 「良いか信光。お前の役目を説明してやる。聞き漏らすな。城下町と万字賀谷との連絡線 を完全に切るために、雪組の本陣のある万字賀谷と城下町の間で待ち伏せをして、ここを 通る者を倒す。それが信光、お前の仕事だ。 待ち伏せて倒す。簡単だろう。初陣で血気盛るのはわかる。しかし、まだお前の実力はわ からん。まずは、お前の力量を試させてもらう。それとも、信光。お前のこれまでの戦果 を語れるか?」 「信光」は言葉を詰まらせた。戦果を語ろうにも今回が初めての戦。しかし・・ 「策は判りました。しかしこんなに兵を分散して、もしこちらの動きが読まれでもしてい たら、大負けしませぬか」 「それでは聞こう。お前ならどうする」 「それは。私ならやはり、兵の分散は避け、全軍で万字賀谷を落とします。豪雪と氷室さ え抑えてしまえば、雑魚の雪どもに気をとめる必要もないでしょう」 「爪牙」は各氏族の族長たちを見渡した。 「戦とは、局所を見るものではない。大局を見るものだ。雪組だけが忍軍ではない。第三 の忍軍を牽制しつつ、雪組を落とす。そうしなければ寝首をかかれるやもしれぬ。もちろ ん主力は雪組屋敷を攻める。城下町を攻める部隊は、第三の忍軍と雪組が衝突するように 仕込め。第三の忍軍が出てこないのなら、土蜘蛛をおびき出せ。城下町を混乱させ、雪組 と第三の忍軍の動きを完全に封じるのだ。赤髪、お前たちの氏族にその任は与える」 赤髪(せきはつ)の族長が応と返事をして頭を垂れた。軍議は終わった。「青い目の爪牙」 は立ち上がり、奥に消えていった。 「信光」は納得できぬまま、部屋を出た。 ;** 「青い目の爪牙」の屋形は広い。葦の原の中にいくつもの離れ棟をもっており、橋を渡っ て各棟を行き来する。各棟の橋の下には、青眼の下忍たちが潜んでいる。「信光」は、そ の橋を渡り、自分が割り当てられた居室まで戻った。十畳くらいの狭い部屋である。畳の 上に腰を下ろす。羽織を脱ぎ捨て壁に背をもたれ掛けさせた。 「父上は大丈夫だろうか・・」 「信光」は病床の父のことを思った。年老いた父は、病をこじらせ床に伏せっていた。医 師の見立てでは、余り長くないという。その証拠に、日々顔を合わせるたびに頬はこけて いく。弟の「月丸(つきまる)」は、死臭がするとささやいていた。 青眼に来る前の父の言葉を思い出した。 「ようやく、お前も初陣の時が来たか。共に出陣できぬことが悔やまれてならぬ。よいか、 戦でお前の力を示すのじゃ。さすれば、人はお前についてくる。氏族の運命はお前の肩に かかっている。月丸を頼むぞ」 「はい。月丸が一人前になるまで」 最後に水杯を交した後、この屋形にやってきた。弟の「月丸」が成人するまでは、何とし ても自分が氏族を守らねばならない。しかし、「爪牙」は自分に大きな仕事を与えてはく れなかった。 「父上、戦果を上げ、次こそは大役を努めてみせます」 「信光」は、拳を堅く握り締めた。 ;** 「青い目の爪牙」は、自室に帰った。息の詰まる装束を脱ぎ捨て、部屋の隅で寝そべった。 「困ります。大矢野様、爪牙様は今戻られたばかりです」 「いや、駄目だ。今すぐに話をする」 外で、女中と男がもめている声が聞こえる。「爪牙」は上半身を起こし苦笑した。 「おい、入れてやれ。大矢野殿、入れ、入れ」 襖を勢いよく開け、酒気を漂わせた男が入ってきた。食客の大矢野一郎(おおやのいちろ う)だ。だいぶ前に葦の原で捉えられて以来、話が面白いという理由で「爪牙」が囲って いる男だ。「爪牙」は冗談混じりで彼のことを「口」と呼んでいる。良く呑み、良く喋る。 女中には評判がすこぶる悪く、大酒呑みのおっさんと呼ばれている。手にはいつも通りの 聖書と十字架を握り締めているようだ。 「爪牙さん」 声よりも先に、酒気が近づいてきた。「爪牙」は苦笑した。相変わらず昼間から酒を飲ん でいるようだ。 「大矢野殿か」 「爪牙」は明るい声で答えた。「爪牙」は半年前に部下が連れてきたこの男を気に入りつ つあった。彼の話す説法は途方もない話ばかりだが、族長会議の殺伐とした討論よりは好 感が持てた。族長の自分を「爪牙さん」と呼ぶことも、ゼウスの前には皆平等だと言い、 下人達も「さん」付けなことも悪くない。そんな態度であるから、周りの者の評判は良く ないが、「爪牙」にとっては、何よりの息抜きであった。 「どうした?」 「いかもたこもあったもんじゃありませんよ。貴方はいままで私が話したことをまるで判 ってらっしゃらない。」 「爪牙」はため息をついた。気が重くなる。 「・・・雪組のことか。」 「全面攻勢ですって!そんなことしてなんになるんですか。大勢死んで、恨みが残るだけ です。相手が弱っているときは、手を差し出すのが人間の取るべき姿だと、私はそう申し 上げたはずです」 「大矢野」は声を荒げた。 「残念ながら、忍者は人間ではない。それに積年の怨みもある」 「積年の怨みと言っても爪牙さんは直接は知らないでしょう。いいですか、爪牙さんはま だ若いんだから、年寄り連中の言いなりで戦なんかしなくてもいいんです。貴方が戦を止 めないと、何も関係ない次の世代まで戦に巻き込んじゃいますよ。相手が戦をする余裕が ないんならこちらから和睦を申し込めば、二つ返事で了承してくれます」 「大矢野」はここまでまくし立ててから、言葉を切った。積年の怨みか。「爪牙」は心の 中で言葉を発した。直接知っているからどうにもならないんだよ。この青い目を入れたと きから記憶も受け継いだ。 「『神が汝を愛するかのごとく、汝は汝の敵を愛せよ』です」 「爪牙」は立ち上がった。 「大矢野殿。世界は巨大な因果律で動いている。既に統べての行動、結果は決まっている。 一人の考えで変るほど世の中は軽くはない」 引き止めようとする「大矢野」を後にして、「爪牙」は部屋を出た。「爪牙」は空を見上 げた。遥か昔、幼年時代に見た空の記憶がよみがえってくる。全ての景色は記憶の中の景 色ばかりだった。青く澄み渡る空、深緑に輝く葦の原。川面に浮かぶ草の舟。今見えるの は、どこまでも続く闇ばかりだった。 ;** 人々の談笑の声が響き渡る。着飾った男女が日々の笑いと共に道を往来する。澄み渡る空 の下には、人々の活気が満ち溢れていた。猪槌城城下町。 この人々の生活の場である町の闇に、多数の雪組忍者が潜んでいた。「滝川」探索部隊で ある。「雪姫」回復の手掛りである「滝川」という女を探すために、探索部隊はいくつか の小隊に分かれて、しらみつぶしに探索をおこなっていた。 「風幻(ふうげん)」の小隊も、他の小隊と同様に「滝川」を探していた。屋根伝いに町 を移動し、女の出入りしそうな場所を中心に回っている。 「風幻様。滝川とは何者でしょう?」 部下が雪組の中忍「風幻」に小声で話しかけた。「風幻」は頭を振った。「風幻」自身も 「滝川」という存在を計り兼ねている。聞いた話によると、幻術を使う妖艶な美女らしい。 しかし、具体的な姿までは分からない。探すにしても手掛りも少ない。 「せめて人相書きくらいあればいいんですけどね」 部下の言葉に「風幻」も頷いた。 ;** 「まだ滝川を発見できぬのか!」 雪組天上屋敷に「豪雪」の怒号が響いた。「氷室」は必死に「豪雪」をなだめた。早く、 誰か「滝川」の手掛りを見つけてきてくれ。「氷室」は祈るような気持ちで報告を待って いた。「豪雪」が床板を激しく踏み鳴らしながら座敷を出て行く。 「豪雪」は廊下を雪姫の部屋へと向かった。「豪雪」の行く手に、一人の痩せた、額に傷 のある男がかしこまっていた。 「氷柱と申します。豪雪様、雪姫の魂の行方をつかむことができました。これからの探索 で必ずやとり返してきましょう」 「おう、そうか」 「豪雪」は笑みをこぼした。しかし、その直後すぐに険しい顔になった。 「お前はどこの部隊の者だ。上役を通り越し、いきなりこの場に来て報告など、雪組の規 律にはない。規律違反の罰は知っておろう」 「氷柱(つらら)」の額に汗が滲む。「豪雪」の剣気が間近まで迫っている。斬られる。 そう思った。喉をゴクリと鳴らして言葉を繋ぐ。 「そこでお願いがあるのですが、もし此度の探索に成功のあかつきには私を雪姫の婿とし ていただきたい。どちらにせよ、この状態が後少しでも長く続けば、雪姫が元に戻られた としても息子のいない豪雪様のもとでは、争いが起きるのは必然でしょう。この条件を認 めていただけますか。」 「豪雪」の額に血管が浮かぶ。「豪雪」の手が刀に伸びる。「氷柱」は素早くその場を逃 げ出した。危ない。あと一瞬遅ければ、「豪雪」が刀を抜いていただろう。 「ふうっ、駄目だ。はったりは効かねえ。これは、どうにか自分で雪姫を手に入れなけれ ば交渉にならないなあ」 「氷柱」は、その足で城下町に向かった。 ;** 「だいたい、妖艶な美女ってだけで、どうやってその女を捜すと言うのじゃ!」 路上に甲高い声が響く。雪組の「滝川」探索部隊としてひっぱり出されてきた「紗織(さ おり)」は、兄の「玖須(くず)」に向かって毒づいた。「玖須」は何も聞こえないよう な表情で「紗織」の後に付き従っていた。 ここは城下町で最も人が賑わう遊廓街の一角である。男しか入れないので、女である「紗 織」も男装をしている。 「仕方ないのう、適当な女郎屋にでも入って、滝川を知らぬか聞いてみよう。仕事は適当 に済ませておいて、早く帰って豪雪様にお会いするのじゃ」 「紗織」の眼が輝いた。うっとりと「豪雪」の禿げ頭を思い浮かべる。「紗織」は一人、 悦に入ってはしゃいでいる。 「じゃあ、この女郎屋にでも入るか」 「紗織」は「玖須」に手話で店に入ることを示した。「玖須」が頷く。二人は手近な見世 に入っていった。 ;** 「それでのう、滝川っていう女のことを知らんか?」 「紗織」は、二畳くらいの狭い部屋で、女郎に問いかけた。 「うーん、どうだったかしら。そういえば、昔に扇屋にいた太夫が滝川と言う名だと思う けど。二番手の呼び出しでたいそう人気があったそうよ」 「その滝川じゃが、今どこにおるか知らんか?」 「確か、死んだって言う噂を聞いたけど。それ以上は知らないわ」 「紗織」はそこまで聞き出すと見世を出た。「玖須」もいつのまにか「紗織」の後につい てきている。幾ばくかの情報は手に入った。これで、仕事をしていないとは言わせないぞ。 「紗織」は遊郭街を出て、男物の服を脱ぎ捨てた。服の下からは、若い女の肉体が出てき た。 「さあ帰るぞ。今日の仕事は終わりじゃ」 「紗織」と「玖須」は蛇の背を駆け始めた。 ;** 城下町に夜の帳が下りてきた。いつもは静まり返るこの時間帯。しかし、今日はやけに人 の気配が多い。 剣術道場雷神の師範代「鍬形(くわがた)」は、帰路を急いでいた。今日は「二重(ふた え)」たちの準備のために、だいぶ帰りが遅くなってしまった。いつもは陽が落ちる前に 部屋に帰っている。 人の姿は見えないが、気配だけは多い。忍者共か・・。「鍬形」は、刀にいつでも手を伸 ばせるようにして、早足に長屋の間を進んで行った。 目前に屋台のそば屋が見えてきた。十六文で食べれることからニ八そばと呼ばれている、 この辺りでは良く見る屋台のそば屋だ。何やら、数人の黒装束に囲まれているようだ。 「通り過ぎるか・・」 「鍬形」は道を折れ、その場から遠ざかろうとした。 「危ない!」 声が響いた。空を切り裂く音が聞こえた。「鍬形」は、振り向き様に抜刀して、手裏剣を 叩き落とした。どうやら、声はそば屋の主人のようだった。手裏剣を投げてきたのは黒装 束の者たちか。 「黒装束、お前らどこの忍軍だ?」 「鍬形」は刀を構えたまま、問いただした。やはり返事はない。見られたからには殺して しまえと思っているのだろう。剣を抜き、間合いを詰めてくる。仕方がない。斬るか。 「鍬形」は抜き身のまま、そば屋に近づいて行った。 黒装束が続き様に手裏剣を投げる。「鍬形」は刀の背で払い落とす。そして、黒装束との 距離が二十歩くらいになった所で「鍬形」は地を蹴った。一歩で黒装束との間合いを詰め る。着地の寸前に刀を軽く振る。そして、刀を鞘に納めた。「鍬形」の着地の足音に続い て、黒装束たちの首が地に落ちた。 「鍬形」は、そば屋の方を振り返った。どうやら、手傷を負わされているようだ。 「忍者が騒いでいるようだな」 「鍬形」はそば屋に言った。へい、とそば屋が答えた。 「今日は、今のような奴等が多いのか?」 「分かりません。しかし、いやな気配がたくさんしましたので早く家に帰ろうとしていた 所を、いきなり襲われて」 「こんな日に外を出歩いているからだ。家は近いのか? 早めに手当てをした方が良い」 「いえ、お気になさらず」 「鍬形」は、しばし考え込んだ。この近くで治療ができる場所といえば、・・石神油(い しがみあぶら)の店がある。 「治療だけしておこう。気にせずついてこい。所で、そば屋。名はなんと言う?」 「へい、三畳と申します」 ;** 思わぬ騒動に巻き込まれたものだ。「三畳(さんじょう)」は家路を急いだ。助けてくれ た男の名は「鍬形」と言った。城下町では有名な名前だ。あれが、雷神の「鍬形」かと「 三畳」は思った。眉一つ動かさず、息も荒げず数人の忍者の首を一振りで落とした。あん な御仁とは斬り合いたくないねえ。しかし、「道場が気になるから、今からは道場に戻る」 とは、この時間からご苦労なことだ。 家が見えてきた。「三畳」は歩を止め、しばし考え込みはじめた。さて、どう言ったもの か。「三畳」は、つい最近、一つの決意をしていた。主人を裏切る決意を。外の世界から きて早十数年。妻と子を得た今となっては、もはや外の世界に何の未練もない。この猪槌 に骨をうずめよう。 今夜こそ、「樹羅」に打ち明けよう。そういう迷いを持ちながら商いをしていたから、忍 者たちの戦いに巻き込まれてしまった。とんだ失態だ。 その時、「三畳」の家から、人が飛び出してきた。よろよろと数歩進み倒れ込む。急いで 駆け寄った。助け起こしたそれは、妻の「樹羅(じゅら)」だった。 「樹羅、樹羅。どうした!」 妻の口から、重く紅い血が糸を引いた。背に大きな刀傷がある。致命傷だ。「樹羅」は、 涙を眼にたたえ、微かに笑みを浮かべた。しかし、その笑みは長くは持たず、苦痛の顔に 取って代わられる。 「ごめんなさい。私はあなたを騙していました。私は雪組のくの一。外から来た者を監視 する役として、貴方に近づき・・・」 「お、おい。しっかりしろ。それ以上しゃべるな。傷に触る」 「でも、今は貴方を愛して・・・」 口は開いたまま、次の言葉は出てこなかった。家の中に目を走らせる。既に人影はなかっ た。家の前で考え込まずに、すぐに帰っていれば「樹羅」を助けられたかもしれない。い や、そもそも屋台でぼーっと考え込まずに早く帰ってきていさえすれば。頭の中で、色々 な考えが駆け巡った。 景色は蒼一色だった。静かにそびえる長屋の谷間で「三畳」は妻の頬に手を触れた。月が、 男と女の影を地に落とす。「三畳」は抜け殻となった妻の姿を見て涙をこぼした。 ;** 夜にこそ賑やかになる町がある。遊廓街である。城主「千重(せんじゅう)」の庇護の下、 絢爛豪華な夜の文化を作り上げている遊廓街には、今日も多数の男達が繰り出していた。 しかし、今日はいつも見慣れぬ顔が多い。雪組の忍者たちである。 「滝川ちゃんはここかなー」 ヘラヘラと笑いながら、見世で遊んでいる男の名前は「雹(ひょう)」と言った。雪組忍 者である。「滝川」探索と称して、一番高い大見世「扇屋」に潜り込んでいる。彼は酒を しこたま飲んで、目隠しをしたまま覚束ない足取りで遊女たちを追いかけていた。その姿 を見て、酒を飲んでいる太った男と花魁が楽しげな声を上げていた。 「花扇よ、変った幇間持ち(たいこもち)だな」 「蜻蛉(とんぼ)」は、花魁「花扇(はなおうぎ)」の方を見て笑った。「花扇」もおか しそうに笑っている。 「しかし、滝川とは久しぶりに聞いた名前だな」 「そうですね。蜻蛉様くらい古くからの馴染みの方でないと知らない名前でしょうから」 「蜻蛉」は頷いた。確かにそうだ。十数年前に死んだ遊女のことなど、古くからの馴染み でも無い限り覚えてはいまい。しかし、一時期は「花扇」と共に、遊廓街の一、二を争う 遊女であったのに。人の記憶はすぐに褪せる。 「蜻蛉様、聞きましたよ。何やら、町で滝川を見たという男衆が何人かいたと」 「そうだな、花扇。おかげで、こんな遊びをする幇間持ちも出るわけだ」 「蜻蛉」は苦笑した。 ;** 「なあ、滝川って女のことを知らないか?」 この日、遊廓街でもっとも囁かれた言葉であろう。「氷柱」は、既に五軒の遊女屋を回っ ていた。銭が心もとない。 「そうね。滝川様のことなら、花扇様に聞くのがいいんじゃない? 花扇様は、遊廓街一 の情報通だし、何より、昔滝川様と遊廓街の一、二を争った仲のはずだし」 「へえ、そうなのかい?」 「氷柱」はニヤリとした。ようやく情報に辿り着いた。 「で、花扇ってのは、どこの見世の遊女なんだい?」 「扇屋よ。って、私の所じゃなくて、扇屋に行くつもりなの?」 「氷柱」は、目の前の遊女をなだめながら、扇屋の場所を聞き出すことにした。 ;** 「だいぶ遅くなってしもうたのう」 「紗織」と「玖須」は、蛇背を駆け足で万字賀谷に向かっていた。「紗織」は背が低く、 やや細身の丸顔。「玖須」は長身の短髪の男。一見すると、体格の差から、背は倍あるよ うに見える。端から見ていると、山と谷が疾駆しているようだ。 「玖須」が「紗織」の肩をつかみ、立ち止まった。「紗織」の足が浮き上がり、一瞬空を 駆ける。 「どうしたのじゃ」 「紗織」は、兄の顔を仰ぎ見た。「玖須」が、指を動かし「紗織」に意志を伝える。「紗 織」は何度か頷き、目を閉じ、空気の匂いを嗅いだ。 「なるほど。血の匂いじゃ。万字賀谷の入り口の方じゃな。迂回して様子を見るか」 「紗織」と「玖須」は蛇の背から外れ、茂みに入って行った。 ;** 時間は少し前になる。 「信光よ。この万字賀谷の入り口。どこが最も重要な場所か分かるか?」 「青い目の爪牙」が「信光」に問うた。ここは、万字賀谷の入り口直前の茂み。万字賀谷 で雪組を分断するのが、信光の任務。しかし、そのために、雪組の陣を一つ切り崩さねば ならない。月組にとって最も都合の良い場所は、雪組にとっても最も都合の良い場所。雪 組が陣を張っていないはずはない。 「信光」は万字賀谷を見渡し、慎重に、網を張るべき場所を検討した。まず、目的を達す るには、万字賀谷と城下町を往来する際に必ず通らなければならない場所を抑える必要が ある。選択の余地はない「いでの鼻」しかなかった。 「いでの鼻」は万字賀谷から蛇の背に抜ける際に必ず通る切り立った崖地であり、また、 兵を隠すことも出来る、唯一の場所だった。 「いでの鼻です」 「そうだ。そこを押さえる必要がある。信光よ。忍者の戦というものを見せてやる」 「青い目の爪牙」は数人の部下を連れ、姿を消した。辺りが静まり返る。いくらか時間が かかった後、いでの鼻に青い光が微かに見えた。「青い目の爪牙」が手招きをしていた。 陣を落とした「爪牙」は、「信光」たちを呼んだ。 「良いか、信光。敵も忍者。正面から攻めてくるとは限らん。俺のように突然陣中に現れ ることもある。大丈夫だ。きちんと四方の気配を伺っていれば役はこなせる」 「信光」は頷いた。「信光」は、弓隊をいでの鼻に配置し、この谷を通る者たちを確実に 屠っていった。矢で射た死体はすぐさま近くの茂みに隠し、何事も無かったかのような状 態にする。仕事は着実にこなしていった。しかし、その小さな成功の積み重ねが「信光」 の油断を招いた。 「思ったより簡単な仕事だ」 「信光」は不満を漏らした。頭の中には、既に「青い目の爪牙」の忠告はなかった。「敵 も忍者。正面から攻めてくるとは限らん」。何人目かの敵を倒したとき、「信光」の頭に 電撃のように父の声が閃いた。 「うつけ者。後ろに敵がいるぞ!」 「その者の動きを禁ず。足は木となり地に根を下ろし、体は石のごとく強ばり固まるのじ ゃ。喝ッ!」 「信光」の動きが止まった。崖の上に背の低い女の姿があった。そして、宙を舞う長身の 男の姿が眼に入った。手には小太刀を握っている。体が動かない。 「信光」は必死に体を動かそうとした。どうにか顔一つ分だけずらし、脳天への直撃は避 けられた。鎧の肩当てが斬り割かれる。父に借りた鎧だ。小太刀は鎧のおかげで、骨で止 まったようだ。今の衝撃で術が解けたのか、体が動く。下忍たちが、「信光」を守るよう に男の前に立ちはだかった。 男は下忍数人をなぎ払い、再び崖に飛び上がった。「信光」は咄嗟に射手から弓屋を奪い、 敵にねらいを定めようとした。しかし、傷のせいで、弓手が上がらない。「信光」の部下 たちが急いで矢を射たが既に、二人の影はなかった。 「おのれ」 「信光」の初陣は、思わぬ手傷を追うことになった。しかし、ここで退くわけにはいかな い。まだ、雪組屋敷で戦っている「爪牙」たちの背後をあけるわけにはいかなかった。 「ともかく、今は応急処置だけして・・」 「信光」は傷の痛みをこらえながら部下に指示を出した。しかし、なぜあのとき父の声が 聞こえたのか。まさか、父の身に・・。 ;** 「しかし、あんな所に敵が潜んでおるとは。兄者、早く豪雪様に知らせようぞ」 「紗織」と「玖須」は雪組天上屋敷に向かって駆けて行った。 ;** 「爪牙様、どうなされました」 「青い目の爪牙」は、空を仰ぎ見た。先程から、しとしとと雨が降っている。雨脚はだん だん激しくなってきている。 「臭いが嗅ぎづらいな」 「爪牙」は顔をしかめた。この雨は、攻撃する月組にとっては有利なことだ。しかし、「 爪牙」自身にとっては、鼻と耳を奪われることを意味する。あまり素直には喜べない。そ れに、先刻ほどより、何か嫌な気配もする。誰かが戦の邪魔をしようとしている気配だ。 「敵は腹中にいるやも知れぬな」 「爪牙」は呟いた。 ;** 「曹沙亜」は、ぼうっと雨を眺めていた。雨が降ればいいのにと思っていたが、ありがた いことに降ってくれた。これで、攻めも楽になるに違いない。 「曹沙亜、何を呆けている!」 部隊長が「曹沙亜」の横っ面を殴った。まだ、少年の「曹沙亜」の体が宙に舞う。この部 隊で最も年少の「曹沙亜」は、部隊長の悩みの種であった。下忍の試験に何度も落ちた落 ちこぼれをうちの部隊に無理矢理入れやがって。部隊長は、ことあるごとに「曹沙亜」に 当たり散らしていた。 ;** 戦が始まった。 「やあやあ、我こそは月組一の豪傑、鯨州丸なり」 巨体の男が雪組屋敷の門を破った。突撃隊が正面から侵入する。 「ぼさっとするな。俺たちの部隊は、この隙に裏から侵入するぞ」 部隊長に促されて、「曹沙亜」は急いでその後を追った。 ;** 雪組天上屋敷はにわかに慌ただしくなった。 「何事だ!」 「豪雪」が「氷室」に問い正す。「氷室」は慌てて人を呼んだ。そこに背の低い女と背の 高い男が駆け込んできた。「紗織」と「玖須」である。 「大変じゃ。敵が攻めてきたのじゃ!」 「豪雪」は素早く壁の槍を取った。素早く、「氷室」や他の者たちに指示を出す。 「近くにおる者はついてまいれ。敵は正面か?」 「そうじゃ。正面に多くおった」 「氷室、後ろからも来るやも知れぬ。そちらはまかしたぞ」 「はっ」 「豪雪」はすれ違い様の下忍から、忍者刀を引き抜き、腰に差し、正面に走った。 ;** 雪組の女忍者「氷雨(ひさめ)」は、「滝川」の探索部隊からはずされたため、自室でふ てくされていた。「氷雨」は、背は低く、長髪の黒髪、いつも変えない表情のためか、仲 間からはお人形さんと呼ばれている。 「氷雨」は、暇を持て余していた。せめて「雪姫」の姿だけでも見て、何か探索の手助け になることを発見できないかと思い部屋を出た。廊下を歩き、「雪姫」の座敷に向かう途 中、敵襲の声を聞いた。 「雪姫を守らねば」 「氷雨」は急ぎ「雪姫」の座敷に向かった。 ;** 座敷の襖は開いている。「氷雨」は部屋に飛び込んだ。部屋には、両生類を思わせる顔つ きに、死んだ魚のように双眸の生気がない男がいた。その男の左手は布で覆われていた。 男は、今にも雪姫に襲い掛かろうとしていた。 「厳瑞!」 「氷雨」は同じ雪組忍者の「厳瑞(ごんずい)」を詰問した。確か、「厳瑞」は反豪雪派 の者だったか? 「氷雨」はすらりと刀を抜き、「厳瑞」に斬りかかった。「厳瑞」の背 中が切り裂かれた。 「ぐぉっ」 「厳瑞」は、声を上げた。「氷雨」が止めを刺そうと、二の太刀を振り上げる。だが、厳 瑞は、そのまま「雪姫」の姿をつかみ、渡りを敢行した。厳瑞の姿が空気に溶けこんでい く。銀色の光が辺りに淡雪のように舞う。銀の星が天井を突き抜け空に向かった。 「逃がすか」 「氷雨」も「厳瑞」を追って渡りをおこなった。銀の星が二つ、雪組屋敷から城下町の方 角に向かって飛び出した。 ;** 「雪姫様!」 「雪姫」のお側衆の一人、「銀華(ぎんが)」が、襖の開け放たれている「雪姫」の部屋 に入ってきた。そこには雪姫の姿はなく、畳に血糊が残されているだけであった。 ;** 「行くぞ!」 部隊長の指示のもと、「曹沙亜」たちは屋敷の裏側から侵入することにした。壁を打ち破 り、屋敷の中に侵入する。「曹沙亜」が廊下に足を下ろしたとき、空を裂く音がして、手 裏剣が飛んできた。先陣を切って飛び込んだ下忍たちの体に細見の手裏剣が突き立った。 口から泡を吐いてバタバタと下忍たちが倒れていく。 「毒!」 「曹沙亜」は叫んだ。 「喋るな」 部隊長が「曹沙亜」の身体を壁の穴の外に引っ張り出した。新たな手裏剣が放たれる。部 隊長は、素早く頭を壁の影に隠した。しかし、手裏剣は穴を抜けた後、壁の外で折り曲が り部隊長の眉間に突き刺さった。 手裏剣の上では、異形の小鬼たちが踊っている。手裏剣には、数匹の式神が取りついてい た。この式神が手裏剣の軌道を曲げ、襲い掛かってきたのだ。部隊長が泡を吐いて絶命す る。 「そこに隠れていても無駄だ」 低く厳しい声が廊下に響く。そこには老忍者「氷室」の姿があった。 部隊長を失い、月組の下忍たちは動揺していた。「曹沙亜」は、自分の身代わりに部隊長 が死んでしまったことを悔いた。何としても任務を達成しなければ。「曹沙亜」の中で一 つの決意が形を成した。声が自然と出てくる。 「相手の獲物は手裏剣。貫通力はない。死体を盾に速攻だ。後続は手裏剣を叩き落としな がら進む!」 「曹沙亜」の声が凛として響いた。下忍たちは我に返った。倒れた幾人かの月組忍者の体 を盾に「氷室」に駆け寄る。「氷室」は分が悪いと見たか、すぐに姿を消した。 ;** 屋敷の表では、月組忍軍に動揺が走っていた。「豪雪」一人の攻撃を誰も食い止められな いのだ。右手の刀の一振りで十人近くを傷つけ、迫り来る矢や手裏剣は左手の槍で払い落 としてしまう。これではらちがあかない。 「ええい、あの化け物を倒せる者は居らぬのか!」 「青い目の爪牙」の声が響く。 「我こそは月組一の豪傑、鯨州丸なり」 片手で金棒を振り回し、反対の腕で長刀を使い回す男が名乗り出た。「鯨州丸」の金棒を 「豪雪」は槍で受け流した。金棒の圧力で槍が曲がり折れた。「豪雪」はそのまま槍を手 放し拳で「鯨州丸」の顔面を殴った。「鯨州丸」の巨漢が宙を舞う。 「豪雪様、背後からも侵入されました」 「豪雪」の背後から「氷室」の声が聞こえた。 「仕方が無い。雪組全軍に伝えろ。地下屋敷で落ち合おうと」 「分かりました」 「氷室」は頷いた。雪組忍軍が、潮が引くように屋敷の中に消えていった。雨はもう小降 りになっていた。月組の忍者たちが後を追うように屋敷に入ろうとする。 「待て!」 「爪牙」が全軍を止めた。中から人影が出てきた。「曹沙亜」たちだった。 「報告しろ」 「爪牙」が先頭の「曹沙亜」に向かって言った。「曹沙亜」は、「爪牙」の下に走り寄り 報告する。 「我らが部隊は、部隊長含め死者六名、敵の本陣裏から侵入し、ここまできました。現在 屋敷内に人影はなし」 「爪牙」は空気の匂いを嗅いだ。雨が落とした空気の匂いの中に、新しい匂いが漂ってい る。火薬の匂いだ。 「全軍退却!」 「爪牙」の声の直後、爆発音が鳴り響いた。雪組天上屋敷が爆発した。同時に地面に亀裂 が走る。崖に、クサビを打ち込んだように割れ目が走った。地面が崩れていく。逃げ遅れ た数人が、崖の底に消えた。万字賀谷に爆発音が長く木霊し、爆煙が消えた頃、辺りに静 寂が戻った。 ;** 「あの音は何だ」 「信光」は、部下に聞いた。既に応急処置は終わっていた。肩から覗く柔肌に、軟膏が塗 られ、布で縛られている。当分腕は使い物にならないだろう。部下の一人が答えた。 「爆音のようです。誰かが火薬を使ったようです」 「信光」の胸中にまた胸騒ぎが起こった。この戦、いったい誰が勝つのか。月組か、雪組 か、それとも別の何者なのか。 ;** 城下町に二つの銀の星が舞い下りた。降りた時期は若干異なっており、一つが落ち、しば らくしてもう一つが落ちた。 「氷雨」は辺りを見渡した。しまった。「雪姫」を抱えた「厳瑞」に距離をあけられてし まうとは。しかし、あの深手。そうは動き回れないはずだ。捜せばすぐに見つかるはず。 「氷雨」は城下町の闇の中に消えていった。 ;** 雷神の道場には、この時間には珍しく明かりが点っていた。部屋には、二つの布団が並べ られており、男と女、一人ずつが横たえられていた。男は包帯を巻かれており、治療され た後のようだ。もう一人の女を、中年の男が看病していた。 「しかし、空から降ってくるとは」 「鍬形」は二人を見比べた。女の方は、良家の子女に見える。男の方はどう見ても悪人面 だ。今日は、成り行きで人を助けることが多すぎる。困った日だ。 「さて、とりあえず治療をしてみたが、どうするものかな。朝になり、蜻蛉が来てから相 談するか。まあ、しばらくは道場の者には見せぬ方が良いな。どんな騒ぎを起こすやもし れん。特にこの女を見れば必ず騒ぎ出す奴等がいるだろうからな」 「鍬形」は、渋面のまま、部屋の隅で仮眠を取ることにした。 ;** 深夜、丑三つ時。猪槌城城門前。一人の女人が城門前に現れた。小脇には壷を抱えている。 「そろそろ出てきたらいかがかしら。先程からずっと私を追っているみたいですから」 女は、花の香りがするような声で語った。物陰から、一匹の銀色の毛並みをした狼が出て きた。女がその姿を眺めていると、狼は、すーっと男の姿になった。 「どうして、私の場所が分かったのかしら」 女は、裸の男に向かって問いただした。 「傘の匂いを追ってきた。そうすればあんたに会えると思ってな」 女は感心したような表情をした。 「あなたの名は?」 「銀狼だ。あんたが滝川か?」 「そう。私は滝川」 「なぜ、雪姫の魂を盗んだんだ」 「簡単なことよ。雪組の力を弱めるためよ」 「俺たち雪組の力を弱めてどうするんだ」 「・・それ以上は、ここでは言わないわ。私は先を急いでいますので」 そう言うが早いか、「滝川」は堀を飛び越え城壁への上に立った。「滝川」は城壁から「 銀狼」にニコリと微笑むと猪槌城の中へと消えた。 「待て、雪姫の魂を返せ!」 「銀狼」も後を追い、猪槌城の中へと消えた。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 今回の結果 ■神通力の獲得 ゲームが進んでいく中で、キャラクターは「怪異」(超常的な不思議な現象)に巻き込ま れることがあります。キャラクターは「怪異」に出会うと、「五行の神通力」を身につけ ることができます。どの五行の神通力を身につけたかはマスターから宣言します。 なし ■能力の成長 ゲームが進んでいく中で、特に成長の認められる行為をおこなったキャラクターは、プレ イヤーがマスターに申請してください。プレイヤーからの申請によって、マスターはキャ ラクター能力の上昇を認めます。 ■負傷 キャラクターは、マスターより負傷段階を宣言されることがあります。負傷には、重症、 致命傷、能力減退の3種類があります。 信光:重傷 厳瑞:重傷 ■アイテムの獲得 キャラクターは、マスターよりアイテムの獲得を宣言されることがあります。アイテムは、 通常の行動の中で使用することができます。 なし =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第2話「清水探索」本編 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 猪槌城の城門が開け放たれた。南向きに作られている桝形(まずがた)から、五十〜六十 人ほどの武士があらわれた。手には思い思いの武器を持っている。十六夜の面々だ。どう やら、またどこかに出陣するようだ。町の人たちの顔が曇る。十六夜が出ると死人が増え る。 しかし、今回の出陣は、十六夜自身にとっても死人を出すやも知れぬ探索だった。既に、 十人ばかりの死者が出ている。「火野熊(ひのくま)」は部下たちを見渡した。今回の探 索で、あと何人の死人が出るやら。だが、生き残った者は、今後も使える者として、自分 の側に置くことになるだろう。 「火野熊」は南の清水の方を仰ぎ見た。あの場所に、怪異がいるというのか。 ;** 「おーい、二重よ、準備はできたかい」 下町に建つ剣術道場雷神に、道場主の「蜻蛉」の陽気な声が響いた。「二重」が眠そうな 顔で道場に現れた。既に遠出のための旅装束は着ている。 「絶対に日帰りですからね」 あくびをしながら「二重」が「蜻蛉」に念を押した。横には、やはり道場に居候している 年若い「東雲(しののめ)」も付き従っている。 「二重様、大丈夫ですよ。陽が落ちる前には帰るって言っているじゃないですか」 「東雲」が、「二重」を諭すように横から口を出した。「二重」は、憮然とした表情を浮 かべている。少し経ってから、やはり眠そうな顔をした師範代「鍬形(くわがた)」が現 れた。 「珍しいですね。師範代がこんな朝早くからとは。泊り込みですか?」 「ああ、そうだ。ちょっと野暮用があってな」 「野暮用って何ですか?」 「東雲」が、大きな目で「鍬形」を覗きこんだ。あんまり大人をからかうんじゃないと、 「二重」が「東雲」の頭を小突く。 「所で、今日行く者は結局誰に決まったんです?」 「二重」が「鍬形」に聞いた。すぐ道場に来るだろうと「鍬形」が言うと、道場に、快活 な笑い声が聞こえてきた。 「ジョンぎり!、ジョンぎり!」 大きな声で自己主張をしながら、胸を張った男が現れた。背はかなり高い。「二重」より、 頭一つ半高い。続いてもう一人背の高い男が入ってきた。「二重」と「東雲」が子供のよ うに見える。 「二重よ、今日行く者は、お前と東雲、ジョン・義理と、山嵐、そして真鉄殿の五人だ」 「二重」が不満げな声をもらす。「二重」は頭が痛くなった。「東雲」はまだ子供だし、 「山嵐」は体は大きいが剣の腕は雷神では十人並。「ジョン・義理」は剣の腕は立つが、 性格に難がある。こんな人員で十六夜とぶつかるかもと思うと先行きが不安になった。 「ジョンぎり。分かっているか、陽が暮れる前には帰るんだぞ」 「まかせなさい。ジョンぎりがいれば、どんな敵も怖くはない!」 「二重様、遠出って久しぶりですね」 「東雲」が嬉しそうに声を上げる。肩を落とす「二重」の視界に、いつの間にか「真鉄 (まてつ)」がやってきていた。背中には、重そうなつづらを背負っている。 「どうやら、全員そろったようだな。この時間に出れば、十分陽が落ちる前に帰ってこれ るだろう」 「鍬形」が、「二重」の心配をよそに、出立を促した。 「ははは、ジョンぎりが先頭だ」 「ジョン・義理」の底抜けに明るい声に促されて、一行は清水に向かった。 ;** 辺り一面は塩の原。足元は、固い塩の塊が転がっていて、歩きにくいことこの上ない。ま してや女の足ではなおさらである。 「はー、疲れた。ねえ、郎蘭休むわよ」 「郎蘭(ろうらん)」と呼ばれた少年は、泣きそうな顔で、その言葉を発した娘に答えた。 背には、二人分の荷物がある。この娘の分も背負っているようだ。 「お嬢様、みんな一生懸命に敵を探しているのに。まずいですよ」 「いいじゃない。私は疲れたの」 お嬢様と呼ばれた娘の名前は「双沙(そうしゃ)」。猪槌の里では富裕な庄家の次女であ る。昔からのお転婆が災いして、今は十六夜に籍を置いている。下男である「郎蘭」は、 渋々十六夜にいた。「こんな、人斬り集団から、早くお嬢様を抜け出させないと」と思い、 随分日が経った。お嬢様は、まだ本当の人の斬り合いを知らない。それに、・・・腕は三 流だ。 「郎蘭」はため息をついた。せめて、お嬢様が無事で、でも十六夜を辞めたくなるような 事件が起こってはくれないだろうか。いや、・・本当に怖いのは、お嬢様が、人斬りの楽 しみを覚えることだ。「郎蘭」は暗い妄想を振り払うかのように、背中の荷物を背負いな おした。 ;** 十六夜の探索隊は、広い清水に二人ずつの組になって散らばっていた。それぞれの二人組 は、他の三〜四組の視界に必ず入るようにして、「火野熊」を中心に塩の原を歩いていた。 ある者は、退屈を紛らわせるために、塩の柱をけり倒しながら進んでいる。また、ある者 は、塩の塊を遠くに投げながら進んでいる。元々、荒くれ者たちを寄せ集めただけの集団 の十六夜は、こういった組織だった仕事には向かない。「火野熊」は、改めてその規律の 無さを実感した。ほとんどの者が真面目に敵を探していない。 「あの火野熊の大親分の隣にいる、薄気味わりぃ女は何だい?」 探索をしている組の一人である「日狩(ひかり)」は傍らの「児玉(こだま)」に対して 聞いた。 「しーっ、聞こえてしまうよ。ばか、ばか。」 痩せてて無責任そうな顔してるのが「日狩」で、背が低く小太りで、人のよさそうなのが 「児玉」だ。二人とも好奇心は強いが、腕はからっきしダメ。自称「城下町きっての情報 通」「物見遊山の風来坊」。しかし、そう呼ばれた事は一度もない。 「だいたい何だって、火野熊の大親分の横に女がいるんでぇ?」 なお、「日狩」は小声で聞いてくる。 「お前、知らねえのかよ。あの女、なりはああだが、刀を振りまわすと強えのなんのって。 噂だがよ、街でもめごとがあった時に成り行きで、雷神の二重さんとやって互角だったっ て話さ。」 「相打ちかい。二人ともかわいそうにねぇ。」 「まだ生きてるよ、二人とも!」 思わず出した声の大きさに辺りを伺いながら、「児玉」は先を続けた。 「十六夜と雷神からそれぞれ人が出て、やっとこさ止めたって話だよ」 「でも、雷神の二重もあの女もぴんぴんしているじゃないか」 「ああ、互いの刀がポキリと折れたらしい」 「ふうん。でもよ、あの女が強いのはわかったがよ。何であんな頭イカレちまってる奴が 十六夜に入ってきたんだよ。それがわからねぇ。」 「なんでもよ、何年か前に色街の辺りで悪さしてた男どもをずたずたに切ったんだってさ。 ななえさんが。それを自分の手柄にしたかった、ある十六夜の親分さんがななえさんを「 剣の才がある」って無理やり自分の子分に加えちゃったってことらしい。」 「でも、あの姐さんは今は火野熊さんとこの子分なんだろ?」 「その親分さんは、ななえさんに殺されたって話だ。嫌がるななえさんに無理矢理・・・ しようとしたらしい。」 「何を?」 「うるさいよ、もう。とにかくその後で火野熊さんと杯を交わしたのさ。かわいがられて るって噂だけど、ほんとみたいだな。」 一段と声をひそめて「日狩」が聞いた。 「で、襲われた時に正気を失ったのかい?」 「いや、拾われてきたときからだって。」 ;** 「ななえ、お前はやけに楽しそうだな?」 「火野熊」は、顎の髭を撫でながら、傍らの女に声をかけた。 「あい」 「ななえ」は心ここにあらずといった風情で答えた。男物の着流しをだらしなく着て、抜 き身の小太刀を左手でもてあそんでいる。表情は呆けていて、正気の者のそれではない。 「親父様と一緒に出かけるなんて、ほんと久しぶり。」 ゆっくりと答えると「ななえ」は、ふふっと薄く笑った。 「化け物が出るかも知れんぞ。恐くはないのか?」 「親父様は恐いのですか? だったら、あたしが守って差し上げ・・」 女は言葉の続きを忘れたかのように、つと空を見上げた。心地よい風が吹いて、ななえの 頬を撫でた。「ななえ」はうっすらと顔をほころばせた。 「火野熊」もその風を感じた。心地よい穏やかな風。しかし、その風には血の匂いが混じ っていた。 「ななえ、行くぞ。風上の方だ」 「火野熊」は、塩の原を駆け出した。 ;** 清水の塩の原を歩く五人の人影があった。「二重」たち雷神の一行である。 「所で真鉄殿は何をお探しですか?」 「真鉄」に並んで歩いていた「山嵐」が問いかけた。目には好奇の色が浮かんでいる。「 真鉄」は、ここまで来る間、ずっと同じ質問を「山嵐」から受けていた。普通は、「真鉄」 が気難しい顔で無視し続ければ諦めるものだが、この男はそうではないようだ。 「山嵐よ、お前は若い頃の蜻蛉殿に似ているなあ」 「真鉄」が重い口を開いた。どういう意味かと「山嵐」が問いただした。 「その好奇心がだよ。わしが始めて蜻蛉殿に会ったときもそうだった。それはしつこくて なあ。遊郭街で会ったのだが、わしが持っていた洋灯(ランプ)に興味を持ったらしく、 鈍砂山まで着いてきて、そりゃあ何だと質問攻めでなあ。閉口したわしは、蜻蛉殿に洋灯 のことを説明してやったんだ。そうしたら、蜻蛉殿は「そりゃあいい。これは商売になる」 と言い、鈍砂山の地下から取れる油を加工して石神油という商売を興しおった。今、遊郭 街に卸されている油は、ほとんどが蜻蛉殿の商売の油だ」 「山嵐」は、いつも遊び呆けている道場主の姿を思い浮かべた。なるほど、いくら遊郭街 で遊んでも、金がなくならないはずだ。 「じゃあ、真鉄殿もだいぶ儲けられたわけだ」 「いや、油の儲けはそれほどではない。蜻蛉殿には、もっと良い儲け口を紹介された」 「山嵐」は、どうにか聞き取れるような「真鉄」の声を聞き逃さないように近づいた。 「それは?」 「兵器じゃよ。千重殿に収めるな」 「どんな兵器なんですか?」 「今回収める予定の兵器は、巨鉄兵というものだ。巨大な鉄の兵士じゃ」 「真鉄」は、既に「山嵐」に心を許していた。彼の舌は、いつになく饒舌だった。 「その動力のために怪異のかけらを取りにいく」 「怪異? 怪異とは一体、何なのですか?」 「真鉄」は、師が弟子に教えるように「山嵐」に説明をはじめた。 「怪異は、唐土より字が伝わった当時は、界異と文字を当てていた。怪異を知るには、ま ず浮世の仕組みを知らねばならぬ。お主は、浮世の仕組みを探求しようとは思うか?」 「山嵐」は首を縦に振った。 「そもそも浮世とは、この塩の原のようなものだ。遠くから見れば、まっ平らに見えるが、 近くから見れば幾つもの穴があいている。この穴は、色々な場所でつながっている。しか るべき所から入り、他の場所に出ることもできる。我らがいる猪槌もこの穴の一つだ。別 に猪槌だからと言って外の世界と大きく違うわけではない。一続きの浮世の一部に過ぎな い」 「では、怪異とは?」 「真鉄」は、腰から小柄を取り出した。そして、塩の原に垂直に突き立てた。キンと金属 音がする。 「どうしたんです?」 「二重」が振り向いた。しかし、意に介さず「真鉄」は「山嵐」に説明を続けた。 「これが怪異だ」 「真鉄」は小柄でうがたれた穴を指差した。そこには、深く鋭い穴が口を開けていた。 「怪異とは、浮世とは切り離された別の存在だ。浮世の常識はまったく通じない。この、 浮世に空く真の穴が界異だ。 少し話しを逸らそう。大和の国や唐国では、浮世の法則を支配する陰陽五行の術が発展し てきたのは知っているか? それに対して、伴天連の国では、この穴を人の手で作る魔儀 という秘儀が発達した。この怪異にさらされたものは、陰陽五行の均衡が崩れて、神通力 を発揮するそうだ。まあ、大概は神通力を発する間もなく死に至るようだがな」 「山嵐」は「真鉄」を覗き込んだ。この男が見ている世界は、他の者が見ている世界とは 違う。「真鉄」は、どれだけ世界を見極めているのだろうか。 「わしは、今回巨鉄兵を作るにあたって、この穴そのものを動力源にすることを思い立っ た。無限の穴には無限の風が吹く。穴に吸い込まれる風か、もしくは穴から噴出す風か。 性質の違うものが接する所には必ずうねりが生じる。このうねりで風車を回し、歯車でそ の力を伝え、巨大な鉄の兵士を動かすわけだ」 「そんな秘密を俺に教えてしまって大丈夫なのか?」 「くくく。心配はいらんだろう。こんな話、誰に話しても、与太話としてしか聞いてもら えまい」 確かにそうだ。「山嵐」は思った。しかし、この話が本当だとすれば、これは面白い。 「おーい、送れるなよ」 「二重」の声が前方から聞こえてくる。 「今行く」 「山嵐」と「真鉄」は、塩の原の向こうで手を振っている「二重」たちの下へと急いだ。 :** 「南南西に走れ!」 「火野熊」の声が清水に響いた。十六夜の面々が駆け出す。どうやら何かあったらしい。 もしくはこれから起こるのか。その声は「郎蘭」と「双沙」の耳にも聞こえた。 「お嬢様、立ってください。行きますよ」 言い出すか言い出さないかのうちに、「双沙」は立ち上がって走り出していた。慌てて「 郎蘭」も後を追う。前方に不意に数人の人影が飛びこんできた。十六夜の者ではないよう だ。 「どきなさい、斬るわよ」 「双沙」がその一行に斬りかかった。キンッ。鋭い金属音と共に、「双沙」の刀が弾き飛ば された。 「お嬢様!」 「郎蘭」が「双沙」の前に割って入った。敵の数は三人。少し離れた所にもう二人いるよう だ。こちらに向かっている。「郎蘭」は素早く人数を確認した。そして、一人の敵にもう一 度視線を向けた。雷神の「二重」。「郎蘭」の血の気が引いた。何故こんな所にいるんだ? ということは、敵は雷神の剣士が五人。こちらは、「双沙」お嬢さんをかばわないといけな い。このままでは命が幾つあっても足りない。 「お嬢様、逃げます!」 「郎蘭」が「双沙」の手を引き、逃げようとした刹那、「双沙」の刀を弾き飛ばした男が刀 を大上段に振りかぶって斬りかかってきた。 「ジョンぎり」 男は自分の名前を名乗りながら斬りかかってきた。逃げ出すのが遅れた「双沙」の背に刀が 振り下ろされる。致命傷ではない。「ジョン・義理」が歓喜の表情を見せる。「郎蘭」は 「双沙」を背負い一目散に逃げ出した。 「ジョン、追うな」 「二重」の声が「ジョン・義理」を制す。 「おいおい、敵を倒す絶好の機会だぜ、何で止めるんだよ二重」 「今日は早く仕事を済まして帰る。それに、奴らが逃げた先に大量の十六夜がいるとも限ら ない」 「ジョン・義理」は仕方ないという表情で刀を鞘に戻した。 「二重様。十六夜はどれくらいここに来ているんでしょう?」 「東雲」が「二重」の顔を覗きこんで聞いた。 「分からないが、仕事は早くして帰った方が良さそうだな」 「二重」は、「真鉄」と「山嵐」が追いつくのを待ち、聞いた。 「ところで、真鉄殿。目指すものはどこにあるのです?」 「まあ、待つが良い。今に風が吹く。穴の空いた狭間の風が」 ;** 最初の怪異と遭遇したのは、「鎌井」の一行であった。それは突然であった。塩の原を歩 いていると、突如「鎌井」の相棒が「鎌井」の腕をつかんできた。鎌井の腕の、井の字に 鎌の絵の刺青がしてある場所に、相棒の手が弱々しく触れる。 「どうしたんだ?」 「鎌井」は、相棒の方を振り向いた。相棒の悲痛な笑みがそこにはあった。相棒の体は、 縦に半分無くなっていた。「鎌井」が立っている位置の逆側の体がすっぱり切り取られて いた。相棒は、目から涙を流しながら、必死に「鎌井」の腕をつかんでいる。しかし、力 は思うように入らない。徐々にその力も薄れていく。鎌井の目の前で、相棒の体が削り取 られていく。 「鎌井」は飛び退いた。相棒の先には、揺らめく光があった。相棒の体の肉が、やすりで 削られたように切り取られ、光の中に消えていく。光はブルッと震えた。その揺らめきは 空まで続いていた。 それは、巨大な光の柱であった。相棒の体が、ズルリと光の中に消えた。それと共に突風 が吹いた。光の中に風が吹き込む。 その光の揺らめきは、ゆっくりと「鎌井」の方に向かってきた。「鎌井」は顔面を蒼白に して、振り向き様に逃げ出した。 ;** 「どうした鎌井!」 走る「鎌井」の前に、二人の男が見えてきた。十六夜の組織のひとつ「風」に属する「烈 風の植刃(うえば)」と「土亘(どせん)」の姿が見えてきた。 不精髭を生やした「烈風の植刃」と、やはり髭を伸ばしており両腕が異常に長い「土亘」 の姿が近づいてきた。「鎌井」は必死で声を絞り出した。 「逃げろ! やば過ぎる敵だ!」 「鎌井」の背後には、巨大な光の揺らめきが微かに見えた。 「おいおい、敵なんてどこに・・」 「烈風の植刃」がそういったとき、きらめく光の側にいた十六夜の者の腕と脚が削り取ら れた。えっ? と声を出し、その男はバランスを崩して光の方向に倒れた。男の体は、大 根下ろしで大根を削るときのようにプツプツと弾けて光の中に消えていった。「烈風の植 刃」の顔が青ざめる。ゴウッ、と突風が光に向かって流れ込んだ。 「やべえ・・」 「烈風の植刃」は、振り向き様に走り出した。「鎌井」も走る。 「おっ、面白いじゃねえか・・」 「土亘」は脂汗を流しながら刀を持ち、光に向かって走った。 「逃げろ土亘!」 「植刃」の声が響いた。「植刃」と「鎌井」はその場から走り去った。 「土亘」は光の揺らめきに向かって刀を振り下ろした。動きは遅い、近づきすぎなければ 渡り合える。「土亘」は緊張ではやる心臓の鼓動を押さえながら意識を集中させた。気を つけなければならないのは、光の境界だ。境がはっきりしない。いつ、この光に飲みこま れるやもしれない。 「いやーっ!」 気合一閃「土亘」は剣を振り下ろした。光に裂け目が走った。 「・・・何だ、これは・・・」 「土亘」は目を疑った。光の揺らめきにできた裂け目の向こうに世界が見える。あれは、 何なのだ・・? 「土亘」の思考は停止した。突風が吹く。一瞬後、「土亘」の体はその 裂け目の中に吸い込まれて消えた。 ;** 「火野熊」は、眼前に広がる光景を見て、我が目を疑った。塩の原には、屈強の十六夜剣 士たちの屍の一部(?)が無残に転がっていた。そして、遥か前方には、光の揺らめきが 見える。 「報告しろ!」 必死の思いで駆けて来た「鎌井」に、「火野熊」は事の顛末を語らせた。「鎌井」は、自 分が見たままのことを伝えた。 「触れれば消える光・・、あれが怪異・・か・・」 「火野熊」は、拳を握り締めた。斬れるものなら何とでもできる。しかし、あれは斬れる のか? 斬れぬものなら何ともし難い。 「あれは斬れるのか?」 「火野熊」は、周りの者に聞いた。「鎌井」同様逃げ出してきた「烈風の植刃」が答える。 「斬りに行った土亘は消えました」 「親父様、あたしが斬って参りましょうか?」 「火野熊」の傍らに控えていた「ななえ」が抜き身の小太刀を持って前に出た。 「やめろ、ななえ。・・・誰か弓を持っていないか。俺に貸せ」 「火野熊」は、部下から弓矢を受け取り、光の揺らめきに向かって矢を放った。矢は、光 を貫き、その背後の塩の原に落ちた。 突風が吹き、すぐに収まった。光の中に一瞬闇が閃いた。矢の先が一瞬、ホウッと光った。 「火野熊」は、それを確かめた後、険しい顔で頷いた。 「あれが怪異だというのだな」 そして、満足げな笑みを浮かべる。 「全員退却!」 「火野熊」は、十六夜全員に退却を命じた。 ;** 清水の塩柱の間を一匹の蝶が舞い踊っていた。それを見たものは、多少の違和感を抱くか もしれない。多少注意力のあるものなら、花咲かぬ、枯れた塩湖に蝶が舞い込むことなど ないということに気づくかもしれない。 しかし、蝶を構う余裕のあるものはその場にいなかった。その場にいたものは、皆、死ん でいたのだから。 ;** 「風はこっちから吹いた」 「山嵐」が、風上を指差した。「二重」たち雷神一行は、塩の原を進んだ。あれから、十 六夜たちには出会わなかった。これなら仕事は早く済みそうだ。「二重」は安心した。少 し丘陵になった塩の丘を上ると、辺りが一望できた。 「何だこりゃ?」 「ジョン・義理」が声を上げる。塩の原には、揺らめく光と、バラバラ死体が散乱してい た。 「あれは、十六夜の者たちでしょうか?」 「東雲」が、不安そうに「二重」に聞いた。 「真鉄殿、あれが怪異か?」 「山嵐」が「真鉄」に問う。「真鉄」は頷いた。そして、背中のつづらから、二本の筒を 取り出した。1本は、中が空になった筒、もう一つは羽根が付き、矢のようになっていた。 「真鉄」は、中空の筒の中にもう一つの筒をねじ込み、その先を光の方に向けた。 「済まぬが、山嵐殿、わしの体を支えてくれぬか?」 「真鉄」は、「山嵐」に体を支えさせて、筒についた引き金を引いた。筒から火を吹きな がら飛ぶ矢が放たれた。炎を吐きながら矢は光に飛びこんだ。一瞬後、塩の原で轟音と共 に爆発が起こった。 「伏せろ、風が来る!」 「真鉄の声が上がった」 塩の原に突風が吹き荒れた。今度は、光から風が吹き出てきた。一匹の蝶が風にもまれて 飛んでいく。しばらく風は吹きつづけ、そして収まった。 「今から、わしは光の欠片を拾いに行く。くれぐれも、あんた方は光には触れるな」 「真鉄」は、つづらから、箱と棒を取りだし、光があった場所に向かった。 ;** 「真鉄」は、光の欠片を集めていた。慎重に棒でつまんで箱の中に投じる。見えづらい淡 い光に、足でも取られれば足は消えて無くなってしまう。既に使えそうな欠片はいくらか 集め終わった。そろそろ戻ろうかと思ったときに、一つの男の死体を見つけた。どこも欠 けていない珍しい死体だ。 棒でつついてみる。腹の中ほど辺りがホウッと光った。男は微かに息を吹き返した。どう やら、死んではいないようだ。 「怪異に行き、怪異を食ろうて来たか。神通力を身につけているかも知れぬ。面白い。何 かの実験に使えるだろう」 「真鉄」は、その腕の長い髭面の男、十六夜の「土亘」を背負うた。そして、「二重」た ちの下へ引き返した。 ;** 「探し物は見つかったかい?」 「二重」が「真鉄」に聞いた。「真鉄」は満足そうに頷いた。 「しかし、こいつは何者だ?」 「ジョン・義理」が不満そうに「真鉄」の背中の男をつついた。 「実験材料じゃ」 「実験ねえ」 「ジョン・義理」は納得いかなさそうに返答した。どうやら、これで陽が暮れるまでに町 まで戻れそうだ。「二重」は安心した。こんな場所で夜など過ごしたくはない。 「二重」たち一行は、城下町に戻った。 ;** 既に夜になっていた。「紫(むらさき)」は後悔していた。眼下に無数の人間の死体が転 がっている。先ほどは、突風にあおられ、もう少しで死にそうにもなった。 「これなら、まだ、街中で隠れていたほうが安全だったかもしれない。よりによって、な んでこんな場所に・・・」 いくら愚痴をこぼしても、目に映る死体の数が減ることはない。それでも愚痴をこぼさず にいられなかった。それほどたくさんの死体が転がっていた。それも無残にも様々な形に 切り取られた。 十六夜が怪異に遭遇する一部始終を「紫」は見ていたのだ。 昨晩、「紫」は追われ人であった。追っ手から逃げるために、慌てて街の外に逃げ出した のだが、逃げだした先は別の意味で修羅場だった。 「まあ、愚痴をこぼす元気があるだけ、まだましなのかも知れないわね。それに、見方を 変えれば、いい状況とも言えるし。」 と独り言を呟く。 「紫」は、慌てて逃げ出してきたために、身の回りのものを一切持っていなかった。そこ に物言わぬ死体がある。金は天下の周り者。こんなところで死体といっしょに置いておく のは、大黒様に申し訳ない。 「あれ、お金は、弁天さまだっけ?まあ、どっちでもいいわ」 「紫」は、蝶の姿から女の姿へと形をゆっくりと変えた。月明かりに照らされて、裸の女 の姿が塩の原に浮かび上がる。熱い吐息を漏らし、全身の毛穴から汗を流しながら蝶は女 の姿へと変わっていく。何度か細かく身震いしながら、濡れた髪を振り乱して女は動きは じめた。 十六夜の死体から、服と金目の物を奪い取る。服は、そのまま着れるものがなかったので、 いくつかの布を体に巻いた。 不意に、辺りが明るくなった。塩の原に無数の細かな光が浮かび上がっていた。その光が 蛍のように塩の原を舞っている。そして、一所に集まっていた。 「これはまずそうね。早く逃げないと」 「紫」は、今日の惨劇を思い出し、すぐさまその場を後にした。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 今回の結果 ■神通力の獲得 ゲームが進んでいく中で、キャラクターは「怪異」(超常的な不思議な現象)に巻き込ま れることがあります。キャラクターは「怪異」に出会うと、「五行の神通力」を身につけ ることができます。どの五行の神通力を身につけたかはマスターから宣言します。 土亘:水の神通力 ■能力の成長 ゲームが進んでいく中で、特に成長の認められる行為をおこなったキャラクターは、プレ イヤーがマスターに申請してください。プレイヤーからの申請によって、マスターはキャ ラクター能力の上昇を認めます。 ■負傷 キャラクターは、マスターより負傷段階を宣言されることがあります。負傷には、重症、 致命傷、能力減退の3種類があります。 双沙:重傷 土亘:重傷 ■アイテムの獲得 キャラクターは、マスターよりアイテムの獲得を宣言されることがあります。アイテムは、 通常の行動の中で使用することができます。 双沙:斬人許可証 郎蘭:斬人許可証 ななえ:斬人許可証 鎌井:斬人許可証 土亘:斬人許可証 烈風の植刃:斬人許可証 紫:斬人許可証 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■番外「明光院」弐 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 大地を揺るがす大音響が万字賀谷に響き渡った。 「明光院様、今の音は?」 武士らしき男が老人に問う。 「大方、火薬で地面を爆破したのだろう。誘い水が功を奏しておるようじゃ。この間に猪 槌の里まで一気に行こうぞ」 老人は歩を早めた。付き従う数十人の武士と僧が慌ててその後を追った。老人が小声で愚 痴をもらした。 「しかし、家康殿も老人を捕まえて酷なことを言いなさる。徳川家千年の安泰のために、 全ての異土を支配化に置け、さもなければ破壊しろとは・・・。今の幕府の人材の中でこ の仕事ができるのは、わしを置いていないことを知りつつ言うか。あの狸めが」 憎まれ口に反して、老人の口の端は上がっていた。一行は、万字賀谷を足早に進んでいっ た。