●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●   …………………………………………SEEK…………………………………………   第 6 回 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 柳井政和 (C)1995 Masakazu Yanai Reproduction 1998.12.19 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■●シナリオ11●『北へ』 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- 「……SEEKが出現する。長い戦いに終止符を打つときが来た。我々ミューの目的がい よいよ達成されるのだ」ミューは無数の鏡を見ながら呟いた。  鏡には世界中の光景が映っていた。ミューはイプシロンを追っている鏡に目を移す。イ プシロンは殺戮を繰り返していた。デルタへの思いとミューの命令との間の葛藤を忘れた かったのだ。特に、男女の2人連れを見た時のイプシロンの怒りは大きなものだった。 ────────────────────────────────────────  アルフィアーネとレスターはザークの谷に来ていた。アルフィアーネの父に会うために 反乱軍と別れたのだ。しかし以前とは様子が違う。地面があちこちえぐり取られている。 「ずいぶん荒れ果ててるな。ここで戦闘でもあったんじゃないのか」  2人が荒野と化した谷を歩く。その時上空からローブをまとった女が降りて来た。  「なぜ……なぜ……デルタ君……」彼女の周囲に闇がふつふつと沸き上がる。  「逃げろルフィ!」レスターはアルフィアーネを突き飛ばした。  巨大な闇の顎がレスターを食らう。恐怖に顔を引きつらせる彼女を、チャクラムが切り 刻んだ。イプシロンは泣きわめき続ける。そして突然ポトリと倒れ、動かなくなった。 ────────────────────────────────────────  老将軍は雪雲の空を見上げ思った。父を探しに行くと言っていたあの2人は大丈夫だろ うか。ラドは振り返る訳にはいかなかった。後方を引き受けてくれたガンマ船長のために も、一刻も早くウェーバー達と合流しなければならなかった。前方に雪がちらつき始める。 ────────────────────────────────────────  一時の狂乱から奇跡的に立ち直ったアンペア部隊は、セルビオの指揮下で整然さを取り 戻していた。その数は半数程に減っていたが、個々の戦闘力を考えれば、依然畏怖に値す る部隊には変わりない。セルビオがキマイラ達を集めて演説を始める。 「……つまり、君らの働き如何によって、我々キマイラの未来図は明暗を分ける。これが 君らの忠誠に対する、私セルビオが支払える唯一の報酬となる。断言しよう、新たに帝国 が支配する領土の4分の1は我々の解放区となる!」  魔法の言葉だ。簡単な口約束でさえも耽美な希望になる。それほどまでにアンペアが彼 らを酷使し過ぎたのだ。セルビオが陰謀の手を一時休めて迄も彼らを旗下に置きたかった のは、これからの戦いの苛烈さを予想してのことだった。しかし独りになると自然に胸が 痛む。彼とて、同じキマイラ達には嘘をつきたくなかった。彼は自分の幕舎に戻った。 ────────────────────────────────────────  女神のホクロのシータの小屋。アンペアは自らの体の再生に全魔力を注いでいた。  「何故、一番憎いはずの男に力を貸されるのですか」デュラハンがシータに問う。  「私はあの男が苦しむのをみたいの。どんなに頑張っても、結局一番になれず悔しがる あいつを見たいの。どんな改造をしても、人間としての器量は変えることはできないのに ……。殺すのはいつでもできるわ」シータは目に炎を宿らせていた。 ────────────────────────────────────────  陰謀を携えた来訪者がシータの小屋に現れた。フラフス4のパオがセルビオに従ってい る。回復したアンペアがシータと共に小屋から出て来た。セルビオは深々と頭を下げる。 「セルビオ。キマイラ部隊はどうなっておる」  「はっ、散り散りに逃げ去り、私の力では……」セルビオは頭を下げたまま答えた。  「嘘をつけ!貴様の企みぐらい気づいておるわ!貴様に忠誠を誓ったキマイラに、わし を襲わせる気じゃな!」アンペアは全てのキマイラに自分を守る様に指令を出した。  その刹那、アンペアの腹に剣が突き立てられた。アンペアの命令通りにパオが剣を刺し たのである。アンペアはその剣が、自分がシオンに授けた魔力中和の剣だと分かった。セ ルビオは笑みを漏らした。彼はパオに「アンペアを守るためには魔力中和の剣で、アンペ アを貫いてやる必要がある」と深層暗示をかけていたのだ。  「セルビオ……貴様……図ったな」アンペアの体が醜く膨れ沸騰しだす。  「いつまでも、私が進化しないと思ったんですか」セルビオが頭を上げる。  アンペアの、無理につなぎ合わせた体が音を立てて崩れて行く。アンペアの体から、幻 覚の粉が舞い上がる。セルビオとシータは、その幻覚の粉の中で、アンペアの『夢』を見 た。それは、アンペアが自分好みに改造した世界で、全ての生命を弄んでいるというおぞ ましいものだった。その中で、アンペアは幸福そうな表情で笑っている。彼の未来予想図 は、凍てついた風にかき消されていった。セルビオは無言でその場を立ち去った。 ────────────────────────────────────────  シータはその場でよろめいた。いつでも殺せると思っていたアンペアを、先に殺された のだ。目的が一瞬の内に消えた。茂みが揺れる。彼女の目の前に、女の顔をした女郎蜘蛛 が現れた。その蜘蛛、キャス・クリムは守るべき主を探していた。キャスが声を絞り出す。 「力をくれるなら……好きにしな」シータの脳裏に、セルビオの姿が浮かぶ。  シータはキャスを不死者に改造し野に放った。その目的はセルビオ抹殺である。 ────────────────────────────────────────  瞬く星空の下、海風を受けて船は北に向かう。クリム家の間者シュレッドは甲板からデ ィツの巨大な姿を仰ぎ見た。島亀の背に乗ったディツは、膝を折り、なお山の高さを凌い でいた。連絡係のクリム家の影が指定の時刻になっても現れない。当然である。キャスの ためにクリム家の本拠地は壊滅したのである。彼は風に消える微かな声で呟いた。 「ヨタ達一行は、ディツを王国に連れて帰ることに成功するであろう。このままこの異形 の神が地に降り立ったなら、帝国軍敗戦は必死。そうなればクリム家の運命は一体……」  シュレッドはこの船旅を振り返った。ヨタを中心にして絶えず起こる騒動、子供達の悪 戯や笑い声……。どれもクリムでは見られない光景だ。その全てをヨタは、苦笑しながら も受け入れていた。そしてヨタは自分を信用してくれている。信じられない世界だった。 ────────────────────────────────────────  「……お父さん……」隣に眠る女性が呟いた。ヨタはベッドに腰を降ろしていた。  ライザとはもう何日も一緒にいる気がする。ため息をつく。困ったことにベッドも水浴 びも一緒だ。彼女が不機嫌になると目が微かに光るので、周りの者も脅えて何も言えない。  しかしそれだけではなかった。彼女は子供の様に振るまい、次第に打ち解けてきていた。 ヨタは枕元に置いていた宝石の破片を手に取った。戦いが人を苦しめる……。  「……様、ヨタ様」女性の声と共に宝石が弱々しく光を放つ。  「シェリー」ヨタは声の主を宝石のきらめきに見た。少女は涙を流す。  「ヨタ様。シェリーは、あなたのことを愛していました。でももうあなたのそばに居続 けることはできなくなりました。お別れです。さようなら……」光は消えた。 「覚えていますよシェリー。そして、決してあなたのことは忘れません」  ヨタは思った。人の心には闇がある。人を殺す闇、戦争を起こす闇。人が人の闇を作り、 闇が人を苦しめる。父のないライザは、母に育てられたという。またその魔力のせいで迫 害を受けたそうだ。彼女が大事に持っているチョーカーには帝国皇位の紋章が入っている。  きっとどこかの馬鹿貴族が生み捨てたのだろう。ライザの心の闇も、人の手によって作 られたものだ。早くこの戦争を終わらせなければ……。ヨタは手の中の宝石を懐にしまっ た。 ────────────────────────────────────────  ミカと銀竜は船の甲板に立っていた。憎むべきディツの近くを離れるため、船から飛び 立とうとしていた。ミカが銀竜の背中に乗る。その時、マストの影が揺らめいた。影が2 人を覆う。何物かが放った影の精霊が2人の動きを縛った。ミカが悲鳴を上げる。 「暴れないで欲しいですね。動くと狙いが外れ苦しむことになりますよ」影が下品に笑う。  続いて2人の近くに鎧兜が現れた。死者の瘴気が鎧から溢れ出す。それは巨大な剣を振 り上げた。銀竜は空を仰いで一声吠えた。空が震える。ディツも気づいた様だ。星から光 が降り注ぎ、銀竜を囲む様に、光の柱が天から船を貫いた。ミカと銀竜を縛っていた影が 消し飛び、死者の鎧が塵と化す。光が消えた時には、ミカと銀竜の姿は消えていた。  「何だあれは……」シュレッドが後ずさる。船には大穴があき、沈み始めていた。  「光の剣……天空神プルームの武器の1つと伝えられています」ヨタが答えた。  ヨタは船の者に、急いで島亀に移る様に指示した。神々が動き始めている。 ────────────────────────────────────────  ミカと銀竜は天空の光の宮殿に降り立った。青年の姿をした天空神プルームが、神殿の 奥で2人を迎える。プルームが手をかざす。すると2人は成竜に姿を変えた。 「天空神プルーム様。我々再び、プルーム様に仕えられる喜び、噛み締めております」  プルームは神々の危機が迫っていることを2人に告げた。この世界の8人の神は、決し て死ぬことはない。しかしその存在を脅かす、恐るべき計画が地上で進行中であると言う。  このことを知った一部の神は、その血を引いた一族を地上に送り込んだ。それは、自ら の仮の姿を脱ぎ捨て、すぐさま新しい姿をまとい、動けるための器を作ることだった。我 々は安心した。しかしこれこそ、その計画の立案者の思う壷だったのだ。 「私も地上に血族を送った。しかし、このままでは私も狩られてしまうだろう。私達神は、 SEEKの力に抗えない。そこでお前達に指令を下す。私の血を最も濃く引いた者を助け るのだ。彼に、私の全ての武器を託す。人間達がその力を使い、神々を救ってくれるのな らば……。人間の手によれば、あるいはSEEKの力を打ち破れるかもしれない」  光をまとった2匹の竜は、その翼で大空を舞い地上へと向かった。銀竜は、望んで止ま なかった大空を手に入れた。ミカもその後を追う。2匹の竜が光の軌跡を描く。 ──────────────────────────────────────── 「気がついたようねイプシロン。可哀想に、今にも泣き出しそうな顔をして」  鏡に囲まれた部屋でイプシロンは目を覚ました。ミューが近くに立っている。 「ミュー様、デルタ君のことが忘れられません。確かに神の力にも耐えられる様に強くな ったわ。でも、なんで心なんかくれたの。もしかしたら私、前よりも弱い。デルタ君のこ とが気になって集中できない。……そんなにSEEKって大事なものなんですか」  ミューの視線が厳しいものとなる。イプシロンは体を小さくして喋った。 「ごめんなさい……。ミュー様、お願いです。私を元に戻して。心なんか要らない。そし たら苦しくなくなるもの。前の様に完璧な殺人機械人形でいられる。記憶も消して。ミュ ー様へのわだかまりもなくなる。私にはもうミュー様しかいないの。捨てられたくないの」  ミューはイプシロンを抱き起こした。そして涙を指で拭ってやる。 「あなたは心を持ったことによって、世界が理不尽なものだと分かったはずよ。人は誰し もかなえられない願いを幾つか持っている。だけどその多くは人の努力によって越えられ ること。運命を除いては……。この世には絶対に逆らえない意志がある。全ての理不尽の 象徴である神達。神は、死ぬことのできないその不満を紛らわすために戦い、人の運命を 狂わせ、世界を破滅へと導こうとする。しかし、我々は神の暴挙に気づいた」  イプシロンはミューの姿を見た。今まで彼女を抱いていたはずのミューはそこにはいな かった。周りの鏡にそれぞれ1人ずつのミューが映っていた。あらゆる場所、あらゆる過 去の時代。全ての神々を敵に回すことを誓ったseekerたちがそこにはいた。その中 で最も古い鏡に映った女性がイプシロンに語りかけた。 「もし、私達ミューが志半ばで倒れるようなことがあれば、お前がその意志を継ぐのです。 全ての神々を、その純粋な心にしまいこみ、心を閉じるのです。この世界に神の意志はい らない。世界を保ち続けるその力さえあればいいのです」  イプシロンは頷き、姿を消した。ミューは鏡から抜け出て、また1人になった。 「……イプシロン、私の心は1つではないから、心を閉じることはできないのよ……。こ の城もそろそろ出なくてはならないわね。もう一度、私達の姿を止めている鏡達を、あの 場所に戻しておかなくては。イプシロンとデルタと暮らした帝国の皇宮の地下深くに……」 ────────────────────────────────────────  帝国皇宮。錯乱状態に陥った皇帝ボルトは、薬湯を飲み寝室で眠っていた。部屋は照明 が落とされ薄暗かった。2人の女性が部屋に忍び寄る。セルビオの部下リオットは、カロ ミリアン姫に短剣を手渡した。そして、念を押す様に耳元でささやく。 「冬将軍に操られ、帝国を凍土と化そうとしている陛下を救えるのは、今や姫だけです」  カロミリアンはセルビオの工作のため、既に父を殺す以外方法がないと信じきっていた。 「神よ、罪深き私をお許し下さい。願わくば、私に勇気と力を、そして父にひとかけら の愛をお与え下さい」  扉をくぐり抜けたカロミリアンはボルトの胸に短剣を振り下ろした。小さな呻きを上げ、 皇帝は目を開いた。その目には短剣を持った娘の姿があった。 「姫、テスラ様の下へ参りましょう」  後には冷たくなった老人の死体が残された。 ────────────────────────────────────────  「テスラ様。今こそ決断を」カロミリアン姫を連れたリオットがテスラに迫った。  テスラ達はパラサイト号で島亀を追っていた。彼女らが着いたのはつい先程のことであ る。テスラは悩んでいた。リオットは、皇帝が冬将軍に乗っ取られていたこと、そのため 冬将軍が復活したこと、姫が皇帝を成敗したこと、セルビオがアンペア軍を掌握したこと、 ファラドがこの状況を利用し帝国を手に入れようと動き出したことを告げた。そしてテス ラが姫と婚約し、新皇帝となり姫を守るよう勧めた。カロミリアンがテスラにすがる。彼 女にはもう頼る者はない。セルビオの策略でそう思わされていた。  「俺達は、帝国に春を呼ぶために戦ってきた」テスラは部下達の顔を見渡した。 「そのためには命さえも投げ出せる覚悟でいた。俺は、皇帝に仕えることにより、目的は 達せられると信じ今までやって来た。しかし、その皇帝は……冬将軍に操られていた。真 に目的を達そうとするのならば、何より己が頂点に立ち、己の力でことを成す必要があっ たのだ。今日から俺は、命だけでなく名誉さえも捨てよう。あらゆる汚名をこの身に受け、 皇位簒奪者と呼ばれ、自ら皇帝を名乗り帝国の窮状を救うことを誓う」  部下達はテスラに敬礼をした。まずは、ファラド以外の軍を押さえる必要がある。 ────────────────────────────────────────  サーセ沖では激しい戦闘が行われていた。ガンマ船長の率いる海賊は、ロジェストの攻 撃により瞬く間に数を減らしていた。ロジェストの作戦が的中したのである。リー達の乗 っていた船を囮に、包囲網の中に誘い込んだのだ。海賊達は、総崩れになり逃げ去った。  「ファラド将軍に、制海権を取ったと報告しろ」ロジェストが部下に言う。  「その必要はない!」  振り向くとテスラがいた。テスラは今パラサイト号で着いたのだ。 「それよりも重要なことがある」  そう言ったテスラの後ろにはカロミリアンの姿があった。 ────────────────────────────────────────  「何!それは本当か……」ロジェストは慌てて声を抑えた。 「全て真実だ。俺は、当初のウェイン王国侵攻の目的通り帝国に春を呼ぶつもりだ。その ためには、まずノーデンスをどうにかしなければならない。そのためには戦争所ではない」  ロジェストは息を飲んだ。帝国が落ち着くまで王国と休戦し、同盟を結ぼうとするとは。  「しかし、王国側は同盟に応じるだろうか」ロジェストがテスラに問う。  テスラは「心配ない」と力強く頷いた。ロジェストは、テスラが皇帝になることには疑 問を挟まず、同盟に対して真っ先に質問をしたのだ。リオットがほくそ笑む。帝国には、 侵略されて併合された国が数多くあった。ロジェストの故郷もそんな国の1つである。帝 国海軍を率いたロジェストは、カロミリアン皇女を戴き王城に戻った。  王城では、早速テスラとカロミリアンの婚約の儀が執り行われ、ヘクト丘陵以外の、王 国中に散らばっている部隊が王城に呼び戻された。まだ戦争中であることもあり、テスラ は皇帝ではなく、総統と呼ばれることに決まった。 ────────────────────────────────────────  ミューは帝国の地下で鏡を見ていた。イプシロンが1つの山に向かって降りて行く。聖 なる山ドロの麓。今では猫の子1匹いなくなった大地母神の神殿。その神殿の奥深くにあ る結界の柱は、火山に眠るある者を封じていた。イプシロンはその柱を打ち砕いた。ガシ ュタットの研究の上で邪魔だったのは何も人間だけではない。神やそれに従う者共も邪魔 だった。だから彼は邪魔者を排除する目的と自分の力試しのために、それらに対する準備 も行っていた。その名も対冬将軍用精霊獣ボイル。完成したボイルは対ノーデンス戦まで 温存されることになった。ボイルは火と大地の精霊から創られたため火山の地下のマグマ 溜まりに封印された。こうして来るべき戦いに備え、火山の力を吸収していた。 「ボイル。貴方の力をお貸し下さい。神と戦えるあなたの力で、ミュー様の手伝いをして 下さい。ミュー様が戦うことになるはずの神々を、貴方の手で倒して下さい」 「小娘。お前は魔王様を守らず何をしている!だが、ノーデンスが復活した。わしは、わ しの仕事を行わなければならない。ともかくこの山に張られた結界を解け。そうすればわ しはノーデンスと戦う。わしが生き残ればお前の手伝いをしよう」  聖なる山ドロの火口に火柱が上がる。そして山を覆うばかりの炎の獣が姿を現した。獣 は翼を広げ、翼から炎を吹き出しながら一路ノーデンスに向かって飛んで行った。  「そろそろ私も動かなければ……」ミューは地下室を後にした。 ────────────────────────────────────────  轟音と共に、サーセの港に島亀が到着した。ディツが立ち上がる。ヨタ達は揺れに耐え るために近くの木にしがみついた。ディツがひとまたぎでサーセの港を通り過ぎる。 「ようやくまた戦えるのだな。この日が来るのを待ち望んでいたぞ!久しぶりの戦いに腕 が鳴る。ノーデンスよ、今回こそ真の決着をつけようぞ!」ディツは歓喜に打ち震えた。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■●シナリオ12●『帝国と王国』 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------  現実世界では、サラとデルタが生まれたままの姿で抱き合っている。サラは必死にデル タを抱き締めているが、彼の体温は下がって行くばかりである。サラは心の中で祈った。 「デルタ……」  デルタはさまよっていた。自分が何をすればいいのか分からなくなっていた。一体僕は 何者なのだろうか。気がつくとデルタは沢山の死体が一面に広がる荒野にいた。物音に振 り向くと、死体が次々と襲い掛かってくる。見覚えのある顔だった。それは自分がかつて 殺した反乱軍の兵士たちであった。「寒イー、苦シーョ」死体が迫りくる。デルタは逃げ 出した。逃げ出した先には父の姿をした天使が待っていた。「デルタよ、お前は何をして いる。何のために生きている他の多くの命を奪って……」その時背後から声が聞こえた。 「デルタ、戻りなさい!」その声には聞き覚えがあった。遠く過去に聞いた母の声であっ た。  振り向くとそこには母がいた。騙されてはいけないと天使が言う。そして天使と母が戦 い始めた。母の顔はミューの顔とダブって見えるくらいに似ている。戦う内に天使は倒さ れ異形の者へと変わり、母が残った。母は側に寄るとデルタにそっと口づけをした。デル タの意識が薄れて行く。「デルタ、お前にはまだやってもらうことが残っている。我らが 目的のために……」彼は消え行く意識の中で、母の声と姿はミューであると確信した。 ────────────────────────────────────────  デルタに、心の底から暖まるような温もりと、過去で感じた母の柔らかさと匂いが伝わ って来た。デルタが目を覚ます。目の前には涙で潤んだサラの瞳があった。  「よかった。もう2度と目を覚まさないのかと……」サラはデルタに抱き着き泣き始め た。しばらくそのままにした後、デルタはそっとサラを体から引き起こした。  「もう、泣くのはおやめ。僕はちゃんといるのだから」指でサラの涙を拭う。 「で、でも…本当に心配したんだからね。だって……」  デルタは決まり悪そうに目で合図する。サラは2人が裸であったことを思い出した。 「キャー!ご、ごめんなさい。これは…デルタが…下がって…体温が…暖めるために……」  「あのー、サラ、どうでもいいんだけど、着るものを……」デルタは赤面する。  サラは慌てて立ち上がると、周りを急いで見渡し、服がおいてあるところに走ろうとし た。デルタも立ち上がろうとする。サラが石につまずき2人が一緒に倒れ込む。2人はし ばし見つめあった後、静かにまず唇を重ねた。 ────────────────────────────────────────  「つまらんな……」2人の神の、愛が成就されるのを見ながらバレオが呟いた。  サラを守るために、木の陰からバレオは2人を観察していた。傍らに闇が降りる。  「ミュー様!」バレオが珍しく少し驚いた声を出す。だがすぐにいつもの表情に戻る。 「これをデルタ達の行為が終わった後、ここからデルタに見せなさい」  バレオは何かを手渡された。それは1つの眼球だった。バレオが誰のかを問う。  「これはデルタの眼球です。デルタはこれを見て、驚き関心を持つはず。その時お前は、 この眼球がデルタのものであること、私が持ってきたことを告げるのです」  ミューは消えた。バレオはその時を待った。 ────────────────────────────────────────  「……デルタ、これからどうするの」全てを終えたサラがデルタに問う。 「これから、君を守りながら北へ向かい帝国へ行こうと思う。そこで、私の母、いやミュ ーが待っている。そんな予感がするんだ。これは僕の手で決着をつけなくては」 「ねえ、それってどう言うことなの。デルタのお母さんって……ミューのことって……」  デルタは今までの全てを話した。父のこと、母のこと、自分自身のこと、つい先程経験 した精神世界での出来事。サラは静かにデルタの顔を見つめていた。  「多分、ミューは君を狙ってくるだろう。そしてミューを倒すには君の力が必要だ。サ ラ、僕について来てくれるかい」デルタが立ち上がる。 「はい。あなたについて行きます。あなたの進む道がたとえイバラの道であろうとも」 「この命が尽きようとも君だけは守ってみせる」  その時近くの木の枝が動いた。デルタが振り向く。そこにはバレオの姿があった。身構 えるデルタにバレオは左手に握っているものを見せた。デルタが驚く。 「これはミュー様から頂いたものだ。デルタ……お前の眼球らしいな」  デルタは思わずバレオに歩いて近づく。デルタの目にはバレオしか入っていなかった。 その一瞬のすきをついて闇がサラに舞い降りた。サラの悲鳴が上がる。闇は衣となりサラ を覆った。サラが黒衣に包まれる。駆け寄ろうとするデルタをバレオの糸がからめ捕った。  「ミュー!いや母さん!どういうつもりだ!」デルタが糸を振り払って叫ぶ。  黒衣へと姿を変えたミューはサラの時間を進ませた。サラの体内に命が宿る。そして時 間を止めた。ミューに支配されたサラは、黒衣をまとった手をデルタに伸ばす。サラの手 が触れた時、デルタは体から何かがこぼれ落ちた気がした。今までの力が抜けて行く。 「SEEKを完成させるためにお前を利用していたのよ。SEEKとは、2つの神が互い の心を一つにし、協力し作ったもの。それがSEEKとなる。2つの神の心がSEEKを 誕生させるのだ。互いを真に愛し合わせる必要があったのよ。無理やりではSEEKは現 れない。……まずはプリムローズとカームをSEEKによって融合させた。残るは六神」 「答えろ!サラを使って何をしようとしているのだ!サラを返せ!」 「SEEKの力によって全ての神をサラ……プリムローズに融合させる。SEEKは今や 2つの神の力を持ったサラの中にある。この世界の何者の力によっても、たとえ神の手で もSEEKを破壊することはできない。サラは世界を変えるための人柱となるのだ」  「そんなことは俺がさせない!」デルタは立ち上がろうとした。力が入らない。  「次は、ディツとノーデンスね……」ミューをまとったサラは空へと飛び立った。 「ハハハハ、お笑いだな。デルタ・クロネッカー。利用され、裏切られ、愛する者も救え ず、ただわめくだけか。お前の様な奴に相応しい言葉がある。……負け犬め!」  バレオが左手の眼球を握り潰す。そして満足そうにデルタを見下ろす。  「くそっ……。氷結裂破!」デルタが叫ぶ。しかし何も起こらなかった。 「どうやらお前の全ての魔力は、神の力と共に奪われたようだな。ククク、何も殺しはし ない。生きる方が残酷だろうからな。愛する者を取り返す力もなく、一生後悔と共に過ご すがいい。お前とサラのことは帝国軍と反乱軍に知らせておいてやろう。お前が戻れる場 所はもうどこにもない」  バレオはこらえ切れない笑いを抑えながらその場を立ち去った。デルタは自分の無力さ に、ミューへの怒りに、サラへの思いのために絶叫した。 ────────────────────────────────────────  ノーデンスは、帝国からウェイン王国の地に足を踏み入れていた。ノーデンスの凍気が 周りの木々を粉々に砕く。そのノーデンスに先行して、彼の先兵達が王国を荒らし回って いた。プリムローズに守護騎士や従者がいるように、ノーデンスには百鬼衆と呼ばれる数 千の軍隊がいた。百鬼衆の頭ダーク・カジェルは、村人を皆殺しにするように指揮した。 「雪は白く美しい。しかし、鮮血に染まる雪はもっと美しい。愚かなる人間どもよ、この 雪すべてをお前達の赤い血で染め上げて見せよう」  カジェルが2本の大剣を振るう。その純白の仮面に鮮血を滴らせて、カジェル達百鬼衆 は、吹雪の中、血の行進を続けた。 ────────────────────────────────────────  「ウェーバー。君に話しておかなくてはならないことがあります」王子は馬を止めた。  「どうしたんだ王子様」ウェーバーはまだ王子が本物かどうかを疑っていた。  王子はこれまでのことを全て話した。この体がゴーレムであること。アナハイムのこと。 そして王子の本物の肉体がノーデンスの器として使われていることを。ドムグフが王子の 話に補足を加えた。ミューの存在とノーデンスとの取引を。ウェーバーが疲れた様に言う。 「突拍子もない話だな。しかし、それが本当なら大変なことだぜ。……信用するしかない だろう。夏なのに雪が降っているこの状況を考えればな。くそっ、正気の沙汰じゃないな」  「私もそう思うよ」王子がニッコリと微笑む。ウェーバーは呆れ返った。  「北より何者かが接近している。半径100m以内に侵入した者の数は現在329体。 330体。331体……。警戒せよ!」ドムグフの義手に宿ったロディマスが告げる。  ウェーバーが部下に臨戦態勢に入らせる。王子は黄金の剣を抜いた。突如キマイラが2 体逃げる様に現れる。アンペアの部隊から逃げ出したリューオとジャコだ。反乱軍が攻撃 しようとする。しかしその時、彼らの背後から無数の魔物の軍団が現れた。  「何だ一体!」反乱軍の驚きを他所にリューオとジャコは反乱軍の中央を走り抜けた。  反乱軍は、ダーク・カジェル率いる百鬼衆の先発部隊と交戦状態に入った。ロディマス が敵はノーデンスの先兵だと告げる。ドムグフが反乱軍より一歩前に進み出た。 「貴様らなど、この片腕だけで十分だ!」  ドムグフの義手が赤熱化して敵を吹き飛ばす。熱に弱い魔物に火が燃え移る。ロディマ スが、火のついた木々をゴーレム化し、百鬼衆を少しの間だけ足止めする。すぐに火は凍 結したが、その間に反乱軍は全速力で撤退した。  「くそ、本気でノーデンスは復活したようだな」ウェーバーが一息つく。  「何だってー!ノーデンス復活!うおー俺たちもこれまでかー!」リューオがわめく。  反乱軍は驚いてキマイラたちに襲い掛かろうとする。2人は焦って助けを請う。  「姿形は違っても僕たちだって人間の心を持っているんだ!」リューオが涙で目を潤ま す。  「改造人間はその存在自体悲劇だよ」ジャコは悲しそうにしみじみと語った。  ウェーバーが王子を見る。王子は馬を降りて2人の所に歩き出す。ウェーバーが慌てて 止めようとするが、王子は2人のキマイラの下へ歩み寄った。 「君たちは帝国の者ではないのかい。どうして私達の所へ来たんだ」  「僕たちを反乱軍に入れて下さい!」リューオが王子に頼み込む。  「俺たちはアンペアに無理やり改造されて、操られていたんです」ジャコが説明する。 「ウェーバー。この者達を連れて行っていいかい。見たところ大丈夫そうだが」 「……王子。その癖、すぐに誰でも信用するのはやめた方がいいですよ。そいつらは、今 まで戦っていた連中です。王子が納得しても、兵士が納得しないでしょう」 「ウェーバーは相変わらず厳しいな。私が責任を持ちます。それでいいだろう」  ウェーバーはため息をついた。これは本物の王子だ。絶対に間違いない。こんな奴は王 子しかいない。世間知らずの坊ちゃんが!……いや、いい人間には違いないんだがなあ。  「分かりました。でも何かあったらすぐ切り捨てますよ」ウェーバーは諦めた。 ────────────────────────────────────────  エレスは父親の部下と一緒に民衆を逃がしていた。フォトンがその部隊を先導している。 「ちょっとあんた達、このあたりからなら大丈夫だから、あとはそっちでやっといて」  「ちょ、ちょっと姐さん待って下さいよ」若い衆の声を無視しエレスは引き返した。 「ウェーバー、絶対に死なないでよ。私の恩返しが済んでないんだから……」 ────────────────────────────────────────  ウェーバーと王子達は雪で道を失っていた。このままでは百鬼衆に追いつかれてしまう。 「参ったな」そう漏らすウェーバーの上からエレスの声が聞こえてきた。  「ウェーバー、少し足元が悪いけどこっちに近道があるわ」驚いたウェーバーが上を向 く。  エレスがウェーバーの馬の上に降りて来た。エレスがウェーバーにしっかりつかまる。 「おいエレス、何で戻って来た」  ウェーバーが馬を駆けさせながら後ろのエレスに聞く。 「ただ、……。ううん、何でもないの。昔こうやって馬の後ろに乗せてもらったっけ」 「ああそうだな。この戦争が終わったら、俺は南の海を越えてみようかと思っている」  「えっ、何でそんな遠くまで!」エレスはウェーバーが今よりも遠くに行く様な気がし た。 「戦争が終わったばっかりのこの国では、盗む物なんてないからな。気の合う奴を数人集 めて、盗賊旅行に洒落込もうって所だ。先代王には十分借りを返せただろう」 「ねえ!その旅、私も連れてって!」  ウェーバーは夜盗時代の楽しそうな表情をした。 ────────────────────────────────────────  フォトンは前方から軍隊が疾駆してくるのに気づいた。  「急いで民衆を後ろに下げて兵を前に出すんだ」フォトンが急いで指示を飛ばす。  「おお、お主はフォノンの孫か」先頭の男が馬を止めて後続に指示を出す。  「ラド将軍!」フォトンが大声を上げた。素早くラドが状況を聞く。 「よし、王子を助けに行くぞ!」ラドが剣を抜き空に掲げる。兵士たちもそれに倣う。  その時、森を抜けウェーバー一行が追いついた。王子がその黄金の鎧姿を現す。 「まいったぜ、こんなに悪い道だとわな。王子、どうやら追いついたようですぜ」  「王子!よくご無事で」老将軍が目に涙を浮かべる。  「で、そっちはどうなってるんだ」ウェーバーはラドに説明を求めた。 ────────────────────────────────────────  「取り敢えず王城に向かうしかないな。敵がまさかノーデンスをこっちに向かわせてい るとは。無理を押してディツの復活を行った甲斐があったというものじゃ」ラドが胸を張 る。  「いや、どうやら全ての元凶はミューとか言う魔女のせいらしいぜ」ウェーバーが続け る。  「ノーデンスとディツは同じ神だから力は同等のはず。私たちはミューに躍らされて戦 争をさせられていたそうです。何とかこの戦争を終わらせなくては」王子が同意を求めた。 「しかしなあ、仕掛けたのはあちらさんなんですよ。そう素直に応じてくれる訳が」 「誠心誠意話し合えばきっと解決に向かうずです。何より、帝国の兵士にも、このノーデ ンス復活は予定外だったはずですから。彼らも停戦したいと思っているかもしれません」  ウェーバーとラドが渋い顔をする。王子は涼しげな顔で2人に言葉をつなぐ。 「もはや国同士争っている状況ではないでしょう。このままでは両国とも滅びかねません」  王子は自ら投降し、話し合いに臨むと決めた。王子のこの決意は揺るぐことはなく、こ の後王城に向かう間、誰が王子について行くかで長い議論が繰り返されることになった。 ────────────────────────────────────────  ノーデンスとディツは着実に近づきつつあった。大地にその巨大な足跡を残しながら、 2人の神は、これから始まる戦いに喜びの色を隠しきれない。また、その決戦の地に、ガ シュタットの遺産であるボイル……対冬将軍用精霊獣が迫っていた。神々の決戦は近い。 ──────────────────────────────────────── 「ファラド様。今帝都に帰らず、いつ帰るというのですか」  鎧兜を着込んだシオンが、ファラドに、皇帝がカロミリアン姫によって暗殺されたこと を告げた。そして、テスラがこの機に乗じてカロミリアン姫と婚約をし、新皇帝とならん としていることを。そして帝国の属国の軍が、テスラの下に集結しつつあることを。  ファラドが考え始めた時に、ボエラ・クリムがその醜い体を揺らしてファラドの前に現 れた。 「ファラド様。反乱軍が戦神ディツを復活させました。ディツが戦場に到着する前に反乱 軍を壊滅させる必要があります。また、我がクリム家がアンペアのために甚大な被害を受 けました。アンペアにこの様に勝手な振る舞いをさせてよろしいのですか!あまつさえも 敵ではなく味方を襲うことに戦力を割いて、敵を撃ち滅ぼせないでいる!」  ファラドが目を細めて考え込む。帝国に戻るべきか、それとも任務を遂行すべきか。  「お父様は迷っていらっしょいます。帝国へに忠義を貫くか、正義を通すか。だけど、 後悔しない道を選んで下さい」ファラドの娘ピコが父の前で膝をつく。 「娘よ……」 「血のつながった親子ですから」  血のつながった親子ですからか……。ファラドは苦笑した。何も帝国のために戦ってい た訳ではない。故郷を敵に回したのではない、父と戦っていたのだ。父を越えるために帝 国で軍人になったのだ。今やっとわかった。よかろう。俺がどこまで高みに上れるか……。  皇帝の座は今しか転がってない。王国を皇帝として支配することによって父を越えてやる。 「全軍撤退!皇帝不在の帝国にいち早く戻り、逆賊テスラを迎え撃つのだ!」  シオンが無表情でその決を受ける。ボエラが慌てる。 「わ、私の言葉をお聞きではなかったのですか!将軍、この好機は逃すべきではない……」 「ボエラ、お前に反乱軍討伐隊長の役職を与える。お前も元はこの国の者であろう。責任 を持ってこの役職をこなすんだな。アンペアも貴様も我が帝国の恥部だ!」  その場にへたり込むボエラを他所に、ファラドの軍は整然と撤退して行った。 ────────────────────────────────────────  結局王子に同行するのはウェーバーとエレスになった。いざという時に、確実に王子を 脱出させるためだ。反乱軍は王城の近くに陣を敷く。3人は城門に向かって馬を進めた。 城門がきしみを上げて下ろされる。どうやら向かえ入れてくれるようだ。城門をくぐった。 「お久しぶりですウェーバーさん!あっ……ラスヴィル王子、ご無事で何よりです」  最初に現れたのはリー=ラドだった。その後ろからテスラとロジェストが姿を見せる。  「私はウェイン王国国王ラスヴィルです。もはや国同士が争っている状況ではありませ ん。貴軍との休戦を要求します」王子が毅然とした態度で臨む。  「確かに争っている場合ではないだろう。しかし、未だ我が軍の方が優勢だということ を忘れてもらっては困る。いつでも王国軍を滅ぼすことはできるのだ」テスラが一喝する。  「停戦を受け入れるのには条件があります。それは、帝国の逆賊ファラドを討伐するた めに同盟を締結し、帝国まで向かうということです」ロジェストが補足する。  王子は考えた。どちらにしろ魔女ミューの手掛かりを求めるために帝国には向かわなけ ればならない。真の敵は帝国ではない。それに、我が国の民は冬に慣れていない。今は屋 根と暖が必要だ。何よりも彼らは反乱軍ではなく王国軍と言った。休戦には応じる気だ。  「休戦にはこちらも条件があります。まずは……」こうして話合いは始まった。  6時間に渡る会談の後、ファラド討伐のための帝国王国大同盟軍が編成されるに至った。 ────────────────────────────────────────  「プリムローズ様が消えた……」突然シナモンが呟いた。あのお喋りな妖精が沈黙した。 「え!プリムローズ様が消えたって!サラさんが一体どうしたんだ!」  先程まですっかり落ち込んでいたマルクが、シナモンを思いっきり揺さぶった。シナモ ンは目を回す。反乱軍は、同盟の結果王城の庭の仮設小屋で待機していた。 「分からないわ。ただ、プリムローズ様という個の存在が消えたの。でも存在はしている」 「サラさんは一体今どこにいるんだ!シナモン、君はプリムローズがどこにいるか分かる んだろ。僕をそこに導いてくれ!僕がこの手でサラさんを助ける!」 マルクはシナモンと王城を飛び出した。馬を駆ってヘクト丘陵に向かう。シナモンのいざ なうその地は、神々の決戦の地になろうとしていた。 ────────────────────────────────────────  雪風と熱風が入り乱れヘクト丘陵には激しい上昇気流が起きていた。マルクはサラを探 すために近くの高台に上った。風が強く、目を開けるのがつらい。激しい地響きが北から、 南から聞こえてくる。雷の音と共に豪雨が降り始めた。暗く濁った視界の中に巨大な金属 の怪物と牛頭の怪物が現れた。マルクにしがみついたシナモンが、金属の怪物からノーデ ンスの気配がすると言った。地鳴りと共に、牛頭の神ディツが吠える。ノーデンスの顔に 正拳が打ち込まれる。  金属の怪物はディツに拳を返す。辺りにはその度轟音が響いた。マルクの目には、その 戦いは互角に見えた。ディツが一歩引き、角をノーデンスの腹に突き立てる。ノーデンス は両手を組み、ディツの延髄に振り下ろした。ディツが膝をつく。その時、水蒸気を上げ ながら1匹の炎をまとった獣が、雲を破りノーデンス目がけて降りて来た。一瞬のすきを ついて、ディツがノーデンスの足をつかみ空へと投げ上げる。炎の獣と金属の神が激突す る。  2つの存在は砕け散った。雲が開き、一条の光がノーデンスの残骸を照らした。マルク には光の軌跡が、その破片の一つを持ち去ったように見えた。銀竜とミカが王子の体を回 収したのだ。ディツが勝利の雄叫びを上げる。空が晴れて来た。太陽の光が空に広がる。  「サラさんはどこだ」マルクは必死になってサラの姿を探した。 「ディツ、間抜けな神よ。お前の喜びはここまでだ」空から声が聞こえる。  マルクは空に浮かぶサラの姿を見た。腹を膨らました黒衣の少女は、その小さな体で巨 大なディツを殴り飛ばした。ディツが吹き飛び丘陵の地形が変わる。マルクはサラの名を 叫んだ。しかしサラはマルクを無視してディツの方に降りて行く。サラがディツに触れた。 ディツの巨体が崩れ、骨が露出する。サラは笑い声を上げてそこから飛び立った。シナモ ンが震える。  「少女が、SEEKを使って神を食べている。このままでは、世界は大変なことになる わ。マルク。早くあの少女を倒さなければ!」シナモンがマルクの耳を引っ張る。 「サラさん……。僕は世界なんてどうでもいい。サラさんさえいればいいんだ……」  マルクは、サラの飛び去った空を哀しい目で見つめ続けた。 ──────────────────────────────────────── 「ぬぅぅぅおぉぉぉお!ミューめ!!!」  ノーデンスは自らの魂を、自分の血を引いた者の所へ飛ばしていた。このまま数百年、 自らの体を形作るのに時間を費やしたり、封印の中の体に戻る気はない。すぐさま復活し、 ミューを地獄へ送ってやる。なに、心配ない。俺は不死身の八柱神の1人だ。ノーデンス は帝都の上空で立ち止まる。そして皇帝ボルトの居場所を探す。 「ぬぅぅぅうおらん!ボルトはどこだ!殺されおったか!ならば、我が血を最も強く引い ている者の体に降りてやる。ミューめ待っていろ!」 一陣の風が帝国を、王国を駆け巡る。 ────────────────────────────────────────  ヨタ達はサーセの港から王城に向かう途上にあった。ラドがよこした伝令に、反乱軍が 休戦のために王城に向かったことを聞いたからだ。空が晴れてくる。  「いやー、天気がよくなってきましたね」ヨタが馬上でみんなに話しかける。  ヨタの後ろには、相変わらず離れないライザが陣取っていた。突如ライザが暴れだし、 落馬する。みんなが集まってくる。ライザはその顔付きを険しいものへと変貌させていく。  「何だここは。……そうか、ボルトの奴、隠し子がいるとは。クックック。反乱軍の中 とは、面白い」凍てついた風がライザを中心に吹き始める。  ヨタはライザの持っていたチョーカーのことを思い出した。帝国皇位の紋章……皇帝ボ ルト……。聞いたことがある。八柱神の中のある神は、その血を持った人間を地上に送り 込み、国を作らせ、そして地上での代理人としたと……。この力は……ノーデンス! ────────────────────────────────────────  ノーデンスがディツに負け、風となっていた頃と時を同じくして、封印された冬将軍の 城より1人の女神が逃げ出していた。秋の女神フルーティア。ノーデンスの束縛が緩んだ のだ。女神は北の地をさまよい、人を探した。女神もSEEKの誕生を察知していた。 「早くSEEKを壊さなければ、全ての神が狩られてしまう……」  女神は雪原の向こうに大きな街を発見した。帝都はファラドの下、厳戒体制が敷かれて いた。フルーティアは、その街で最も影響力のある人間に会いに行った。  「今は人間同士が争っている場合ではありません。神と人が協力して、この危機を乗り 越えなければなりません。私に協力して下さい」フルーティアはファラドの前に現れた。  ファラドは女神の降臨にしばし驚いたが、すぐに部下に取り押さえる様に命じた。 「戦いをやめる気はない。俺は俺自身のために戦っているのだ。俺が今まで出せなかった 答えの全てが、これからの戦いの中にある。俺はそう信じてこれからの戦いに臨む。…… テスラと反乱軍が同盟を結んだか。よかろう、テスラか私か勝った方が次期皇帝だ。俺の 人生は、今までもこれからも戦いの中にこそある。俺の意志は神にも邪魔はさせん!」  テスラは女神の顔をつかんだ。そして睨みつけた。いいだろうこれは宿命だ!俺は神も が恐れる戦いを繰り広げてやる。そしてその戦いを女神の瞳に焼き付けてやる! ────────────────────────────────────────  デルタ・クロネッカーは豪雨の中、虚ろに空を眺めていた。初めて自分が無力だと思い 知らされた。人間1人の力とはこんなに無力なのか。雨粒が体を容赦なく打ち付ける。 「サラ……。僕は君を守る力が欲しい。僕自身の全てを失ってもいい。君を守る力さえ手 に入るのなら……僕は何もいらない」  その声に反応してデルタの近くの剣が光った。デルタは魅かれるようにその剣を手に取 る。そして鞘から剣を抜いた。剣から光が溢れ出す。剣はデルタに語りかけて来た。  「我はレッドロード。プリムローズの守護騎士の剣。汝のその願いを聞き届けよう。我 は虚の剣。汝のプリムローズを思う気持ちがそのまま力となる。我を取り、そしてプリム ローズを守るのだ。お前にはその資格がある」デルタは立ち上がった。 ────────────────────────────────────────  「デルタ様!」デルタを探していたクロネッカー領の元家臣が声を上げる。  帝国の軍が2つに割れた今、彼らは帝国から退き、正統なる主を探していたのだ。軍服 を着込んだデルタが振り返る。既に帝国の記章や勲章はそこにはなかった。  「この戦いだけは負けられない」デルタは剣を握り締めた。  雲が割れ、陽の光がデルタを照らし出した。デルタは自らの足で歩み始めた。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■今回のシナリオ ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------  今回参加者を募集するシナリオは、以下の1種類です。 ●シナリオ13『帝国のファー=ラド』  ラスヴィル王子とテスラによる大同盟は北へと兵を進めた。目指すは帝都。その帝都で はファラドが待ち構えていた。また、ヨタ達はノーデンスと遭遇していた。ミューの神狩 りは続く。このまま全ての神はミューの思惑通りにサラの体に融合させられてしまうのか。  人間の、神の、ミューに対する抵抗が始まろうとしていた。 ・ファラドの一言「いよいよ決戦か。だが無性に落ち着く。俺に迷いはない」 ・ミューの一言「神は1つでいい。神が複数いるから争うのだ。神の意志は必要ない。神  の意志が世界を滅ぼすのだ」 ・ラスヴィルの一言「ミューの企みを阻止しなければ。大変なことになる」 ・ラドの一言「帝国随一の名将ファラド……何故か他人の様な気がしないんじゃ」 ・ウェーバーの一言「そろそろ、この長かった戦争も終わりになりそうだな……」 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■第6回名声ランキング(敬称略) ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ●17point:村岡幸博([ハイパー]イプシロン、マルク=レートcontrolled byシナモン ロジェスト) ●11point:きむ ゆんすん/夕惟猗(銀竜、デルタ・クロネッカー、デルタの部下7人衆 &クロネッカー領の元家臣、フォトン・ヘルツ、ミカ・ウェイラン) ●10point:サタクレ(カロミリアン=メルク=ザイン、シオン、セルビオ、パオ、リオッ ト)/どんぶり(ノーデンス、ライザ) ●6point:あめふらし(キャス・クリム、シュレッド、バレオ・クリム、ボエラ・クリム) /NRA/伸幸(コサイン、サイン、シータ、ドムグフ、偽王子、ナイトメヤー) /松本彰(アルフィアーネ・ライナス、エレス・レイシル、レスター・ガーベッ ク)/よっとだ(リューオとジャコ) ●4point:九条一馬(シェリー・ミスティクス、ダーク・カジェル、百鬼衆) ●3point:風幻(ピコ・ファラド、フルーティア、レッドロード) ●2point:G☆G/志柿俊光 ●1point 中島一州  村岡さんはノーデンスのデザイン(ゴツさが好き)と、人気投票の累積方式の提案で点 数を稼ぎました。サタクレさんはマスターを唸らせる陰謀を成功させたので1点。九条一 馬さんはSEEK用語のまめ知識で点数を稼ぎました。 =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■キャラクター人気投票のお知らせ ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------  村岡幸博さんの提案で、最終回までの累積点数方式になりました。  SEEK参加者でもそうでない人でもいいです。好きなキャラクター(PC、NPC関 係なく)を5人、1位から5位まで好きなキャラを書いて送って下さい。1位に3点、2 位に2点、3位以下に1点として集計します。 《人気投票途中経過》 ●1位:サラ ●2位:ヨタ様 ●3位:ミュー様 ●4位:イプシロン ●5位:アンペア、デルタ ●7位:ウェーバー、シナモン、マルク、ライザ ●11位:ウィリアム、ノーデンス、バレオ、ラド将軍 ●番外:カンガルー募金(2点) =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- ■ ■■■SEEK用語のまめ知識(by九条一馬)短縮版 ■ =---------=---------=---------=---------=---------=---------=---------=--------- (注→は作者の補足/弁解など) ●さんぎょうきゃら(三行キャラ):設定が薄かったり存在感がなかったりすること、そ の行動の全てがたった3行しか書かれない不幸なキャラのこと。悲しいことに以 外に多かったりする。(注→主に本筋から外れ過ぎているキャラ。さらに行くと 没の道を…) ●しーく(SEEK):いわずと知れたこのPBMの題名。このゲーム最大の謎でもある。 同名のゲームも存在するがその内容は果てしなく危険らしい。 ●しーくきょうと(シーク教徒):SEEKが大好きな人間の集まりを指す。某宗教にあ る同名の組織とはなんのつながりもないので、あしからず。 ●しいくがかり(飼育係?):主にSEEKの筆者を指す。語源はこのゲームに参加して いる人間が餌に群がる家畜の様に集まるところから来たと思われる。 ●しぼうつうち(死亡通知):文字通りの意味である。ここに載ったキャラは二度と出な いと思って差し支えない、がここに載っても生き返ったり、死んだはずなのにこ こにのらないキャラはたまにいる。 ●しめきり(締め切り):これが近づくとにわかに騒ぎ出す人たちは大勢いる。 ●だいくうまりゅうがいきんぐ(大空魔竜外禁愚):謎の禁呪。使われたことも一度なら、 使った人も1度しか登場していない。(注→きっと世界は広いんですよ……汗) ●てすら(テスラ):ザイン帝国の将軍。周りに悩まされる苦労の人である。なぜか男に 人気がある(笑)。 ●でるた=くろねっかー(デルタ=クロネッカー):SEEKいちおいしいキャラ。自他 ともに認める主人公(だろう)。お陰で色んな人に勝手に設定をつけられている。 噂ではファンクラブもあるらしい。PC。(注→設定の人気度はアンペアが一番。 SEEKのPCでは『実はキマイラ…』、『元アンペアの…』の数は相当数) ●らど(ラド):ウェイン王国に仕える老将。孫がいたり息子がいたりと忙しい人物であ る。