● 本のお話 ●

● 2005.08.30(火)01 珠玉のメイドさんマンガ「エマ」6巻(森 薫) 8月31日発売

2日前に「エマ」6巻が届き、数回読みました。以下、恒例となった「エマ」の感想文です。既刊の感想については、過去の感想をご覧下さい。


「エマ」6巻(森 薫)

ざっくりと感想を言うと「もう既に、完全に詰め将棋に入っているな」です。

前回の5巻で物語の落とし所にベクトルを与えるための布石を打ちましたが、今回の6巻ではそれに従い、物語の執着点へ一歩一歩駒を進めています。

そんなわけで、前回の巻で出した「障害」としてのキャンベル子爵が、「ふんっ」という感じでエマに部下を放ち、一旦物語の外に除外しようとします。

とはいえ血生臭い話にはならず、諦めさせるための手を打つという感じです。

これで6巻終わり。

それ以上でも、それ以下でもありません。

連載物の終了間近の「最終巻ではない1つの巻」だけ取り上げて感想を書くと、だいたいどの漫画も同じような感想になります。

詰め将棋的に手を指しており、さらに感情を盛り上げるために物語の進行速度が極端に遅くなるので、1つの巻では1つの物事程度しか進まなくなりますので。


● 個人的な感想

今回の巻は、色々な面で「詰め将棋」。ということで、以下、目次を示して、個人的な感想を書いてみたいと思います。

  • 第三十七話 ゼンダ城の虜
  • 第三十八話 最悪の事態(第一幕)
  • 第三十九話 最悪の事態(第二幕)
  • 第四十話  最悪の事態(第三幕)
  • 第四十一話 最悪の事態(第四幕)
  • 第四十二話 最悪の事態(第五幕)
  • 第四十三話 最悪の事態(第六幕)
  • あとがき

さて、この巻で、私個人が大きく魅力を感じた場所は2箇所です。

1箇所目は「第四十一話 最悪の事態(第四幕)」の冒頭の、一連の怒ったエマの目付きです。

これはいい表情です。

なぜいい表情かというと、少し解説が必要です。

そもそもエマというキャラクターは感情をあまり表に出さず、特に相手への攻撃的サインを表情に出すのは苦手なキャラクターです。

そのために、マンガ記号的に怒っている表情を描くわけにはいかず、「怒ったと解釈も可能な表情」を控え目に描く必要があります。

このシーンでは、目元をシャープに描き、目尻に若干力を入れ、口元に微かに力を入れるという表現を使っています。

ただしこういった控え目な表現は、読者に「急に顔の描き方がシャープになったのはなぜ?」「緊張しているからか?」といった誤読を招く可能性があります。

そこで、エマというキャラクターの性格を表現する微妙な表情を描くための布石として、モンタージュ理論を使っています。

具体的に言うと、このシーンの最初に、「眼鏡のレンズが割れているコマ」を描き、次に「それを見て、目に力を入れるエマのコマ」を描いています。

この2コマが挿入されることで、このシーンでの硬い表情が、怒りや悔しさであることを定義し、それ以降の微かな表情の変化を解釈させるための手がかりを与えています。

「ここの部分はよくできているな」と思い、最初に1回読んだあと、このシーンだけ記憶していました。

2箇所目は「第三十七話 ゼンダ城の虜」のコリンの表情です。

「不安げなコリンの表情」がよいです。

これは「不安げなコリンの表情」が可愛いという意味もあるのですが、シークエンス構成上の理由もあります。

この話は、6巻全体を覆う陰鬱な雰囲気の導入になりながらも、ウィリアムの兄弟姉妹(今後の展開にはまだ気付いていない)が総登場するために、画面のトーンとしては明るく温かい雰囲気になっています。

その中で、最も年下のコリンに不安な表情を絶えずさせることによって、この家の雰囲気が、今後暗い方向に向かうであろうことを示唆しています。

そしてその予兆が結果として現れるのが、「第四十三話 最悪の事態(第六幕)」の家族での暗い食事風景です。この2つのシーンは対になっており、「不安げなコリンの表情」がこの対応するシーンの登場を予見させる仕掛けになっています。

こういった幾つかの仕掛けにより、6巻は1つのシークエンスになっていました。

こういう部分を見ながら、作者の物語の構成力がどんどん上達しているなと思いました。

ただし、こういった構成手法は物語の後半では有効ですが、物語の序盤で行なうと小さくまとまり過ぎて失敗する可能性があります。これに味を占めて、次の連載のときにガチガチに構成を組むと、やばいことになるかもなとも思いました。


● 表現上の注目点

さて、今回の巻は、表現上面白い傾向が見えたので、その点について触れてみたいと思います。

森 薫というマンガ家は、「立体世界の中に人を置き、それをどの位置とどの角度からカメラで撮るか」という絵の描き方をするマンガ家です。2Dか3Dかという話をすると、3D系のマンガ家です。

そういったマンガ家の場合、やはり気になるのはカメラワークです。

今回の6巻を見ていて感じたのは、「ズーム」と「パン」の多用でした。これらの技法は、割りと分かりやすい心理効果を持っています。

それではまず、「ズーム」について書きます。

6巻では、連続する2つのコマで、「単純に近付く」「単純に遠のく」という場所が多かったです。これは、映画で言うところの「ズーム」に相当します。こういった「ズーム」のコマ構成を利用することで、葛藤や心理の揺れなどを表現しています。

こういったマンガの「ズーム」には功罪があります。「功」の部分は、読者に心理的サインを送る有効な手法ということです。「罪」の部分は、物語の進行を遅くすることです。

物語の内容的には、ここで「ズーム」を多用するのは、まあ妥当な選択だろうなと思いました。ただし、全編にわたって多用傾向が出て来るとまずいなとも感じました。今回、やたら多かったので。

次は「パン」についてです。「パン」とは、カメラを定位置に据え、左右に振ったりすることです。6巻では(というか、ハワースに行ってキャラクターが増えて以来)、この「パン」も多用されています。

「パン」は映画では、二人以上の人物の論理的関係を示唆したいときによく使われる手法です。

本作では、登場キャラクターが多いシーンで使われています。1コマに2人以上入れてパンすることで、そのフレーム内のキャラクター達の関係や誰が何を思っているかをざっと説明しています。そしてそこから次のアクションに繋いでいます。

カメラが若干移動しているので厳密にはパンではないものが多数を占めていますが、狙っている効果としてはパンだろうなと感じたコマがが多かったです。

「あー、キャラ増えて大変だな」と思いました。


● 「アンケートハガキ」

「エマ」6巻にも、毎度お馴染みの手書きアンケートハガキがついています。プライバシーポリシー云々の表記が入っていたので少しびっくりしました。

というわけで、アンケートの内容と個人的感想です。

○ 好きなシーンはどこですか?

既に書きましたが、目付きの鋭いエマ。

○ 好きな台詞はありますか?

「私と結婚した事 後悔している?」に対して、「……しているが していない」

正直な人だ……。

○ イギリスで好きな本はありますか?(小説など)

ドレ画 ヴィクトリア朝時代のロンドン

○ その他作者に伝えたいことがありましたご自由にお書き下さい?

マンガ家の初期出世作を見ると、その中での成長が垣間見れて大変興味深いです。

しかし、1巻と比較すると、クオリティが著しく上がりました。

というわけで、エマ6巻の感想は以上です。


● 参考リンク

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エマ 6巻 森 薫(amazon)


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エマ 5巻 森 薫(amazon)


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エマ 4巻 森 薫(amazon)


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エマ 3巻 森 薫(amazon)


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エマヴィクトリアンガイド 森 薫 (著), 村上 リコ (著)(amazon)


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エマ 2巻 森 薫(amazon)


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シャーリー 森 薫(amazon)


ビーム公式

エマ 1巻 感想

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