● 本のお話 ●

● 2005.12.05(月)01 かこさとし 子供のあそびと絵本 特別講演会

12月3日に藤沢であった、江ノ電沿線新聞主催の「かこさとし 子供のあそびと絵本 特別講演会」を聞きに行ってきました。

かこさとし先生を知らない方のために、江ノ電沿線新聞2005年12月1日号よりプロフィールを転載いたします。

1926年福井県に生まれる。

1948年東京大学工学部応用化学科卒業。民間化学企業の研究所に勤務のかたわら、セツルメント運動・児童会活動に従事。

現在は化学技術と教育文化にわたるコンサルタントとして独立。出版・放送・TV等の分野で活躍中。

作品に「かこさとしおはなしのほん」(全10巻)「かわ」「だるまちゃんとてんぐちゃん」「かがくのほん」(全10巻)「からすのパンやさん」「海で見る科学のせかい」(全6巻)など多数ある。

(一部の情報に関しては、インターネットで調べて修正しています)

1926年生まれということは、現在79歳ぐらい。でも、お元気そうで、丈夫そうな骨格を持った方でした。たぶん、同時代の人のなかでは長身だと思います。眼鏡を掛けた、優しげな雰囲気が印象的でした。

ただし、見た目は健康そうでしたが、体はそれほどよくないということでした。

最近は緑内障にかかり視力が落ちており、昨年頚椎症や腰椎症にもなったということでした。健康が優れないために、講演会は今年で終わりにする予定なので、今日の話が最終講義になるだろうとおっしゃっていました。

当日は講演会の資料としてレジュメが渡され、それを元に講義形式で話が進んでいきました。


話はまず、かこ先生の大学時代の話から始まりました。

当時は大学も非常にルーズだったらしく、医学部に潜り込んで死体解剖に参加してみたり、教育学部に潜り込んでは講義を聞いたりしていたそうです。

かこ先生は、その頃から子供のことに関心が強く、「日本の子供を、賢く健やかに育てたい」と思っていたそうです。


そしていよいよレジュメに沿ったお話です。最初の話は、「鬼あそび(鬼ごっこ)」についてでした。

鬼あそびには、子供の遊びの特徴がよく出ており、「ハンデをつける方法」がいろいろとあるそうです。ハンデをつけることでゲームバランスを自分たちで取り、遊び自体を面白くするのが子供の遊び方ということでした。

これを、「共楽」(共に楽しむ)「共生」(共に生きる)という言葉を使って説明していました。

また、かこ先生は子供の様々な遊びに関する調査や分類もしておられるそうで、鬼あそびに関しても、タイプごとに分類をされていました。

その調査方法についても語っていました。こういった調査は、講演会などのアンケートとして情報を集めたり、テレビや本などに出演したときに情報提供を求めたり、自分で各地を回って調べたそうです。

以下、鬼あそびに関して、かこ先生が分類した情報です。

  • A 追跡 人とり型(走力、脚力) 109
  • B 道具 場所型(状況対応) 177
  • C 集団 遊戯型(興味追求) 157
  • 合計 443種類

Aは通常の鬼ごっこです。Bは高鬼など、遊び場の状況に応じてルールが作られたタイプの鬼ごっこです。Cは特殊な鬼ごっこで、これは後述いたします。

分類してよいのかどうか分からないような差異もあるので、実際にはこの4〜5倍はあるとのことでした。

かこ先生は、大学の教育学部に招かれて講義を行なったことがあるそうです。その際、この鬼あそびの話をしたいと、大学の先生たちに資料を見せたそうです。

資料を見た大学の先生たちは、「Bが多いというのは、子供達に創意工夫があるということだ」と喜びました。でも、かこ先生は違うことを考えていました。「子供の遊べる場所がろくにないから、子供達は状況対応型の遊びを開発せざるを得ない状態なのだ」と。

遊び場の確保に関しては、かなり憂慮されているご様子でした。

この説明のあと、Cの集団遊戯型の例として「演劇鬼ごっこ」という遊びを紹介してくださりました。

これは、鬼ごっこの前に演劇パートが入り、その演劇パートが終わると鬼ごっこに変わるという複合的な遊びでした。こういった遊びは知らなかったので、興味を持ちました。


「鬼あそび」の次は「石けりあそび」の話です。これは「ケン・パ」などと呼ばれている、片足で跳んだり、両足で着地したりという運動を組み合わせた遊びです。

以下のような円を描いて遊んだことがあるのではないかと思います。

. ○
. ○○
. ○
. ○○
. ○
 ̄ ̄ ̄ ̄(スタート線)

この石蹴りですが、子供の遊びとしては珍しく「由来が分かっている遊び」だそうです。この遊びは、約150年前に日本に渡来しました。

最初は円を地面に描いていた石蹴りは、この150年の間に急速に多様化しました。

石蹴りが、なぜ子供にとって魅力的な遊びになるのかということには理由があるそうです。それは子供の成長に関することです。

人間は片足スキップができるようになるのが三歳ぐらいだそうです。そのために、この年代の子供にとって石蹴りは、「できるかできないギリギリのラインの興奮する遊び」になり、「できるようになると、自分の成長を実感できる遊び」になるようです。

そのため、年齢が上がるにつれ「ケン・パ」だったのが「ケン・ケン・パ」になり、「ケン・ケン・ケン・パ」となり、難易度を上げていくそうです。

石蹴り遊びに、そういった魅力が隠されていたのは知りませんでした。

また、子供は丸を描くのが下手だそうです。そういった理由から、丸ではなく四角を描く、新しいバージョンも登場したそうです。かこ先生は「数学で言うトポロジーですね」とおっしゃっていました。

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 ├┬┤
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(スタート線)

さらにこの四角のバリエーションのなかから、面白いものとして「天下とび」というものを紹介してくれました。

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┴─┴─┴(スタート線)

途中で折り返して、ぐるっと回るようにマスを使います。

最初かこ先生は、なぜ「天下」なのか分からなかったそうです。

でも、ある日気付いたそうです。この図形のなかに「天下」という文字が隠されていることに。

┌━┳━┐
│ ┃ │
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│ノ│丶│
├━┳━┤
│ ┃丶│
┴─┴─┴(スタート線)

太い線と斜めの線を見てください。「天」の字と「下」の字が見えてくるはずです。このバリエーションとして、「天下一」や「木下サーカス」という呼び方もあるそうです。

また、このような抽象図形だけではなく、「やっこさん」や「人間」の形、そしてスカートや帽子を付けて「看護婦さん」というのもあるそうです。

こういった具体的な形は、女の子のアイデアである場合が多いということでした。

さらに、遊び自体も、石を蹴って的に入れることを主眼とした「標的型」も登場して、より高難度になったりもするそうです。

150年ほどで、日本のバリエーションは一気に増えており、日本の子供たちの発想力の豊かさがよく分かるとおっしゃっていました。


次は、かこ先生が子供たちと関わる活動を始めた頃のお話になりました。

セツルメントという活動だったそうですが、当時は周囲の理解が低くて、何かと大変だったようです。「共産主義の手先なのか?」というような見られ方もあったようで、時代性がうかがえるなと思いました。

この頃、子供たちとの関わりのなかで、かこ先生がてこずったのが「絵かきあそび」だそうです。

一般的には「絵描き歌」と呼ばれるこの遊びですが、実際には音楽や節などがないものも多いので、「絵かきあそび」と、かこ先生は呼んでいるそうです。

また、音楽や節があっても、子供の歌い方が毎回違うので、楽譜を取るのが困難だったとこぼしておられました。

この絵かきあそびの話のなかで面白かったのが、「へのへのもへじ」の話です。

最後の「じ」が「し(へのへのもへし)」の人や、「の(へのへのもへの)」の人もいるそうです。これは時代や地域によって違っているということでした。大雑把に言うと、「じ」は若い人。「し」は古い人。「の」は近畿以西が多いそうです。

この「じ」と「の」の境界線は、だいたい浜松〜糸魚川のラインらしく、「フォッサマグナと関係あるのかも」と、かこ先生はおっしゃっていました。

そのほかにも、「つるはむし」や「お魚ちゃん」などの絵かき遊びについて解説されていました。

そして最後は「しろいやさしい ぞうのはなし」(1979)という巨大絵本の登場です。

これは、縦1m、横60cmぐらいの大きさがあり、広げると縦1m、横1.2mぐらいになるビッグサイズの絵本です。

「宝くじドリームジャンボ絵本」ということで、宝くじの活動の一環として、養護系の施設などの求めに応じて無料(ただし、アンケートを返すのが条件)で製作配布されている本だそうです。

本自体には文字は入っておらず、CD(もしくはカセット)とセットになっており、読み聞かせできるようになっています。英語版や中国語版もあるそうです。

この絵本を、かこ先生の実演で体験いたしました。

お話の粗筋は、以下の通りです。

森のなかに、象たちの村があった。

その村にいた白い象は、体が弱く、子供たちの遊びのなかでもハンデが必要な子供でした。

村の村長は、子供たちに「仲よく遊ぶんだよ」と説きました。子供たちはその教えを忠実に守り、白い象のシロちゃんと仲よく遊んでいました。

そんなある日、シロちゃんは変な臭いがすることに気付きました。「火事だ!」シロちゃんがいち早く気付いたおかげで、村の象たちはすぐさまその場を逃げ出しました。

しかし体の弱いシロちゃんは、逃げ遅れてしまいます。シロちゃんの母親は穴を掘り、シロちゃんをそこに隠して自分の体で穴を塞ぎます。

火事が収まったあと、村の象たちは逃げ遅れたシロちゃんのことを嘆き悲しんでいました。「最初に火事に気付いて、みんなを助けてくれたのに。そのシロちゃんが死んでしまうなんて!」

しかし、シロちゃんは生きていたのです。母親は死にましたが、シロちゃんはお母さんのおかげで生き延びることができたのです。

みんなはシロちゃんの無事を喜びました。

時は流れて数年が経ちました。

村は復興して、シロちゃんは大人になりました。

賢く、心優しい大人に成長したシロちゃんは、みんなの頼みで象の村の村長になりました。そして村の象たちと幸せに暮らしました。

この絵本を見た小さな子供たちがワンワン泣くというアンケートが多かったそうです。母親象が死ぬことがショックだったのだと思います。

でも、泣きまくったのにも関わらず、「また読んで欲しい」と子供たちはせがむそうです。

こういった子供たちの反応を知らされ、「魂を揺さぶる作品を作るのが仕事ではないかと教えられた」と、かこ先生はおっしゃっていました。

また、この「しろいやさしい ぞうのはなし」の製作秘話も語ってくれました。

このお話は、もともとかこ先生のオリジナルではなく、本屋で見つけて、いつか絵本にしたいと思っていた物語だったそうです。

そこで、このジャンボ絵本を作る話があったときに、その元の話の作者に許可を求めたそうです。すると、「この話はもともと実話が元になっており、母象が子象を助けたというニュースを元に作りました。だから、私がその話を元にしたのと同様に、自由に絵本にしてください」と許可を頂いたそうです。

そして絵本にあわせて物語を変え、最終的に今の形になったということでした。

絵本の背景に、こういったストーリーもあるのですね。

形が変わりながら受け継がれていく話もあるのだなと思いました。


巨大絵本で講演会は終了。絵本を持ってきていた家族連れなどは、かこ先生に本にサインをもらっていました。

私は本を持って来ていなかったので、先生に握手をしてもらいました。

そして、そのあとに、かこ先生を囲むお茶会がありました。会場に来るまで、お茶会の話を知らなかったので、「非常にラッキーだ!」と思いました。

その席で、講演会の続きの話も飛び出していました。

お茶会の参加者の方から、「情報の整理などに、学生のアルバイトなどは使っていないのですか?」という質問があり、「ほとんど自分で整理している」と、かこ先生は答えていました。

理由は、「境界領域に変わったものがあるから」だそうです。

単なる数字の統計を取るのが目的ではなく、ほかとは違った例を見つけるのが重要だったりする。だから、自分でアンケートを見ないと、その情報の判断が付かずに見過ごしてしまうことになるからということでした。

かこ先生はこのことを医者の例にたとえて、「変わった症例が研究には重要だったりする。それと同じです」とおっしゃっていました。

そして「生の現場に身をおかないといけない」と、仕事に取り組む姿勢を語ってくださいました。

また、その席上で話題に上ったのですが、絵かきあそびの研究本も出す予定だそうです。原稿自体は書き上げて去年出版社に渡してあるそうです。でも、図版が多いそうで、出るのは来年末にのびそうと言われているとのことでした。

こちらも楽しみですね。


講演会、そしてお茶会と、非常に楽しい時間を過ごすことができました。

幼稚園の頃から好きだった本の作者に会う機会があるとは思っていなかったので、非常に嬉しかったです。

貴重な体験をしました。


● おまけ

かこさとし先生のお話ということで、2005年正月の年賀状に使ったマンガ「鳥(とり)のパン屋さん」をアップしておきます。元ネタは、かこさとし好きの方ならすぐに分かると思いますが、「からすのパンやさん」です(^^;


● 参考リンク

かこさとしの世界・絵本のお店「だるまちゃん」

cover
おたまじゃくしの101ちゃん かこさとしおはなしのほん (6) 加古 里子


cover
だるまちゃんとてんぐちゃん こどものとも傑作集 (27) 加古 里子


cover
からすのパンやさん かこさとしおはなしのほん (7) 加古 里子


cover
宇宙―そのひろがりをしろう かがくのほん 加古 里子


たべもののたび かこさとし・からだの本 2 かこ さとし

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