● 本のお話 ●

● 2006.05.20 絶対可憐チルドレン 4巻 (椎名 高志) / 有・椎名百貨店 (椎名 高志)

絶対可憐チルドレン 4巻
椎名 高志
有・椎名百貨店
椎名 高志

 椎名 高志の出世作といえば「ゴーストスイーパー美神極楽大作戦!!」だと思う。

 しかし、マンガ読みの間で椎名 高志を語るときに忘れてはならないことは、氏が短編の名手だということだ。

 「有・椎名百貨店」は、珠玉の名品揃いであり、氏が月刊誌で描く短編は、決して見逃してはならないものである。

 椎名 高志は、その出世作の作風から、非常に軽いノリのギャグマンガ系の人物だと思っている人が多いのではないか。

 しかし、「GS美神」の単行本に書いている文章や、数々の短編、そして「有・椎名百貨店」に書いてあった「一生新人」という文字を見れば分かるが、非常に真面目な人物である。

 “真面目”というのは諸刃の剣であり、教科書のようにきっちりとしたマンガを描く反面、突き抜けた部分がないという弱点を持つ。

 「GS美神」の単行本で何度も吐露している、藤田 和日郎への尊敬の念は、そういった自分の器を感じつつ、“持たざる者”の“持つ者”への憧れを感じさせる。

 アベレージを叩き出すことはできるが、その上を狙うには狂気や破綻が必要だ。

 氏はそのことに気付いており、自分がその領域に踏み込めないことに葛藤を覚えているのだと思う。

 「GS美神」で成功したあとの氏の作品がそれを物語っている。「MISTERジパング」は面白かったが、それは通が好むタイプの面白さであって、少年向け週刊誌に求められている弾けっぷりは少なかった。

 天海を中心に据える辺りで、青年誌ならともかく、少年誌では難しいと感じた。作者の知的レベルの高さを主張することは、少年誌ではマイナスに働くことが多い。

 決して短い連載ではなかったが、前作で大ブームを巻き起こした著者の作品としては、編集部にとっては期待外れだったのだと思う。



 その椎名 高志が、自分のマンガ家生命を賭けて書いているのだろうと感じさせられるのが、「絶対可憐チルドレン」だ。

 この連載は、氏の強みである“真面目さ”を徹底的に前面に押し出している。

 まず月刊誌で、一話完結でこの作品を描いた。次に週刊誌で短期集中連載という形で書いた。そしていよいよ長期連載を始め、今現在連載中だ。

 徹底的にマーケティングをしたのだろう。通常、このクラスのマンガ家が、ここまで慎重に読者の反応を見ながら連載を始めるケースはない。

 本気だ。

 そのやり方にそう思わされた。

 「絶対可憐チルドレン」は実際、相当あざとい。タイプの違う三人の超能力美少女が、活躍するという物語だ。

 そしてその三人に巻きこまれつつ、解説を行なうお目付け役がいて、この四人で物語を回す。

 短編の頃から読んでいる読者には、別の楽しみもある。短編、短期集中連載、現在の連載と、基本構造は同じだが、最終的なオチが違う。

 現在の連載がどうなるか分からないが、前二作の結末は異なった。そのため、コアなマンガ読みには「作者から提示される情報からオチを読む」という楽しみも加算されている。

 作品は面白い。しかし難もある。それは、氏のマンガ家としての特質が関係している。



 「絶対可憐チルドレン」は超能力を扱ったマンガだ。マンガにおける超能力表現を強引に三つの時期に分けるのならば、「大友以前」「大友以後」「JoJo以後」の三期に分けることができる。

 「大友以前」のマンガにおける超能力表現は魔法の延長だった。念力で物を浮かばせたり、指先から電撃を発したり、そういった類いのものが多い。

 それは現実離れした力であり、実在しない力をマンガ的表現で描いたものに過ぎない。

 大友 克洋以降、それは変わる(「童夢」「Akira」)。

 魔法だった超能力は、物理的な力として映像表現されるようになる。「存在しない物」を描いていた超能力は、「そこに確かに存在している物」へと変質する。

 空想を記号化していた超能力の表現は、物理的世界のなかに組み込まれる。「大友以後」超能力は実在化する。

 そしてその次の段階が「ジョジョの奇妙な冒険」第三部のスタンドの登場だ。

 このスタンドという概念のメジャー化以降、超能力は物理的世界から心理的世界に踏み込む。

 個人のトラウマや気質といった内面の映像化として、超能力が表現されるようになる。

 マンガにおける超能力を、「大友以前」「大友以後」「JoJo以後」に分けるのは、上記のような理由からだ。



 少し脱線した。「絶対可憐チルドレン」に戻る。この作品の超能力は、「大友以後」の表現である。

 つまり古い。

 よく言えば、既に確立された概念を丁寧に描いているともいえる。

 「絶対可憐チルドレン」は、教科書的にマンガを描く椎名 高志が、自分が教科書として育った世代のマンガを叩き台にしているマンガだ。少なくとも私はそう感じる。

 非常に手堅い題材を、既に古典になった手法で見せ、マーケティング的に情報を集めて慎重に連載をしている。

 実際のマンガは、キャラクターが絶叫するようなシーンが多いのだが、マンガを描いている本人は、そういう気分ではないのではないか。そう考えながら毎回マンガをチェックしている。

 椎名 高志のチャレンジが成功するのか否か。非常に注目しながら連載を楽しみにしている。

2006.05.20 柳井政和


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