● 本のお話 ●

● 2007.05.31 Monster 1巻 (浦沢 直樹) / MONSTER DVD-BOX Chapter 1 (マッドハウス)

Monster 1巻
浦沢 直樹
MONSTER DVD-BOX Chapter 1
マッドハウス

 浦沢直樹と言えば、現在のマンガ界をリードするマンガ家の一人だ。

 代表作は、「パイナップルARMY」「YAWARA!」「MASTERキートン」「MONSTER」「20世紀少年」「PLUTO」。そのそれぞれがマンガ読みの間で注目され評価されている。

 この浦沢直樹というマンガ家を見る上でも、特に重要なのは「MONSTER」だ。

 それ以前の浦沢直樹と言うと、「パイナップルARMY」「MASTERキートン」という硬派で緻密な路線と、「YAWARA!」に代表される軟派で軽快な路線の二つの顔を使い分ける作家だった。

 その二つの顔を統合して、一段上の仕事をしたのが「MONSTER」という作品だと、私は考えている。

 硬派路線で培った重厚な物語と、短編の扱いの上手さ、そして軟派路線で培ったハッタリの利かせ方と、マンガ的演出。それらが一体となって、「MONSTER」という、高い完成度の作品を生み出している。

 作者のレベルが明確に一つ上がった作品。そして、これまでの仕事の集大成とでもいうべき成果を出した作品。それが、浦沢直樹の「MONSTER」というマンガだ。

 その「MONSTER」を再読することに決めたのは、2007年の四月である。

 以前から、アニメ版の「MONSTER」が、「その放映年度の最高傑作」という話を聞いていたので、アニメ版を見ることに決めた。

 そして、それに先立って原作を復習がてら読み直すことにした。

 アニメ版は、DVDで二十六巻あり、現在は七巻まで見ている。TSUTAYAの半額レンタルの週にまとめて二~三本ずつ借りてくるという見方なので、見終わるのはだいぶ先になると思う。

 まだ序盤しか見ていないが、その完成度の高さに驚いている。

 さて、話を原作のマンガに戻す。



 「MONSTER」の素晴らしさはいくつかある。まずは、その構成や演出について書いていきたい。

 一見複雑に見えるストーリーほど、基本構造がシンプルでなければ、作者が物語を制御しきれなくなって破綻させてしまう。

 また、読者が脱線してしまい、よく分からない話になってしまう。

 様々なエピソードが錯綜しているように見える「MONSTER」も、よくできた話の常として、その基本的な「幹」の部分は単純だ。

 この物語の基本構成は、二つの追い掛けっこになる。

・ヨハンをテンマが追い、そのテンマをルンゲが追う。

 「枝葉」を取り払うと、「MONSTER」の基本構成はこうなる。

 テンマが事件を追いながら、そのテンマ自身も追跡される役を担う。そのことによって、事件の全貌が徐々に明らかになり、最後に二つの追い掛けっこの線が交わることで話が終わる。

 「MONSTER」は、そういった物語だ。

 だが、これだけでは長編マンガとしての厚みは出ない。そこで、この作品では、このシンプルな構成を巧みに再構成し、演出することで物語を重層的で複雑な物にしている。

 次に、その再構成と演出について見ていくことにする。



 「MONSTER」の再構成と演出とは何なのか?

 それは、「長期連載の抱える問題」を解決しようとする意図を持つ巧みなものだ。

 まず、この作品は三つの部分に分けることができる。以下にその三つの部分を上げる。

1.発端

2.展開

3.解決



 一番目の「発端」では、テンマが事件に関わる動機と、テンマが追うことになるヨハンの存在、そしてそのテンマを追うことになるルンゲの存在が読者に提示されて、初期配置される。

 この三人はそれぞれ強い個性を持っている。

・テンマはドイツに住む日本人天才脳外科医。

・ヨハンは完璧な容姿を持ち、自らの色を持たない天才的犯罪者。

・ルンゲはありとあらゆる情報を頭に叩き込み、相手の心になり切って事件を追う天才捜査官。

 発端では、この三人の天才が、ドイツに住む日本人である「異邦人のテンマ」を軸として、追い掛けっこをするという基本構成が示される。

 三人の天才の追い掛けっこ──。初期配置だけで、この作品が非常に魅力的であることが分かる。



 二番目を飛ばして、三番目を先に説明する。

 三番目の「解決」では、この事件が様々な複雑な展開を経た後、当然帰結すべき結果に収束する。

 テンマがヨハンに追い付き、ルンゲがテンマに追い付く。そして、三人が同じ場所に集うことになり、「中心の主人公」であるテンマが抱えていた問題が解決する。



 一番目と三番目は、非常にオーソドックスな構成だ。しかし、実際のマンガは十八巻もある。普通にやれば、だれた展開になる。

 しかし、「MONSTER」では、この「展開」の部分で、長期連載の抱える問題を解決する非常に野心的な試みがなされている。

 以降では、その野心的な試みについて書いていく。



 それでは、この「MONSTER」の「展開」で行われている構成と演出とは何なのか?

 それは、「外側から入って内側に折り込む物語展開」だ。

 「MONSTER」では、物語を三人の主人公の視点で単純に進めていくのではなく、少しひねった手法を使っている。

 この「展開」の部位は、非常に細かなエピソードの集合体として構成されている。そして、そのエピソードには、それぞれ主要三人物以外の人物が絡んでいく。

 この「小さなエピソード」の基本展開は以下の通りだ。

1.小エピソードの主人公が登場。

2.小エピソードの主人公の話が1~n話続く。

3.その話の途中、主にある話数の最後のページに、主要三人物の誰かが登場。(注:出て来るのが主要三人物以外のこともある)

4.小エピソードの主人公と、主要三人物の一人の間で、「主人公の交代」が起こる。(注:ヨハンのみの場合は交代が起こらない場合が多い)

5.小エピソードが進行して終了する。

 つまり、主軸の物語の外側で小さな物語が発生し、その外側の物語が内側の物語に近付き、主軸の物語と合体する。

 この「展開」の部位では、こういった演出が繰り返し行われる。

 こういった話の作りは、「パイナップルARMY」や「MASTERキートン」といった連作短編物を書いた経験がいかんなく発揮されている。

 「MONSTER」というマンガは、長編マンガでありながら、短編マンガの特性を上手く取り入れている。



 この手法にはいくつかの利点がある。

 その一つは、先に挙げた「長期連載の抱える問題点の解決」だ。

 長期連載では、物語が込み入り過ぎ、新規参入読者が入ってこれないという問題点がある。

 多くの場合、盛り上がっている連載マンガに新しい読者が入る場合は、過去の単行本を読んでから参入する必要がある。

 特に、この作品のようなミステリー系の作品ならなおさらだ。

 しかし、この「MONSTER」では、小エピソードを巧みに使い、外から内に話を折り込ませる構成を取ることで、新規参入者が小エピソードの冒頭ごとに入ってこれる間口を作っている。

 つまり、なんとなく初めて雑誌を手に取った人でも、簡単にマンガに入ってこれるような構成になっているわけだ。

 また、一見複雑に見えるこのマンガも、小エピソード単位で見ると非常に単純な話になっており、その話を見て面白ければ継続して見て、単行本に戻ってみるといったことができる仕掛けになっている。

 私の想像になるが、たぶん、作者はこういった長編ミステリーを「連載という形で書く」上で、どうすれば読者を増やしながら連載を最後まで続けられるかということを相当考えたのではないだろうかと思う。

 長編連載を週刊誌ベースで書くということに対して、浦沢直樹は非常に高い意識を持っているのだろうと感じた。



 「外側から内側に入っていく小エピソード構成」の利点の二つ目は、作者が読者を驚かせるポイントを非常にコントロールしやすいということにある。

 この小エピソードの構成を、読者の読書体験ベースに書き直すとこうなる。

1.日常

2.日常にささいな事件が起こる

3.その事件を大きく発展させる異邦人がやってくる

4.事件は大きくなり、日常は組み変わる

5.異邦人は去っていく

(6.事件に関わった人は、以後の主軸の話に絡んでいく)

 読者は、3のところで必ず「おっ!」と驚き、期待を膨らませる。なぜならば、1、2で読者を弛緩させた後に、3で抜き身の銃を突然突き付けてズドンと撃つからだ。

 あとはジェットコースターのように4、5を行い、場合によっては6の展開を行い、次の小エピソードで仕切り直しをする。

 長いストーリーというのは、ペース配分や読者のコントロールが難しく、作者自身も混乱しやすいのだが、この方法を使うことで上手くそういった部分をコントロールしている。

 こういったところは、「MASTERキートン」や「パイナップル・アーミー」で培った短編の技術が、遺憾なく発揮されているなと思う部分だ。

 ただし、この二作と違って、話の密度は驚くほど薄くなっている。これは話の濃さではなく、コマ運びのリズムで物語を上手くコントロールしているためだ。

 そういった意味では、「MASTERキートン」「パイナップル・アーミー」に比べて、「MONSTER」は非常にマンガ的だと言える。

 また、3での「ハッタリの利かせ方」や「コマ運び」は、「YAWARA!」などの軽い路線の技術を上手く生かしていると感じる。



 「小エピソード構成」の利点の三つ目は、盛り上げ過ぎないことだ。

 「物語は盛り上がった方がよいのではないか?」という疑問を持つ人もいるだろうが、それは物語の種類にもよる。

 こういった「大人向けの押さえた色調の話」では、「盛り上げ過ぎないこと」も非常に重要な演出要素となる。

 これは、高級な料理を食べているときのBGMに、フォルテッシモばかりが続く音楽を使うと、料理が不味くなるのと一緒だ。

 「MONSTER」では、物語の方向性と、構成や演出の方向性が上手く合致している。



 「小エピソード構成」の利点の四つ目は、間延びしないことだ。

 これは、新規読者の参入しやすさにも被るが、一つの大きな話を長く続けていると、見せ場がだらだらと続いて、非常に間延びしてしまうことがある。

 特に週刊ベースで話を進めていると、短いページ数でハッタリを利かせて逃げ切らないといけないことが多く、そのために「実は前の週から何も進んでいない」ということが往々にして起こる。

 短いエピソードの連続という構成にすることにより、そういった問題点を回避するようにしている。



 これらの利点から見るように、この作品では、「展開」の部分で非常に巧みな手法を駆使して物語を構成している。

 こうやって見ると、「物語の構成」や「企画」の能力で「MONSTER」という作品が出来あがっているように見える。

 確かに、浦沢直樹のそういった能力は非常に高い。

 しかし、彼のマンガの面白さを支えているのは、何よりも絵の上手さにある。

 私は、マンガは、絵(コマ割りを含める)が六~七割を締める表現手法だと思っている。

 浦沢直樹は、この絵が特に優れている。

 彼が描くキャラクターは、簡素で自然で抑制された絵でありながら、その人物を見た瞬間に「○○だ」と必ず分かる造形をしている。

 そして、必要最小限の描き分けや演出で、その人物たちの性格や内面までが分かるようにしている。

 この絵の上手さがあるからこそ、三主要人物が小エピソードの途中で絡み、主人公を交代するという手法が違和感なく進んでいく。

 絵やコマ運びが下手な人だと、こういったことはできない。

 また、この構成をスムーズに展開させ、驚きを最大限にしていくコマ運びも見事だ。主要三人物が小エピソードに出る瞬間は、必ず「あっ」と驚く。

 やはり、「絵が頭抜けて上手いな」と私は思ってしまう。

 「MONSTER」は、そういった浦沢直樹のよさが全て詰まった作品である。

 読んでおいて、損のない作品だといえる。



 最後に、浦沢直樹の重要なターニングポイントを「MONSTER」だと位置付けるのには訳がある。

 多少の例外があるものの、彼はこの作品以降、「MONSTER」で完成させた技術を利用してマンガを描いている。

 現在連載中の、「20世紀少年」と「PLUTO」は、浦沢直樹のこれまでの作品で、どれに一番近いかと言うと「MONSTER」だ。

 つまり、「MONSTER」と同じ土俵でマンガを描いている。

 明らかにそれまでと一線を画するような「MONSTER」的変化は見せていない。彼は「MONSTER」で完成したと言える。

 とはいえ、浦沢直樹は、1960年生まれの現在四十七歳だ。もうひと化けしてもおかしくない年齢である。

 あと、二十年ぐらいは、浦沢直樹に注目し続けなければならないなと感じている。

2007.05.31 柳井政和


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