● 2002.01.17(木)01 九州旅行 その5 門司港今昔

 あんた旅行から帰ったんじゃないの? などと言われそうなのですが坦々と更新です。

 2002年1月9日。旅行3日目に撮影した写真の3です。

 この日に撮った写真を、私は3つのカテゴリーに分類しました。1つ目は門司港駅周辺の観光地の写真。2つ目は和布刈の写真。3つ目は門司港の今昔を表す写真。

 こういう分け方したのは意図があります。

 1つ目の写真と文章で、門司港の観光化を知ってもらいたかった。2つ目の写真と文章で、門司港の海の風景(原風景)を知ってもらいたかった。

 そして、3つ目の写真と文章では、変わると言うことを考えてみたかった。そのために写真を3つに分けました。

 この3番目の写真で一番掲載したかったのはこの山城屋の写真です。

山城屋
山城屋

「もうちょっと車が通っているときに写真を写せばよかったのに。これじゃゴーストタウンのようじゃないか」

 この写真を父親に見せたときの感想です。私の意図通りに写真が撮れていたようです。

 山城屋は、私が子供の頃に稼動していたデパートです。今は閉鎖しています。子供時代、小学校のイベントのときには、山城屋からよく贈り物がありました。地域に密着したデパートでした。

 世の中の不景気と、門司港の過疎化のせいで経営は悪化、いつのまにか倒産してしまいました。今は完全な廃墟です。

 戦前、中国大陸への窓口として活躍していた門司港ならともかく、今の門司港の人口規模ならデパートなどは要りません。冷淡な言い方ですが、倒産して当然と言えば当然でした。商売は、客がいなければ成り立ちません。

 世の中は変わります。恐竜が氷河期には生きられないように、デパートも過疎化の進む町では生きられません。

 次は商店街です。

栄町銀天街
栄町銀天街

「最近は、店を畳む所が多い」

 父がよく言う台詞です。この台詞は、少し前まで「商店街全体の店を閉める時間がどんどん早くなっていく」でした。

 バブルが弾け、世の中の金の巡りが悪くなったために、商店街も活気を失っています。長い不況は店を続けることさえも困難にしています。実際、人通りもまばらです。

 変わればいいのにと思うかもしれません。私もそう思います。ただ、それは私やあなたが若いからです。

 こういった商店街の店を切り盛りする人達も高年齢化が進んでいます。20代のときに当たり前にできることが、40代や50代、60代でもできると思うのは間違いです。人は老いるのです。そして町も老います。

 老い、寂れた町からは若者が去ります。若者は活気あふれる町が好きだからです。そしてさらに町は老います。

 老いた町は死ぬのでしょうか? 死ぬ町もあるでしょう。死なない町もあります。生まれ変わる町もあります。

 門司港では、海側が違う町として生まれ変わろうとしています。

 2枚の写真を見ていただこうと思います。

港

門司港ホテル
門司港ホテル

 ここ数年で、門司港の海側は急速に新しい建物が建ちました。写真はそういった建物たちです。

 生物は変わらなければ生きていけません。絶えず新しい細胞を作り、古い細胞を殺して、1つの個体としての生命を維持しています。

 古い物は消え、新しい物に置き換わっていく。現代の不幸は、人間の一生より町の一生が短くなっていることでしょう。

 しかしこれは特別な例ではありません。今よりももっと町の寿命が短かった時代もあります。企業の寿命は人間よりも短いです。国の寿命が人間の寿命より長いと思っているのは幻想でしょう。

 世の中の新陳代謝は速いです。

 変わらないことに罪はありません。しかし、変わらないということは死を意味しています。

 故郷を見ると、変わるところ、変わらないところが不協和音を立てながら軋みをあげているように見えました。

 この日、1万5000歩あるきました。

 1万5000歩の中には、できたばかりのみずみずしい建物もあれば、今にも壊死しそうな建物もありました。

 生きることに絶対安全圏はありません。今から先の人生が何年あるかは分かりません。この人生の中、どれだけ自分は変われるのだろうか。不安になります。

 廃墟のような人にはなりたくない。かと言って、取って付けたような建物のようにはなりたくない。複雑な心境です。

 人の心も町の中も、複雑な内情を抱えながら変化していくのかもしれません。




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