● 本のお話 ●

● 2007.09.27(木)01 「エマ」9巻(森 薫) 9月25日発売

先週末に「エマ」9巻(外伝2巻)が届きました。というわけで、何度か読みましたので、恒例となった「エマ」の感想を書きます。

既刊の感想については、過去の感想をご覧下さい。


「エマ」9巻(森 薫)

● マンガの感想

さて、恒例のマンガについての感想です。

まず最初に、この巻に収録されている各話を掲載します。

  • 第七話 エーリヒとテオ
  • 第八話 歌の翼に乗せて
  • 第九話 友情
  • 第十話 ふたりでお買いもの
  • 第十一話 三人の歌手(前編)
  • 第十二話 三人の歌手(後編)
  • あとがき

今回も外伝なので、短編と前後編で構成されています。

前回の八巻には「The Times」という、かなり硬質で野心的な短編がありましたが、今回はどちらかというと、柔らかい感じの物語が中心になっていました。

また、前巻に比べて、全体的に柔らかい印象を持ちました。前巻は、樫材のような硬くて重い印象を絵から受けていましたので。

(正確に言うと、そういった印象を受けていたのは、エマの終盤ぐらいからですが)

というわけで、各話について感想を書いていきたいと思います。


● エーリヒとテオ

動物ものです。リスが森を駆け回る話です。

この話を読んで、「動きだけで漫画を表現するのは、絵が上手い人でも結構難しいなあ」と思いました。絵の上手さと、漫画のコマの連続による動きの表現の上手さは別物ですので。

実験的な作品だと思うのですが、何度か見直して、なぜ「動きの表現が難しい」と感じたのか、考えました。

たぶん、物理的な作用・反作用の法則が、コマ内にないからだと思います。

台詞なしで、動きだけのコマを連続させて、躍動感のある漫画を描こうとした場合、必要なのは、対象物をゴムボールのように扱うことです。

最初のコマで、右から左にボールが飛んで、壁にぶつかったなら、そこでボールを押し潰す絵を描いて、次のコマでは、左から右に跳ね返った後の様子を描く。

そういった、作用・反作用の連続をコマ内に組み込まないと、躍動感のあるコマの連続にはならないです。

その原則があった上で、動きの中抜きをしたり、強調や省略をしたり、カメラワークを動かしたり。そうでないと、動きがコマの連続から滲み出ることはないです。

何度か見直した限り、そういった動きの原則があまり感じられず、カメラワークを不用意に切り替えてしまっているように感じました。

一コマだけ見ると動いているように見えるのですが、連続したコマを見ると、動いているコマと、止まっているコマが混在しているように見えます。これはたぶん、上記のようなことが原因だと思います。

元々、動きがそれほど上手い作家ではないので、その部分が目に付いたのかもしれません。(絵の動きというのではなく、漫画のコマ力学を使った動きの表現という意味です)

動きが本当に上手い作家だと、そういった部分をさらに推し進めて、コマの左右に重さの差を付けたり、コマの形を変えて、重力表現や加速度表現をしたりしてきます。

でもまあ、実験的な作品だと思うので、そういう意味では、その時点でその作家が、何ができて何ができないかを確認する、よい漫画だったと思います。

あと、一点だけ、書いておきたいので、書いておきます。

見開きの木洩れ日の表現ですが、空気が通っていないと感じました。

見開きゴマの役目は、視点の外への開放です。なので、視点を中心から外へと拡散させる視覚的仕掛けが必要になります。

けれども、トーンワークの関係か、画面が比較的均質になってしまっているせいで、その視覚的解放の作用が絵に盛り込まれているように感じませんでした。

過去には、そういった解放のコマも描けているので、勿体無いなと思いました。


● 歌の翼に乗せて

この巻で一番気に入った話です。ともかく、前半の話の機微がいいです。

ドロテアとヴィルヘルムの、ベッド内の会話で構成された一話です。

夫婦というよりも、恋人に近く。でも、子供がそれなりに大きくなるぐらい付き合っている。そういった機微が、よく表現できていると思いました。

私は、読みながらニヤニヤしていました。単純に恋や愛を語るよりも、もう少し踏み込んだところでありながら、だからといって熟れ切ってもおらず初々しさが残っている話です。

こういった話は嫌いではありません。いい年した二人が、可愛く見えてきます。

この「歌の翼に乗せて」は、前半部分は非常によかったです。

ただ、後半の歌の部分は微妙だと思いました。

この話を読んで、漫画で「歌」を表現するのは難しいと感じました。

「絵の上に、歌の歌詞をそのまま重ねてしまう」と、どうしても臭い表現になってしまいます。

これは少女漫画のように「全てが臭い世界」の中で行われれば、それほど違和感はありません。しかし、この作者の漫画の世界の中では浮いてしまいます。

また、この「臭さ」ですが、表現上の問題もあると感じました。

漫画で「歌」を描く時、歌詞を活字でそのまま載せがちなのですが、本来は絵で表現しなければなりません。

歌の歌詞は、台詞ではあるけれども効果音に近いものです。なので、本当は絵として見せるのが望ましいです。

また、そのまま歌詞を活字としてコマの上に載せる場合でも、その歌詞が心象に与えているイメージを、漫画として表現する必要があります。

「歌」は、「台詞」よりも、より感情に訴えるものです。台詞でも、「相手の感情に強く訴える台詞」は、それなりの表現をします。

単純なところでは、歌詞から受けるイメージの可視化(風景を描くとか)が行われたりします。

そういった表現がないと、急に臭い台詞を言っているだけの表現になってしまい、歌を歌として読者に伝えるのには、ちょっと物足りないというか、読者が引いてしまう結果になりかねません。

そういったことも含めて、漫画で歌を表現するのは難しいなと、この話を見て思いました。


● 友情

ウィリアムとハキムの幼少時の話。外伝らしい外伝でした。

特に書くべきことはないです。本来、外伝は、こういった話の羅列が本道だと思いました。

エマの外伝は、作者がいろいろと腕試しをしている感が強いので、特にそう感じました。


● ふたりでお買いもの

レースが描きたかったのかな。それと小物。そういった印象の話でした。

特に強い印象はなし。外伝というよりは、挿話的な話でした。


● 三人の歌手(前後編)

外伝ではないです。世界設定だけが同じの、別の話です。

個人的には、外伝ではなく、こういった別の話をもっと読みたいです。

エマは、物語的には既に終わっているので、一から起こした新しい話(一~二巻ぐらいの長さの物)が読んでみたいです。

さて、この前後編は、オペラ歌手の三人の物語です。

主人公たちは歌手なので、「歌」を歌います。

なので、この話でも、前述の「漫画で歌を表現する難しさ」が出ています。しかし、「歌の翼に乗せて」ほど気にはなりません。

それはたぶん、「歌を歌う」ということに、物語上の必然性があるからだと思います。

それでも、ただ単に、歌詞がコマに書き込まれているだけという部分は目立ちます。そういった場合は、手書きの文字の方がよいと感じました。BGMとしての言葉は、活字ではなく、手書きの文字の方が相応しいですので。

世界観的には、「エマの外伝」という設定におんぶにだっこになっているので、完全に新しい話にはなっていないのですが、こういった話はありだなと思いました。

あと、どうでもいいですが、苦笑気味に口を横に伸ばした顔が、そこはかとなくよかったです。


● まとめ

さて、この巻全体を読んだ感想を書きたいと思います。

個人的には、「エマ」でやれなかった各種実験を、この外伝シリーズでいろいろとやりながら経験値を稼いでいるという印象が強いです。

まあ、貯金(時間や人気の貯金)があるうちに、そういった挑戦はやっておくべきなので、よいことだと思います。

人間、本当に自分の能力を伸ばしたい時には、その時間がないことが多いですので。

というわけで、いろいろと書きましたが、とても楽しめました。

私としては、「歌の翼に乗せて」のベッドでの会話がとてもよかったです。あとがきには「エロ」だと書いていましたが、エロさは特に感じませんでした。あれぐらいは、私の中では、エロい内には入りませんので。


● アンケート

今回は、アンケートハガキが入っていました。手書きアンケートです。前回は見当たりませんでした。

相変わらず、送ると勿体無いような手書きのアンケートなので、答えだけ書いておきます。

Q1.どの私が良かったかしら?

「歌の翼に乗せて」です。

Q2.今好きな漫画・アニメ・ゲームなどは?

スピリッツで連載中の「日本沈没」。面白い回と面白くない回の落差が激しいですが、狂っていて素晴らしいです。

Q3.あなたの宝物は何ですか?

この世に生を受けたこと。

Q4.その他作者に伝えたい事がございましたら ご自由にお書き下さいませ

完全新作が読みたいです。


というわけで、漫画を読んだ感想は以上です。


● 参考リンク

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