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2010年03月29日 22:25:00
 東京都が進めている、「非実在青少年問題」について、私個人が考えていることを、文章にまとめておきます。

 また、この条例が「なぜ問題なのか」「どうすれば防げるのか」ということについても書いていきます。



『東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例』については、以下のサイトやウェブ・ページを参考にしてください。

■東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト
http://mitb.bufsiz.jp/

■GIGAZINE - 「非実在青少年」問題とは何なのか、そしてどこがどのように問題なのか?まとめ
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100319_hijituzai_seisyounen/



 さて、この問題に関しては、「どういった問題があるのか」を、より多くの人が、それぞれの立場から発言することが必要だと思っています。

 私は、東京都が進めようとしている「表現・思想の自由に対する弾圧」の最も真逆な行為は、「多様な価値観があることを表明すること」だと考えています。

 そして、それらを周知して、現職の議員の方々にも伝えていくことだと思っています。

 というわけで、以下、五章にわたり、私の考えを書いていこうと思います。

【目次】
●1.表現・思想・信仰
●2.ジェンダー・セックス──第三の性愛
●3.物語の地平・物語の迷宮・物語の救済
●4.不安と無関心
●5.規制による「望ましい社会を作ること」の危険性



●1.表現・思想・信仰

 今回、東京都が進めようとしているのは、マンガ・アニメ・ゲームなどの創作物の善悪を、一部の人たちが判断するという言論統制です。

 この問題に敏感な人もいれば、無関心な人もいると思います。残念ながら、世の中の多くの人は、この問題に興味がなく、表現の自由の重要性を軽視しています。

「表現の自由」の問題は、思想の自由、信仰の自由などと地続きの問題です。

 そして、この中で「表現の自由」は、「表現」に携わる人が少ないということもあり、軽視されています。

 これらの権利は、「妄想の自由」「妄想の伝達・共有の自由」「妄想の拡張の自由」という点で、全て同じものです。

 そして、「表現の自由」の規制の危険さは、「表現」を「信仰」に置き換えることで浮き彫りにされます。



※ 以下は、「if」による仮定の話であり、現実の宗教を攻撃しているわけではありません。

 私自身は、宗教には良い面も悪い面もあると考えています。これは、宗教に限ったことではなく、全ての物事がそうです。あらゆるものは、立場によって様々な見方ができます。それは、その物事の価値とは無関係なことです。

 そういったことを理解した上で、以下の文章を読み進めてください



 以下、「マンガ」などの表現への攻撃を、「X教」という宗教への攻撃に置き換えて話を進めます。



「X教は、世界中で戦争を巻き起こし、多くの人々の命を奪い、難民を作り、その子供たちを劣悪な環境に陥らせている、非常に危険な宗教です。

 また、その信者たちが読む経典は、様々な暴力と、非道徳的な性愛に満ち溢れた、極めて悪い書物です。

 こういった、子供に悪影響を与える宗教は、私たちの社会から排除するべきです。また、経典も検閲して、子供に不適格な場所は徹底的に削除するべきです。さらに、こういった宗教に子供が接さないように、成人指定をして、社会から見えない場所に追いやるべきです。

 それとともに、非実在絶対権力者という架空の存在を取り締まるべきです。この宗教で語られている神は、偽りの神なのですから。

 こういった取り締りをするために、審査団体を設置することにしましょう。

 大丈夫です。正しいか悪いかは、有識者がきちんと判断します。私たちは、社会にとって、何が正しく、何が間違っているかを正確に判断することができます。

 この審査団体には、私たちY教徒がなります。社会は今以上に望ましいものになるでしょう」



 ある表現を好む人間がいて、その表現を好まない人間がいます。

 ある表現を好む人は、「ある表現を好む教」の人間で、その表現を好まない人は、「その表現を好まない教」の人間です。

「その表現を好まない教」の人間が、「ある表現を好む教」の教えを社会から抹殺しようとするのは、極めて問題です。

 しかし「表現」は、「信仰」ほどには、強固にグループを作ったり、活動したりしないために、軽視されがちです。

 けれども、表現・思想・信仰は地続きで、それを禁止することが、いかに問題が大きいかは、挙げた例で少しは分かると思います。



 この例について「何を極端な」と言う人がいるかもしれません。

 しかし、現実問題として、東京都が進めようとしている表現の規制の背後にいる人たちは、こういった「宗教戦争の勝利」を考えている人たちです。

 PTAやキリスト教など、ある特定の思想や信仰を持った人たちが、それ以外の思想や信仰を潰すために、条例を支持し、推進しています。

 またそういった団体に、規制によってできる天下り先の確保や、新しい権力の入手を目論む警察官僚などが手を結び、これらの条例を制定させようとしています。

 こういった動きが、極めて危険だということは、多くの人に知っておいてもらいたいです。



●2.ジェンダー・セックス──第三の性愛

 今回の表現の規制に関して、実はあまり語られておらず、しかし根が深いと私が思っていることは、人間の第三の性愛についてです。

 現在のキリスト教的世界観では、異性愛こそが正常な愛で、同性愛は憎むべき愛だと位置付けられています。

 この「異性愛」と「同性愛」以外にも、人間には「空想愛」とでも言うべき、実在を伴わない性愛があります。

 マンガやアニメ、ゲームや小説などで描かれる性愛は、現実世界の代替物であることもありますが、代替物ではなく、それ自体が一つの独立した性愛であることもあります。

 異性愛者の多くが、同性愛者を理解しようとしないのと同様に、実在性愛者が非実在性愛者を理解しようとしないのは、当然のことと思います。

 これは、アメリカなどで、同性愛者が長く弾圧と抑圧の対象だったのと同じです。



 この「空想愛」というのは、それほど奇異なものではありません。

 空想愛は、キリスト教的世界観が世界を覆う前に、衆道などの同性愛が一般的だったほどに、一般的なものです。

 そして、抑圧の少ない社会で、多くの同性愛者がバイセクシャルだったのと同様に、多くの空想愛者は実在性愛とのバイセクシャルです。

 人間は、妄想し、妄想を共有し、妄想のなかで性愛を遂げることができます。これは、大脳が高度に発達した人間の、脳の力と言うべきものです。



 しかし、この「非実在性愛」の喜びを知っている人間は、異性愛社会の同性愛者と同じように、社会に対してカミングアウトすることは稀です。

 そして、カミングアウトした場合は、変態的な犯罪者として弾圧される運命をたどることになります。

 また、そういった空想愛者たちは、同性愛者が社会で受けてきたのと同じような苦境に立たされることになります。



 創作物の性描写の問題は、実は「表現の自由」とともに、「性的嗜好による差別の問題」を孕んでいます。

 そして、この問題は、差別を受けている側からは俎上に載せにくく、差別をしている側からはその理解を得られず、その結果、いびつな議論を招く原因になっています。

 これはたぶん、ネット上でも活発な議論がなされない部分だと思います。これは「権利」の問題ではなく、「差別」の問題だからです。

 そのため、後々まで尾を引きそうだと、私は危惧しています。



●3.物語の地平・物語の迷宮・物語の救済

 宗教で心が救われる人間がいるように、物語で心が救われる人間もいます。

 物語の力に関しては、ネットで多くの文章が上がっています。

 しかし、宗教で救われたことがない人間が、宗教に価値を置かないのと同様に、物語で救われたことがない人間は、物語に価値を置かないと思います。

 これは、私が無神論者で、神に何の価値も置かないのと同じです(私は、神には価値を置きませんが、宗教が作った文化は、文化の一つとして価値を置いています)。

 なので、「物語にはこんな力がある」という理論の展開は、そこに価値を置かない人間には一銭の価値もないと思います。

 そういった前提で、物語の持つ力について、三点だけ私見を書きます。

 これは、「こういった考え方もある」というものです。読んだ方の、認知の地平を広げる役に立てばと思います。



 まずは、「物語の地平」についてです。表現の規制を進めようとする人たちがよく言う話に、「物語に影響を受けて……」というものがあります。

 そういった人たちは、たぶん「物語の地平」まで達したことがないのだと思います。

 世の中には、自分がどこまで行ったら吐くかという地平線があります(文字通り『吐く』です)。

 人間は、各個人で、どこまでの表現なら耐えられて、どこからの表現で吐いてしまうかという臨界があります。

 多くの表現を経験することで、自分の限界の輪郭を作り、「自分には踏み込んでは駄目な領域がある」という、己の分をわきまえる経験ができます。

 そういった「物語の地平」が見えるようになると、興味本位で「物語に影響を受けて……」などという行動は取れなくなります。

 世の中に、気が狂ったような本や物語があるのは、そういった「物語の地平」を、個人の中に作ることに非常に役立ちます。

 人間にとって最も恐ろしいのは人間自身です。人間に対する恐れを知るために、極北の物語や表現は、世の中に必要です。

 そして、その限界の方向や内容は人それぞれなので、世の中には「誰にも理解されないような物語や表現」が大量になければなりません。



 次は「物語の迷宮」についてです。

 物語は、麻薬のように時間を奪う存在です。「物語に影響を受けて……」という人は、物語の供給する時間からこぼれてしまった人間なのだと、私は思っています。

「物語の迷宮」に迷い込んだ人間は、現実世界に戻る暇もなく、新しい物語を貪り読み続けます。

 もし、「物語に影響を受けて……」などと非難される作家がいれば、影響を与えたことを悔やむのではなく、物語の供給量が足りなかったことを悔やむべきです。

 人生などは、たかだか数十年しかありません。その時間を限りなく奪う、物語の量と質を、社会は保持するべきだと私は考えています。



 割と過激なことを先の二つで書いたので、最後に「物語の救済」について書こうと思います。

 物語が本当に必要な人間は、マジョリティではなく、マイノリティです。社会の端の方で、小さく孤立している人間にこそ、物語は必要です。

 そういった「孤立している人間」には、特殊な趣味や嗜好を持ち、成人してから孤立している大人も含みます。また、思春期で、社会と自分のずれのなかで、短期間孤立している子供も含みます。

 そういった人たちに、「そういったことを考えている人は、あなただけではない」ということを伝えるために、物語は非常に大切です。

 青少年を守るという意味では、「親の価値観とは違う世界がある」ということを伝えるために、物語は必要なのです。

 だからこそ、「親」の価値観で表現の自由を奪うことは、非常に問題が大きいのです。子供に救済の逃げ道がなくなりますので。

 世の中に、「物語のおかげで自殺から救われた」青少年がどれほどいるか分かりません。

 その物語が、悪書と呼ばれるものか、エロマンガと呼ばれるものか、18禁ゲームと呼ばれるものかは人それぞれです。

 しかしそこに「親の価値感とは違う世界」があることこそが大切なのです。



●4.不安と無関心

 世の中を「偏見と弾圧の満ちた世界」に向かわせる方法は二つあります。

 一つは不安をあおり、人々を騙すことです。

 もう一つは、人々の無関心の隙を突くことです。

 これらを避ける方法は、一つしかありません。多様な価値感に触れて、多くの種類の偏見に満ちた意見を聞くことです。

 不安に煽られても引きずられないようにするには、どこに平均値があるのかを知らなければなりません。無関心を避けるためには、多くのデータを受け入れていなければなりません。

 いろいろな極論を吐く人の意見が、健全な判断には必要です。

 そういった意見が封じられた社会は、誤った方向に傾きやすいです。そういった社会は、土台がなく、細い棒の上に立ったお盆のようなものです。少しの衝撃で、簡単に倒れてしまいます。

「表現の規制」は、そういった社会を招くことになります。



「子供にとって有害な情報があるのが許せない」「自分が嫌いな表現があるのが許せない」という人は、子供ときちんと向き合い、「自分はなぜそれが悪いと思うのか」を伝える必要があります。

 無関心のまま育てるということは、子供たちに脆弱な社会を与えることになります。それは子供に、正しい情報を与えないことによる「虐待」に他なりません。

 大人は、子供の成長段階に応じて、自分の判断とともに、情報を与えていく必要があります。



●5.規制による「望ましい社会を作ること」の危険性

 最後の章では、表現や思想を規制することで「望ましい社会を作ること」の危険性を書きます。

 他人の表現や思想を規制することは、そのまま、自分の表現や思想を規制することを許す端緒となります。

 また、他人が弾圧されることを無関心に許すということは、そのまま、自分が弾圧される口実を、他人に与えることになります。



 世の中を、自分の好き嫌いで分類して、嫌いなものを禁止するというのは便利な方法です。

 しかし、そういったやり方は、大きな危険を伴い、非常に偏った社会を招く危険性を孕んでいます。

 特に、それが美しく聞こえる場合は注意が必要です。世の中の「現実」は、美しいものではありません。美辞麗句が述べられる場合は、往々にして、それを発言する人は、現実から目を逸らさせようとしています。

 今回の件のように、「子供たちを守る」という枕詞は非常に美しく聞こえます。しかし、その美名と実際の内容が合致しているかは別の問題です。

 言葉が美しければ美しいほど、中身を注意して見なければなりません。



 以下、今回の件を、同じ「子供のため」という文脈で、別の何かに置き換えた例を挙げます。

「健全な子供たちを作るために、子供たちにとって有害だと私が思う、『マンガなどの創作物』を規制する──」

 これは、別の何かに置き換えると、以下のようになります。

「健全な子供たちを作るために、子供たちにとって有害だと私が思う、『劣悪な親』を規制する。

 そのために、日本国民の子供は七歳になると、全て親元から引き離して、劣悪な親からの影響を受けないように、成人するまで国の施設で育てることにする──」

 これは、非常に極端な例だと思うでしょう。国民や国家が、こういった法律を制定するはずがないと、多くの人は考えるはずです。

 しかし、このルールは、歴史上実在する国のものです。その昔に存在した、スパルタという国家が選んだ「国のルール」です。

 また、こういった遠い場所、遠い過去の例を出すまでもなく、「望ましい子供」を作るために、戦前の日本が取っていた例を引くことができます。

 日本では、表現や思想の規制を行い、「お国のために死ぬ人間こそが素晴らしい人間である」という価値観で日本を染め上げました。そして、戦争により、多くの死者を出しました。私たちの国は、そういった歴史を持っています。

 私たちは、特定の価値感を持たない人間を、「非国民」という名の「健全でない人間」だとして、弾圧してきた過去を忘れてはなりません。



「子供たちにとって有害」という考え方を便利な枕詞にして、「自分の好む世界」を作ろうとすることは、同じような理由で「全く違う世界」を作ることを許可することだと、自覚しなければなりません。

 そして、一度使った方法(この場合は「表現の規制」)は、他人によって同じように使われる可能性があることを、よく理解しておかなければなりません。

 人間の歴史は、私たち人間が「極端な社会を招きやすい」という事実を提示してくれています。



 規制は絶えず、自分自身に跳ね返ってくることを前提に考えておかなければなりません。

 現代の日本にいると、民衆の命は「意味があるもの」のように思えます。「尊い命」のように思えます。

 しかし、人間の命は、本来は一円の価値もありません。私も、あなたも、あなたの子供も、社会が少し変わるだけで、単なる「血の詰まった肉袋」にしか過ぎなくなります。

 今現在の社会が、地域的にも歴史的にも奇跡のような社会なのだということを忘れてはいけません。

 たった一つの規制を許すだけで、この社会は終わる可能性があります。それだけの危ういバランスのなかで成立している社会だということは、よく理解しておかなければなりません。

 もし「そうでない」と言う人がいれば、もう少し歴史や地理を勉強した方がよいです。少なくとも、そういった人は、子供を教育する資格はないと思います。



● 最後に

 今回の条例については、議員の方に手紙やメールを署名付きで送るのが効果があるようです。

 というわけで、以下のリンク先(★部分)に、宛先リストがまとまっていますので、手紙などを書いて、送っていただければ幸いです。

■松浦晋也のL/D

非実在青少年条例改正の継続審議 必要なのは都議会議員を動かす「数」である
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2010/03/post-724b.html

★非実在青少年条例改正の継続審議 今後の動向についてmixiから転載
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2010/03/mixi-0add.html

東京都の「非実在青少年」を巡る条例改正の動きについて・児童ポルノ規制の美名のもと、思想信条への恣意的規制の道が開きかけている
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2010/03/post-98e5.html
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