映画「エビータ」のDVDを一月の初旬に見ました。
正確に言うならば、初日に二回見て、次の日に五回見て、その翌日に四回見て、さらに四回見て、また二回目を見ながらこの感想を書き、合計十七回見ました。
さらに、DVDを購入して、今日までに二十回以上見ています。
さて、この映画は、マドンナがエビータを演じたミュージカル映画です。
感想を一言で言うと「素晴らしい」。
エビータ役のマドンナ、語り部役のアントニオ・バンデラス、そしてエビータの夫となるペロン、さらにその他大勢の人々が歌う、歌う、歌う。
それも、単に歌うのではなく、徹底的に映画としての台詞を歌い上げる。会話の掛け合いが全部情感のこもった歌になる。
さらに、ミュージカル映画にありがちな「踊りに頼って間を持たせる」ということを極力排し、「音を消せば映画そのもの」という画面進行でサクサクと進めます。そして徹底的に歌と音楽で盛り上げます。
それが、ただもう気持ちいい。
ストーリーはひねりも何もなく、単純極まりないのですが、ともかく「音楽」と「歌」が気持ちいいのです。
普通の映画は「画面>音楽>歌」の優先順位なのですが、この映画は「音楽・歌>画面」の優先順位で、画面が黒子に回りながら音楽と歌をサポートしています。
とはいえ、画面は決して手抜きではありません。
映画としてのカット割を駆使して、観客を徹底的に盛り上げます。
単なるミュージカルの映画化ではなく、映画でしかできない手法を駆使して、魔術的な熱狂を作り出しています。
ありとあらゆる場面が気持ちいいのに、通して見ても、だれることなく気持ちがいい。これは、正直言って凄いです。
普通の映画と同列には比較できないタイプの作品ですが、非常に素晴らしかったです。
この映画を見て、「同じミュージカルに何度も通う人がいるのも分かるなあ」と思いました。
この作品を見て興味が湧きましたので、いろいろと調べてみました。ともかく、音楽と歌が秀逸なので、いったい誰が作ったのかを。
□Wikipedia - エビータ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%... アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲、ティム・ライス作詞のコンビだそうです。このコンビは、「ジーザス・クライスト・スーパースター」を作っているそうです。
この「ジーザス・クライスト・スーパースター」も、見たい作品の一つです。
次に、アンドリュー・ロイド・ウェバーについて調べてみました。
□Wikipedia - アンドルー・ロイド・ウェバー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82... 主要作品を見て、その豪華さに鼻血が出そうになりました。その中から、私でも名前を知っている作品を抜き出してみました。
・ジーザス・クライスト・スーパースター (Jesus Christ Superstar)
・エビータ (Evita)
・キャッツ (CATS)
・オペラ座の怪人 (The Phantom of the Opera)
本当に凄い人のようです。この人の関わった作品は、きちんと見ないといけないなと思いました。
以下、粗筋です。(最後まで書いています。話は複雑ではないので、特にネタバレにならないと思います)
南米のアルゼンチン。そこでは第二次大戦後、独裁者ペロンによる政権ができる。そのペロンのファーストレディー「エバ・ペロン」は、「エビータ」の相性で民衆に親しまれる女性だった。
彼女は三十三歳で子宮癌で死ぬ。そして、壮麗な国葬を行われる。なぜならば、彼女こそがアルゼンチンの民衆のスターであり、ペロン政権の人気を支えていた人物だったからだ。
では、この「エビータ」は何者だったのか?
彼女の幼年時代から死ぬまでを振り返ってみることにする。
エバは、貧しい農民の子として生まれる。彼女の母は、中流階級の男の妾だった。父親の葬式にもろくに参列できないエバ。彼女は、自分の境遇を嘆き、将来の地位の上昇を願う。
美しく成長したエバは、村に巡業で来たタンゴ歌手の恋人となる。そして、彼に無理矢理付き従い、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに出る。
だが、タンゴ歌手には家庭があった。母の悲劇を思い出し、彼女は男の許を去る。
エバは悲嘆に暮れる。だが、彼女のスターの素質は徐々に開化する。
雑誌のグラビア、企業の広告キャラ、映画の出演。彼女は徐々に成功の階段を駆け上る。この頃から、彼女は「エビータ」の愛称で呼ばれ始める。
だがその成功の影には、いつも男の姿があった。彼女は絶えず、いつも現状よりもよい地位に上がるために、男を取り替えていく。
そして彼女が最後にたどり付いたのは、軍事政権を影から操っている男ペロン大佐だった。
ペロンは第二次大戦時、軍人としてイタリアに行き、ムッソリーニに自分がなることを夢見た。
エビータとペロンはチャリティーコンサートで初めて出会う。そして急速に接近する。エビータはペロンの女として、彼の政治活動に積極的に参加する。
やがて、ペロンは危険人物として投獄される。エビータは、ラジオを通して民衆を扇動して、釈放に導く。そして、選挙でペロンは勝ち、エビータはファーストレディーの座を射止める。
だが、彼女の上昇欲はそこで終わらない。「レインボーツアー」と称して、ヨーロッパ各国を歴訪し、そのツアーは成功を収める。
彼女は、上流階級を嫌い、自分の出身階級である一般市民にその基盤を求めた。彼女は「募金」と、その金の「ばら撒き」により、圧倒的な支持を得る。
だが、そんな彼女の成功にも影が差し始める。病である。
子宮癌に犯されたエビータは、自分の悲劇を嘆きながらも、自分の人生を全肯定しながら死んで行く。
さて、この映画は、最初の数分間だけ普通の映画のように進みますが、アントニオ・バンデラスが出てきて一変します。
「エビータは何者だったのか? 彼女は何もしていない!」と、彼女を否定する言葉と、彼女の人生に興味を持たせる言葉を、高らかに歌い始めるのです。
この、バンデラスの役どころが、けっこう面白いです。
民衆に紛れ込んで、どのシーンにでも出てきて、エビータに絡んで、エビータの行動に疑問を投げかけていきます。
彼は、まるで神のような存在です。神といっても、一神教の神ではなく、多神教の神。「ぼろをまとった老人が実は神でした」といった感じの神。
そして、パワフルに歌いながら、状況説明をしたり、エビータに絡んだり、その他大勢の群集のなかに紛れ込んで、その声を代弁したりします。
私はこのキャラクターを「民衆であり、歴史の視点であり、神である存在」として見ていました。
しかし、Wikipediaのエビータの説明を見ると、ミュージカルでは「チェ」という人物が出ていると書いてあります。
あとで、スタッフロールを確認しましたが、映画でもやっぱり「チェ」となっています。
そしてその「チェ」は、チェ・ゲバラをイメージしたキャラということでした。
□Wikipedia - エビータ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82... この「バンデラスの役=チェ≒チェ・ゲバラ」という視点は、非常に興味深いなと思いました。
さて、冒頭でいきなりバンデラスが歌い上げると書いたのですが、「うわっ、アントニオ・バンデラス歌上手い!」といきなり驚きました。
それも、音を追うのが上手いタイプの上手さではなく、こぶしを利かせて巻き舌を交えながら盛り上げるタイプの上手さです。
非常に驚きました。
また、歌については、マドンナがやっぱり上手いです。
初心な小娘から、貫禄たっぷりのファーストレディーまでを演じながら歌うのですが、その場面その場面で歌の質感までが全然変わる。
しかし、マドンナの真骨頂は、政治に目覚めて以降のパワフルな歌唱にあると思います。殴られそうな怖さを持っています。背筋が痺れます。格好いい。
マドンナといえば、ゴールデンラズベリー賞の常連だそうですが、この映画に限っては、非常に素晴らしかったです。
マドンナはこの「エビータ」で、ゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディー最優秀女優部門を受賞しているそうです。
□Wikipedia - マドンナ(歌手)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83...
映画の山場は二つあります。中盤での演説シーン。終盤での演説シーン。この二つです。
エビータ(マドンナ)が大統領夫人として歌うのですが、前者は絶頂期のエビータで、後者は病に犯されて余命幾ばくもないエビータです。
「ドント・クライ・フォー・ミー・アルゼンチーノ〜」(アルゼンチンのみんな、私のために泣かないで〜)
と歌うのですが、この歌の使い方が秀逸です。
前者の絶頂期では、非常に傲慢に聞こえるこの歌詞なのですが、後者の病床期には慈愛の言葉に聞こえます。
これは凄いなと思いました。
映画の進行を、この二つの演説シーンを軸に書くと、こうなります。
○エビータの葬式
エビータ、村を出る
エビータ、ブエノスアイレスに着く
エビータ、失恋に嘆く
エビータ、成功の階段を駆け上る
ペロン、虎視眈々と独裁者の座を狙う
エビータとペロンが出会う
エビータ、上流階級や士官たちから嫌われる
ペロン、投獄
エビータ、ラジオを通して政治活動
エビータとペロンの勝利
●大統領夫人として演説(絶頂期)
エビータ、絶頂期
エビータ、ヨーロッパツアー
エビータ、慈善活動を通して富を集める
エビータ、病に倒れる
エビータ、衰弱
エビータ、ペロンへの愛に目覚める
●大統領夫人として演説(病床期)
エビータの死
個人的に興味深かったのは、エビータが死を意識し始めてから初めて「愛」に目覚めることです。
それまでは、出世の道具でしかなかった男女の仲なのですが、死を間近にして、苦労を共にしてきたペロンに愛情を感じるようになります。
それはペロンも同じで、二人は愛を確かめあいます。
「恋は冷めるもので、愛は深まるもの」
と私は思っているのですが、上昇欲の権化のようなエビータでも、愛は深まっていたのかと思いました。
最後になりますが、この映画の魅力は「熱狂」です。
映画は、強烈な上昇指向を持つエビータと、アルゼンチンという国のコラボレーションによる「熱狂」を表現しています。これは、どこまでも盛り上がっていきます。
時にはアルゼンチンタンゴで、時にはロックで、時にはオペラで、時にはクラシックで。千変万化する音楽が、その「熱狂」に飽きるということを許しません。
そして、民衆の行進、兵士たちの軍靴の音、ありとあらゆる音が熱狂を盛り上げます。
映画を見終わる頃には、相当ハイになれます。
ポンプで無理矢理元気を注入したような状態。どこまでも高みに上って行く快感を味わえます。
非常に素晴らしい映画でした。