2006年06月03日 03:25:24
映画「Good Night and Good Luck」を昨日劇場で見てきました。映画の日だったので。(この日、二本目)
「心霊写真」を新宿歌舞伎町で見て、映画館を出たあとに接続のよい映画を調べ、一番よさそうな本作を見ることに決めました。
「アンジェラ」とどちらを見るか悩んだのですが、結局こちらに(どちらも白黒映画です)。
ちなみに本命は「嫌われ松子の一生」だったのですが、時間がうまく噛み合わなかったので断念。
さて本作の舞台は、第二次大戦後、アメリカで赤狩りの嵐が吹き荒れていた時代です。
主人公は、赤狩りの主導的役割を果たしていたマッカーシー上院議員を追い落とした“ジャーナリスト”です。
彼の名前はエド・マロー。テレビ局CBSの報道番組「シー・イット・ナウ」のキャスターであり、第二次大戦中は、ロンドン空襲を中継し、ドイツ敗北直後には強制収容所に入ってその悲惨な状況を伝えた人物。
「放送ジャーナリズムの父」と呼ばれている男です。
この映画は、彼が「マッカーシー上院議員に挑戦状を叩き付ける番組」を作り、自らも傷付きながら戦った様を描いています。
この映画が白黒であることは最初に少し書きました。それは、以下の特殊な理由があるからです。
「マッカーシー上院議員の映像は、全て実際の映像を使っている」
本物であるからこそ、当時の熱狂が冷めた今の視点で見ると、彼の醜悪さが際立ちます。
創作というものは本来、要素抽出をして、物事の典型的一面を凝縮させるべきです。しかし、「どの部分を切り取り、何と繋ぐか」という“編集”が入っているために、今回のような映画も1つの手法として評価すべきだなと思いました。
ただ、白黒画面の上に、白い文字で字幕を重ねるのはどうにかして欲しかったです。配給会社はもう少し考えるべきだっただろうと思いました。
はっきり言って見辛いです。
字幕の文字の上に、映画の質感に合わせたノイズを入れたりといった工夫をしているのですが、それよりも、きちんと文字の縁取りをすることに注力するべきだっただろうと思いました。
以下、ネタバレとまでは言わないですが(歴史的事実を映画化した作品なので)、そういった要素がある内容です。
さて、この映画については2つ書いておかないといけないことがあります。
それは、この映画は娯楽作品ではないこと。そして、見る前に予習をしておかないといけないことです。
まず本作は、娯楽映画としては決定的に説明が不足しています。そして、二つの大きな展開部分で、伏線の張り方が甘過ぎる部分があります。
そのために、事前にプログラムを購入して粗筋を読んでおかないと、たぶんスムーズに見ることができないと思います。
具体的に言うと、弟分の「ドン・ホレンベック」の自殺に対する事前情報が少な過ぎること。
また、「ドン・ホレンベック」についてもっと言うと、映画中に、「ドン」と「ホレンベック」の名前を別個に呼ぶことも問題です。このため、頭のなかで名前が一致しにくく、さらに「ドン」が名前なのか役職(地位)なのか判別しにくかったりします。
そしてもう1つ。マッカーシーとの戦いが終わったあとの、ペイリー会長との確執。これは描き方が薄過ぎるので、もうワンクッション欲しいと思いました。
映画の長さは93分。上記のような問題を解決できる程度に長くすることは可能でしたので。
最後にもう1つ。この映画は、言論の自由や、発言、執筆、表現などに普段から関心がない人にはダイレクトに響かない可能性が高いと感じました。
そういう意味では、広く大衆向けの内容ではなく、業界人向けの内輪的内容の映画だと思いました。
さて、少し批判的なことを書きましたが、それを補ってあまりあるほど主役のエド・マローを演じていたデヴィッド・ストラザーンの演技はよかったです。
理性、知性、意志の強さを強烈に感じさせ、何より無言の存在感を与えています。
ただ座っているだけで、そこにカリスマがいるという印象を抱かせます。
そして喋りだすと、その言葉一つ一つが矢のように心に飛び込んで来る。
「これは凄いな」と素直に思いました。
そして映画中、そのエド・マローがマッカーシーに戦いを挑む直前に彼の足下が一瞬だけ映ります。震えているのです。これには鳥肌が立ちました。
デヴィッド・ストラザーン演じるエド・マローを見るだけでも、この映画は価値があると思いました。
映画は、全編密室で進み(番組セット、記者たちの詰め所、試写室、酒場など)、エド・マローの一挙手一投足を追うように進んでいきます。その緊迫感はなかなか凄かったです。
(ただし、エド・マローのメイン・ストーリー部分に注力し過ぎた反動として、サブ・ストーリーの密度が薄くなり、その部分では前述の通り失敗しているのですが)
最後に、監督であり、エド・マローの相棒役を演じているジョージ・クルーニーについて。
彼の父親はニュース・キャスターだったそうです。そのため、エド・マローは、「我が家のヒーロー」だったそうです。
彼は、家を抵当に入れてまで映画を撮ったそうです。本当に撮りたかったんだなと感じました。