映画「テンダー・マーシー」のDVDを六月の下旬に見ました。
1982年の映画で、監督はブルース・ベレスフォード、脚本はホートン・フート、主演はロバート・デュヴァルです。
日本未公開の映画ですが、アカデミー賞の作品賞、監督賞、歌曲賞にノミネート、主演男優賞、脚本賞を受賞している作品です。その他にも、各種賞を得ています。
87分と短い作品ですが、なかなか味わい深い作品でした。
● 静かなるカントリー映画
この映画は、派手さが全くない、非常に地味な映画です。主人公である元カントリー歌手が、再婚して、静かに人生を歩んでいく。そういった内容です。
そこに、昔の妻との確執や、その妻との娘が絡んでくる。そうやって、静かにドラマが進んでいきます。
この映画は、87分という時間がちょうどよいと思いました。この内容で、二時間だと非常にだれます。しかし、87分という短い時間のために、無駄なエピソードをつけることなく、そして静かな時間を描ききっています。
この映画を一言で言うならば、「止まっていた人生が動き出す」という内容です。そこに、「人生の理不尽さが被ってくる」というものです。
主人公である元カントリー歌手は、酒で人生を誤り、歌手をやめていました。そんな彼が、戦争で夫を失った若い未亡人と結婚します。彼女には少年の子供がいます。
その出会いから結婚までの描き方が非常に淡々としていて「静か」です。何のドラマ性も感じさせないようなそっけなさで、二人は一つになります。
でも、人生の出会いって、本当はそういうものかもしれない。そう思わせる肌触りを持っています。
そして、ある記者により、かつての名シンガーが町にいることが新聞に載り、カントリー歌手を目指している若手のバンドが彼の元に訪れる。
最初は、迷惑なファンかと思っていたら、彼らは純粋に主人公を尊敬している。そんな彼らに歌を提供することで、主人公は再デビューの道を歩んでいく。
映画は、そういった過程を、非常に静謐な雰囲気で描いていきます。
そしてその静かさは、映画の最後の「理不尽さ」を印象的なものにしています。評価が高かったのも頷けるなと思いました。
● 酒と離婚と再婚
この映画の主人公は四十代の男性です。かつて、同じ職業の女性と結婚して子供を儲けていましたが、酒で身を崩して独り身になっています。
そんな彼が再婚する奥さんは、二十代後半の未亡人です。戦争で夫を失い、一人でガソリンスタンドを経営しながら幼い息子を育てています。
この奥さんが、非常に大人びています。
年齢より、十歳以上年上に感じる落ち着きを持っています。それは、彼女が一人で仕事を切り盛りして、子供を育てているからだと思います。彼女は年齢以上に大人です。
対して主人公は、芸術家肌で、年齢よりは少し子供っぽいところがあります。とはいえ、成功も挫折も経験してきた人間です。
この二人の距離感というか、信頼関係と相手への思いやりの機微がよかったです。
恋愛に我を忘れるでもなく、相手を突き放すでもなく、相手の人生を尊重しつつ、適切な距離を置き、互いの支えになろうとする。
若い夫婦にはない関係だなと思いました。
また、この夫婦の関係は、そのままこの映画の雰囲気にも直結していました。映画は、二人の関係のように、適切な間を置いた空気感を常時保って進行していました。
● 人生に答えはない
主人公の元妻は、カントリーシンガーとして成功しています。彼女と主人公の間には一人の娘がいて、彼女は思春期を迎えています。
元妻は娘のことを溺愛していて、望むものを全て与えるようにして育てています。主人公は酒で暴れていた時期があるために、彼女に会うことができません。
主人公は、立ち直り、再婚したことを切っ掛けに、この二人との距離を縮めます。ただし、元妻は今でも主人公のことに憎しみを持っており、主人公のことを取り合ってくれません。娘は主人公を懐かしく思ってくれていて、映画の半ばほどで、自ら会いにきてくれます。
映画も終盤に入り、主人公は、自らの人生が、静かではあるが進み始めたことを実感します。
新しい妻と家庭を持ち、妻の連れ子とは父子の関係になり、若手のバンドと組むことで再デビューし、かつてのファンたちにも迎え入れられます。そして、娘とも関係を取り戻します。
そんな彼に、想定しなかった不幸が訪れます。
主人公は、その運命に呆然として、挫けそうになります。しかし、彼には新しい人生が待っています。そして、新しい人間関係があります。主人公は、心に大きな傷を負いますが、そこで人生を投げ出しません。
そんな彼が、人生の理不尽さを憤る台詞を吐きます。彼は少し前に、妻の宗派の教会に入信し、洗礼を受けています。彼の言葉は、神への問いかけでもあります。
彼はひとしきり自分の心情を吐露したあと、こう言います。
「答えがないのは分かっている」
そう、人生が理不尽で唐突なことは、この年まで生きてきた主人公には分かっているのです。それでも、不幸に身を打ちひしがれるほかない心の内。
そして彼は、今の人生を歩み続けようとします。その姿は、非常に印象的でした。
主人公は、ヒーローでも強い人でもなく、ただの弱い人です。そういった人の、地面に膝を突きそうになるような不幸に対して、二本の足で懸命に大地に立つ姿は感動的なものでした。
大作といったタイプの作品ではないですが、心に残る佳作といった感じの作品でした。
● キャスト
監督のブルース・ベレスフォードは、オーストラリアの人です。この作品でアメリカに進出したそうです。この人は、「ドライビング Miss デイジー」(1989)の監督も行っています。
脚本家のホートン・フートは、「アラバマ物語」(1962)の脚本を担当しています。本作の頃は六十六歳ぐらいなので、かなりのベテランです。
主人公のロバート・デュヴァルは、「アラバマ物語」(1962)でデビューしたそうです。線の細い、神経質そうな元歌手を上手く演じていました。
● 粗筋
以下、粗筋です(ネタバレあり。最後まで書いています)。
主人公は、昔名を馳せたカントリー歌手。彼は酒で身を崩して離婚していた。
彼はある日、ガソリンスタンドを訪れる。金がなかった彼は、そこで住み込みで働き始める。そして、その店を経営する二十代後半の、息子のいる未亡人と再婚する。
しばらくして、一人の記者が彼の許を訪れる。彼は、往年の名歌手がこの町にいると記事を書く。そして、若手のカントリーバンドが、尊敬する彼の許を訪れる。
主人公が住む町に、彼の元妻が興行でやってくる。彼女はカントリーシンガーとして成功しており、娘を一人で育てていた。元妻は、酒で暴力を振るっていた頃の主人公を覚えており、今でも彼のことを憎んでいる。
主人公は、劇場に行き、元妻の歌を聴く。彼は、最近作った曲を、彼女に渡そうと思っていた。主人公は、旧知の仲である元妻のマネージャーを通して話をするが、会うことを断られる。
主人公は、手元に残った歌を、彼を慕ってくれるバンドのメンバーに渡す。彼らは、その歌をきっかけに、レコーディングの機会を得る。実は彼らは、何度もデビューのチャンスを掴みながら、その度に成功せずに失敗し続けてきた。彼らは、主人公にメインボーカルを依頼する。
そんな主人公の許に、元妻との間の娘が訪ねてくる。彼女は一人の女性に成長していた。主人公は、そのことを喜びながらも、彼女との思い出が希薄な自分に戸惑いを覚える。
再デビューは決まり、主人公は新しい人生を歩み始めた。その最初のレコードを手にした彼に、一本の電話が入る。娘が死んだというニュースだった。彼女は、元妻のバックバンドの中年男と駆け落ちをして、その途中で交通事故に遭ったという。
主人公は、元妻の住む豪邸を、葬式のために訪れる。元妻は泣き崩れていた。彼女は、娘が望む物を全て与えていたのにと言う。主人公は無言のまま考える。娘が訪ねてきた時に、自分ができることは何かなかっただろうかと。あれは、彼女からのサインではなかったのだろうかと。
主人公は、妻の待つ家に戻る。そして、大地の上に立ち、畑をいじる。そんな彼の横に妻が立つ。主人公は、人生の理不尽さを神に訴える。ひとしきり言葉を天にぶつけたあと、静かに呟く。
「答えがないのは分かっている」彼は人の運命がままならぬものだと頭では理解している。しかし、不幸に直面した彼は、心の中でその思いを整理できずにいた。
主人公は畑仕事をとめ、妻の連れ子の許に行く。そして彼の遊び相手になってやる。彼は悲しみを心の内に抱えたまま、静かに自分の人生を歩み始める。