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2005年12月04日 21:09:21
 映画「コラテラル」のDVDを10月上旬に見ました。

 トム・クルーズ(殺し屋)と、ジェイミー・フォックス(タクシー運転手)共演の映画です。

 トム・クルーズが悪役ということで少し話題になり、映画評などではあまりよい評判ではなかったと記憶していましたが、これはいい映画です。とても面白かったです。

 よくない評判というのが、「サスペンスとしてきちんと出来ていない」という評価だったのですが、それはこの映画の見方を根本から間違っています。

 この作品はサスペンス風ですが、サスペンスではないです。「コラテラル」は、大人向けの寓話やフェアリーテールの類いのお話です。

 以下、まずは粗筋を書いたあと、その理由を解説していきます。



 粗筋は以下の通り。

 平凡なタクシー運転手マックスは、12年勤続の優良ドライバー。彼の夢は高級リムジンタクシーの会社を作ること。

 ある日、マックスは空港からオフィスに向かう女性検事を職場に送ったあと、次の客を待っていた。

 そこに現れた客ヴィンセントは、「今晩中に友人たちの場所をいくつか回らないといけない。だから、今日は自分の専属運転手としてずっと車を運転してくれ」と言う。

 最初は断わったマックスだが、一晩の稼ぎの1.5倍を払うというヴィンセントの説得に負けて、頼みを聞くことにする。

 1軒目の場所でヴィンセントが下車し、彼が帰ってくるのを車内で待っていたマックス。そのタクシーの頭上から、死体が落下してきた。

 その直後、ヴィンセントは平然とした顔で建物から現れ、「手違いが起こった。君に死体を見せる気はなかったのだが……」と告げる。ヴィンセントは、実は殺し屋だった。

 「一晩で5人の相手を殺さなければならない」彼はそう説明する。

 巻き込まれるのを恐れて逃げ出そうと考えるマックス。だがヴィンセントは、有能な運転手マックスとともに殺しの予定をこなすことに決める。

 冷血漢だがよく喋るヴィンセント。彼と同じ車内で過ごし、彼の殺しの現場に立ち会うことになるマックス。

 優良ドライバーではあっても、自分の夢に対して何も手を打てていないマックスは、ヴィンセントとの会話を通し、次第に自分自身を見つめ直していく。

 そして、殺人は次々に進行していく。そして5人目の相手が誰かを知ったとき、マックスは自分が何をするべきなのかを決意するのであった。



 さて、最初にこの映画は「サスペンス」ではなく、「寓話やフェアリーテールの類い」だと書きました。

 この物語は、おとぎ話の典型的パターンを踏襲しています。

 まず前提として、土地に根ざし、日々の生活を送っている主人公がいる。そこに客人(まれびと)が訪れる。そして5つの試練を与える。主人公は試練を乗り越えることで成長し、元の生活に戻る。全てが終わったあと、客人は土地から去っていく。

 「5人の殺人」というのは、魔女が子供たちに投げ掛ける「○つの試練」そのものです。というか、それ以外の理由でこんな脚本にはなりません。

 そして、○つの試練をこなしていき、最後の試練で子供たちは魔女と対決する。

 舞台は現代で、殺し屋(お客)とタクシー運転手の話ですが、これは完全に客人(まれびと)と土着の人間との出会いと別れを基調としたおとぎ話です。



 この基本骨格は「そうとも取れる」という私の判断レベルの話ではなく、明確に脚本中にサインが散りばめられています。

 その最も分かりやすい部分は、物語中で「物語のテーマ」を語っている部分です。それは、「メキシコのサンタクロースの話」です。

 映画の中盤で、メキシコのサンタクロースについて、登場人物の1人がいろいろと語るシーンがあります。サンタクロースという存在は、客人のおとぎ話そのものです。このことを観客に対して示すことで、この物語自体もおとぎ話ですと明確に伝えています。

 とはいえ、それは露骨な語り方ではなく、全く違うことの寓意として語っています。そこらへん、脚本よくできています。

 こういった、「いかにもおとぎ話」というサインが、随所に散りばめられています。これは、なかなか読み解くのが面白い映画です。

 この映画は、民俗学などに興味を持っている人にとってはニヤリとさせられる映画だと思います。逆に「単なるサスペンス」だと思っている人には、なぜこのようなストーリー展開になるのか、よく理解ができないと思います。

 表層のパッケージに騙されずに、そういう部分を楽しむ映画です。

 野心的でありながら、きちんとよくできています。



 今回トム・クルーズは「殺し屋」という役をやっていますが、実際は悪役ではなく、妖精や魔女という類いの役回りです。実体があるかどうか分からない、外部からの客人。

 この映画は、知的遊び心に溢れた映画です。

 そしてそのための演出もよくできています。映画冒頭の不安を煽る低音の連続部分はぐっと来ますし、その直後のマックスの人柄を表わす女性検事との会話もうまいです。

 続いて始まるヴィンセントと出会ってからのおとぎ話パート。警察やFBIも出て来るのですが、彼らはあくまでもハラハラドキドキを演出するための脇役で、メインは二人の男によるフェアリーテールです。

 あと、特筆すべきはロサンゼルスの夜景の美しさ。このお話がファンタジーであるという部分を強調して余りあるきれいさでした。

 というわけで、本作は大人向けのブラックでビターな味付けをした、良質のおとぎ話です。

 とてもよい映画でした。そして、「脚本の人はかなりやるな」と思いました。

 今回の私の感想で書いた「おとぎ話の構造」が理解できる人は、非常に楽しめる映画なので、ぜひ見ることをおすすめします。
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