映画「CURE」のDVDを八月中旬に見ました。
よく考えたら未見だったので、ツタヤ ディスカスの予約リストに入れていたら、品薄で二ヶ月近く先送りにされました。
この監督の作品は、見たような気がしていましたが、実際はまともに見ていなかったです。「ドッペルゲンガー」と「回路」に続いて三作目。完全に記憶誤認です。
1997年の映画で、監督は黒沢清。主役は役所広司で、助演は萩原聖人。
二人の俳優もよかったですが、それよりも何よりも、監督による映画の雰囲気作りが上手い作品だと思いました。
これまで見た三作の中では、一番面白かったです。
さて、この映画を見ながら思ったのは、「監督は意図的に観客を不安定な心境にさせようとしているな」ということです。
そのためにどうしているか。
通常ならば、恐怖を盛り上げるために、徐々に怖がらせる演出をするのですが、この映画ではその逆をいっています。
普通は状況説明のために使われる遠景シーンを長尺で取り、そこで、背景の一部のように殺人シーンを入れる。
また、不安を徹底的に煽るような不気味なシーンを演出しておきながら、そこでは何も起こさない。
普段だと、構成や演出で予測ができる「ショッキングな場面」が、どこから出てくるか分からないようにしています。
そして、そのことを利用して、びっくり箱のように観客を驚かせています。
この積み重ねにより、観客の心の手すりを外していき、不安にさせていく。
事件自体が、「何を信じればよいのか分からなくなる」ような類いの話なのに加え、映像面でも、「何を信じればよいのか分からなくなる」ので、観客は絶えず緊張を強いられて、画面に見入ってしまいます。
この映画は、そういった類いの映像の作り方をしていました。
そして、この方向性は、この映画の特異な犯罪者の存在と相俟って、非常に上手い演出になっています。
評判が高いのも頷けるなと思いました。
ただこの方法は、どの映画にも全部適用できる演出方法ではありません。この映画に限っては非常に有効に作動するタイプの演出です。
もし、この方法で他の映画も撮ると、変なことになるよなと思いました。物語に合わせた最適な演出方法があると思いますので。
あと、映像の撮り方で目立つなと思ったのは、演劇の舞台のような画面の作り方です。
映像に没入させるという方向性ではなく、「ここにカメラがあって、そこから覗いているんだぞ」というような撮り方です。
縦の線と横の線がかっちりと決まった「舞台」に、俳優が入ってきて、演技をして、出て行く。
そういった感じのシーンがやたらと多かったです。
これは一歩間違うと、非常に単調になるなと思いながら見ていました。
妙に画面に緊張感があるので、問題はないのですが。
あと、この映画を見て、この監督は物語よりもシチュエーションや雰囲気を描きたいタイプの人なのではないかなと思いました。
こういった不安感を煽るような演出は嫌いではないので、よいのですが。
そこだけは、ちょっと気になりました。
以下粗筋です。(ネタバレあり。中盤後半ぐらいまで書いています)
刑事は、ある連続殺人事件を追っていた。
それは、殺害者も被害者も全員別々だったが、喉元をXに切り裂くという手口が共通しており、背後に何らかの影響を与える映画や小説、もしくは人物の存在が示唆されていた。
そんな折、一人の記憶喪失の男が交番で保護される。
交番の警察官は、彼を病院に運ぶ。そしてその後に、これまでの殺人犯と同じように、交番の同僚を殺害する。
続いて、記憶喪失の男を診た女医が、同じように殺人者となる。
この一連の関連性から、記憶喪失の男が原因だと判明する。だが、その手口までは分からなかった。
刑事は、記憶喪失の男と話をするが、過去のことだけでなく、直前のこともすぐに忘れていくその男と、まともな会話は成立しない。
そして、記憶喪失の男は、刑事の心の襞に潜り込むような質問を重ねる。
刑事は精神病の妻を持っており、そのせいで心の病や精神医療に興味を持っていた。
彼には、精神科医の友人もいた。そして、その精神科医は、この事件の捜査に初期から関わっていた。
刑事と精神科医は、記憶喪失の男が催眠術を使って殺人犯を作っているのではないかという可能性を考える。
そして、記憶喪失の男の過去を探りだす。だが、そのことは、彼らの人生を狂わせる切っ掛けとなっていく……。
間宮(記憶喪失の男)役の萩原聖人の演技がよかったです。
周囲を不安にさせる、不思議な雰囲気をまとっていました。
あと、どうでもいいことを、一つだけ書きます。
収監されている間宮に、若手刑事が主人公の刑事の家庭事情をべらべらとしゃべってしまい、後でぼこぼこにされるシーンがあります。
そのシーンを見て、「そりゃあ、殴られるよな」と思いました。
犯罪の重要参考人に、自分ではない警察内部の人間のプライベートをしゃべるのがまず駄目です。
それに、相手は、他人の心の奥底に潜む狂気を引き出すタイプの犯罪者です。そんな相手に、情報を与えるのは二重に駄目です。
若手刑事は、後者の事実は知らないですが、そういうことをすれば、前者も後者も分かっている刑事には、絶対ぼこぼこにされます。
「あー、完全に地雷を踏んでいるよな」と思いました。