映画「アルファヴィル」のDVDを二月下旬に見ました。
1965年のフランス、イタリアの白黒映画で、監督・脚色はジャン・リュック・ゴダールです。
ジャンルとしてはSFです。SFの中でも初期SFに属するような物語の作品です。
典型的なデストピア系の作品で、SFX的なギミックを一切使わず、既存のものに「これは未来です」という設定だけを付与して撮影した内容はなかなか面白かったです。
こういった、低予算でアイデアだけで押し切るタイプの映画を見ると、自分でも映画を撮ってみたいなと思わされます。
さて、この映画は非常に実験的で概念的な映画です。
SF作品は現在の社会の縮図として描かれることが多いですが、この作品もそういった内容です。
宇宙の中心にあるアルファヴィルという都市を舞台としており、宇宙の各地の星々まで世界は広がっているという設定です。
しかし、会話で出てくる土地名は、いずれも現代社会の土地です。
アメリカとか中国とか、宇宙各地まで世界が広がっているくせに、非常にローカルな地名しか出てきません。
このことから、この映画が現代社会の縮図であるという意図が強く伝わってきます。
また、この映画には面白い職業が出てきます。
誘惑婦という職業です。
A級誘惑婦、B級誘惑婦など等級があります。まあ、ありていに言えばコールガールです。
アルファヴィルは、「感情が社会にとって悪を成す」といった思想の元、感情や芸術などを徹底的に弾圧した都市です。
そういった場所に、こういった職業が公認でいるところに、人間の本質を垣間見させられているような気にさせられました。
もう一つ面白いなと思った設定があります。
それは、感情を摘み取っていくという政策を表す手段として、事件などが起こるごとに、各家庭に置かれている辞書が交換され、感情を喚起させる可能性のある言葉が削られていくことです。
非常に分かりやすい形での言葉狩りです。
日本でもどんどんこういったことが進んでいるなと思いました。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。終盤の冒頭ぐらいまで書いています)
主人公は探偵。彼は地球を離れ、アルファヴィルという惑星都市に新聞記者としてやって来た。
この都市は、一人の科学者による感情抑制政策のおかげで驚異的な発展を遂げていた。
主人公の任務は、この科学者を連れ出すか抹殺すること、そして彼の前に潜入した仲間を救い出すこと。
彼はこの都市に到着してすぐに違和感を覚える。そこに住む人々は、感情がないように振る舞って生きていたからだ。
主人公の前に潜入していた仲間は、政府に目を付けられ廃人になっていた。
主人公は、科学者の娘に会う。そして彼は、娘とともに科学者に面会する。
科学者は、感情を表に出した人々の公開処刑を行っていた。それは、感情を否定した儀式のような処刑だった。
主人公は、その場で科学者に話を聞こうとする。しかし断られ、拘束される。
釈放された主人公は、娘の許に行く。彼女は主人公に興味を示していた。
そして、二人は仲良くなる。だが、感情を表した娘は逮捕される。主人公はそこで反撃に出る。彼女を救い、科学者を葬るために、彼は行動を開始する……。
最初にも書きましたが、こういった作品を見ると、自分でも映画を撮ってみたくなります。
そのうちビデオカメラでも買ったら、小品を作ってみたいところです。