映画「ブルー・ベルベット」のDVDを三月下旬に見ました。
1986年の映画で、監督・脚本はデイヴィッド・リンチ。主演はカイル・マクラクラン。
「砂の惑星」(1984)で興行的に失敗した後の作品だそうです。
個人的には「砂の惑星」は好きです。学生時代に見て「すげえ」と思った記憶があります。映画を見た後しばらくは、この異世界で生活する妄想をしていました。
原作の方は見ていないので、原作を見ていたらまた変わった見え方だったかもしれませんが。
さて、「ブルー・ベルベット」です。
感想は「デニス・ホッパーこええ」それに尽きます。倒錯的な映画ですが、最近見た同じく倒錯的なデイヴィッド・クローネンバーグの「クラッシュ」(1996)よりも面白かったです。
この二つの作品の違いは何なんだろうかと思いましたが、たぶん主人公が巻き込まれる理由だと思います。
「クラッシュ」の主人公は、倦怠期の男性で、事故によって受動的に物語に巻き込まれていきます。彼は、事故で興奮する脇役に引き付けられ、自分もその道に徐々に引きずりこまれていきます。
対して「ブルー・ベルベット」の主人公は、まだ初々しい若者です。彼は、好奇心から事件の渦中の人物の部屋に侵入し、そこで異常で暴力的なセックスを見て、責められる女性に同情して、やがて引かれてのめりこんでいきます。
二つの作品の主人公の動機でいうと、「ブルー・ベルベット」の方が圧倒的に分かりやすいです。
「隣人の生活を覗いてみたい」といった覗き願望は誰にでもあるものですし、痛めつけられている女性がいれば助けたいと思います。そして、セックスの虜になれば、のめりこむでしょう。
異常で倒錯的という条件は付きますが、その動機は非常にノーマルで納得のできるものです。
お膳立ては奇妙ですが、まっとうな価値基準の上に乗った行動ですので、すんなりと入っていけます。
というわけで、「クラッシュ」と違い、「ブルー・ベルベット」は素直に楽しめました。
さて、この映画の最大の魅力は、暴力と異常性の権化とも言うべきデニス・ホッパーでしょう。
人間の言葉が通じなさそうな怖さがあります。
この映画のデニス・ホッパーが怖いのは、「本当にこういう奴いそう」と思えるところです。
「日常の一歩隣は地獄」というわけではないですが、「普通の生活から少しアングラに踏み込んだら、途端にこういう人が現れそう」と思わせる距離の近さを感じます。
それは、たぶんこの人物が映画に出てきていきなり、弱い部分をさらけ出しているからだと思います。
最初の登場シーンで、いきなり赤ちゃんプレイのような精神的弱点丸出しの行動から、暴力的セックスで果てるまでが描写されます。
つまり、弱さと異常さと暴力性がいっしょくたになって観客に示される。そのせいで、「悪人」というステレオタイプの人間ではなく、「何か問題を抱えた人」というように、多様性のありそうな人物として印象付けられる。
そして、どんどん異常さが見せ付けられるにつけ、「こいつはやばい」という意識が募っていく。
そういった精神的な受け取り方をしているのではないかと思いました。
DVDには映像特典が多数付いていました。監督や俳優のロング・インタビューや、当時の批評家のトーク番組でのやり取りの映像などが収録されていました。
この映画は、公開当初はだいぶ物議を醸したようでした。
特に、デニス・ホッパーに惚れられて痛めつけられるイザベラ・ロッセリーニが、裸で主人公の許に逃げてくるシーンに不快感を持った人が批評家に何人かいたようでした。
でもまあ、今見るとこれは話の流れ上必要なシーンだよなと思います。
当時は、スクリーンで全裸が流れることに、今よりも抵抗があったのかもしれません。
また、このインタビュー映像で、最近の(DVDが出た頃の?)イザベラ・ロッセリーニが出てきていて、当時を語っていました。
この人、いい年の取り方をしていますね。
表情が生き生きと輝いていました。こういう魅力的な年の取り方はなかなかできないなと思いました。
元が美人だというのもあるのですが、年齢を重ねても魅力的に見えるというのはいいことだなと思いました。
以下、粗筋です。(大きなネタバレはなし。中盤前半ぐらいまで書いています)
主人公は大学生。彼は、父親が心臓発作で倒れたため、見舞いも兼ねて実家に戻ってきていた。
そんな彼は、草原で人間の耳を拾う。そしてその耳を警察に届けにいく。彼は知り合いの刑事にその耳を託して家に戻る。
主人公は耳が何かの事件に繋がっているのではないかと興味を持ち、刑事の家を訪ねる。だが、素人が首を突っ込まない方がよいと諭されて家路に就く。その途中、彼は女性から声を掛けられた。
その女性は、まだ高校生の刑事の娘だった。彼女は自分が聞いた話を主人公に告げる。どうやら、一人の女性歌手がその事件で目を付けられているらしい。
主人公は好奇心に誘われ、その女性の部屋に忍び込む計画を立てる。最初は反対していた女子高生だが、主人公に引かれてその手助けをすることになる。
主人公は女性歌手の部屋に侵入する。しかし、手違いから見付かってしまう。その時、一人の男がやって来て、女性は主人公を慌てて隠した。
男は異常で暴力的な人間だった。彼は女性歌手の旦那と子供を監禁して、彼女を好きな時に犯していた。
男が去った後、主人公は女性歌手に告げる。警察に言うべきだと。しかし、子供への報復を恐れて彼女はそのことを頑なに拒否する。そして、主人公を誘惑して、共にベッドに入る。
主人公は、彼女を助けるために情報収集を始める。そして女子高生は彼の手助けをする。
だが、主人公は男に女性歌手との関係を嗅ぎ付けられ拉致される……。
映画を見ている最中は「映像きれいだね」ぐらいにしか思っていませんでしたが、インタビューを見ると、かなり偏執狂的に映像を作りこんでいるようでした。
特に、撮影に関するデイヴィッド・リンチの凝りようは相当なものだったようです。
インタビューによると、デイヴィッド・リンチは元々画家なのですね。
そりゃあ、絵作りにこだわるなと思いました。