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2008年07月16日 12:53:22
パフューム
 映画「パフューム ある人殺しの物語」のDVDを五月下旬に見ました。

 2006年の作品で、監督・脚本はトム・ティクヴァ。原作はパトリック・ジュースキント。

 中世ヨーロッパを舞台にした、調香師の物語です。



 いやー、よかったです。

 端的に言うと、主人公の設定が秀逸。荒木飛呂彦にマンガ化して欲しいような狂気を持っています。

 スタンドは使いませんが、突き抜けた“超”能力を持っています。サイキックではなく、感覚に起因した、“人を超えてしまった”能力。

 そして、パラノイア的狂気を持っているにも関わらず、本人の中では何の矛盾もなく論理的に正しい行動を取っているという展開。

 こういった話は好きです。

 そして何より主人公の設定が、動機と行動と話の展開にガッチリ噛み合っています。これは映像化したくなる。

 そしてこの映画は、その映像化に成功しています。

 よく出来た映画です。

 そして終盤のシーンは鳥肌物です。彼の作った香水が超絶の効果を発揮するシーン。

 科学的に見るとハテナが飛ぶような部分も多いのですが、主人公を中心とした物語の世界観がきちんと提示されているので楽しめました。

 話の持って行き方も上手く、荒木飛呂彦のマンガなどが好きな人にはお薦めできる映画だと思いました。



 さて、感想を積極的に書くとネタバレが多くなるタイプの作品ですので、ある程度ネタバレがあることを先に宣言しておきます。

 まず最初に、前半一時間ぐらいの話を書きます。前半だけでも相当濃いです。でも、この部分を書かないと設定に関する感想を書けないので書きます。

 そしてその後に、ある程度ネタバレを含んだ感想を書こうと思います。

 ネタバレが少しでも嫌な人は、読まないで映画を見ることをお薦めします。



 以下、粗筋です。(ネタバレあり。前半部分を書いています)

 中世、パリ。汚物と腐敗の臭いで満たされたその町で一人の赤子が生まれた。その母親は、その子を捨てようとして死刑になる。

 その赤子は孤児院に預けられた。そこは、子供を引き取ることで金を貰っている場所だった。

 その子供は少年になる。彼はしゃべらなかった。そして周囲の子供たちは、彼を気味悪がり距離を置いていた。

 少年はしゃべることはできたが、敢えてしゃべろうとはしなかった。なぜならば、彼は自分が経験している感覚世界を他人に伝える言葉を持っていなかったからだ。

 彼は、脅威の嗅覚を持っていた。周囲のあらゆるものを、臭いで把握できる能力を持っていた。

 絶対嗅覚。

 そう呼べる能力で、彼は目に見えない場所の状況まで、全て臭いで認識することができた。

 彼は、その“視覚”ではなく“嗅覚”による世界把握を、他人に上手く伝えることができなかった。なぜならば、彼がしゃべる言語には、彼が“嗅いでいる”世界を表現する語彙がなかったからだ。

 彼は長じてなめし革職人の親方に売られる。

 圧倒的な悪臭の中で彼は生活を始める。

 過酷な仕事だった。ほとんどの者は数年経たずに死んでしまう。だが彼は生き延びた。そして、親方に連れられて、商品を持ってパリの町に出た。

 そこには様々な臭いが溢れていた。汚物の臭い、腐敗の臭い、香辛料の匂い、香水の匂い……。彼は、心地よい香を作り出す香水に引き付けられる。

 その日の帰り、彼はある匂いを嗅いだ。これまで経験したことのない素晴らしい匂いだ。

 それは一人の果物売りの女性から発せられていた。彼はその女性の跡を追う。そして彼女に近付き、匂いを嗅ぐ。

 彼女は主人公に気付き、声を上げようとする。町の暗い場所。近くには通行人がいる。主人公は女性の口に手を当て、力いっぱい押さえ付けた。

 通行人が去った後、主人公は手を放す。彼女は死んでいた。主人公はその死体を見下ろす。そして、彼女の匂いを嗅ぐ。その匂いが薄れていった。女性が死んだことで、素晴らしい匂いが消えていった。

 主人公は慟哭する。生まれて初めての心の底からの涙。

 そして彼は決意する。生きた人間の匂いを永遠に繋ぎとめる最高の香水を作り上げることを。

 数日後。彼は売れない調香師の許に行く。そして、町で流行している香水を再現して驚かせる。それだけでない。さらにその上を行く香水を作り出して唖然とさせる。

 彼には絶対嗅覚があった。香水の成分を全て嗅ぎ当て、その分量まで見抜くことができた。

 調香師は、なめし革職人の親方から主人公を買い取る。そして、主人公は、調香師から香水の技を学びながら、人々が求める香のレシピを作り続ける。

 だが、その調香師から“生きた人間”の香を繋ぎとめる方法は学べなかった。

 調香師は言う。調香師たちが集う、山間の町がある。そこに行けば、そういった方法があるはずだ。

 主人公は、調香師が満足する数のレシピを残し、紹介状を書いてもらってパリを後にする。

 彼が去った後、調香師は不幸に見舞われて死亡する。調香師だけではなかった。なめし革職人の親方、孤児院の院長、母親。全て主人公が去った後に死んでいた。

 彼の歩いた後には屍が築かれていく。呪われた天才調香師。彼自身には悪意は全くない。しかし、彼は悪魔に魅入られていた。

 パリを離れ、野を進み、山に入る。

 悪臭からの解放。草や木の爽やかな匂い。

 主人公は目的地を目指しながら高山の洞窟で野宿する。

 そこで彼は驚愕の体験をする。

 高所にあり、冷え切ったその場所には生物はいなかった。そして臭いもなかった。その、無臭の場所で彼は自分の驚くべき特徴を発見する。

 彼自身も全く臭いを持っていなかったのだ。

 完全な無臭であるがゆえに、何物にも影響されず、正確な臭いを嗅ぎ分けることができる。

 彼の絶対嗅覚は、完全無臭がゆえの産物だった。

 そして彼は知る。これまでの人生を振り返って、自分がどういった人間なのか気付く。

 臭いだけではない。彼には気配もないのだ。“人々に気付かれない存在”。

 自分は世の中から無視され続ける人間である。

 主人公は二度目の慟哭をする。

 そして心の中で強く誓う。“最高の香水を作り上げて、人々の心に自分の存在を刻み付ける”。

 その彼が目指す香水とは、最初の慟哭の時に欲した物。“生きた人間の匂いを永遠に繋ぎとめた香水”。

 彼は調香師たちの町へとたどり着く。そして、自らの欲する物を手に入れるために、美しい女性たちを永遠の香水へと変えていく……。



 主人公の設定が徐々に広がっていく様がよかったです。

 絶対嗅覚から始まって、完全無臭、そして無気配。

 それらの能力は、後半連続殺人犯として女性を襲い始めてからいかんなく発揮されます。

 嗅覚による周囲の把握、犬のような追跡、気配がないが故の潜入、接近。

 そして、悪魔のような能力で作り上げた香水の威力。

 畳み掛けるようにして話が進み、主人公は目的に向かって邁進していきます。

 そんな彼に悪意は一切なく、純粋に自分の目的に向かって突き進んでいるだけです。

 そこがまたいい。

 最初にも書きましたが、荒木飛呂彦のマンガに出てきそうな人物です。

 非常に楽しめました。



 さて、何と言うかこの映画、終わってみたら主人公の圧倒的印象しか残っていません。

 “人々に気付かれない存在”のはずの主人公が、映画を見ている人間にとっては、“彼しか覚えていない存在”になっています。

 万人にはお薦めできない映画ですが、私の友人知人はたぶん喜ぶタイプの映画だと思います。
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