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2009年02月16日 09:21:11
 映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を劇場で二月中旬に見ました。

 2009年の作品で、監督はデヴィッド・フィンチャー、脚本はエリック・ロス、原作はF・スコット・フィッツジェラルドです。

 主演はブラッド・ピット、共演はケイト・ブランシェット。

 デヴィッド・フィンチャー監督は、「セブン」(1995)、「ファイト・クラブ」(1999)、「パニック・ルーム」(2002)を撮っています。

 脚本のエリック・ロスは、「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994)、「インサイダー」(1999)の人です。また、「アポロ13」(1995)や「ALI アリ」(2001)、「ミュンヘン」(2005)にも関わっています。

 原作のF・スコット・フィッツジェラルドは、最近では「華麗なるギャツビー」(1974)を見ました。

 ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットは、「バベル」(2006)で共演しています。



 さて、映画なのですが、感想を一言で言えば「傑作」でした。

 今はまだ二月ですが、今年のトップ5に確実に入る映画でした。アカデミー賞13部門ノミネートも納得です。これは、素晴らしい作品でした。

 監督が撮ったこれまでの作品「セブン」「ファイト・クラブ」を軽く超えています。脚本についても「フォレスト・ガンプ/一期一会」と匹敵するか、もしかしたら勝っているかもしれません。

 それぐらい、よく出来ている映画でした。



 映画は、死が近い老女とその娘の、“病室でのやり取り”から始まります。老女は娘に、革のスーツケースから日記を取り出させて読ませます。その日記は、彼女が愛した“ある男”が書いた日記です。

 その日記の主は、“八十歳”として産まれて、“どんどん若返っていく”という、普通の人と逆の人生を歩んだ男でした。

 その彼、ベンジャミン・バトンの数奇な生涯と、老女との関わりを、日記を通した回想という形で映画は進んでいきます。

 そして、「一人の人間の生涯」を、非常に圧縮した形で、一気に167分で描きます。圧縮はしていますが、“端折っている”印象は一切ありません。非常に高い密度で映画は進んでいきます。



 その展開の仕方に、私は最初、ティム・バートンの「ビッグ・フィッシュ」(2003)を思い出しました。

 しかし、後でプログラムを見て、脚本を見て「ああ」と思いました。これは「フォレスト・ガンプ/一期一会」の印象にも近いです。

 ユーモアがあり、楽しくて、優しくて、温かくて、そして悲しくて切ない。とても、いいお話です。



 この映画は、“八十歳として産まれる”という悲劇的な話でありながら、ウェットなところは一切ありません。

 主人公であるベンジャミン・バトンが関わる人は、いずれも人生に前向きで温かく、そしてあっけらかんとしていて明るいです。

 そして、外見は老人だけど、中身は子供であるベンジャミンに、人生の素晴らしさ、おもしろさを伝えて先に亡くなっていきます。

 老人に見えるベンジャミンは、実はまだ少年だったり、青年だったりするので、関わった人々を通してどんどん成長していきます。

 この映画は“八十歳として産まれた男”の“数奇な生涯”を描いていますが、“八十歳として産まれた”部分を除けば、一切“数奇な”部分はありません。

 この映画で描いているのは、“誰もが体験する”“一人の人間の生涯”です。この映画では、人生での出会い、別れ、成長、恋、愛、老いを、“ベンジャミン・バトン”という特殊な姿をした人間を通して描いています。

 本当に、「人が産まれてから死ぬまで」を、高密度に圧縮して、映画は進んでいきます。



 映画は、大きく分けて二つのパートから成り立っています。

 前半は“老人の姿で中身が子供のベンジャミン”が、様々な人々との出会いを通して成長していく姿を描きます。

 後半は、幼馴染のデイジーとの恋愛と、子供の誕生、そして別れと老いを描いていきます。

 前半は、ユーモア満載で笑いが絶えず、後半はユーモアを交えつつも涙が止まらない内容でした。

 映画が終わった後、劇場を出て、ベンジャミン・バトンのポスターに書いてある「人生は素晴らしい」という惹句を見た時、涙が溢れそうになりました。

 この映画は、悲しく切ない話だけれども、それは誰もが体験する人生そのものです。そして、映画が終わって振り返ってみれば「それは素晴らしい人生だった」と言えるものです。そのために、涙が溢れそうになりました。

「人生は素晴らしい」

 その言葉の通りに、この映画に出てくる人々は、誰もが人生を楽しみ、前向きに行き、そして自分の人生を肯定的にとらえて、お迎えが来ると去っていきます。

 この映画では、その「人生は素晴らしい」というメッセージがいたるところに散りばめられており、ベンジャミンは、その“大人たちのメッセージ”を受け取りながら成長していきます。



 後半は一転して、“若返る”ことの悲劇を描いています。

 しかし、その悲劇は、「愛する人と、人生の年の重ね方の上ですれ違っていく」ということだけに焦点を当てて描写されています。社会との軋轢は描いていません。

 この後半部分は、前半部分に比べて、かなり早回しで進んでいきます。それは、「すれ違っていく」ことを映像的にも話的にも印象付けるためです。

 その悲劇性が非常に鮮烈に示されるシーンがあります。若返って十代後半ぐらいの肉体になったベンジャミンと、年を取って五十代になったデイジーがホテルに入るシーンです。

 五十代のデイジーの背中は、肉がたるみ、パンツやブラジャーはその肉に食い込んでいます。また皮膚はしみが浮かび、艶もない状態です。

 その背中が、この物語の残酷さを、これでもかと表現しています。

 その年老いたデイジーに対して、若返ったベンジャミンは、「テルマ&ルイーズ」(1991)の頃のブラッド・ピットを思い出す、線の細い美少年になっていて、非常に対照的でした。



 映画は、“肉体は若返るが、中身は老いていく”ベンジャミンの老後と、デイジーの老後が再び交わることでラストに向かいます。

 そして映画は、非常にきれいに、そして余韻を残して終わりました。

 また、ラストシーンでは、大いに楽しく笑わせてくれるおまけも用意されていました。

 映画が終わった後、私はしばらく余韻に浸っていました。



 2時間47分という上映時間を感じさせなかったこの映画ですが、その要因は二つあると思います。

 一つは、ジェットコースターのようにどんどん展開していく“人生の通過儀礼”のエピソード化。もう一つは、ユーモアです。

「人生の通過儀礼」が、最も分かりやすく描かれているのは、ベンジャミンが始めて船に乗る日のエピソードです。

 ベンジャミンは、初めて船に乗って“お金をもらう仕事”をします。そして、その船長に気に入られ、まだ女を知らないことを知られます。

 船長は「その年なのに、童貞なんて。なんて悲しいことなんだ!」と言い、ベンジャミン(本当は少年)を売春宿に連れていきます。

 そこで女性を始めて体験したベンジャミンは、「お金を稼ぐことの意味が分かった!」と感動します。

 こういった、「人生の通過儀礼」の数々が、この映画ではユーモアたっぷりに描かれています。そしてそういった体験をするのは、“八十歳で産まれようが”“普通に産まれようが”同じだということが示されます。

 この映画では、そういった「人生の通過儀礼」を、特殊な姿をした人間を通してユーモアたっぷりに描いています。そしてその狙いは、きれいに成功しています。



 ベンジャミンは、悲劇的な人物です。八十歳として産まれ、そのせいで、誕生直後に父親に捨てられます。

 しかし、映画では悲劇的な雰囲気は微塵もなく、どこかおとぎ話めいた感じで、話は展開していきます。

 その要因になっているのは、以下の三つの設定です。この映画では、この三つの設定の効果が非常に大きく働いています。

 一つ目の設定は、ベンジャミンを拾ってくれた“育ての母”の性格です。

 彼女は黒人で子供ができない女性です。彼女は明るく前向きな性格で、聡明な人です。彼女は、しわくちゃで醜い赤ん坊のベンジャミンを見て「神様からの授かりものだ!」と喜びます。

 この映画は、この育ての母親の性格と包容力のおかげで、非常に明るいイメージの映画になっています。おかげでベンジャミンは、姿は老人ですが、大きな愛に育まれて育っていきます。

 二つ目の設定は、捨てられた場所が養老院だということです。

 ベンジャミンの育ての母親は、そこで住み込みで働いています。その「周囲の人が全員老人」という特殊な設定のおかげで、ベンジャミンは何の屈託もなく、悩みもなく、まっすぐな性格に育っていきます。

 この映画は、主人公のベンジャミンにすれたところが一切なく、非常に純真で誠実な人間として描かれています。こういった“天使のような印象”は、「フォレスト・ガンプ/一期一会」とも通じます。

 三つ目の設定は、主人公のベンジャミンが船乗りになることです。

 昔から、船上の社会は、陸の社会とは隔絶された独自の世界でした。「どんどん若返る」という特殊な肉体を持つベンジャミンですが、船の上の社会で生きることで、そのことによる社会との軋轢を一切起こしません。

 また、ベンジャミンが乗った船の船長が、非常に大らかで明るい人です。ベンジャミンは、その船長の下で、のびのびと成長して(若返って)いきます。ベンジャミンにとってこの船長は、駄目なところもあるけど憎めない“育ての父親”的な存在となります。

 こういった三つの設定があるために、特殊な出生と肉体を持つベンジャミンは、そのことによるマイナスの要素を持たずに前半の人生を送ります。



 さて、この映画には、多くのユーモア溢れるシーンがあります。

 その中で、特にお気に入りだった二つの部分について書いておこうと思います。

 一つ目は「雷に七回打たれた男」のエピソードです。

 養老院にいるある老人は、「雷に七回打たれた」ことを自慢する老人です。映画で最初に出てきた時、彼は一回目と二回目の雷に打たれた時の様子を語ります。その時、画面はセピア調のシーンに変わり、コメディー映画のように「ピシャーン!」と男が雷に打たれます。

 その後、養老院でたまに出てくると「雷に打たれた話」をして、その度に雷のシーンが入ります。

 これが非常に面白く、途中からは、彼が出てくるたびに、劇場が「笑い」を身構えるようになりました。

 そして、最初に「七回」と言っているので、当然「七回」全部見たくなります。途中から、観客はそのカウントを始めます。

 映画の途中、背後の席で、女子高生たちが「ねえ、今何回目?」と確認し合っている声が聞こえました。

 二つ目は、移動教会のシーンです。

 古い映画では時々出てくるのですが、当時のアメリカでは、サーカスのテントのような場所を使った移動教会というものがありました。(今もあるかは不明)

 そこで、奇術師よろしく“奇跡”を行うのですが、そのシーンの明るさと勢いに、「こりゃあ、アッパーな気分になって奇跡も起こりそうだ」と思いました。

 このシーンは、いろんなオチも付いており、楽しめました。



 以下、粗筋です。(ネタバレあり。中盤の途中まで書いています)

 主人公は八十歳の姿で生まれ、徐々に肉体が若返っていくという特殊な人生を送る男。

 彼は誕生と同時に、家族の許から離れることになる。出産で妻が死に、その結果産まれた子の醜さに驚いた父親が、子供を捨てたからだ。

 主人公を拾ったのは、養老院に住み込みで働く黒人女性だった。子供のできない彼女は、この醜い子供を、神様からの授かりものとして喜ぶ。

 周囲が老人ばかりの環境の中、主人公はすくすくと育つ。彼の成長は、背が大きくなりながら、徐々に若返っていくというものだった。

 成長とともに、主人公は様々な人々と出会うことになる。ピアノを教えてくれた老婦人、外の世界を教えてくれたピグミー族の男、そして、運命の人となる少女。

 そして彼は仕事を見つけ、養老院を出ることになる。彼は船乗りになり、陽気な船長とともに小さな船に乗り、世界各地を旅し始める。

 彼はロシアで一人の女性と出会い、恋に落ちる。不倫の関係だったその恋は、旦那に知れたことで一方的に終わる。

 故郷に帰ってきた主人公は、成長した幼馴染と再会する。彼女はバレエのダンサーになっていた。だが主人公は彼女に馴染めない。芸術家肌の人間たちが多くいる前衛的な劇団にいた彼女は、考え方も性的な面でも奔放な女性になっていた。

 主人公は、彼女との関係を拒み、そのせいで二人の間はぎくしゃくとしたものとなる。

 その頃主人公は、昔何度か出会った男から告白される。彼は主人公の実の父親だという。憎しみを覚えながらも、死が近い実の父を看取ることで、主人公の心は成長する。主人公は、父親の工場と会社を相続する。

 主人公は幼馴染に心を寄せ続ける。だが、その関係は進展しない。彼女はバレエと、その仲間たちとの関係を優先し続ける。だが、ある事故を切っ掛けに、彼女の人生は転機を迎える。そして、二人の人生は再び交わることになる……。



 映画は非常に面白かったので、未見の人は見て損はないと思います。

 あと、ハンカチとティッシュペーパーは持って行った方がいいと思います。
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