映画「カーズ」のDVDを一月下旬に見ました。
2006年の作品で、監督・脚本はジョン・ラセターです。ピクサーの作品です。
楽しかったです。相変わらず、よい出来です。映画を見終わった後は、思わず「カチャーウ!」と叫びたくなりました。いや、叫びました。
やっぱりピクサーの映画は、鉄板で面白いなと思いました。
さて、本作は、車が擬人化された世界での話です。主人公はレースカー。レースで勝って、成り上がることしか考えていない、上昇志向の車です。そのせいで友人と呼べる仲間がほとんどいません。
でも、迷い込んだ過疎の町で、人間的に成長します。そして一回り大きくなり、レースに復帰します。話はそういった、非常にベタなものです。
キャラクター配置も、コテコテと言ってよいほどベタです。レースのライバルも「人間的によくできた老チャンピオン」と「人間的にわがまま放題の下品なオッサン」です。そこに、主人公の「才能はあるけど、上昇志向が強過ぎて、スタッフと不仲の若者」が絡みます。
こういった「非常にベタ」な設定と展開の積み重ねなのですが、細かなエピソードの丁寧さと、各エピソードの作り込みが、さすがピクサーだと思いました。
特にそういったことを感じたのは、DVDについていた没シーン集を見た時です。
この没シーンは、絵コンテ段階の絵を切り貼りして作っているのですが、そのどれを見ても「これはいらんだろう」「これはちょっとエグイだろう」「これは本編の方がクオリティが高いだろう」と思わせるものばかりでした。
つまり、絵コンテを元に、映画を仮組みした段階で、かなりの試行錯誤をしているというわけです。
これは非常に丁寧な仕事なのですが、予算があるのが大きいんだろうなと思いました。
ピクサーの映画の特徴の一つに「上品さ」があると私は思っています。大人も子供も楽しめる映画でありながら、「子供には見せたくない」と思うような「毒」があまりない。
絵コンテ段階の動画には、ブラックで、ピクサーに普段抱いていた「上品さ」からはかけ離れたものもありました。
こういった物を見て想像したのは、その製作風景です。多くのスタッフで駄目出しをしながら作っているんだろうなと思いました。
さて、シナリオについて少し書こうと思います。
この映画の特徴の一つは、実在の道「ルート66」をベースにしたストーリーです。
これはDVDのメイキングにも情報が載っていましたが、ハイウェイ建設で過疎化が進んだアメリカの道の典型例のようです。
そういった道の中でも、「ルート66」は、本が出版されたことによって注目を浴びたということでした。
実際問題として、過疎化は経済の発展と集約とともに、世界規模で避けて通れない問題だと思います。
映画を見ている最中に、「なぜこんなにローカルな場所に限ってその話題を展開するのか?」と思っていたのですが、後でメイキングを見て、「なるほど、モデルがあったからか」と思いました。
普通に考えると、「過疎化」を大きな問題として描くのであれば、「たった一つの町」を対象にしても何の解決にもなりません。
そうではなくてこの映画は、「監督の個人的な体験」がベースになっているということでした。そういった前提を知らなかったので、映画を見た時にギャップを感じました。
もう一点、脚本で気になった点があります。
それは、主人公のライトニング・マックィーンと、その親友のメーターが、夜の牧場でトラクターを驚かせるというシーンです。
これは、脚本上は「田舎で牛を驚かせる」というシーンなのですが、映像化した段階で意味が変質しています。
この映画は、動物や虫も、全て車の姿をしています。ハエですら車型です。なので、当然「牛」も「トラクター」の姿をしています。
そのせいで、「眠っている“人”を無理やり起こして虐めている」ように見えました。「牛」と「人」が、いずれも車の姿なので、「人」にしか見えず、かなり悪辣な悪戯をしているように感じました。
先ほども書きましたが、ピクサーの映画は「ブラック」さが少ない「上品」なイメージがあるために、このシーンはかなり違和感がありました。
農業社会のアメリカでは、あまり気にならないのかもしれませんが、そういった場所で生活していない私は気になりました。
脚本の疑問点を書きましたので、逆に「上手かった」と思った点も書こうと思います。
それは、ライトニング・マックィーンが、レース・カーなので「ライトがない」という設定です。冒頭、何度かその設定が出てきます。
この設定は、「夜にマックィーンが迷う」という、「主人公が迷子になる」伏線になっています。これは小ネタだけど、上手いなと思いました。流れも説明臭くなく、自然でしたし。
また、「道に迷う」だけでも問題ない部分に、「きちんと話を覚えておけば、ライトがないせいだと理由も明かしている」といった丁寧な作りは、好感を持てました。
次にCGについても書こうと思います。
基本的によくできているのですが、一点だけ気になる点がありました。それは植物です。
車も、建物も、人工物も、その質感に統一感があり、一つの世界を作っているのですが、植物だけリアル過ぎて違和感を覚えました。
植物がサブのシーンでは気にならないのですが、植物がメインのシーンになると、やたら浮いて見えます。
植物の抽象化や質感の調整は、他の物よりも難しいのかなと思いました。WALL・Eでは、そういった違和感がなかったので、もしかしたら、この時期にはまだ解決していなかったのかもしれないと思いました。
以下、粗筋です(終盤まで書いています。ラスト以外はそのまま書いていますので、ネタバレが駄目な人は読まないで下さい)。
車が擬人化された社会。主人公はレース・カー。彼は上昇志向が強く、スタッフの忠告も聞かずに暴走する傾向が強かった。
ピストン・カップという歴史のあるレースで、彼は同着一位になる。そして、優勝者を決めるために、次のレースを行うことになる。
その会場まで移動する途中、彼は迷子になる。そして、寂れた町に迷い込む。彼は、その町で道路を破壊してしまったために、ローラー車を引っ張って道路を補修しなければならなくなる。急いで会場入りしたかった主人公は憤る。
最初は嫌がっていた主人公だが、道路をきれいに直し、町の人に感謝される内に、徐々にその町に愛着を持ち、住人たちと仲良くなっていく。そして、これまで親しい友人がいなかった彼だが、親友と呼べる仲間ができていく。
そういった中、主人公は、その町の裁判長の過去を知る。それは、かつて三度もピストン・カップで優勝したことのあるベテラン・レース・カーだった。
主人公は、なぜ彼がこんな田舎町で隠遁しているのか聞く。ベテランは、レースに携わる車たちが、思いやりを持たない薄情な者たちばかりだからだと語る。事故で一時レースに出られなかったベテラン・レース・カーは、復帰しようとしても無視された過去を語る。
自分のことしか考えない……。主人公は自分を振り返り、過去の行いを反省する。
そして、道路の補修が終わった後、主人公はレースに戻ることになる。町の住人たちとお別れをしようとする主人公。だが、ベテランが呼んだマスコミのせいで、まともなお別れができずに終わる。ベテランは、レース・カーが町にいることを嫌っていた。
最終レース。主人公は、町のことが気になり、本来の実力を発揮できない。だが、そんな彼に強力な助っ人たちがやって来た。町の住人たちが応援に駆けつけてくれたのだ。奮起する主人公。そして、そんな彼を、優勝経験者のベテラン・レース・カーがバックアップする。
そして、レースの終盤。予期せぬ事態が待ち受けていた……。
レース最後の展開は、「なるほど、上手くオチを付けたな」と思いました。
序盤で「人間的によくできた老チャンピオン」と「人間的にわがまま放題の下品なオッサン」を出していて、この二人の内、「老チャンピオン」の役回りが終盤までなかったので「どう使うのか?」と思っていたのですが、きれいに使ってくれました。
これまでの話の前提にもきちんと従った結末で、主人公の人間的な成長がきっちり描けているので、上手い締めだと思いました。
実際、ちょっと感動しましたし。
そして、ラストに「親友との約束」もきちんと果たし、気持ちよく映画を終わらせてくれました。
面白かったです。
ピクサーの作品は、一作一作よくなっているので、凄いなと思いました。
さて、DVDには短編が付いていました。「メーターと恐怖の火の玉」と「ワン・マン・バンド」です。
「ワン・マン・バンド」は完全にオリジナルの「台詞なし」のアニメーションでした。なかなか面白かったです。
でも、WALL・Eの冒頭にあった短編の方が、作品としてはよくできていたと感じました。
また、映画の最後のスタッフ・ロールのセルフ・パロディーも面白かったです。過去の映画の「カーズ」世界版は、なかなか楽しめました。
こういったものでも楽しませてくれるとは、ピクサーは充実しているなと思いました。