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[古今] 関係の記事・
[和歌] 関係の記事・
[古典] 関係の記事 講談社学術文庫版の「古今和歌集 全訳注」(全四巻、久曾神 昇)の三巻を読みました。四冊の中では一番分厚いです。
というわけで、前回の二巻の感想の続きです。
以下、「古今和歌集 全訳注 三巻」の中から、これはと思った歌を抜き出しておきます。あくまで、私の趣味に適った作品ですので、世間の評価とは違うと思います。
また、漢字付加、歌意、感想は、本を参考にして、私が勝手に付けています。文法的に誤っている部分もあると思います。
さて、この第三巻を一言で言えば「恋」です。恋歌一〜五と、怒涛のように恋の歌が続きます。構成的には「恋が始まって終わるまで」が時系列に並べられています。
恋焦がれ、恋が燃え上がり、やがて疎遠になり、別れて終わる。そういった巻です。
この恋歌の主役は二人です。在原業平と小野小町です。
もう、何と言うか、平安恋愛界の中心人物ですよこの二人は。特に業平の存在感が圧倒的です。
業平の歌だけでなく、業平の恋の相手の歌も多いです。それだけでなく、業平の家の女性に手紙を書いた男性の歌や、それに対して業平が代理で作って返した歌など、平安恋愛絵巻は業平を中心に回っていたという感じです。
業平は全ての恋愛のハブ的存在です。業平最強。
対して小野小町は、自分の心の中の心情を歌にするといった感じです。彼女は、恋愛系ラブソングの達人といった立場です。
歌風に関しては、業平は、生まれのよい素直な心のおぼちゃんが、これまた素直に平易な言葉で心情を吐露するといった歌が多いです。
また、彼の歌からは、心の温かさと伸びやかさが感じられます。さらに彼は、生まれつきのゴージャスさも持っています。これは、男性の目から見ても、大いに女性にもてるだろうなと思います。
今のところ、古今和歌集の歌人では、業平が一番いいです。
小野小町についても歌風を書きます。彼女の歌は、内省的な内容が多く、枕詞や序詞や掛詞が本文と高度に融合して、理論的に切り離すことができないような感覚的なものが多いです。
ここら辺は、古今和歌集の選者の一人である紀貫之とは好対照だと思いました。
貫之は技巧的で理知的な歌風なのですが、理論が立ち過ぎていて、簡単に因数分解できてしまうような底が見えてしまうような歌が多いです。
たぶん、紀貫之は評論家タイプなんだろうなと思います。そういう意味で、古今和歌集の選者としては適材適所だけど、サリエリ的でモーツァルトには敵わないといった感じです。
ただし、貫之の場合は、サリエリ的な悩みとは無縁で「俺は理論的。だから最強」と思っていそうな雰囲気です。なんというか、負い目が全く感じられないので。そして、自己主張というか、「俺は上手いだろう」という押し出しが強いので。
さすがに三巻ぐらい読んでいくと、いろいろとキャラ立ちが感じられてきて、面白いです。
この三巻のラストにある「哀傷歌」は、死別の歌でした。
恋の歌は「五句中三句が序詞」といった感じで、中身の薄い歌が多かったのですが、さすがに哀傷歌は含蓄が感じられる歌が多かったです。
それでは、以下私が選んだ秀歌です。
古今和歌集 巻第十一 恋歌一
●メモ:
恋心を抱く段階の歌。一方的な心情が多く、あまり秀歌はない。
P20 歌478
「みぶのただみね
かすがののゆきまをわけておひでくる草のはつかに見えしきみはも」
●漢字付加:
春日野の
雪間を分けて
生ひ出来る
草のはつかに
見えし君はも
●歌意:
春日野の雪間を分けて生えてくる若草のように、わずかに見えるあなたはまあ恋しいことよ。
●感想:
垣間見た女性に対する恋心を美しい情景を比喩として言い表している。
P56 歌522
「読人しらず
ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思うなりけれ」
●漢字付加:
行く水に
数書くよりも
儚きは
思わぬ人を
思うなりけれ
●歌意:
流れていく水の上に数を書くよりも儚いのは、思ってくれない人を思うことである。
●感想:
片思いの儚さと憂鬱さを感じる。
古今和歌集 巻第十二 恋歌二
●メモ:
小野小町大活躍。
巻頭は小野小町三連発。また、小野小町に送った歌、その返しなども収録。
恋歌一よりは、少し心が近付いている。恋焦がれて死ぬというような歌が割りと多い。夢に関する歌も多い。
P78 歌552
「小野小町
思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを」
●漢字付加:
思ひつつ
寝(ぬ)ればや人の
見えつらむ
夢と知りせば
覚めざらましを
●歌意:
恋い慕いつつ寝たからあの人が夢に見えたのであろうか。もし夢と知っていたならば、目を覚まさなかったのに。
●感想:
恋歌二の巻頭は、小野小町三連発。恋と夢の歌が三首続く。なんというか、小野小町の巻という感じ。
P79 歌553
「小野小町
うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑(たの)みそめてき」
●漢字付加:
転寝に
恋しき人を
見てしより
夢てふ物は
頼み初めてき
●歌意:
転寝をしていて恋しい人を見て以来、夢というものを頼みにするようになってしまった。
●感想:
三連発の二発目。
P79 歌554
「小野小町
いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる」
●漢字付加:
いとせめて
恋しき時は
むば玉の
夜の衣を
返してぞ着る
●歌意:
せめて夢で会いたいと思い、恋しい時は、夜の着物を裏返して着て寝ることであるよ。
●感想:
当時の俗信で、着物を裏返して着て寝ると、夢を見るというのがあった。
夢で会い、夢を頼みにし、夢に縋るようになる恋心を歌った三首。
P90 歌567
「藤原おきかぜ
君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる」
●漢字付加:
君恋ふる
涙の床に
満ちぬれば
澪標とぞ
我は成りぬる
●歌意:
あなたを恋い慕い流す涙が床に満ち、私は澪標のようになってしまった。(身を尽くして、涙の海の中に消え果ててしまいそうである)
●感想:
「澪(みお)」は、浅い湖や遠浅の海岸の水底に、水の流れによってできる溝のこと。河川の流れ込む所にできやすく、小型船が航行できる水路となる。また、港口などで海底を掘って船を通りやすくした水路のことも言う。
「澪標(みおつくし)」は、「澪つ串/標」。澪に杭を並べて立て、船が往来するときの目印にするもの。和歌では「身を尽くし」にかけて用いることが多い。
涙の海の底に消えてしまいそうな感じが、古今集から新古今集に向けて拡大する誇張表現を感じさせる。
古今和歌集 巻第十三 恋歌三
●メモ:
業平参戦、巻頭からぶいぶい言わせる。
ここら辺から、一方的ではなく、人間関係が出るようになる。片思いではなく、恋愛模様となってくる。
また、恋の噂が立つことに対する歌も多くなる。
面白いのは、業平の家にいる女性に男性が送った歌に、業平が代わりに返歌を書いて返している当たり。
もらった人はどう思ったんだろうか謎。分かっていれば複雑な気分でしょうし、後で知ったならばもっと複雑な気分でしょうし。
P139 歌621
「よみ人しらず
あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべき物を
この歌は、ある人のいはく、柿本人磨呂が歌也」
●漢字付加:
会わぬ夜の
降る白雪と
積もりなば
我さへ共に
消ぬべき物を
●歌意:
恋しい人に会わない夜が、降る白雪となって積もったならば、私も雪と共に消えてしまいそうであるよ。
●感想:
恋しい相手に会えない苦しさと切なさがよく感じる。染み入る感じ。
P155 歌637
「よみ人しらず
しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき」
●漢字付加:
東雲の
ほがらほがらと
明け行けば
己が衣着ぬ
なるぞ悲しき
●歌意:
東の空が白み、ほのぼのと明けてきたので、それぞれの衣を着て別れることが悲しいことであるよ。
●感想:
当時は通い婚で、男性は夜一緒に寝て、朝が明ける前に自分の家に帰っていた。そして同衾の際に、二人の着物を重ねて掛けていた。そういった風習から「後朝(きぬぎぬ=衣着ぬ)の別れ」という言葉が出来た。
日本語の柔らかさとともに、ほのかな情感が伝わってくる感じがよい。言葉の調子が、その場の空気を表している。傑作。
P163 歌645
女性が業平に送った歌。
「よみ人しらず
きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか」
●漢字付加:
君や来し
我や行きけむ
思ほえず
夢か現か
寝てか覚めてか
●歌意:
夕べは、あなたが来たのか、私が行ったのか分からない。あれは夢だったのだろうか、現実だったのだろうか。眠っていてのことなのだろうか、それとも覚めていてのことだったのだろうか。
●感想:
次の歌でまとめて感想。
P164 歌646
その返し
「なりひらの朝臣
かきくらす心のやみに迷(まど)ひにき夢うつつとは世人(よひと)さだめよ」
●漢字付加:
掻き暗す
心の闇に迷ひにき
夢現とは
世人定めよ
●歌意:
一面を暗くする自分の心の闇で迷ってしまった。夕べのことが夢であったか、現実であったかは、世間の人が決めなさい。
●感想:
さすがプレイボーイ。その一言に尽きる。
奔放な恋愛に対する負い目が全く感じられないのはさすが。
古今和歌集 巻第十四 恋歌四
●メモ:
恋愛がある程度進んだところ。ラブラブな状態を感じさせる歌や、熱愛中なのになかなか会えない苦しみを歌っている歌が多い。
後半は、徐々に別れを感じさせる歌になってくる。そしてラストは、恋の形見に関する歌が続いて次の巻に続いている。
P199 歌684
「とものり
春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな」
●漢字付加:
春霞
たなびく山の
桜花
見れども飽かぬ
君にもあるかな
●歌意:
春霞のたなびいている山の桜の花は、いつ見ても見飽きないが、そのように、いくらお会いしても見飽きることのないあなたであるよ。
●感想:
憧れて恋い慕っている様子が、優しい情景とともに浮かんでくる。
P203 歌688
「よみ人しらず
思ふてふことのはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ」
●漢字付加:
思ふてふ
言葉のみや
秋を経て
色も変かはらぬ
物にはあるらむ
●歌意:
あなたを愛するという私の言葉だけが、木々の葉が紅葉する秋が過ぎても色が変わらないものである。
●感想:
言葉の「葉」を掛けた歌。愛情の普遍を歌っている。控えめながらよい。
P214 歌701
「よみ人しらず
あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは」
●漢字付加:
天原
踏み轟かし
鳴る神も
思ふ仲をば
裂くるものかは
●歌意:
大空を踏み轟かして鳴っている雷でも、愛し合っている私達二人を引き裂くことはできるだろうか、いや決してできはしない。
●感想:
恋愛が順調な時の充実感が、力強さとともに感じられる。
若さと野暮ったさも感じるが、それも含めてよいと言えるよさを持っている。
P219 歌706
女性が、業平が浮気をしまくると送った歌
「よみ人しらず
おおぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ」
●漢字付加:
大幣の
引く手数多に
なりぬれば
思へどえこそ
頼まざりけれ
●歌意:
大幣が多くの人の手に引かれるように、あなたは多くの女性から引く手数多になってしまいました。だから、あたなを恋い慕っていますが、あなたを頼みにすることではできません。
●感想:
大幣は、大祓(おおはらえ)のときに用いる大串につけた幣(ぬさ)のこと。神社で振る、白い紙が付いた棒の大きな奴。以下に写真あり。
□Wikipedia - 大麻 (神道)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BA%BB_(%E7%A5%9E%E9%81%93)
次の歌が返し。ちょっと拗ねた感じがいい。
P220 歌707
その返し
「なりひらの朝臣
おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを」
●漢字付加:
大幣と
名にこそ立てれ
流れても
つひに寄る瀬は
ありてふものを
●歌意:
私は引く手数多の大幣と評判になっているが、川へ流された大幣は、あちこちと漂い流れるが、最後には流れ寄る瀬があるということですよ。
●感想:
大幣は、大祓の式が終わると川に流す。浮気の否定を一切しない辺りが業平のプレイボーイっぷりを感じさせる。
たぶん、これぐらいもてる人の方が、女性も好きになるのでしょう。
P222 歌709
「よみ人しらず
たまかづらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし」
●漢字付加:
玉蔓
這ふ木数多に
成りぬれば
絶えぬ心の
嬉しげもなし
●歌意:
玉蔓の這いかかる木がたくさんになったように、あなたも大勢の女性の許に通うようになったので、私を忘れずに来てくれる御心も嬉しくはありません。
●感想:
浮気性の男性に対する女性の素直な心情だと思う。拗ねたような感じが、ちょっと可愛い。本人はそれどころではないと思いますが。
P241 歌733
「伊勢
わたつみとあれにしとこを今更にはらはばそでやあわとうきなむ」
●漢字付加:
海神と
荒れにし床を
今更に
払はば袖や
泡と浮きなむ
●歌意:
恋しい人に捨てられて流す涙で海のように荒れてしまった寝床を、再びその人を迎え入れるために袖で塵を払うのならば、その袖は涙の海の泡となって浮いてしまうでしょう。
●感想:
失恋の気だるさを感じる。また、立ち直れないままでいる様子が伺える。
P245 歌736
右大臣・源能有(よしあり)が通ってこなくなったので、かつてよこした手紙などを返すと言って詠んだ歌。
「典侍(ないしのすけ)藤原のよるかの朝臣
たのめこしことのは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし」
●漢字付加:
頼めこし
言の葉今は
返してむ
我が身
古れば
置き所なし
●歌意:
私を頼みに思わせてきた手紙を、今はもう返してしまいましょう。私は年を取ってしまいましたので、私の身には置けるような場所がありませんので。
●感想:
年を取ってしまった女性の嘆きが上品に織り込まれている。
次の歌が返歌。
P246 歌737
その返し
「近院の右のおほいまうちぎみ
今はとてかへすことのはひろひおきておのが物からかたみとや見む」
●漢字付加:
「今は〜」とて
返す言の葉
拾い置きて
己が物から
形見とや見む
●歌意:
「今はもう返してしまいましょう」と言って返して下さった手紙を拾い集めて手元に留め、私の書いたものですが、あなたとの愛の形見といたしましょう。
●感想:
しっとりと落ち着いた大人のやり取りといった感じ。二つの歌の間に広がる余情がしんみりと心に残る。
ちなみに形見は、男女が別れる時に交換した品物。当時はそういった風習があった。
P251 歌743
「さかゐのひとさね
おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ」
●漢字付加:
大空は
恋しき人の
形見かは
物思ふ毎に
眺めらるらむ
●歌意:
大空は、恋しい人の形見なのだろうか。物思いするごとに自然と大空を眺めてしまうようだ。
●感想:
大きくため息を吐いている様子が伺える。
古今和歌集 巻第十五 恋歌五
●メモ:
恋愛が終わった後の歌。
忘れ草がよく出てくる。苦しい心を忘れたいのだろう。
P256 歌747
「在原業平朝臣
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」
●漢字付加:
月やあらぬ
春や昔の
春ならぬ
我が身一つは
元の身にして
●歌意:
この月は昔の月と違うのであろうか? いや昔の月である。この春は昔の春と違うのであろうか? いや昔のままの春である。私自身も昔のままである。しかし、私の傍にはあの人はいない。
●感想:
恋歌五の巻頭歌。
歌の中には一言も書かれていないが、女性との別れの悲しさがしみじみと伝わってくる歌。余情体の歌。秀歌。
P288 歌782
「をののこまち
今はとてわが身時雨にふりぬればことのはさへにうつろひにけり」
●漢字付加:
今はとて
我が身時雨に
[降り/古り]ぬれば
言[葉]さへに
移ろひにけり
●歌意:
いよいよ今は、私の身も秋の時雨とともに古くなってしまったので、草木の葉のみならず、あなたの言葉までも、すっかり変わってしまったことですよ。
●感想:
小野小町の歌は、枕詞、序詞、掛詞などが巧みに組み合わされて、明確に区別できないものが多い。この歌もそういった類の一つ。
分解して感じるのではなく、全体で感じる必要がある。
P327 歌822
「小町
あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば」
●漢字付加:
秋風に
遭う田の実こそ
悲しけれ
我が実空しく
成りぬと思へば
飽きかぜに
遭う頼みこそ
悲しけれ
我が身空しく
成りぬと思へば
●歌意:
激しい秋風に吹きまくられる田の稲の実は悲しいことであるよ。せっかくの実がこぼれて空になってしまうと思うので。
深く頼みにしていたあの人に飽きられてしまうのが悲しいことであるよ。私の身が空しく朽ち果ててしまうと思うので。
●感想:
小野小町の歌は、表と裏が分離不能で論理立てて説明しにくい融合をしていることが多い。
この歌などもそういった類の一つ。
古今和歌集 巻第十六 哀傷歌
●メモ:
死の悲しみを歌う巻。
P335 歌829
「いもうとの身まかりにける時よみける
小野たかむらの朝臣
なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに」
●漢字付加:
泣く涙
雨と降らなむ
渡り河
水増さりなば
帰り来るがに
●歌意:
私の泣く涙が雨となって降ってもらいたい。三途川の水が増し、渡れないからといって帰ってくるように。
●感想:
巻頭の歌。
わたり河は、三途川。みつせ川とも言う。
「いもうと」は、小野篁の異母妹で妻。当時は兄妹結婚はまだ少なくなかったとのこと。シスプリの世界だ……。
P339 歌832
「かむつけのみねを
ふかくさののべの桜し心あらばことし許(ばかり)はすみぞめにさけ」
●漢字付加:
深草の
野辺の桜し
心あらば
今年ばかりは
墨染めに咲け
●歌意:
堀河の大臣を葬った深草の野辺にある桜よ。もしお前に心があるならば、せめて今年だけは、墨染めの色に咲いてくれよ。
●感想:
華やかな春の象徴である桜に「墨染めに咲け」と語り掛けている趣向がよい。
P359 歌849
「つらゆき
郭公(ほととぎす)けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける」
●漢字付加:
ほととぎす
今朝鳴く声に
驚けば
君を別れし
時にぞありける
●歌意:
ホトトギスが今朝鳴いた声で目を覚ましたが、気が付いてみると、去年高経と死別した季節であったことよ。
●感想:
悲しみの内に、いつの間にか一年が経ってしまったという感覚が伝わって来る歌。
この歌とは直接関係がないが、ホトトギスは冥途へ通う鳥と言われていた。そのためにこの巻はホトトギスに関する歌が多い。
P372 歌859
「大江千里
もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり」
●漢字付加:
紅葉々を
風に任せて
見るよりも
儚き物は
命なりけり
●歌意:
風になすがままになり飛び散っている紅葉の葉を見るよりも、もっと儚いものは私の命であることよ。
●感想:
素直な心情の吐露が、そのまま出てきて歌になったという感じ。
この歌と直接関係はないが、もみぢは動詞としてもよく出てくる。「もみづ」などで色付くという意味で用いられる。
P374 歌861
「なりひらの朝臣
つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを」
●漢字付加:
つひに行く
道とはかねて
聞きしかど
昨日今日とは
思はざりしを
●歌意:
つには行く道だとかねてから聞いていたが、それが昨日今日と差し迫っているとは、今まで思ったこともなかった。
●感想:
これも素直な感情の吐露。実感がこもっている。
というわけで、「古今和歌集 全訳注 三巻」の中から、これはと思った歌を抜き出しておきました。
抜き出した歌の数は、三百九十四首中、二十八首でした。比率的には一巻、二巻よりも少なかったです。
以下、%です。
一巻 17/168 = 10.1%
二巻 24/300 = 8.0%
三巻 28/394 = 7.1%
合計 69/862 = 8.0%