映画「君のためなら千回でも」のDVDを二月の下旬に見ました。
2007年の映画で、監督はマーク・フォースター、脚本はデヴィッド・ベニオフ、原作はカーレド・ホッセイニです。
監督のマーク・フォスターは「007/慰めの報酬」(2008)の監督です。脚本のデヴィッド・ベニオフは、「トロイ」(2004)の脚本を書いています。
映画と原作の原題は「THE KITE RUNNER」。
戦争でアメリカに渡ったアフガニスタン出身の人物が、ある切っ掛けで故国に戻ることになる話です。
カイト・ランナーという原題の通り、序盤は凧揚げの話が描かれます。原作者は、タリバンによって凧揚げが禁止されたというニュースを見て、この小説を考えたと、DVDのインタビューで語っていました。
さて、映画はよく出来ていました。
前半はアフガニスタンでの子供時代、後半は成長してアメリカで暮らし、故国に単身戻ることになるエピソードが描かれています。
全体通して面白かったのですが、前半の方が面白かったです。
前半は二人の少年の話です。
一人はお金持ちの息子で主人公、もう一人はその弟分で、主人公の家の使用人の息子です。
この二人の関係が、徐々に崩れていく様が見事でした。
主人公と弟分は非常に仲がよいです。主人公は弟分のことを親友と思っています。でも、二人のことを嫌いな街の悪ガキたちは、彼らは対等な関係ではないと言います。
いくつかのいざこざがあった後、弟分の少年が、主人公の持ち物を守るために悪ガキたちに抵抗し、辱められてしまうという事件が起こります。
主人公は、その現場を見ていながら、助けに足を踏み出すことができませんでした。
その日から、主人公は弟分の顔をまともに見られなくなります。そして、彼を虐めて、家から追い出そうとし始めます。
その感情の動きが非常にリアルだと感じました。子供の残虐さがよく出ていると思いました。
いや、子供だけではないです。人間は、他人を傷付けたことを後ろめたく思うと、自分の心を守るために、その相手をさらに痛め付けたり、排斥したりして、自己正当化しようとします。そしてますます自己嫌悪に溺れていきます。
この映画の前半は、その様子がつぶさに描かれており、胸に来るものがありました。
人はほとんどの場合、こういった経験が一度や二度はあると思います。いじめっ子とか、そういったことに関わらず、誰しもあるはずです
そういった経験を後ろめたいと感じるかどうかは人それぞれでしょうが、追体験させられるような気分になりました。
その前半部に比べると、後半はスリルこそあれど、そこまで心をえぐられるような内容ではなかったです。
それは、後半パートの行動動機が、社会的な文脈だったからです。
「あなたは、こういった立場だから、こういった行動を取らなければならない」
そういった動機付けです。
前半のトラウマの克服だけでは、行う行動の困難さに立ち向かう動機にはならない。そのために、社会的な文脈の動機が付加されて、後半の行動は実行されます。
しかしそれは、真の感情から起こる動機ではないために、共感という意味では薄いものになってしまっています。
後半は、物語の牽引力は強くなるものの、共感面では弱くなっていました。
でもまあ、前半の理由だけでは、後半の行動は起こせないので、仕方がないなあとは思いましたが。
以下、粗筋です。(ネタバレはある程度あり。中盤を少し過ぎた辺りまで書いています)
主人公はアフガニスタンの裕福な家庭の息子。彼の家には、使用人が住んでおり、その息子を弟分としてよく遊んでいた。
アフガニスタンには人種差別があった。弟分は、一段低く見られる人種の子供だった。そのこともあり、二人は街の悪ガキたちに付け狙われていた。
彼らは凧揚げが好きだった。この地方の凧揚げは、凧の縁で、敵の凧の糸を切るという喧嘩凧だった。そして、切った凧が落ちる先に走って行き、その凧を拾えば、その凧はその人のものになるというルールだった。
弟分は、町で一番凧を拾うのが上手かった。彼は空を見ず、糸が切れた瞬間に凧の落下位置を見抜ける聡い子供だった。
凧揚げの大会の日がやって来る。主人公の父親は、子供時代に史上最多の凧を撃墜して優勝した達人だった。主人公は父親に認められるために、弟分と二人で大会に出て優勝を目指す。
彼らは、最後に残る一つの凧となり、大会で優勝した。弟分は、その最後に落とした凧を拾いに街を駆ける。
凧を拾う弟分。その帰り掛け、彼は悪ガキに捕まる。凧を差し出せば見逃すと言われた弟分は、これは主人公の凧だと言って断る。そして、その場で犯される。
弟分を探していた主人公は、その現場を見るが、足がすくんでしまい止めに入ることができなかった。そして、その罪悪感から、その日以降、弟分に辛く当たるようになる。
主人公は、弟分が自分の時計を盗んだと父親に告発する。本当は盗んでいない。しかし聡い弟分は、主人公の心情を思いやり、盗んだと告白する。
翌日、使用人と弟分は屋敷を去った。主人公の心はさらなる罪悪感に染まる。
ソ連のアフガニスタン侵攻が始まった。主人公は父親とともに国を後にする。そしてアメリカに渡り、小説家を目指す。
彼の処女小説が出たその日、一本の電話が入る。中東にいる主人公の叔父からの電話だ。彼に小説家への道を拓いてくれた恩人。主人公は中東に飛ぶ。そして、かつての弟分が死んでいることを知らされる。
彼の息子はアフガニスタンにいる。救い出してきてくれ。病に冒された叔父は言う。
危険すぎると主人公は断る。その彼に叔父は、なぜ彼自身が助けに行かなければならないのか、その理由を語り始める……。
主人公の弟分が非常によかったです。
主人公より若いのに、人間的にはよっぽど成熟しています。そして、限りなく優しい。
だからこそ主人公は、自分が悪いと分かっているのに、加虐に走る自分を抑えられない。
人間の心の弱さを感じる話でした。
後半がちょっと落ちると感じたのは、もしかしたら原作にも原因があるのかもしれないと思いました。
アフガニスタンに戻ってからのパートは、実際には取材に行けないので、想像で書いたそうです。
だから、リアルさという点で、少し落ちているかもしれないと思いました。
でもまあ、総合的によくできていて面白い映画でした。