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2009年06月04日 16:05:21
潜水服は蝶の夢を見る
 映画「潜水服は蝶の夢を見る」のDVDを三月下旬に見ました。

 2007年の映画で、監督はジュリアン・シュナーベル、脚本はロナルド・ハーウッド、原作・主人公はジャン=ドミニク・ボビーです。

 主演は、「007/慰めの報酬」(2008)で敵役のドミニク・グリーンを演じていたマチュー・アマルリックです。



 この映画は、脳溢血で全身が麻痺して、左の目蓋だけしか動かせなくなった男性が、瞬きのサインのみで書き上げた小説(自伝)が原作になっています。

 事故とか怪我とかではなく、急にそうなったそうです。

 また、こういった症状を「ロックト・イン・シンドローム(閉じ込め症候群)」と言うそうです。

 体の中に閉じ込められて、外部とやり取りができなくなる状態です。

 内容的には悲劇と恐怖の対象となるような映画なのですが、映画はどこか陽性の雰囲気を持っています。

 それは、この主人公が持つユーモアのセンスと、「本を書く」という目標を持ったという部分が大きいと思います。

 人間、生きる力を得るためには目標が必要なのでしょう。ただダラダラと生きるということは、生命力を奪う生き方なのかもしれません。

 そして、生きる目標は、いつも補充し続けないといけないようです。

 人間は、幻想でもよいので、夢を見続ける必要があるのだと思います。

 夢を見ることができない世界は、荒廃を招き、生きる力を奪います。



 以下、粗筋です(ラスト近くまで書いています。ラストは書いていません。ネタバレが気になるような映画ではありません)。

 主人公は、フランスのファッション雑誌ELLEの編集長。彼は妻子がありながら愛人も持ち、人生を謳歌していた。だが、彼の人生は、ある日を境に一転する。

 彼は突如、全身を動かせなくなり、病院に運び込まれる。彼の症状は、非常に珍しい「ロックト・イン・シンドローム(閉じ込め症候群)」というものだった。そして、唯一動かせる左目の目蓋だけが、外部とやり取りをできる小さな窓となった。

 主人公は施設で生活を始める。言語療法士や理学療法士の女性たちが、彼の治療に当たる。

 言語療法士の女性は、文字の頻度表を読み上げ、任意のタイミングで目をつぶることで、文字を綴る方法を開発する。主人公は、初め塞ぎ込み続けていたが、やがてその手法で自伝を書くことを決意する。

 主人公は、本の執筆に充実感を覚える。彼の愛人は、彼を尋ねてこなかった。しかし、別居していた妻子たちが彼の許に訪れ、主人公は平安な日々を送る。

 生きる気力を取り戻した主人公は、わずかではあるが快方に向かう。幽かにではあるが、歌のような声を出すことができるようになる。

 そして本が完成する。だが、その直後、彼の運命は新たな局面を迎える……。



 さて、この映画ですが、ストーリーに彩りと深みを与えている要素があります。

 それは、「岩窟王」のエピソードと、「ハイジャック」のエピソードです。



 この映画の主人公は、女性を主役にした現代版の「岩窟王」を執筆しようとして、出版社と契約を交わしていました。

 そのため、ことあるごとに「こんな状態になってしまったのは、岩窟王を現代版にするなんていう、不遜なことを考えたからか?」とユーモアを交えた口調で自問します。

 この自問が、幽囚の身となっている主人公の身を、個人の文脈ではなく、文学史の文脈に絡めて、深みを与えています。



 また「幽囚」という要素に関しては、その前に「ハイジャック」のエピソードが出てきており、「解決しない問い」が提示されています。

 主人公は、かつて飛行機で、知人に席を譲ったことがあります。その知人が急いでいて、飛行機の空き席がなかったために、自分の日程を遅らせて、席を譲りました。

 その飛行機がハイジャックに合い、知人は数年間監禁され続けました。

 主人公は、それが「自分のせいではない」のが分かっていながら、解放された後の知人に会いに行くことができませんでした。

 その知人が、主人公の現状を知り、訪ねてきます。そして、自分が虜囚の身に会った時の話を語り、主人公を励まそうとしてくれます。



 このように、主人公は幽囚の身にありながら、実は絶望的に世界との絆を断たれているわけではありません。

 左目の目蓋という小さな窓を通してではありますが、主人公は世界と繋がり続けています。

 幽囚のエピソードは繰り返されます。主人公の、足腰が立たなくなった父親のエピソードも、この繰り返しエピソードに加えてもよいかもしれません。

 こういった幽囚のエピソードとの対比があるおかげで、主人公の状況は、苦痛に満ちたものでありながら、どこか希望を感じさせるものとなっています。

 その希望があるからこそ、そして、世界を見るための窓が小さいからこそ、人との繋がりの大切さや、そこに人がいることの幸福が、大きく見えてくる。そして夢見ることの、力の大きさを教えてくれる。

 よくできた物語だなと思いました。

 そして、映画としても面白いものでした。



 この映画は、映像もきれいです。

 その中で忘れられないシーンがあります。氷床のシーンです。

 映画の序盤、自分が肉体の虜囚になったことを知った主人公の心象風景として、極地の氷床が次々と崩壊していく様子がスローモーションで流れます。

 このシーンが非常に美しいです。

 そして、序盤にこういったシーンがあるということは、終盤に対となるシーンが用意されています。

 そのシーンが来た時には、ぐっと胸に迫るものがありました。

 やはり、人生には夢が必要だということが、強く伝わってきました。

 「生きる」ということの意味を考えさせられる、よい映画でした。
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