映画「小さな恋のメロディ」のDVDを、五月上旬に見ました。
1971年のイギリス映画で、原題は「Melody」。監督はワリス・フセイン、脚本はアラン・パーカーです。
アラン・パーカーは、「ミッドナイト・エクスプレス」(1978年)や「エビータ」(1996年)の監督です。
映画は、ビージーズの音楽と、少女の太ももが溢れる映画でした。
たぶん、世の中的には「ビージーズの音楽」映画なのでしょうが、私はあえてこの映画を「太もも」映画と呼びたいです。
それぐらい、眩しく、太ももにこだわった映像が延々と続いていました。
以下、粗筋が特に重要な話ではないので、ざっと短い粗筋を書いてから感想を書きます。
この映画は、中学生ぐらい(たぶん。設定上は十一歳)の男の子が、女の子に初恋をして、友情より恋愛を取り、最初は乗り気でなかった女の子も、周囲に反対されて火がついて、学校の友人を巻き込んで結婚式を敢行しようとする話です。
「ビージーズの音楽」があまりにも前面に出てきて、そちらがメインの印象になっていますが、基本の部分は、男の友人を振って、女の子との恋愛に走るという内容の映画です。
あと、「困難が起きると恋愛は盛り上がるものなんだ」というのを強く感じました。最初、女の子はあまり気乗りでなかったのですが、先生に反対されて、急に火が付いていましたので。
話としては、男の友情と、恋愛の両天秤のようなくだりが、初々しくてよかったです。
基本的に、話は丁寧にエピソードを重ねてゆっくりと進行していきます。その部分が、変に急がず、映画の時間も106分と少し短めなために、佳品としての印象を残していました。
一点、脚本上謎な部分がありました。
終盤、二人は友人達とともに結婚式を挙げようとします。そして、そのために教室を空にして、学校で騒動が置きます。
その時、爆弾ばっかり作っている少年が、学校で先生たちに二人の場所を告げます。
その後、彼は二人に合流して、爆弾で活躍します。
……こいつの、行動の意味が分からない。
あそこで先生たちに場所を告げる理由が、私にはよく分かりませんでした。
さて、非常に個人的な感想を書きます。
それは、太ももです。
たぶん、この映画は、主人公の少年の可愛らしさと、ヒロインの女の子の可愛らしさが語られるべき映画なのだと思います(ちなみに、少年の方が可愛い)。
しかし、映画全体を通して見て、私はこの映画の、「執拗」と言うほどの太ももの描写にくらくらときました。
出てくる女の子は、全てパンツが見えるか見えているかぐらいの袖丈のスカートで、太ももを露にして画面を横切ります。そして、カメラの視点は、どうも太ももにあるような画面の切り取られ方をしています。
いや、私にはそう見えただけなのかもしれませんが、太ももが眩しいほど百花繚乱という感じでした。
時々映画の描写に、映画の内容とは関係ないフェティシズムを感じることがあるのですが、この映画の太ももには、そういったものを感じました。
以下、粗筋です(終盤始まった頃まで書いています。ネタバレが重要な映画ではないので、普通に書きます)。
主人公は十一歳の少年。彼の母親は、自分の息子を完全にコントロール下に置きたがっている。そんな彼は、貧乏だけど行動力のある友人と仲がよく、いつも彼に付き従っていた。
ある日彼は、一人の少女を見て恋に落ちる。
その恋は募り、友人から「自分と彼女のどちらを取るか」と問われ、彼女を取る。
少年の積極的な態度に比べて、少女の方はそれほど乗り気ではなかった。だが、学校の先生に怒られることで、恋に火が付く。
二人は、クラスの友人たちを巻き込み、授業を抜け出して結婚式を行おうとする……。
映画は、恋に落ちるまでがけっこう長く、異様に丁寧な印象を受けました。
あと、母親の過保護っぷりと、押さえつけっぷりが印象に残りました。この摩擦も、この映画の少年の行動に影響を与えていると思いました。
また、少年が大人しそうな顔をしていて、かなりいたずらっ子なのも記憶に残りました。
映画を見た人で、かなりの人が印象に残るだろうなと思ったシーンがありましたので、メモしておきます。
それは、少年と少女が、学校をサボってデートに行って、校長先生に怒られるシーンです。
「結婚をするなんてまだ早い」といった感じの台詞を言われた主人公は、「結婚するって、ずっと一緒にいたいってことでしょう!」と本気で反論します。
校長先生は、不純異性交遊的なことを考えていたために、少年のあまりにピュアな意見を聞いて、それ以上怒れなくなってしまいます。
これは、印象に残るシーンだなと思いました。
あとは、ラスト・シーンも印象に残りました。二人でトロッコを漕ぐのですが、これは絵になるなあと思いました。