映画「審判」のDVDを六月上旬に見ました。
1963年の白黒映画で、製作国はフランス、監督はオーソン・ウェルズ、原作はフランツ・カフカ、脚色はアントワーヌ・チュダル他、脚本はオーソン・ウェルズです。
主演のアンソニー・パーキンスは、「サイコ」(1960)のノーマン・ベイツ役の人です。
製作国がフランスになっているのは、アメリカで干された後だからのようです。
さて、映画は、面白いか面白くないかと言えば、面白かったです。でも、万人受けするかどうかは分からないと感じる作品でした。
なぜならば、非常に不思議な感じのする映画だったからです。
映画は、映像に物凄いインパクトがあり、未来世界のような、SF映画のような雰囲気をどこか持っていました。
しかし、時代を特定するようなオブジェクトは一切出てきません。
そのおかげで、時代不明の不思議な世界ができあがっていました。
こういった独特の雰囲気を持っているのは、二つの理由があると思いました。
これは、映画を見た印象と、その後に見た、関係者のロング・インタビューを見た結果として思いました。
独特の雰囲気を持っている一つ目の理由は、映像の撮り方です。
その中でも照明の使い方が顕著でした。
照明に関しては、オーソン・ウェルズは、相当こだわって撮影しているようでした。
インタビューで撮影技師の人が答えていたのですが、ウェルズは「人工の小さな太陽」を作るようにと指示を出していたそうです。
どういうことかと言うと、「唯一の平行光源である太陽」のような光を、室内でも作り出すように指示していたそうです。
そのために、登場人物の移動に合わせて、照明のリレーを行っていたとのことでした。
つまり、どこに立っていても、まるで光源が一つしかないように見せるために、様々な工夫を凝らしていたということです。
そのせいもあってか、映像はコントラストが鮮明で、どこか未来的な印象が漂う映像になっていました。
また、こういった映像を作るために、フィルムからこだわっていたとのことでした。
そうやって出来た映像は、コントラストを強調して、モダンな印象にした、ビジュアル作品のような雰囲気になっていました。
おかげで、現代の物しか画面にないのに、やたら現実離れした印象の映像が出来上がっていました。
また、上記のような方法だけでなく、様々な照明のテクニックを駆使して、映像の雰囲気を作り上げていった様子が、インタビューで語られていました。
独特の雰囲気を持っている二つ目の理由は、撮影場所、ロケーションの選定です。
これは、かなりこだわりを持って行ったらしく、ともかくカメラで写すだけで、絵になり、変わった物に見える場所を選んで撮影を行ったそうです。
実際、映画を見ていて、「これ、その時代にあった場所だと思うけど、どこで撮っているの?」と疑問に思うような場所が多かったです。
特にそう思ったのは、主人公が働いているオフィスです。
だだっ広い場所に、延々と机と椅子が並んでいて、人が整然と仕事をしている。
こんな場所、どこにあるんだ? 作ったのか? と思っていると、インタビューで、こういう説明がありました。
万博のようなイベントが直前にあって、そのアメリカのパビリオン跡を利用した──。
なるほど、だからこんな変な空間があったんだと納得しました。
そんな感じで、場面ごとに「これ、どこだ? わざわざ作ったの?」と思うようなシーンが多く、映像的にかなり興味を引かれる作品になっていました。
さて、物語ですが、フランツ・カフカの「審判」が原作だそうです。
原作は読んでいませんが、映画は、現代の話というよりも、時代不明の話になっていました。
話としては、主人公が不条理に逮捕され、分けの分からない権力構造の中で圧殺されていく過程をじわじわと描いたものです。
そういった物語は、まるで藤子不二雄のSF短編のような印象で、なんだか黒い焦燥感を覚える内容でした。
この映画を見て、じわーっと嫌になってくるのは、お役所の無機的で融通の利かない気持ち悪さと、冤罪などを含めた権力の、顔のない流れ作業の恐ろしさが、ぐいぐいと伝わってくることです。
主人公は、冤罪と思われる理由で逮捕されて、その状況を改善しようとするのですが、敵も味方もシステムの中で動く人間ばかりで、有効に働く人間が誰もいない。
だから、誰を攻撃しても、誰を頼っても状況が改善されない。
そして自分で動いても、周囲の人間が強固に作り上げている常識の中で、状況を改善することは難しい。
その不条理さを、二時間かけて、じわじわと進められる。
最後の方は、映像的な幻惑さも加速していき、主人公とともに不条理な目眩を覚え始めます。
古い映画なので、今見て誰もが楽しめるとも思えないし、内容的に受け付けない人もいるかもしれませんが、私は面白いと思いました。
映像的に面白いので、未見の人は、見てもありなのではないかと思いました。
以下、粗筋です(ネタバレあり。最後まで書いています)。
巨大コンピューターを使って電算処理を行う会社の管理職である主人公は、ある日急に逮捕される。
しかし、彼は刑務所に連行されることなく、仕事を継続しながら裁判を受けることになる。
何の罪かも告げられず、どんな刑罰を与えられるのかも告げられない。
そもそも犯罪を犯した覚えのない主人公は、徹底的に戦うことを決める。
しかし、親族の紹介で会った弁護士は、裏で裁判所に通じている人物だった。主人公はその様子を見て、全ての弁護士がそういった存在であることを理解する。
そういった中、裁判は進行していく。主人公が出会う人々はみな、不条理な社会のシステムの中で、いびつな常識に染まっている者たちばかりだった。
裁判は結審し、主人公は死刑が決まる。
主人公は荒野に連れて行かれ、穴の中に入れられる。そして、ダイナマイトが投げ込まれる。ダイナマイトは爆発し、キノコ雲が上がる。
映画では、弁護士役で、オーソン・ウェルズ自身も登場しています。
映画が終わった後で気付きました。
あと、この映画では、弁護士のところにいる看護婦レニ役のロミー・シュナイダーが美人でエロかったです。
裁判の被告になって世間から脱落しそうな人間に、独特の性的な魅力を感じるという女性で、少しサドが入っています。
彼女は、弁護士のところに来る人を食いまくっていました。
実際にそんな人を見たことがないですが、そういった人も世の中にはいるのかもしれません。