映画「アルフィー」のDVDを、七月中旬に見ました。
1966年のイギリス映画で、監督はルイス・ギルバート、原作・脚本はビル・ノートン、主演はマイケル・ケインです。
音楽の担当がジャズ・サックス奏者のソニー・ロリンズだったので、「おっ!」と思いました。また、主題歌「アルフィー」はバート・バカラック作曲で、歌ったのはシェールになります。
主演のマイケル・ケインは、この映画では色男の色事師を演じています。この人、最近の映画では「ダークナイト」のアルフレッド(執事)を演じています。
軽い役と重厚な役という違いはありますが、今でも活躍しているようですね。
この映画は、2004年にジュード・ロウ主演でリメイクされています。
● シニカルなコメディ
さて、映画ですが、面白かったです。でも、人によって評価が分かれると思います。なぜならば、この映画は、皮肉たっぷりの喜劇だからです。
シニカルなコメディというのは、世の中を少し斜に見て、そこに笑いを見出す性質のものです。そのため、人によっては、そういった視点に拒否反応を持ちます。
しかし、この映画は、そのたぐいの作品の中では、より多くの人の共感を得られると思います。シニカルなコメディとはいっても、その対象が自分自身(主人公自身)だからです。この映画は、主人公が、自分の境遇に皮肉を見出す悲喜劇になっています。
この映画を見た時、最初に感じたのはウッディ・アレンの視点です。彼の映画では、映画の中で、自分の境遇にぶつくさ言い、観客に語りかけてきます。
この映画も似たような手法を採用しています。そのため、だいぶ近い印象を受けました。
とはいえ、こちらの映画の方が、より一般受けしそうだなと感じました。
● 色男という皮肉
この映画の主人公は色男です。女性にもてることに余念がなく、外見をいつも整え、隙あらば女性にアタックして落として付き合います。
これは、男性から見て、非常に羨ましいように思えます。実際、この映画の主人公も、映画の当初はそのことを自分の幸福だと思っています。
しかし、映画が進むにつれ、子供、家庭、結婚、そういった諸々の、いわゆる「普通の幸せ」を自分が逃し続けてきたこと、そして得られないことに、次第に気付きだします。
そういった彼を尻目にして、主人公が不器用だと思い、馬鹿にしていた相手が、一途な恋を貫き、幸せを掴みます。
そして映画が終わったあと、何も変わっていないのに、年だけ取った自分を彼は発見します。
年齢を重ねた彼は、それが不幸だということ、そして自分の性癖は変わらないことを理解します。
その悲哀が、とても印象に残る映画でした。幸せというのは何なのかということを考えさせられる、よい映画でした。
全ての人が面白いと思う映画ではないと思いますが、私は心に染みました。
● 粗筋
以下、粗筋です。(ネタバレあり。最後まで書いています)
主人公はロンドンの色事師。彼はリムジンの運転手という労働者階級だったが、女性を落とすための身だしなみには努力と金を惜しまなかった。
彼には多くのセックス・フレンドがいた。その中の一人、地味で目立たない女性が、ある日妊娠した。主人公は産むことは許可するが籍は入れなかった。
主人公は、子供が生まれたあともこれまでの生活を続ける。そして、週末だけ子供に会いにくる。
彼女には、前から求婚を続けているバスの運転手がいた。うだつの上がらない彼は、一途に彼女に思いを寄せ続けていた。
子供には、育ての父がいる。そう思った彼女は、主人公と別れて、その男と結婚する。主人公は、自分の子供と会えなくなる。
主人公は肺結核になり、療養所に入院する。だが、すぐに快方に向かい、普段の女性に対する意欲を取り戻す。
彼は退院したあと、隣のベッドに入院していた男性の妻に手を付ける。それからロンドンに戻り、途中で拾った若い女性と付き合いだす。しかし、その恋愛も長くは続かなかった。
若い女性と別れた頃、退院後に不倫をした妻から連絡がある。妊娠したという。子供を堕ろさなくてはならない。イギリスでは堕胎は違法である。彼は闇医師に金を払い、自分の家で施術をしてもらう。
堕胎後、女性はぐったりとなる。主人公は台所で、堕ろされた自分の子供を見て、嘆き悲しむ。自分の人生はいったい何なんだ。もう、女性遍歴をやめて、身を固めたい。主人公はそう思う。
彼にはもう一人、付き合っている女性がいた。年増の金持ちの女性だ。主人公は彼女に求婚しようとして訪れる。しかしそこには若い男がいた。彼女は主人公に、あなたは年を取ったと言う。
主人公は一人、夜の橋で考えにふける。だがその考えも長くは続かなかった。彼は以前付き合っていた女性を見つけて声を掛ける。人間の生き方は、そう簡単に変わるものではなかった。
● 愛していないが尊敬している
最初に主人公の子供を産んだ地味な女性は、主人公を捨ててバスの運転手を選びます。
その時に、「あの男を愛しているのか?」と主人公に聞かれて、彼女は「愛していないが尊敬している」と答えます。
これは重い一言だなと思いました。
主人公は、身をつくろい、立ち居振る舞いを洗練させ、女性の愛を勝ち取る男になっています。
しかし、人としては尊敬されていない。悲しいことに、男としては魅力的だが、人間としては魅力的ではない。
人間としての尊敬を勝ち取ることは、大切なことだなと思いました。
● 色事師の条件
この映画を見て思ったことと、前から少し思っていることがあります。恋愛遍歴が多い人というのは、恋愛開始までの閾値が非常に低いのだと思います。
いわゆる美人を狙うのではなく、悪食というか、「これもありだ」といろんな人に食いつく。
それは別に悪いことではないです。そういった人は、「他人のよいところ」「他人の魅力」を、欠点よりも高く評価する思考の持ち主なのだろうと思います。
他人に対して減点計算をする人よりも、加点計算をする人の方が、付き合う人も嬉しいでしょう。
でもまあ、「周りがみんな素敵な異性」に見える人は、それはそれで一所に落ち着かず、不安定なのかもしれません。
こういったタイプの人は、自分とはまったく反対のタイプなのですが、特に嫌悪などは抱きません。それは、こういった人には、そういった前向きな部分があるからなのかなと思います。
何にせよ、この映画は、主人公アルフィーの「悩むのだけど、女性が来ると、たちまち忘れてアタックをしてしまう」という性癖が、悲しいながらも面白かったです。