映画「インファナル・アフェア」のDVDを、七月中旬に見ました。
2002年の香港映画で、監督はアンドリュー・ラウと、アラン・マック。脚本はアラン・マックとフェリックス・チョンです。
副題は無間道。この映画は、ハリウッドで「ディパーデッド」(2006)としてリメイクされています。
本作の主演は、トニー・レオンとアンディ・ラウ。それぞれが、警察からマフィアへ、マフィアから警察へと、身分を隠して潜入します。
はっきり言って、非常に面白かったです。これは、リメイク権取るよなと思いました。脚本もよく、映画のできもよく、俳優の演技も素晴らしかったです。
● 潜入捜査官と潜入マフィア
この映画はもう、この設定で勝っているともいえます。主人公の一人は潜入捜査官で、警察学校を退学させられて、マフィアに潜入させられる。もう一人の主人公は潜入マフィアで、誓いの杯を飲んだあと、警察学校にスパイとして送られる。
そしてある事件を切っ掛けに、互の組織いに潜入者がいて、情報を漏らしていることが判明する。
あとは、とことん裏を掻く戦い。そして、そのことで、二人の主人公の足場が、どんどん崩壊へと向かっていく悲劇。
この設定だけでも非常に燃えるのですが、この映画は、それを単純な駆け引きだけの作品にはしていません。そこに、二人の男の人生をきちんと描いている。それが非常によかったです。
潜入捜査官は、潜入して働きながらも、元の警察に早く帰りたいと願っています。でも、時間が経つにつれ、どんどんその難易度は上がっていきます。そして、自分のことを知っている人たちが徐々にいなくなっていく。しかし、その中でも正義感を維持して、奮闘しようとする。その哀しい姿が鮮烈でした。
そして潜入マフィアは、本人の意思とは関係なく、仕事ができるので出世していく。そして恋人を得て、共同生活を始める。その中で、徐々に自分の歩む道について考え出す。また、もう一人の主人公との接触で、内面が変化していく。その感情の揺らぎがぐっと来ます。
二人とも優秀だからこそ、相手方の重要な地位につき、抜き差しならない状況になっていく。そして、苦しい立場に追い込まれていく。
その二人が、細い線で交流を持つ。その線が徐々に太くなっていく。そして壮絶なラストに向かっていく。ラストは、まさに無間地獄。骨太の、よい映画だと思いました。
● トニー・レオンとアンディ・ラウ
トニー・レオンとアンディ・ラウ。二人とも、いい俳優ですね。
特に、トニー・レオンは素晴らしい。感情の微妙なひだを感じさせる演技をします。感情を殺そうとしているのに、漏れるようにして滲み出でしまう。そんな苦しい立場にある男が、これほど似合う俳優も少ないと思います。
そして、アンディ・ラウもよかったです。クールでありながら、内なる苦しみを滲み出させる。そういった演技をしていました。
二人のキャラの対比は、非常によかったです。
● 駆け引きのリアルさ
さて、この映画の特筆すべき点は、駆け引きのリアルさだと思います。
単純なドンパチではなく、盗聴、暗号、携帯電話のハッキング、尾行、秘密の連絡、携帯電話越しの交渉など、様々な方法を通して情報戦を展開します。
これが、手に汗を握ります。
当然ドンパチもあり、興奮するのですが、それよりも二つの組織の情報バトルが秀逸です。
ここまでは分かる。ここからは分からない。トップの人物は分かるが、同じ部屋にいる他の人物は情報を握っていない。相手がどういった手を使っているか分からないが、何かしていることは分かるので邪魔をする──。
そういった細かな駆け引きが延々と積み重なっていきます。
上手いなと思いました。
そして、主人公の立場を追い詰めていったあとは、壮絶なドンパチ。でも、単純なドンパチではなく、同時に他の動きを加えて、裏で情報戦を展開したりする。
アイデア一発勝負ではない、非常に密度の濃い映画でした。素晴らしかったです。
● 正義へのエール
この手の映画は、ともすればバイオレンスに終始しがちなのですが、この映画はその中でも観客に提示する価値観を示しています。
それは、私は「正義へのエール」だと思います。
トニー・レオン演じる潜入捜査官は、どんな苦境に陥っても、腐ることはあっても正義を遂行し続けようとします。それこそ、自分の人生が完全に封じられるような状況に陥っても、そこだけは譲りません。
この潜入捜査官の生き方だけでも強いメッセージを感じます。
しかし、この映画はこれだけでは終わりません。もう一つの方法で、そのメッセージをさらに強めています。
それは、もう一人の主人公である潜入マフィアです。潜入マフィアは、立場の変化と潜入捜査官とのやり取りを通して、徐々に変わっていきます。
つまり、頑なに正義に生きる敵を見て、彼は自分の価値観を変えていくのです。
そしてこの映画の強烈なところは、その価値観の変化によって悲劇が生じていくことです。
それは、この映画のタイトルどおり。無間地獄に落ちるような状況です。そしてそれは悲劇でありながら、強烈な正義へのエールとなっていると私は思いました。
映画は全編通してよくできていましたが、特に終盤の追い込みは凄かったです。見ないといけいない映画だなと思いました。
● 粗筋
以下、粗筋です(ネタバレあり。終盤まで書いています)。
主人公は警察学校で優秀な成績を収めていた。彼はある日、上官に呼び出されて潜入捜査官になることを命じられる。
同じ頃、マフィアに入ったもう一人の主人公は、警察学校に入り、マフィアの情報源となる指令を受ける。
二人の主人公は、それぞれ逆の立場になり十年が経つ。
潜入捜査官は、マフィアの若手幹部の一人になる。潜入マフィアは、警察の幹部候補生となる。
そして、ある麻薬の取り引きが起こる。そこで、二つの組織のボスは、相手の行動を察知して、次々と手を打ち続ける。そのことが切っ掛けで、互いに相手方のスパイがいることが判明する。
その取り引きは結局流れることになる。マフィアのボスは何の罪も犯していないので捕まらない。だが、マフィアのボスと、潜入捜査官の上司は、互いの部下を引き連れ、警察の一室で対面する。その場所で、宣戦布告がなされる。
そして、スパイの炙り出しと全面戦争が始まった。そのスパイの炙り出しを進めることになったのは、二人の主人公たちだった。
主人公の一人、潜入捜査官は精神的に消耗する。そして、以前から通っていた女性精神科医のところに行く。「俺の秘密を話すよ」彼はその女性に告白する。「俺は本当は警察官なんだ」だが、彼女は笑い、その告白を取り合ってくれなかった。
抗争は激化する。互いに死者が続出する。そして、潜入捜査官の上司が殺される。彼が警察官であることを知る人間は誰もいなくなった。彼は復帰の道を断たれる。
その頃、潜入マフィアは警察の上層部に呼び出される。警察の幹部への道が、彼には用意されていた。その潜入マフィアの正体を、潜入捜査官は探り出す。
そして、最後の決戦に向け、二人は動き出した。
● 個人的な感想
ともかく、二人の主人公の哀しさがよかったです。見終わったあとに、感情を大きく揺さぶられます。ラストでは、胸をかきむしられるような気持ちになります。
傑作なのは間違いないです。非常によくできた映画でした。