映画「ブラックブック」のDVDを三月中旬に見ました。
2006年の映画で、監督はポール・ヴァーホーヴェン。脚本は、ジェラルド・ソエトマンとポール・ヴァーホーヴェンです。
面白かったです。そして、ヴァーホーヴェンらしい映画でした。
● オランダのナチスと「女王陛下の戦士」
映画は、TSUTAYA DISCASで注文したけれど、その経緯を忘れた状態で見始めました。そして、冒頭数分を見て、「オランダのナチスって、ヴァーホーヴェンみたいだな」と思いました。
ヴァーホーヴェンは、「女王陛下の戦士」(1977年)という作品があります。
この作品は、第二次世界大戦で、ナチスに攻め込まれたオランダ人が闘士となり、いったんイギリスに渡り、再度オランダに潜入して諜報を行うというものです。
なので、「まるでヴァーホーヴェンみたい」と思ったわけです。同じ場所と時代設定ですので。
……まあ、ヴァーホーヴェンそのものだったわけですが。
さて、こちらの「ブラックブック」ですが、「女王陛下の戦士」よりもグロテスク分は控えめで、スタイリッシュ分をちょっと足した感じになっていました。
「女王陛下の戦士」の方は、爆弾が落ちたら、「肉片が吹き飛んで、壁からぶら下がる」みたいな感じの描写だったのですが、「ブラックブック」はそういった部分は抑えてありました。そして、映像的に高級感を出していました。
ストーリー運びに関しては、「女王陛下の戦士」の方は、一大サーガ的に、戦争全体を描いていました。対して、「ブラックブック」の方は、ユダヤ人の一女性の視点で、もう少し狭い範囲の話になっていました。
二つの作品の方向性は違うので単純に比較はできないのですが、どちらも違う方向で面白い作品になっていました。
● レジスタンスの女性
この映画の主人公は、ユダヤ人の女性です。彼女は、ナチスから逃げる途中でレジスタンスに入ります。
主人公は若くて美しいです。そういった女性が担当する役回りの定番として、彼女は敵方の重要人物の愛人となります。ここらへんは、「ラスト、コーション」(2007)を思い出しました。
レジスタンスのメンバーは、一応、彼女にその役をするかどうか尋ねます。しかし、選択肢はほぼありません。
こういった環境下での女性は大変だなと思いました。
また、こういった女性の運命で思うのは、「敵方の男とセックスをして、子供ができる可能性があるのだけど、その子供も含めて運命は過酷だな」ということです。
だからと言って、戦時下では、自分で行動を選べるわけではないので八方塞がりです。
単純な生き死に以外での苦悩も伴うので、きついだろうなと思います。
● 三つのフェイズ
映画は、三つのフェイズに分かれています。
1.ユダヤ人の主人公の逃亡
2.ナチスの駐屯地とレジスタンス
3.戦後の犯人探し
1が序盤で、3が終盤で、2が映画の大部分を占めます。
2は極言すると2つの場所で回っています。一つはナチスのオランダでの情報部の官舎で、もう一つはレジスタンスの隠れ家です。
けっこうコストパフォーマンスのよい設定だなと思いました。
ただし、二箇所だけで回っていると言っても、退屈ではありません。主人公がナチスの高官の愛人になって潜入したり、盗聴器を仕掛けたり、レジスタンス仲間が捕まったり、それを救出に行ったりと、頻繁に局面が変わります。
ここらへんは、緊迫感を途切れさせないように、脚本でうまく回しているなと思いました。
● 対立の演出
映画は、様々な場面で対立を演出しており、飽きさせないようになっていました。
敵との対立だけでなく、レジスタンス内での対立、敵の中での対立などを次々に出すことで、緊張感が途切れないようにしていました。
こういったやり方は上手いなと思いました。
● エロとグロ
ヴァーホーヴェンと言えば、悪趣味なエロとグロと暴力です。バイオレンスの方は今回は過剰ではなかったですが、エロとグロはありました。
というわけで、ヴァーホーヴェンらしいなと思ったシーンを二つ取り上げます。
○ 毛染め
ユダヤ人で黒髪の主人公が、ユダヤの高官に近づくために、髪を金髪に染めます。そして、それを徹底するために、下の毛も金色にします。
エロというわけでもないですが、ヴァーホーヴェンらしいなと思いました。
あと、主人公は肉体が豊満ではなく、だいぶ細身なので、脱いでもそれほどエロくはなかったです。
○ 糞尿被り
これは、まさにヴァーホーヴェンらしいと思いました。
主人公が頭から肥溜めをかけられます。
ヴァーホーヴェンが好きそうなシーンだなと思いました。
● 「ミステリー」ではなく「サスペンス」
映画を見た感想は、これはミステリーではなく、サスペンスだなです。
映画には、「主人公の家族をナチスに売った人間は誰か?」という謎があります。でも、その謎解きという感じはなく、ひたすらサスペンスという感じです。
いちおう終盤に、謎の鍵が提示されて、答えが明らかになるのですが、ミステリーという感じではなかったです。
● 切手収集
主人公が愛人になるナチの将校は、生真面目で切手収集が趣味です。
彼は、今で言うオタク気質の人です。昔のそういった人と言うと「切手収集」が多いですね。「蝶」もその手の定番ですが、「切手」の方が純朴なマニアな雰囲気がします。
今は切手収集が趣味の人はほとんど見ませんが、かつては相当いたのでしょう。
なんとなく、そういったキャラの典型例みたいな感じがしました。
● 粗筋
以下、粗筋です(以下、ネタバレあり、終盤の開始まで書いています)。
主人公は、オランダに住むユダヤ人の若い女性。第二次大戦下で、オランダはナチスに征服されて、ユダヤ人狩りが始まる。
主人公は金を積み、家族とともに逃げる船に乗る。しかし、その船の所在はナチスに知らされており、主人公の家族は殺され、一人だけが逃げおおせる。
船での脱出の手引きをした人間がナチスとつるみ、逃亡のために金品を身につけているユダヤ人を狩っていたのだ。
主人公は潜伏し、オランダ人のレジスタンスに加わることになる。そこで、ナチスの高官の愛人兼スパイになる。
主人公が愛人になったのは、ナチスの情報将校だった。彼はナチスだが穏健派で、終戦が近づいていることも分かっていた。彼はレジスタンスと和解することを考えている。
しかし、ナチス内部は強硬派が支配している。またナチス内には、レジスタンスの内偵者と組んで、ユダヤ人狩りをして私腹を肥やしている者もいた。
そうこうするうちに、レジスタンスの一部の人間が逮捕される。また、主人公が愛人になっていた情報将校も失脚して幽閉される。
主人公は救出作戦に加わり、レジスタンスを手引きする。だが、その情報は筒抜けで、逆襲を受けてしまう。主人公は裏切り者の濡れ衣を着せられ潜伏する。
終戦後、ユダヤ人狩りをしていたナチスの男は逃亡を企てる。しかし、彼は殺される。レジスタンスとナチスの間で暗躍していた人物が、彼を殺して金品を奪ったのだ。
潜伏していた主人公は、レジスタンスの関係者と会い、内通者を知る鍵となるブラックブックを手に入れる……。
以下、ネタバレありの感想です。
● ブラックブック
映画の終盤に入って初めて出てきます。
途中まで、なんでタイトルがブラックブックなのだろうと思っていました。
ただ、「あっ」と声を上げるような登場の仕方ではなかったです。だいぶ唐突に出てきた感がありました。
これは、もう少し登場をにおわしていてもよかったのではと思いました。
● 秀逸なクライマックスシーン
映画の終盤は、主人公の家族をナチに売った犯人を追い詰める話になります。
そのクライマックスのシーンが、非常に印象的でした。そして、ヴァーホーヴェンらしく、人間の醜悪な面が噴き出る素晴らしいシーンでした。
犯人は、棺桶に入って死体の振りをして包囲網を突破しようとします。この作戦自体は、主人公がかつて検問を突破した方法で、その再演になります。
その棺桶に辿りついた主人公は、棺桶の釘をねじ込んで封印していきます。中の犯人は、主人公に蓋を開けさせるために、棺桶のすき間(十字架の下が浮いていて、空気穴になっている)から、無数のお札を出して、主人公に渡そうとします。
このシーンが凄まじかったです。
棺おけの十字架の脇から、地獄の欲望が噴き出るように、大量のお札が溢れ出してきます。そのお金を無視するようにして、主人公は必死の形相で釘を回転させます。まるで、地獄の亡者をあの世に押し返すようにその作業を行います。
素晴らしいシーンでした。
映画は面白かったですが、このシーンのおかげで、「ただ面白い」を越えた、見ごたえを感じさせるものになっていました。