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2010年05月21日 00:19:39
 映画「第9地区」を劇場で五月の上旬に見ました。

 2009年の映画で、監督はニール・ブロンカンプ、脚本はニール・ブロンカンプ他です。ピーター・ジャクソンが製作の自主映画だそうです。

 いやー面白かった。緊迫感溢れるよい映画でした。そして、家ではなく、映画館で見た方がよい映画でした。

 それにしても、ブラックな映画だよなと思いました。いろいろと語るべき点の多い、秀作映画でした。



● ヨハネスブルグという舞台

ルポ資源大陸アフリカ—暴力が結ぶ貧困と繁栄
 まずは、この映画の舞台について語る必要があると思います。

 この映画の舞台は、南アフリカのヨハネスブルグです。ネットで「リアル北斗の拳」などと呼ばれている町が舞台です。

 犯罪率と治安の悪さは折り紙付きで、その反面、超近代的な建物も並んでいる町。

 ちょうどこの映画を見る直前に「ルポ資源大陸アフリカ」(白戸圭一)で、アフリカのバイオレンスと、ヨハネスブルグの恐ろしさを読んでいたので、「これって、誇張じゃないよな」というのが印象でした。

 この本では、ナイジェリアからの犯罪組織の流入とか、いろいろと描かれており、架空の南アフリカでこういった手合いを出すなら、こんな感じだろうなと思わされました。



 また、南アフリカは、アパルトヘイトが行われていたことで有名な国です。

 この映画では、宇宙から来た『エビ』と呼ばれる宇宙人たちが、100万人規模でスラム街に押し込められています。

 SF作品は、現実作品のメタファーであることが多いですが、この国を舞台に選んだということは……と、非常に直接的に考えさせられます。

 こういった舞台を選んだところで、既に面白くなる要素の積み上げに成功しているなと思いました。
 また、そういった舞台設定を取り除いても、差別と弾圧という一般的内容を戯画化した内容になっていて、よく出来ているなと思いました。



● エビと呼ばれる宇宙人

 映画に出てくる宇宙人は、人間たちから、蔑みの意味をこめて「エビ」と呼ばれています。

 この宇宙人たちは、ヨハネスブルグの上空に来た宇宙船に人間が入ってみたら、栄養失調で難民として見つかったいう設定になっています。

 その難民宇宙人を、人間たちは『第9地区』と呼ばれる隔離地域に押し込みます。そしてその場所で宇宙人たちは大増殖して、スラムを形成して問題となっています。

 この宇宙人への差別を感じさせるのは、スラムに押し込まれていることだけでありません。映画中、さりげなく出てきますが、彼らは英米系の名前を名乗らされています。宇宙人たちは、人間から押し付けられたその名前で生活しています。

 この甲殻系宇宙人は、エビというよりは、アリやハチに近い印象です。映画では設定が特に明かされませんが、どうも指導者層が死滅して、働きアリや働きバチのみが残ったという感じでした。

 ただし、旺盛な生殖能力は持っているために、粗暴な個体が大増殖しているという状態になっています。



 この甲殻系宇宙人は、いつも粘液で濡れた感じになっており気持ち悪いです。

 彼らは動きが早く、力が強く、ちょっと本気を出すと、人間を簡単に殺せます。

 そのため人間たちは、武装して宇宙人に相対しています。

 ただし、彼らには指導者がいないために、完全に烏合の衆となっており、人間にいいように弾圧されています。

 しかし、この宇宙人たちは、頭が働かないだけで、実は高性能の武器を持っています。そして、その武器は宇宙人のDNAにしか反応しないようになっていて、人間が利用することはできません。

 その武器を狙っている軍事系兵器コングロマリットが、この映画の物語の中心になります。この会社は、傭兵部隊を持ち、政府から対宇宙人の行政を任されており、その会社の社員がこの映画の主人公となります。

 主人公は、この宇宙人たちを、ヨハネスブルグから離れた『第10地区』に移動させるための、責任者に任命されます。



 さて、映画は、この主人公が、宇宙人と折衝して、立ち退きのサインを求めるとこから始まります。

 混乱はありながらも、割と紳士的に話は進んでいくのですが、宇宙人との衝突や、銃撃戦、暴力沙汰が次々と起こり、次第に緊迫感が高まっていきます。

 その中、「えっ?」と思わせる、映画をブラックな方向性に傾ける出来事が起こります。

 主人公が宇宙人の孵卵器となっている家を発見して、その家を火炎放射器で焼くように命令する場面です。

 みんなで楽しそうに、赤ん坊の宇宙人を燃やしながら「中絶してやる」などと言いながら、笑って喜びます。

 この辺りから、映画はだんだんブラックになっていきます。



● 主人公の のほほんさ

 映画の主人公は、兵器産業の事務方の人間です。彼は宇宙人課のようなところにいて、妻の父親はその会社の有力者です。

 その縁で、今回の作戦の指揮者に抜擢されて、第9地区に赴きます。

 彼はのほほんとしていて、おぼっちゃんタイプで、いつもニコニコしています。物事の本質を考えたりせず、目の前の仕事を、一つ一つ片付けてそれで幸せを感じるような真面目な人間です。

 その彼が、第9地区で、謎の黒い液体を浴びて、左腕がエビ化します。

 そこから、話は急展開します。



● 非常にブラックな 主人公の扱われ方

 体の一部がエビ化した主人公は、当然のように、宇宙人の兵器を操作する被験体にされます。そして、電気ショックで無理やり銃を撃たされたりして、自由を奪われます。

 さらには、「貴重な素材」として、完全にエビ化する前に、解体して、臓器を実験材料とする決定が下されます。それも彼の目の前で──。その話し合いには、有力者である、彼の義父も参加しています。

 この一連の流れが、非常にブラックで、しかし現実感を持っていて、いや〜な感じで、ぐんぐん進んでいきます。

 映画全体がジェットコースタームービーなのですが、この序盤部分は、とても黒い展開で、ドキドキします。

 かなり攻めている感じです。

 こういうブラックな話を受け付けない人以外なら、かなり引き込まれると思います。

 こういった不快感を伴うストーリー展開は、大資本からは出てこないなと感じさせられました。



● 息も吐かせぬ展開

 そして映画は、そこから息も吐かせぬ展開になります。

 面白かったです。

 かなりご都合主義的な展開なのですが、間延びしたシーンがないので、最後まで一気に見ることができます。

 そして最後は、ちょっと悲しくなる結末が待っています。

 何よりもこの映画が強く迫ってきたのは、主人公の心の動きのリアルさです。真面目で正義感はそこそこ強いけど、どちらかというと『へたれ』な主人公が、その場その場で、状況に翻弄されながらも、終盤では決断を下します。

 その様子に、ぐいぐい引き込まれます。

 この怒涛の展開と迫力は、今年見た映画でも屈指のレベルです。映画館で見て、損のない映画だと思います。



● 非常に気になったご都合主義

 さて、ずっと褒め続けてきましたが、一点だけ、非常に気になった点があります。

 実験所を出た主人公が、仲間となる宇宙人と出会う(再会する)展開です。

 これは流石にご都合主義過ぎるだろうと思いました。たまたま逃げ込んだ場所が、以前会った宇宙人の家ということになっていましたが、これは主人公に情報が揃っているのだから、能動的に会いに行く展開でもよいだろうにと思いました。

 まあ、そうしたら、テンポが悪かったので、その部分を端折ったのかなと思いました。序盤のピースを無視するように、偶然再会した展開になっていましたので。



● ハードな戦闘シーン

 さて、この映画の戦闘シーンは、派手でよかったです。

 一言で言うならば「人間爆発」です。

 宇宙人の兵器で撃たれた人間は、「パーン」と血しぶきになって炸裂します。もう、ギャグのように。

 何となく、「マーズ・アタック」(1996)を思い出しました。

 ともかく、人間も宇宙人も、蚊トンボのようにパンパン死にます。すごかったです。

 あと、パワードスーツも出てきます。ここらへんは、エイリアンへのオマージュなのかなと、勝手に思いました。

 しかしまあ、パワードスーツというのは、物語上、便利な道具だなと思いました。主人公がダメージを受けてボロボロになっていく様子を、肉体のダメージを最小限にして描けますので。

 こういった、体力ゲージの減少を、拡張肉体で表現するのは、便利なメソッドだと思いました。

 そういったパワードスーツの戦闘も含み、戦闘の緊迫感はかなりよかったです。

 戦闘好きの人は、戦闘シーンだけでもけっこう堪能できると思います。



● 家族

 主人公には、妻がいます。でも、子供はいません。

 映画中では、主人公の奥さんが、「主人公を信じればよいのか、父親を信じればよいのか」と悩みます。

 主人公を不利にする捏造情報(宇宙人と性交して、病気に感染した!)が流されて、主人公は圧倒的な劣勢に立たされます。

 ここで子供がいれば、映画の方向性が若干変わるなと思いました。

 もし子供がいたならば、どういったストーリー展開になるのか、頭の中で考えてしまいました。



● 猫缶

 この映画で、宇宙人と言えば猫缶です。

 猫缶大好きな宇宙人は、猫缶をもらうために、兵器を簡単に売り渡します。

 映画中では、「猫缶詐欺も発生……」などの情報が。

 宇宙人が、人間にとって変な嗜好を持っているというのは定番ですが、猫缶は、何かちょっと間抜け感があってよかったです。



● 粗筋

 以下、粗筋です(大きなネタバレはなし。前半だけ書いています)。

 南アフリカのヨハネスブルグの上空に宇宙船がやって来て二十八年。ヨハネスブルグに隣接した第9地区に収容された甲殻を有する宇宙人の数は百万人を越えていた。

 主人公は兵器産業の末端の人間。その会社は、政府の委託を受け、対宇宙人の行政を担当していた。

 主人公は、宇宙人たちを、ヨハネスブルグから離れた第10地区に移動させる責任者に選ばれる。

 その職務の途中、謎の筒から黒い液体を浴びてしまう。そして彼の体は宇宙人へと変化を始める。

 会社では、主人公の体を貴重な素材として、解体して研究することを決める。主人公は研究所から脱出する。

 そしてヨハネスブルグの町をさまよい、最終的に第9地区に逃げ込む。

 そこで、謎の筒を持っていた宇宙人に出会う。その宇宙人は、知識階級で、地球からの脱出手段を準備していた。そして、主人公の体を治す方法があると告げる……。



 以下、少しネタバレです。



● 黒い液体

 結局映画が終わるまで、黒い液体の正体は明かされませんでした。

 映画を見た印象では、情報素子兼、エネルギー媒体兼、ナノマシンという感じでした。

 あまりSF的な説明が解決されていない映画でしたが、そういったことを無視してもよいと思える面白い映画でした。
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