映画「ガープの世界」のDVDを、五月上旬に見ました。
1982年の作品で、監督はジョージ・ロイ・ヒル。脚本はスティーヴ・テシック、原作はジョン・アーヴィングです。また、主演はロビン・ウィリアムズになります。
● 小説家ガープの一生をたどる作品
この映画は、ガープという小説家の出生から死までをたどる物語です。彼の数奇な運命を、時にユーモアたっぷりに、時に重苦しく描いていきます。
軽くなりすぎず、そして重くなりすぎず、しかしそれなりに深く考えさせられる映画で、面白かったです。
こういった、一人の人生をたどる映画というのは、アメリカ映画では時々見るのですが、邦画ではあまり記憶がありません。最近見た「嫌われ松子の一生」(2006年)はそういった類の作品だと思うのですが、他にぱっと思い浮かびませんでした。
こういった方向性の違いは、国民性に寄るのでしょうか。もしくは私の記憶に残っていないだけで、日本にもけっこうな数があるのでしょうか。
邦画はあまり見ていないので、後者なのかもしれないなと思いました。
● 奇妙な母親ジェニー・フィールズ
この映画の主人公は、ガープという男性ですが、一番奇妙な登場人物は、その母親のジェニーという看護婦です。
子供は欲しいけど旦那は欲しくなくて、子作り以外のセックスには興味がない彼女は、戦争で傷ついて植物状態になった男性が勃起しているのを発見して、セックスして子供を宿します。
そうして生まれたのが、ガープになります。
また彼女はのちに、「性の容疑者」という自伝を出版して、一躍女性解放運動のアイコンになります。
彼女はそこで得た金で、精神的に傷ついた女性たちをケアする療養所を営み始めます。
ともかく奇妙な人で、この物語の主軸になっていました。こういった変わった人が中心に座っていると、少々変なことが起こっても、違和感がないなと思いました。
● ロバータ
映画中には、ジェニーの療養所にいるロバータという人物が出てきます。元男性のフットボール選手で、性転換して女性になった人です。
彼が非常にいい味を出していました。
心優しくも男気溢れる女性という感じでした。外見はまんま男性なのですが。
この役を演じたジョン・リスゴーは、アカデミー助演賞候補になっています。
ともかく強烈なキャラで、見ていて楽しかったです。
● 監督ジョージ・ロイ・ヒル
「明日に向って撃て!」(1969)、「スティング」(1973)、「華麗なるヒコーキ野郎」(1975)と有名な作品を撮っています。
この映画もよくできていました。
● 原作ジョン・アーヴィング
「サイダーハウス・ルール」(1999)の原作者でもあります。「ガープの世界」は、彼の出世作だそうです。
「サイダーハウス・ルール」もよくできていたので、機会があれば、他の作品も見ていいかなと思いました。
● 粗筋
以下、粗筋です(中盤まで書いています。一部、中盤のネタバレが含まれます)。
主人公の母親は、男性に興味はないが子供が欲しかった女性。彼女は看護婦で、植物状態の兵士から性を得て、子供を成す。
成長した青年ガープは、セックスとレスリングと小説に興味を持つ。そして、大学のレスリング部のコーチの娘と結ばれて小説家としてもデビューする。
しかし、同じ時期に「性の容疑者」という自伝を書いて出版した母親の方が有名になる。
ガープは小説家として、その妻は大学の文学の教師として生活を送り、二人の子供を成す。
しかし、ボタンの掛け違いから、妻が学生と浮気をすることとなり、一家に不幸が訪れる……。
以下、ネタバレありの感想です。
● 妻ヘレンの浮気
映画の中盤で、主人公が一夜の浮気をして、そのことに腹を立てた妻が、学生と寝て泥沼の痴情状態になります。
旦那はその浮気に気付き、子供二人を連れて家を出ます。そして家に電話をして、きっちりと別れるようにと妻に言います。
彼女はそうしようとするのですが、学生の方は彼女に溺れており、家に押しかけて来ます。彼女は説得するために車の中で話をつけようとするのですが、学生は「最後に」と言って口ですることを頼みます。
そこに、旦那が子供を乗せた車で帰って来て、その場を見てしまい、驚いて車に追突してしまいます。
結果として、子供のうちの一人が死に、浮気相手の男性は性器を噛み千切られ、夫婦も怪我を負います。
浮気の代償は、非常に重いものになります。
旦那の浮気が悪くないかというと悪いのですが、だからと言って報復で浮気をするのは「対等」ではなく、単に「悪いこと」です。
戦争や殺人と同じで、相手が人を殺したから、こっちも殺してよいという理論にはなりません。
しかしまあ、あそこを噛み千切られた学生は、とんだ災難だったと思います。本来なら、年上で分別のある女性側が変な気を起こさなければ、何も起こらないはずでしたので。
● エレン
映画中、女性解放運動を行う人たちの象徴として、エレンという女性の名前が登場します。
十二歳で性の被害に遭い、そのことをしゃべれないように舌を切り取られた少女です。
彼女は表舞台には一切出ません。そんな彼女を、会ったこともないのにシンボルにしている活動団体の女性たちは、団結の証として自らの舌を切り取っています。
彼女たちはガープの母の許に身を寄せているのですが、ガープは彼女らを胡散臭く思っています。何より、エレン自身の気持ちを無視していると感じています。
彼は、小説家としてある程度の地位を確立したあと「エレン」という小説を出版します。
それは、女性解放運動の欺瞞を暴き、エレン本人の意思とは無関係の活動であると告発する本です。
出版社はその本を出すことに反対しますが、ガープは押し切って世に送り出します。そのことで彼は窮地に陥りますが、意義のある仕事となります。
なぜなら、エレン本人が彼に会いに来て、感謝の意思を伝えるからです。
その様子を見て、二つのことを思いました。
まずは、出版のタイミングというのは重要だということです。この本は、ガープがまだ駆け出しの頃では、到底出版してもらえなかったはずだからです。
もう一つは、小説などの発表は、商業行為であるとともに、一つの思想活動でもあるということです。
世の中に、まだ認知されていない価値感や見方を世に問う。それも文学の非常に重要な仕事です。
そういった意味で、この映画の中のガープは、よい仕事をしたなと思いました。