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2010年07月30日 14:42:57
 映画「インセプション」を劇場で七月下旬に見てきました。

 2010年の映画で、監督・脚本はクリストファー・ノーラン。主演はレオナルド・ディカプリオ(コブ)。その他の俳優は渡辺謙(サイトー)、ジョセフ・ゴードン=レヴィット(アーサー)、エレン・ペイジ(アリアドネ)他です。

 いやー、面白かった。二時間半があっという間でした。そして、ノーラン節が炸裂していました。



● 映画の構成 スパイ大作戦→タイムアタック

 この「インセプション」という映画は、他人の夢の中に入り、そこでハッキングをするというものです。当然「夢」なので現実世界とは違うルールが適用されます。

 そして監督は、クリストファー・ノーランです。

 彼はこれまでに、現実と非現実の境界をあやふやにするような、物語マジックの映画を複数撮ってきました。

 そういった映画の中でも、「プレステージ」(2006)は、面白かったけど、前半がちょっと分かり難いよなという評価を、私は下しています。

 なので、この「インセプション」では、「どのぐらい分かりやすく作っているか」に注目していました。

 しかし、そんな心配は杞憂でした。物すごく分かりやすい構成です。王道の物語設計で、迷うところがありません。

 内容は、それなりに入り組んでいるのですが、物語の進行方向と階層構造が明確なために、混乱する点がありません。これは、よく作り込んだなと思いました。



 この映画は、前半と後半に分かれます。

 前半は「スパイ大作戦」といった感じの進行です。

 主人公のコブは、夢を通して秘密を盗む産業スパイです。彼は、愛する子供に会えない理由があります。殺人の容疑をかけられているからです。そのため彼は、故国のアメリカに足を踏み入れることができません。

 そんな彼は、サイトーという男の依頼を受けます。有力者の彼の力を持ってすれば、彼の犯罪歴を消すことができるからです。

 その依頼は、ミッション・インポッシブルな仕事です。彼は、その困難な仕事を達成するために、相棒と共に、設計士、偽装師、調合師といった専門家を集めます。

 この仲間集めが、ワクワクします。世界中を移動しながら、プロフェッショナルたちをスカウトしていきます。そして、この仲間集めと、仕事の準備が、そのままこの映画の世界観の説明になっています。

 これは王道のやり方ですが、非常によく出来ていました。

 特に上手いなと思ったのは、最初に接触した設計士のアリアドネという女学生です。彼女は、主人公の師匠の生徒です。彼女に仕事のやり方を教えることが、そのまま映画の背景設定の紹介になっています。

 観客は、この少女の目を通して、物語を理解します。また、彼女は紅一点になっています。そして、そのことが、主人公コブが抱える妻との確執を浮き彫りにしていく構成になっています。



 後半は、いよいよ夢への侵入です。

 当然のごとくすんなりとはいかず、トラブルが発生します。このトラブルのせいで、計画は変更を余儀なくされて、時間制限のあるタイムアタック物に変貌します。

 この後半の物語進行でよくできているなと思ったのは、「お宝を盗む」という物語上の目的と、「内的葛藤を解決する」という主人公の心理的な目的のベクトルが、同一線上に配置されている点です。

 これが、ずれている物語はけっこう多いのですが、この映画では、きれいに一致していました。実際問題として、この二つのベクトルを統一するのは、かなり難しいです。

 というわけで、主人公たちは、ターゲットの夢に入り、深層心理の階層をどんどん降りていきます。その「夢」は、ターゲットの夢だけではなく、主人公の夢も一部混じっています。

 そのために、グループの目的を達するために、ターゲットの夢の階層を下りて行くことで、主人公は、自分が抱える葛藤への対決を余儀なくされます。

 これは、非常に上手い構成だなと思いました。

 また、そういったきれいな構成をしているために、「夢の階層をどんどん下りて行く」「別の階層でそれぞれ物語が進行する」といった、下手をすると破綻しかねない演出が、整然と進んでいきました。

 これは、クリストファー・ノーランが、さらに腕を上げたなと感じさせられる部分でした。



● エクストラクションとインセプション

 この映画には、ほとんど無駄がありません。出てくるギミックは、伏線としてどんどん回収されていきます。

 その中でも特によく出来ていると思ったのは、「エクストラクションとインセプション」そして「トーテム」です。



 エクストラクションは、抽出という意味です。主人公のコブは、他人の夢に侵入して、機密情報を盗み出します。

 このやり方が面白い。

 単に「盗む」のではなく、カウンセリング的な手法を取ります。夢の中に侵入した主人公は、夢を操作したり、ターゲットと会話したりします。

 たとえば、夢の中で、銀行を作って金庫を作る。そして、このことをターゲットに伝える。

 するとターゲットは、その金庫の中に、重要情報を無意識の内に保存する。主人公は、その銀行を襲撃して、金庫に隠された情報を強奪する。

 そういったように、ターゲットの意識に働きかけ、問題を俎上に載せ、その問題を奪取する。その駆け引きが、単なる夢泥棒とは違い、よくできていると思いました。



 そして「困難な仕事」として出てくるのが「インセプション=植え付け」です。

 あるアイデアをターゲットの深層意識に与えて、それが自分から出てきた考えだと思わせて、その後の行動を大きく変えさせるというものです。

 これも、深層意識に、ただ単にアイデアを置いてくるのではありません。

 ターゲットに、トラウマを克服する体験をさせて、自分の意思でその考えを掴んだというようにもって行かなければなりません。

 そのために、夢のシナリオを設計して、その中で、主人公たちは夢の住人として振舞います。

 しかし、その場所は「他人の夢」の中です。そして、様々な予想しないトラブルが発生します。主人公たちは、不屈の闘士で、その問題を突破していきます……。

 よくできていたのは、このインセプションが「なぜ危険なのか」が、そのまま主人公のトラウマの原因になっており、その克服が映画の解決に結びついていた点です。

 隙がない構成だなと思いました。



● トーテム

「物語」には、象徴的な「小道具」が存在します。この映画では、それはトーテムという名前で出てきます。

 主人公はコマを持っています。彼の相棒はイカサマサイコロを持っています。

 これは何かと言うと、「夢と現実を区別するための道具」です。

 彼らは、不文律として、「現実そっくりな夢を作らない」ようにしています。なぜならば、現実を模倣した夢を作ると、そこが夢か現実か分からなくなり、夢の世界でさまようことになるからです。

 この映画の世界では、他人の夢に入り込み、その夢を操作できます。主人公たちができるということは、他人もできます。そして、主人公たちが、無意識のうちに、そういったことをしてしまう可能性もあります。

 そういった時に、その本人にしか分からない質感や動作をするアイテムで、そこが夢か現実かを判断します。

 主人公のコマは、現実世界では時間が経つと止まります。しかし、夢の世界では回り続けます。相棒のイカサマサイコロは、現実世界では、特定の目しか出しません。しかし、夢の世界では、通常のサイコロのように転がります。

 こういったギミックは、面白いなと思いました。そして、ただ面白いだけでなく、物語の重要な構成要素として随所に出てきており、上手く絡めてあるなと思いました。

 こういった、世界観の作り込みは、そのままTRPGのルールに出来ると思いました。実際、ありそうな感じです。というか、TRPGとして遊んでみたい内容でした。



● 共有される夢の世界

 この映画は「夢の共有」ができる世界です。夢の共有って、どうやるんだと思っていたら、物理的に機械で繋いでいました。

 機械から点滴のような管が伸び、それを腕に繋ぎ、機械のボタンを押すことで、睡眠薬が流れ込み、夢を共有していました。

 ここらへんは、まあフィクションの部分だなと思いました。

 面白かったのは、夢からの覚め方です。夢の中で死ぬか、夢の外でショックを与えて目を覚まさせるかです。

 そしてやるなあと思ったのは、夢の中で夢を共有する方法です。これが、現実世界で夢を共有する方法と同じでした。つまり、夢の中でも機械を使う。

 このせいで、夢が入れ子構造を構成しており、いろいろと深読みができるようになっていました。



● 階層と時間の流れ

 映画の後半のギミックでよくできているなと思ったのは、夢の階層を一つ降りると、時間の流れがゆっくりになるという点です。全ての夢は入れ子構造なため、階層を複数降りると、その分時間は引き延ばされます。

 おかげで、タイムアタックの制限時間を突破するために、潜る潜る。

 この部分は、世界のルールと、映画の演出が完全に一致していて気持ちがよかったです。

 そして、このルールは、主人公のトラウマにがっちり食い込んでおり、人間ドラマの根幹にも関わっていました。



● 植え付けるアイデア

 これは、映画を見終わった後に思ったことです。けっこう悲惨な話で、主人公たちは犯罪者以外の何者でもないのですが、不思議と後味が悪くないです。

 これは、インセプションするアイデアが前向きなものだからです。

 主人公たちは、ターゲットへのインセプションの計画を立てるために、何度もディスカッションをします。

 その際、主人公は仲間たちに、「植え付けるアイデアは前向きな方がよい」と言います。その方が、ターゲットが、自分が「見つけた」アイデアを、上手く育てていくことができるからです。

 この「前向きな方がよい」という理由は、実は主人公のトラウマとも関係してきます。後ろ向きなインセプションが、何をもたらすかが、映画の後半で明かされるからです。

 こういった、一つのギミックが複数の場面で使われて、それらが相互に伏線になっている作りは、言うは簡単だけで作るのは難しいよなと思いました。



● 観客に要求する物語経験値

 観客に要求する物語経験値はそれほど高くはないですが、ある程度映画やマンガ、小説などを摂取していない人だと、この映画を「観る」ことはできないかもしれません。

 夢の仕組みや、階層構造、深層で起こる現象、夢へのハッキングとセキュリティ……。

 この映画には、「○○を前提とした表現」が数多く出てきます。

 この「○○」は、他の映画などの作品ではなく、一般知識なのですが、それらがぱっと頭に思い浮かばない人には、この映画は辛いかもしれません。

 まあ、私の友人で、この映画を楽しめない人はいないと思いますが。



● 俳優

・レオナルド・ディカプリオ

 いい俳優ですね。下手をすると「単に頭がおかしな人」になりかねないコブという夢泥棒を、感情を伴う血肉のある人間に仕上げていました。

 特に、妻との確執が解き明かされていく終盤は非常によかったです。

・渡辺謙

 存在感があります。この人が演じたサイトーという役は、謎が多すぎです。それについては後述します。

・ジョセフ・ゴードン=レヴィット

 アーサーという、主人公の相棒を演じています。有能な人物だけど、主人公のような天才的な閃きはなく、主人公を敬愛しているといった役どころです。

 非常にスタイリッシュでよかったです。特に、後半の無重力戦闘シーンは、マトリックスのようなシャープさを持っていました。

・エレン・ペイジ

 可愛かったです。胸がぺったんこ系の役者さんですが、非常に魅力的でした。グラマラス系ではなく、いわゆるオタク好みといった感じの、ふわふわ系女の子を演じていました。



● クリストファー・ノーラン

 しかし、この監督は凄いですね。確実に成長している。そして、細部まで行き届いた映画の世界観を造ることができる。また、マンガアニメ好きの人をくすぐる作り込みをすることができる。

 彼は、「この世界」とは違う「確かにある世界」を構築できる、数少ない映画人だと思います。

 マンガ、アニメ、小説などが好きな人は、この「インセプション」を見に行って損はないと思います。



● 粗筋

 以下、粗筋です(中盤の序盤まで書いています)。

 主人公は夢泥棒。彼は相棒とともに産業スパイをしている。彼はかつて妻子がいた。しかし今は故国を捨てている。彼には、妻殺しの容疑がかかっている。そのために、アメリカに足を踏み入れることができないからだ。

 ある時、彼は仕事の依頼を受ける。それは、ある人物の夢から情報を盗むというものだった。しかし、その仕事は罠だった。彼の腕前を確かめるために仕組まれたものだった。

 主人公は、その仕事の依頼人から、困難な仕事を提案される。それはインセプション、ターゲットにアイデアを植え付けるというものだ。報酬は、彼の犯罪歴を消すこと。もし、その報酬を得ることができれば、子供たちに会うことができる。主人公は、危険と知りながらも、その依頼を受ける。

 大仕事を達成するために、主人公は世界を渡り、仲間を集める。夢を構築する設計士。夢の中でキーマンを演じる偽造士。睡眠と覚醒を操る薬をブレンドする調合師。主人公は、夢に侵入する最強のチームを作り、ターゲットに侵入を開始する。

 しかし、トラブルが発生する。富豪の息子であるターゲットは、夢のセキュリティを施されていた。夢の世界には特殊部隊が存在して、侵入者たちを抹殺しようとする。

 主人公の仲間は、死ねば夢から出るだけだと言う。だが、主人公と調合師は渋い顔をする。

 主人公は、深層の意識まで潜り込むために、調合師に強力な薬を配合させていた。夢の中で死ねば、虚無に落ち込んでしまう。調合師は、主人公が得るはずの金を全てもらうことで、その危険な薬を、仲間全員に投与していた……。



 以下、ネタバレありの話です。

 映画のラストシーンについて書いています。



● 説明されない世界設定

 映画中、疑問に思っていたことがありました。それは、サイトーを含めて、世界の背景設定部分がほとんど描写されないことです。

 夢への侵入や、キャラクター周りの設定は、物すごく綿密に作りこんでいるのに、主人公の行動半径の外側をにおわせる描写がほとんどありません。

 そのことに、非常に違和感を持っていました。

 映画は、ラストシーンで、コマを回して終わります。そのコマが倒れるかどうか分からないタイミングで、映画は終わります。

 当然、暗示として、「これも夢かも知れない」というメッセージを伝えています。

 映画を見終わって、少し経ち、映画中のある台詞を思い出しました。「夢の世界は、見えない場所は作り込まれない。ビルも見た目の外側部分だけで、中身は作られていない」そういったことを、主人公は言っていました。

 世界の背景設定部分が、映画中でほとんど語られていないのは、実はそれが夢の世界だからというサインなのかもしれないと思いました。

 まあ、そういった深読みをさせてくれるということは、この映画がよく出来ているという証拠なのですが。
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