映画「激突」のDVDを八月の中旬に見ました。
原題は「DUEL」。スティーブン・スピルバーグの初期作品です。
元々テレビ映画用に作られ、ヨーロッパ向けの劇場映画になったときに、少し時間を延ばして公開されたそうです。
映画の参考書などに、「ジョーズ」とセットでよく出て来る作品ですが、まだ見たことがなかったのでチェックのために借りてきました。
サスペンス8、ホラー2ぐらいの、ハラハラドキドキの映画でした。なかなか面白かったです。
以下、粗筋です。
主人公は郊外の道路を車で急いでいた。今日中に、次の町の取り引き先のところに行き、商談をまとめなければならないからだ。
そんな彼の前に、一台のボロトラックが走っていた。
「なんだ、このトラックは、のろのろ運転をしやがって。排気ガスもひどいもんだ」
そう思った彼は、トラックを追い抜く。だがすぐにトラックは抜き返してきた。そして巨大な車体で眼前に立ちはだかり、のろのろ運転を始める。
「くそっ、悪質なドライバーだな」
主人公は再度トラックを追い抜き、気持ちよい気分になる。しかし、それが彼の恐怖の始まりだった。
彼の運転する乗用車の最高速度は150km/h程度。しかし、トラックのそれは、主人公の車の限界を遥かに上回る。
そして、その大きさといえば、まるで猫とネズミほども違う。
トラックは、主人公の車をなぶるように追い立て、バンパーに車体をぶつけて煽ってくる。
「殺される」
そう思った主人公はトラックの追跡から命からがら離脱し、コーヒーショップに入った。
トイレで顔を洗い、店内に戻って来た彼の顔は凍り付く。窓の外に、あのトラックがいたのだ。
彼の車を追い越して先に行ったはずの暴走車が、いつの間にか戻ってきていた。
主人公は否応なく、トラックとの命を削るバトルに巻き込まれていく。
映画は、九十分強なのですが、完全に三十分単位で進んでいきます。
最初の三十分で、主人公は暴走トラックの悪意あるパッシングに巻き込まれます。
そして三十分の最後に、コーヒーショップで主人公の心理を独白するシーンになります。
次の三十分では、暴走トラックがしつこいほどに絡んできます。主人公はそのトラブルを何とかして避けようとします。
そして、この三十分の最後に、暴走トラックが殺人トラックと化し、主人公を電話ボックスごと轢き殺そうとします。
残りの時間は、主人公がトラックとの戦いを決意していきます。
そして、ラスト直前で、主人公はついに本気で相手を迎撃しようと考えます。彼は、相手を殺す気で戦いに挑みます。
ジョーズのときもそうでしたが、教科書のように分刻みで物語が進行していきました。
この映画を見て思ったのは、スピルバーグという人は、初期の頃から映像作家だったんだなということです。
映像の撮り方に非常に多くの工夫が見られます。
いかに迫力あるように感じさせるか、そして、全てを見せずに観客に想像させるか。この手法はジョーズにもそのまま引き継がれています。
DVDにはメイキングもついており、「全部を見せずに、観客の興味を引っ張り続ける手法はヒッチコックの作品から学んだ」とスピルバーグは語っていました。
主人公を追い掛けてくるトラックの運転手を徹底的に見せず、なのに手や足などの断片は見せる。
そのことで焦らし続けながら、トラックの攻撃をどんどんエスカレートしていき、最後の決闘(DUEL)に持ち込んでいきます。
やはり上手かったです。
映画中、トラックは本物のモンスターのように描かれます。
そのために、“顔”(前面部)が特徴的なトラックを選び、毎回“汚し”のペインティングを施していたそうです。
そして最後にトラックが“死ぬ”シーンでは、恐竜系怪獣映画の断末魔の声が入ります。
有名な話ですが、この“声”は、そのまま「ジョーズ」でも使われており、殺人鮫が倒されるシーンで鳴らされます。
「激突」と「ジョーズ」は、いろいろな面でそっくりで、スピルバーグ監督の初期作品のメソッドが色濃く反映されている印象を受けました。
さて、前述しましたが、DVDにはメイキングも付いています。
このインタビューを聞いて、「スピルバーグも若造時代があったんだな」と思いました。
しかし、この人はやっぱり変です。
二十一歳で“流しの監督”をやっていて、なかなか“映画の仕事”がこないから“テレビの監督”をして糊口を凌いでいたそうです。
なんだその、“流しの監督”という職業は。
そして、二十一歳の若造に、テレビドラマを丸投げする、周囲のプロデューサーたちは。
それだけ彼の才能が突出していたということでしょうが、やはり尋常じゃないと思いました。
一番驚いたのは、この「激突」を「十日で撮れ」と言われて撮影に入り、十三〜十四日で撮り終え、さらにその三週間後には公開までこぎつけたという話です。
私は常々、「ベテランでない限り、速さこそが能力だ。なぜなら速ければ速いほど、他人より多くの経験を積むことができるから」と思っているのですが、スピルバーグの速さは私の想像の範疇を超えています。
そして、速いだけでなくクオリティも高い。
「化け物だな、この人は」と思いました。
いい勉強になりました。
このメイキングでは、もう一つ興味深い話がありました。
「激突」の原作者の話です。
この“小説家兼シナリオ・ライター”の方は、この「激突」を書き上げたあとに、物語を書くことをやめたそうです。
「この作品を書いたことで、今まで自分が書いてきたことが、全て同じ話だったと分かったんだ。
私は、“敵わない相手に果敢に挑んでいく人間”が描きたかったんだ。そして、この作品でそれが全て描けた。だから執筆業をやめたんだ」
そういったことを言っていました。
物を作る人間にとって、興味深い発言だなと思いました。
……でも、その後に他の人から教えてもらった情報によると、この原作者はその後も普通に小説を書いていると。
なんですと?
謎な発言でした。うーん。
あと、どうでもよいですが、この映画は、後輩の酒氏と一緒に見ました。
そこで二人で大受けだった台詞があります。
「すごいディーゼル」
トラックのエンジンの強力さを表わすために、映画中何度か出て来た台詞です。
「奴のはすごいディーゼルだ」といった感じで使われます。
なんというか、緊迫した場面に似合わない間の抜けた台詞で面白かったです。