2006年11月05日 02:25:03
映画「父親たちの星条旗」を昨日劇場で見てきました。
クリント・イーストウッドの硫黄島二部作の一部目で、原題は「FLAGS OF OUR FATHERS」
見た感想は、「えげつねえ」です。
硫黄島での戦闘シーンは「凄まじい」の一言に尽きます。島を取り囲む圧倒的な数の軍艦、軍艦、軍艦。
そして、雲霞の如く島に上陸する米国兵士。
その戦力差は、見るからに歴然の気がするのに、凄まじい迎撃を受けて、虫けらのように撃たれ、吹き飛ばされ、ばらばらにされ、死んでいく米兵たち。
そして、あっけなく爆破されていく戦車、戦車、戦車。
まばたきするごとに、手が千切れ、頭が吹っ飛び、体が蜂の巣になっていく。
結局、弾幕のなかに飛び込んで、日本軍が潜む塹壕に手榴弾を一つずつ投げ入れて倒していくという、くらくらする戦闘。
ともかく、「激戦とはこのことだ」、と言わんばかりの、凄まじい戦闘シーン。
久しぶりに、戦争映画を見て、「戦争シーンが圧倒的に凄い」と思いました。
こんな場所には絶対行きたくないし、関わりたくもない。
そして、この戦場に行った人は、どこかおかしくなるよなあと思いました。
以下、粗筋です。
太平洋戦争の最中、一枚の写真がアメリカの世論を動かした。
その写真とは、硫黄島の山頂に、六人の兵士たちがアメリカの星条旗を立てた写真だ。
顔すら写っていないその写真は、アメリカの厭戦気分を吹き飛ばすに足る、インパクトのある写真だった。
実際、その写真に写った六人のうち三人は、合衆国に戻り、英雄として迎えられた。
しかし、その写真は歴史を正しく語ってはいなかった。
この写真は、最初に硫黄島に星条旗を立てた写真ではなかったし、硫黄島を占領した証の写真でもなかった。
それは交換のために立てられた旗だった。そして、この写真の日から、激戦はさらに三十五日間も続くのだ。
国民の英雄に祭り上げられた三人は、戦時国債を売るために、政府によって作られた英雄だった。
彼らは英雄として、全米を巡業していくことになる……。
激戦と、アメリカでの“英雄巡業”がフラッシュバックしながら進む本作は、正義も悪も語らず、ありのままの現実を圧倒的な迫力で突き付けるという手法の作品でした。
凄まじいまでの激戦を、容赦なく、えげつなく描き、それとの対比として、英雄巡業を三人がしていき苦悩する様を描く。
この三人のなかで、唯一のインディアンである兵士は、あまりにも真面目過ぎて、自分が作られた英雄であることに耐え切れずに酒で自滅していく。
残りの二人の白人のうちの一人も、英雄として祭り上げられる時期が過ぎれば、世間から見向きもされずに、再就職もできない人生が待っている。
唯一真っ当な人生を送れたような衛生兵も、そのことを生涯子供に語らなかった。原作者は、その彼の息子に当たる。
細かな感想はなかったです。
ともかく、「凄まじい映画だな」というのが感想です。
面白かった、面白くなかったではなく、凄まじかった。
正直言って、かなり度肝を抜かれました。
映画が終わったあと、二部作の二部目の「硫黄島からの手紙」の予告編もありました。
こちらは、硫黄島の激戦を日本側から描いた作品。渡辺謙が主人公っぽいです。
これも期待大です。
今回の「父親たちの星条旗」で、伏線のように、カメラでわざと映さなかったシーンは、きっと「硫黄島からの手紙」で映るんだろうなと思います。
こっちも見ないといけないです。