映画「グラン・ブルー(グレート・ブルー完全版)」のDVDを十月中旬に見ました。
リュック・ベッソン監督の作品です。
見る前はもっと文学系や芸術系や環境系に偏った映画かと思っていましたが、非常にエンターテインメント寄りの映画で、とても面白かったです。
何より、主人公やその周りを固める人物のキャラが立ちまくりなのがよかったです。
以下、メインの登場人物。
・主人公:ジャック・マイヨール
つぶらな瞳がキュートな宇宙人(野球の新庄が言われる意味での“宇宙人”)。イルカが大好きで、彼女とセックスしたあと、一晩中イルカと遊んで呆れられるぐらいイルカ好き。
・ライバル:エンゾ
ジャン・レノ。俺々ガキ大将。「ハッ!」が口癖。母親には敵わないイタリアっ子。
・ヒロイン:ジョアンナ
ニューヨークの保険屋。でっち上げの仕事で出張してジャックとデートをして首になる。足下が見えていないフワフワ娘。
どの人物も、キャラが立っていて面白かったです。
以下、粗筋です。
フランス人のジャックは、子供の頃、イタリアの片田舎で暮らしていた。そこにはガキ大将のエンゾがいた。
ジャックはその地で潜水夫をしていた父親を亡くす。
それから十年以上が経った。
エンゾは素潜りの世界チャンピオンになり、ジャックはその脅威的身体能力を買われて水中での研究に参加する職業ダイバーになる。
南米でジャックに出会ったニューヨークの保険屋のジョアンナは、ジャックの美しい瞳と魅力的な笑みに惚れ込んでしまう。
そんなある日、新しい研究先で実験を行なっていたジャックの許にエンゾが現れる。
既にライバルがいない世界王者だったエンゾは、熱い戦いを求めて、ジャックを世界大会に招待する。
その事実を知ったジョアンナは、ジャックを追って大会の地に向かった。
ジャックとエンゾとジョアンナはその地で合流し、男二人は競技会で戦いを始める。
そして、ジャックが世界新記録を出して優勝したとき、二人のライバルの、肉体の限界に挑む戦いが始まった。
二人は世界各地を転戦しながら、世界記録を次々と塗り替え、戦いを繰り広げ、友情を深めていく……。
映画が始まった直後、二人の子供時代の映像が白黒だったので、「うわ、このままずっと白黒だと辛いな」と思いました。
海の映画なのに、青い景色が見られないのは楽しくないので。
このモノクロ映像は、子供時代だけで終わったのでよかったですが、ちょっと「嫌だなあ」と思いました。
演出なのは分かりますが、やはり、海の映画はカラーがいいです。
映画を見ていて、少し感心したのは、潜水競技の描き方です。
“ルールが一般的ではない競技”を映画中で描く場合には、そのルールをどのタイミングで、どういった方法で観客に伝えるかは、かなり重要な問題です。
「グラン・ブルー」では、このやり方が、なかなか上手いなあと思いました。以下、その方法。
1.競技をしているところを最初に見せるときには、端役に競技をさせてルールを臭わせる映像は一切出さない。
2.メインキャラが競技を行なうところで、初めて細かく描写して、ルールがあることを観客に感じさせる。
3.それでも、ルールを説明するようなことは一切せず、「なんとなくこんな感じ」ということで、「勝ち負けの基準」だけを明確に表現する。
4.あとは、細かな説明は一切なしで、競技の過程を見た観客が、勝手にルールを想像するに任せる。
映画のように、説明的になり過ぎることが嫌われる表現形式では、この方法は有効だなと感じました。
私は、“ゲームのルールを説明せずに、その面白さを伝える”ということを、時々行なわないといけないので、こういった手法のバリエーションを覚えておくのは重要だと思っています。
だいたい、「日常的にルールに接していない人」は、「ルールを説明される」ということ自体が苦手だったりします。
そのため、「ルールを伝える人」は、相手の反応を見ながら、「どの方法で相手にルールを浸透させるか」を判断しつつ、説明する必要があります。
また、ゲームをプレイしたことがない人がそのゲームを見ているときに、「どうやってゲームを楽しい物と感じさせるか」ということも重要です。
そういったことをするためにも、こういった手法のバリエーションをマスターしておくことは大切だったりします。
ちょっと脇道に逸れましたが、個人的には重要なことなので書いておきます。
とまあ、いろいろと書きましたが、「ともかくキャラが立っていた」の一言に尽きます。
海でエコな映画かと思っていましたが、全然違って「男二人の熱いドラマ」でした。面白かったです。