映画「マディソン郡の橋」のDVDを四月上旬に見ました。
クリント・イーストウッドが監督・助演で、メリル・ストリープが主演の1995年の映画です。
どんな映画かというと、「不倫をした熟年女性が真の愛に目覚める」という話です。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。話は特にあってなきがごとしの物なので最後まで書きます)
ある女性が死んだ。四十代になる息子と娘は、母の形見を整理するうちに、彼女が生前不倫をしていたことを知る。
その女性は三冊のノートを残していた。そこにはその不倫の様子が事細かに記されていた。息子と娘は、一晩掛けてそのノートを読むことになる。
まだ子供たちが十代半ば頃、父と子供たちが豚の品評会で数日間家を空けた。
彼らが出て行った直後、町に一人の男がやって来る。有名雑誌のカメラマンだ。彼はその地にある“屋根のある橋”を撮影するために来ていたが、道に迷っていた。
母親は道を教えようとする。だが、田舎道には目印が少ない。仕方がないので、車に同乗して橋の場所まで案内する。
そして二人はよい雰囲気になる。カメラマンは話が上手かった。家族がいない開放感も手伝い、彼女は恋に落ちる。
彼女は一人の女として盛り上がり、彼に抱かれ、セックスの快楽に気付き、肉欲に溺れる。
だが、家族が帰ってくる日が近付いてきた。彼女は、カメラマンを取るか、家族を取るか悩む。そして、この恋愛を最高の思い出にするために、関係を打ち切ることを決める。
カメラマンは町を去る。
ノートを読んでいた息子と娘は母に共感する。そして、母の不倫を肯定する。
基本的によくできている映画なのですが、どうしても突っ込まざるをえない穴もあります。
まず、よくできているところです。
一つ目、導入が上手い。
「母の死の後片付け、散骨したいという母の遺言、不倫の証拠の発見、散骨は不倫相手との思い出のため、不倫の詳細を書いたノートの発見」と、流れるようにして過去の物語に持って行きます。
その際、「彼の愛は、あなたたちにとっても非常によいものだった」という、思わせぶりなメッセージが織り込まれます。
そのため、「それはいったいどういうことなのか?」と観客は思い、過去の物語に対してうまく誘導されていきます。
まあ、結果的に観客は裏切られるのですが。無念。
二つ目、演技が上手い。
主役のメリル・ストリープと、カメラマンのクリント・イーストウッドの演技が上手いです。
単なる不倫の話なのですが、飽きずにずっと二人を見続けてしまいます。
三つ目、寸止めの脚本。
単に不倫して破局するだけなのですが、なかなか前進せず、二時間ぐらい見続けます。
基本的に、事件をあまり起こさずに長い時間スクリーンに注意を保ち続けさせることは困難なのですが、それを上手くこなしています。
さて、最大の突っ込み所です。
前日に母の不倫をいきなり知った息子と娘が、たった一晩ノートを読んだだけで、爽やかな笑顔で母の不倫を肯定するのはいくらなんでも変です。
この母親のように、不倫の中に真実の愛を感じる人がいてもよいとは思います。個人の嗜好はそれぞれなので。
しかし、全くの他人がその異質な価値観をいきなり肯定することはありえません。
いくらなんでもなあと思いました。
感想としては、恋愛物の引っ張り方の勉強にはなるが、話の構造的には問題があるというものでした。
最後の結末に説得力がありませんでしたので。うーん。