映画「アラバマ物語」のDVDを四月中旬に見ました。
原題は「To Kill A Mockinbird」(マネシツグミを殺すには)。1962年の社会派白黒映画です。主演はグレゴリー・ペック。
原作はハーパー・リーによる同名の小説で、ピューリッツア賞を獲得しています。
感想は、「非常に素晴らしかった」の一言に尽きます。最大級の賛辞を送ってもよいと感じました。
古い映画ですが全く色褪せておらず、現代でも通用する骨太の作品です。
そして、多くのことを考えさせられるよくできた話でした。物語の描き方も秀逸で、とても勉強になります。
以下、少しこの映画の「物語の描き方」について書こうと思います。
この映画の主人公は、グレゴリー・ペックが演じる弁護士です。
しかし、視点は違います。弁護士には二人の子供──小学生の兄と、小学校に入るか入らないかの妹──がいます。
視点は、この兄妹から見たものです。
映画の舞台は、黒人差別がまだ続いているアラバマ。バスに白人席、黒人席がある時代です。
そこで一つの事件が起こります。白人女性が黒人男性にレイプされたという事件です。主人公は黒人男性を弁護することで、様々な迫害を受けます。
その事件の発生から収束の過程を、子供たちの視点から描いています。
この、「子供たちの視点」という物語の描き方が非常に秀逸です。
また、映画はそれだけでなく、様々な要素を含んでいます。
子供たちの冒険物語、子供たちが社会の不条理を知っていく物語、父と子供たちの親子の物語──。
そういった様々な要素が、映画の枠の中で、非常に寓話的でありながらも現実的に描かれていきます。
傑作の名に値する作品です。
「子供たちの視点」について、もう少し書きます。
この視点を最初に印象付けるのは、映画の冒頭のタイトル・シークエンスです。
本作では、冒頭部分の映像で、子供の宝箱の中を丹念に描いていきます。
この映像は、非常に美しく、妖しく、そこには大人が失った何物かがあることを予感させます。
この冒頭の映像は、その丁寧さと、幻想的な美しさと、音楽のよさが相俟って、見た瞬間に「この映画はきっと傑作だ」と思わせてくれます。
冒頭だけでも見る価値があるものでした。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。ほぼ最後まで書いています。裁判系の映画なので、ネタバレが嫌な人は粗筋を読み飛ばしてください)
アラバマ。その小さな町で暮らす弁護士は、妻を亡くし、二人の子供──兄と妹──を抱えていた。
兄妹は、夏休みだけやってくる同じ年頃の少年とともに、町を探検したりして遊ぶ。
彼らの隣の家には、“ブー”と呼ばれる謎の男が住んでいた。“ブー”は「頭がおかしい」という噂で、子供たちはその人物を一度も見たことがなかった。
子供たちは、“ブー”を恐れながらも、その姿を見てみたいと思っている。
そんなある日、弁護士は一つの依頼を引き受ける。
それは、白人女性をレイプしたとして訴えられた黒人男性を弁護するというものだ。弁護士は、白人女性の父親や、その仲間たちから嫌がらせを受ける。
しかし彼は、そのことに屈せず、仕事を継続する。
そんな中、彼の娘は小学校に上がる。そして喧嘩をする。父親は彼女に暴力は駄目だと教える。
娘と息子は、父の背中を見ながら、徐々に正義とは何か、社会とは何かを学んでいく。
裁判の当日になる。
二人の子供は、裁判を傍聴する。黒人男性は明らかに無実だった。
彼は白人女性に誘われ、断わっただけだった。だが、そのことを恥じた女性と父親にレイプ犯にされていた。
弁護士は無実の証拠を上げていき、陪審員に正義を求める。しかし、白人優位の社会ではその正義は遂行されず、黒人男性は有罪になる。
絶望した黒人男性は死んでしまう。
だが事件はそれで終わらなかった。弁護士が黒人の肩を持ったことに怒った原告の父親が、弁護士の子供二人を殺そうとする。
そして、祭の日、夜道を帰る兄妹は襲われる。その二人を助けたのは、謎の男“ブー”だった。
“ブー”は、兄妹を救うために、原告の父親を殺してしまう。その事実を知った弁護士は、彼の罪を明らかにするかどうか決断を迫られる。
最初にも書きましたが、この映画はグレゴリー・ペックが主演です。
グレゴリー・ペックは、以前見た映画「紳士協定」にも出ていました。二作ともバリバリの社会派映画です。
世間的には「ローマの休日」のイメージが強いですが、硬派な人なのかもしれないなと思いました。
今回は、少し顔と体を膨らませて、恰幅のいい中年男性というイメージを作っていました。
また、グレゴリー・ペック演じる主役アティカス・フィンチは、2003年のAFI(アメリカ映画協会)が発表した「最も偉大な映画ヒーロー」で、インディ・ジョーンズ、ジェームズ・ポンドらを抑え1位を獲得したそうです。
□Wikpedia - アラバマ物語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82...
DVDには、非常に長いメイキング兼インタビューが付いていました。
その中で興味深かった話をいくつか書いておこうと思います。
まずは、原作の話です。
原作の小説は、原作者の子供時代をモデルにしたものだそうです。
そして、その中で一番驚いたのは、夏休みごとにやってくる少年は、「冷血」のトルーマン・カポーティがモデルだそうです。
メイキングを見ながら、思わずびっくりしました。
Wikipediaにもその記述があります。
□Wikipedia - トルーマン・カポーティ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83... 彼はアラバマ在住当時、後年の女流作家ハーパー・リーと幼なじみで、リーの『アラバマ物語』(To Kill A Mockingbird)中の登場人物ディルは彼がモデルである。ちなみにこの作品は、映画化されてよく知られたものになり、原作自体も学校の教材として取り上げられることも多い。□Wikipedia - ハーパー・リー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83... 60年代中頃に、彼女は幼なじみのトルーマン・カポーティと共に彼の小説『冷血』の取材助手として旅行した。カポーティは同作品を彼女に献呈した。 妙なところで繋がっているんだなと思いました。
メイキングには音楽の話もあり、その話が非常に印象に残りました。
作曲者は、以下のように考えたそうです。
「これは子供の視点の映画だ。だから、子供が奏でるメロディーはどんなものかと考えた」
そして「それは指一本で弾けるメロディーだ」ということに落ち着き、そういった旋律を中心に音楽を組み立てていったと説明していました。
本作の音楽は郷愁を誘う不思議な雰囲気を持っていたのですが、なるほどなと思いました。
メイキングには、年を取ったグレゴリー・ペックも出ていました。
長い白髪に、黒い眉毛の顔でした。
「ロード・オブ・ザ・リング」の時のクリストファー・リーを逞しくしたようなワイルドな雰囲気で、なかなか格好よかったです。
映画中、一点だけ気になったことがありました。
それは白黒の映像についてです。
白黒時代の映画は、色だけでなく、画面構成なども古さを感じさせるものが多いのですが、この映画ではそういったことをほとんど感じませんでした。
そのせいか、画面に色が付いてないことに違和感を感じる瞬間が何度かありました。
具体的に言うと、目に色が浮かんだ瞬間、白黒の画面に引き戻されるといった体験です。
こういったことは今までなかったので、ちょっと気になりました。