映画「バリー・リンドン」のDVDを五月の上旬に見ました。
スタンリー・キューブリックの1975年の作品です。三時間強の大作で、間に休憩時間が入ります。
いつの時期の作品か分かるようにするために、キューブリックの作品年表を以下に掲載します。
1955 - 現金に体を張れ
1955 - 非情の罠
1957 - 突撃
1960 - スパルタカス
1962 - ロリータ
1963 - 博士の異常な愛情
1968 - 2001年宇宙の旅
1971 - 時計じかけのオレンジ
1975 ★ バリー・リンドン
1980 - シャイニング
1987 - フルメタル・ジャケット
1999 - アイズ ワイド シャット
時期的には、「時計じかけのオレンジ」と、「シャイニング」の間ですね。
映画は、18世紀後半のヨーロッパを舞台にした、若者の立身出世とその後の転落を描いたものです。
普通に面白かったです。
キューブリックらしい狂気の物語を期待してみると肩透かしを食らうかもしれませんが、普通に見て楽しめる作品になっていました。
さて、この映画を見て、最初に持った感想は、物語や登場人物に対するものではありません。
私がこの映画を見て、最初に驚いたのは、その映像美の素晴らしさです。
歴史物なので、戸外のシーンが多く出てくるのですが、そのシーンが全て、当時の絵画のように美しかったです。
構図も色味も空気感も、そのまま画面を切り取って枠を付けて飾れるほど高いクオリティーで、このレベルで絵を作るのは、写真でも難しいのに、よくもまあ、動画として撮ったなと驚嘆しました。
この驚きはとても大きく、頭を殴られたような気分でした。
「この景色で、この構図で、この光の当たり具合だったら、これぐらいの湿度を感じる色の強さが望ましいよな」といった、「絵を見る時の目」が、そのままフィルムに焼き付いています。
それぞれの絵に合わせて、きちんと空気感までコントロールしています。
凄いです。
特に序盤の画面でその衝撃が大きく、絵画の中で物語が進行していくようにしか見えませんでした。
これは、大画面で見たかったです。
テレビ画面のような小さな枠の中ではなく、映画館の大画面で、細部まできちんと見える形で、美術作品として観賞したかったです。
それぐらい、「絵」がよくできていました。
キューブリックと言えば、映像的こだわりに偏執狂的執着を見せる監督ですが、きっとこの作品も、いろいろとこだわりを持って作ったんだろうなと思いました。
そもそも、これだけの「絵になる景色」を集めるだけでも大変です。それも、絵画と違って、フィルムは光の誤魔化しが利きません。
ベストショットを撮るために、待ち時間も長かったのではないかと思いました。
以下、粗筋です。(ネタバレあり。最後まで書いています)
第一幕:レイモンド・バリーが如何様にしてバリー・リンドンの暮しと称号をわがものとするに至ったか
アイルランド出身の主人公は、色恋沙汰で故郷を飛び出し、軍隊に入った。
彼はイギリス軍の一員として、大陸に派兵される。そこで友人の死を経験した彼は、脱走兵となる。
将校の服と身分証を盗んだ彼は、ヨーロッパを旅する。
しかし、将校としての知識不足から、立ち寄った友軍のプロシアの将校に正体を見破られてしまう。
彼はプロシア兵として働くことになり、そこで上官を助けて、軍から秘密警察に移ることになる。
主人公はそこで、一人の男の監視を命じられる。
その男は、上流階級の一員として振る舞い、貴族たちを手玉に取るギャンブラーだった。彼は、主人公と同郷の人物だった。
異国で出会った同じ故郷の男に、主人公は思いを募らせて、全てを告白する。
そして、彼の部下となり、プロシアを脱出する。
主人公とギャンブラーは、ヨーロッパを周りながら、貴族たちから金を巻き上げていく。
今や主人公は上流階級の一員となった。その彼の、次の目標は、祖国イギリスの貴族の地位を手に入れることだった。
彼は、一人の美貌の女性に目を付ける。その夫人は、ヨーロッパ各地に所領を持ち、アイルランドにも土地を持っていた。
夫人には、病気の夫と、一人の息子がいた。主人公は夫人の心を掴み、夫の死を待つ。
彼の望みは叶い、夫人は一人身となり、主人公と結婚した。
主人公は、夫人とその息子と暮らし始める。
第二幕:バリー・リンドンの身にふりかかりし不幸と災難の数々
主人公は、夫人との間に息子を儲ける。
しかし、彼の地位は安定したものではなかった。彼は夫人の夫ではあったが、貴族ではなかった。また、夫人の最初の夫である長男は、彼のことを嫌っていた。
主人公は、夫人の金を使って、貴族の地位を買おうとする。
彼は大物貴族たちに運動する。しかし、その働き掛けは功を奏さない。やがて、多くの請求書が彼の許に舞い込み始め、家計は破綻しだす。
さらに、悪いことが続く。
長男が、主人公に反旗を翻したのだ。
数々の衝突の後、二人は最後には決闘に至る。
そこで情けを掛けた主人公は、長男に足を打ち抜かれる。
主人公の運は完全に尽きた。そこから先、彼の名前は歴史から消える。その後の彼の消息は、風の噂でしか聞くことできなかった。
バリーは、結構惚れっぽい(女癖悪い)です。
映画では、あまりそういったシーンはありませんが、実際は相当たくさんの女を手玉に取っていると思います。
多分、その元凶は、従姉です。
彼女はバリーを誘惑して、もっといい男が現れたら、あっけなく振りました。
きっとそのことがトラウマになったに違いありません。
こういった初恋を経験すると、どこかで恋愛観が捻じ曲がるだろうなと思いました。
あと、興味があったのは戦争のシーンです。
兵士が横一線に並んで、敵に向かって行進していくのですが、銃で撃たれて、前の列からバタバタと死んでいきます。
死んだ兵士の穴は、次の列の人が前に出て埋めていきます。
それが何度か繰り返されて、だんだん列が薄くなったところで、敵陣にたどり付いて接近戦が始まります。
「うわあっ」と思いましたが、その後に、別の国の話として、兵卒は死の恐怖で縛り付けられて、自由が利かなかったということが描かれていました。
命の価値は、本当に安いなあと思いました。
単なる弾除けでしかありません。
この描写は、「フルメタル・ジャケット」に繋がるなと思いました。