映画「ガタカ」のDVDを十月中旬に見ました。
1997年の映画で、監督・脚本はアンドリュー・ニコルです。
アンドリュー・ニコルは、「トゥルーマン・ショー」の脚本・製作や「ロード・オブ・ウォー」の脚本・監督・製作の人です。どの作品も面白いです。
どうやら「ガタカ」がデビュー作のようです。
映画は、面白かったです。とてもよくできていました。
映画としてもよくできていましたし、SFとしても優れた作品でした。
未見の人には、自信を持って薦められる作品です。
この作品は、SF映画です。
遺伝子差別の社会の中で、その世界で暮らすことの絶望感に必死に耐えながら、遺伝子的エリートの証である宇宙飛行士を目指す男の物語です。
その押し潰されそうな程のやるせなさが、映像の美しさとともに身に迫ってきます。
物語的に叙情の要素はそれほどないのですが、映像の構成の上手さで、情感を徹底的に盛り上げるようになっています。
そして、SF的設定の一つ一つに妥当性があり、それが非常に有意義に物語に噛み合っています。さらに、そういったギミックの見せ方が非常に上手いです。
また、SF的ギミックに、現代社会からの飛躍が驚くほど少ないです。
「現在からわずかに未来」「だけど、大きく違った未来」「でも、本質的には同じ社会」そういったものがよく描けています。
大変優れた作品だと思いました。
SF的設定だけでなく、主人公周りのキャラクターの設定も上手く、映画のラストでは、その全てが一気に迫ってきて、心を強く揺り動かさせられます。
喜びでも悲しみでも感動でもなく、それらがないまぜになった「言葉では言いにくい苦い気持ち」と「温かい気持ち」で心が満たされていく映画です。
そういった「短い言葉で言いにくい」、逆に言うと「その作品で伝えることの価値のある作品」になっている。
この映画は、そういった作品でした。
さて、この映画は、主人公はイーサン・ホーク、ヒロインはユマ・サーマン、主人公の仲間はジュード・ロウです。
若手俳優がいい演技をしています。
特に、この映画のイーサン・ホークは素晴らしいです。
遺伝子的劣等生でありながら、無理矢理手に入れたエリートの地位。そしてそのエリートの能力を、圧倒的な努力で再現する。
そして、その重圧と、ばれるかもしれないという不安に押し潰されそうになりながら日々を生きていく。
そういった人の苦悩を、遺憾なく伝えてくれています。
また、イーサン・ホークだけでなく、ジュード・ロウもよかったです。
遺伝子的優等生でありながら、望まれた成果を発揮できず、怪我で隠遁し、自分の身分を遺伝子的劣等生に譲る。
そして、その劣等生の努力を見ることで、自分の見ることができなかった夢を見させてもらう。
そういった演技を鉄面皮といった感じの表情でこなしていき、最後に感情の全てを静かに見せる。
彼の演じるラストは、全身が震えるような身悶えを感じさせました。
非常によい映画でした。
日本ではあまり名前を聞かないのですが、もっと人口に膾炙してよい作品だと思いました。
以下、粗筋です。(大きなネタバレはなし。中盤の最初辺りまで書いています)
遺伝子的デザインを施して子供を誕生させる未来。
その世界で、遺伝子的加工を全くしていない子供を一組の親が作った。彼は遺伝子的差別を受けるぐらいの遺伝子的劣等生として誕生する。
そのことの不利を悟った親は、二人目は遺伝子的デザインを施した弟を作る。兄はその弟に、肉体的にも知能的にもすぐに追い抜かれる。
子供時代の彼は、「弟に自分は敵わないのだ」と思い知らされるだけの日々だった。そんな主人公は、星空に、宇宙に憧れていた。
兄弟の少年時代の最後。兄と弟は海岸で一つの勝負を行う。沖に向かって泳いでいき、引き返さずにどこまでいけるかの勝負をするというものだ。
これまで主人公は弟に勝ったことはなかった。だが、この最後の勝負で奇跡が起こった。弟は溺れ掛け、主人公は弟を救って岸まで運ぶ。彼は人生で初めて弟に勝った。そして、彼は家を去った。
生家を離れた主人公は職を点々とする。
遺伝子差別の社会では、建物に入る時、身分を確認する時、あらゆるタイミングで、指先から血液を取られて遺伝子を確認される。
その世界の中で、主人公は自分が差別され続けながら生きていくしかないことを悟る。
そんな彼が一つの職業に就く。遺伝子的エリートたちが集まる、宇宙飛行士養成所の清掃夫だ。
彼はそこで、子供時代の宇宙に対する夢を再燃させる。そして、その施設のセキュリティを徹底的に研究して、一つの計画を実行に移す。
遺伝子的詐称をして、宇宙飛行士の訓練生に紛れ込むことだ。
主人公は裏社会の人間と取り引きして、社会から隠遁した遺伝子エリートの人生を買う。
彼に年収のいくらかを渡すことで、彼の身分と、血液や尿、髪の毛などの身体部品を継続的にもらうという契約だ。
その元エリートは、遺伝子的最高品質の男で、水泳の選手だったが、交通事故で車椅子生活になっていた。
主人公はその元エリートと共同生活を始め、宇宙飛行士養成所のセキュリティを突破し、宇宙飛行士候補生となる。
彼は血の滲むような努力で、その養成所でトップの成績を叩き出す。その努力を見て、元エリートは彼への惜しみない協力を約束する。
そして、いよいよ宇宙に旅立つ日が近づいてきた。だが、そこで問題が起こった。
養成所で殺人事件が起こったのだ。その殺された人間は、主人公が身分詐称をしていることを疑っていた。
養成所には警察がやって来て捜査が始まる。警察は主人公のまつ毛を発見し、遺伝子的劣等生を探し始める。
その警察の中に、主人公は「ある知っている人物」を見つけ、絶望感に襲われる。
彼は、自分の指の間から、宇宙に行く夢が滑り落ちていくのを感じながら、ロケット発射の日までを懸命に生きる……。
以下の感想は、若干のネタバレがあります。
主人公を演じるイーサン・ホークとその仲間を演じるジュード・ロウの、「圧倒的な絶望感」と「その中での必死の努力」の様子が素晴らしかったです。
序盤、感情を表に出さないエリートと思っていたジュード・ロウが途中で、「自分は水泳の大会でいつも二番だった……」と語り出すシーンがよかったです。
遺伝子的エリートとして扱われ、期待されながら、周囲の望む結果(一位で当然)を、全く出せないことの絶望感。
そして、交通事故に遭った真の原因は、飛び込み自殺を図ったことだと告白する瞬間。
また、イーサン・ホークの、辛さが滲み出る演技もよかったです。
夢が間近に迫っていたのに、それがどんどん絶望的になっていく苦しみと必死の足掻き。
そして、全ての終わりが近づく中で知り合った女性。彼女は、自分の遺伝的劣等性を当然のことと思い、努力を放棄している。
その彼女に対して、自分の全てを語って「遺伝的劣等性が全てではない」と言いたいが言えない辛さ。そして、「努力は報われるんだ」と大声で伝えたいのに、自分の努力が潰えようとしている悲しさ。
それらの全ての負の要素が、美しい景色と対比されることで、浮き上がって見える映像的演出。
最後の二人のラストを見ると、そういった思いが複雑に絡み合い、「これはよい映画だ」と感じさせられます。
決して明快で爽快な映画ではないですが、見て損のない映画です。
本当によい映画でした。
以下、おまけです。
ジャック・ハンマーの「骨切断+足伸ばし」や、虎眼先生の「六本指」などがあり、マンガ好きはニヤリとさせられます。
いや、どうでもよいことなのですが。