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2008年04月07日 12:43:24
40歳の童貞男
 映画「40歳の童貞男」のDVDを二月の下旬に見ました。

 2005年の作品で、監督、脚本はジャド・アパトー。

 面白かったのですが、いろいろと複雑な気分にさせてくれる映画です。

 でも、上手く作っているので嫌味がないです。そこらへんは、素直に上手いなと思いました。



 さて、この映画がどういった話かと言うと……、ぶっちゃけ説明はいらないですよね?

 タイトルを見たら説明しなくても分かると思います。題名がそのまま映画の中身を示しています。

 粗筋を書かなくてもだいたい内容は分かると思いますし、たぶんタイトルから想像する通りの内容だと思います。なので粗筋を先に書きます。

 ただし、粗筋が決まっていても、面白くなるかどうかは別物です。

 同じ粗筋でも、作り方次第で、よくも悪くもなります。

 この映画は、面白くなっています。

 脚本自体が優れているというよりは、演出が上手いんだろうなと思いました。

 演出を少しでも間違うと、とたんに嫌味満点の映画になってしまいますので。



 以下、粗筋です。(ネタバレあり。後半の序盤まで書いています)

 主人公は電気販売店の従業員。彼は在庫管理の仕事をしながら、週末はゲームやフィギュアやインターネットを楽しんでいる善良な社会人だ。

 彼はある日、職場の同僚たちにポーカーに誘われる。オンラインカジノで腕を磨いていた主人公は一人で大勝する。

 その勝負のあと、仲間たちとの雑談が始まった。話題は女についてのものだ。

 女性経験がない主人公は適当に話を合わせる。しかし、ぼろを出してしまって童貞なのがばれてしまう。

「40歳で童貞だって!」

 仲間たちは驚愕する。そして、彼を病気のように心配する。

 友人たちは、主人公を女性に開眼させるために奔走する。

 最初は嫌々だった主人公だが、自分でもどうにかしたいと思っていた節もあり、次第に努力し始める。

 しかし、仲間たちの奮闘はどこかずれており、主人公は次第に面倒になってくる。

 そんな折、彼は一人の女性に恋をする。彼女は電気販売店の近くでネットオークションのショップを運営している人物だった。

 主人公は最初はなかなかアプローチできないが、ようやく彼女に接近して付き合うことになる。

 しかし、最初のセックスのチャンスで失敗した。コンドームの付け方が分からなかったのだ。

「セックスなんて嫌だ!」

 心の中で絶叫し、自暴自棄になる主人公。そんな彼に、女性は提案した。

「一定期間、セックスなしの付き合いをしましょう」

「なんて素敵な提案だ!」

 主人公はその提案を絶賛する。彼女には子供が三人いた。最も上の子供には最近赤ん坊も誕生していた。

 子供たちの体面上、セックスにのめり込む訳にはいかなかった。

 主人公はセックスなしの恋愛を楽しみ始める。そんな彼の周辺で、ある変化が起こっていた。

 主人公を支援していた友人たちは、恋の迷走期に突入していたのだ。彼らは自暴自棄になりながら主人公に絡み出す。

「いいか、本命とのセックスの前に、経験値を上げるんだ!」

 執拗に主人公にセックスを強要する仲間たち。

 主人公は本命とセックスができるのか、そして、彼女に自分が童貞であることを告白できるのか。

 そして、彼女と約束したセックスレス期間の終了が近付いてきた……。



 脚本は、結末のある一点以外はよくできています。

 その一点については、最後に書きます。



 さて、「40歳の童貞男」という、このタイトルが意味することの内容についてです。

 まあ何と言うか、ネット界隈では「魔法使い」という言葉もあるように、この問題はけっこう深刻な問題だったりします。

 いつの時代も、こういった問題はあったのでしょうが、現代では特にそういった問題が顕在化しています。

 村社会ではなくなり、婚姻が人生の必須通過儀礼ではなくなったという社会的背景もあります。

 それに「セックスや結婚に恋愛を経なければならない」という社会的な価値観の変化も背景にあります。

 昔は今ほど、セックスや結婚に恋愛は必須ではなかったです。というか、恋愛で決まる方が例外だった時代もあります。

「えっ、恋愛しないといけないの?」と言う人もいると思います。

 そして昔と違い、人生や娯楽の選択肢が増えたせいで、セックス以外に時間を割く方が遥かに有用だと考える人たちが増えたこともあります。

 また、社会的に求められる富の平均値が高くなってしまったせいで、家でぶらぶらしている時間が極端に短くなってしまたという事実もあります。

 あと、ストレスが増大したせいで性欲が減退しているという生理的背景もあるでしょう。

 まあ、簡単にまとめると、セックスや結婚の社会的相場が下落している訳です。

 そりゃあ、セックスレスの夫婦も増えますし、晩婚化も進みますし、結婚しない人、セックスをしない人の割合も増大します。

 なので、本当は切実な問題だよなと思いました。



 いや、本当に切実な問題なのは、全人類がそういう時期に突入しているわけではなく、一部の人だけがそういう時期に突入し、残りの人たちがネズミ算式に子孫を増やしている状態にあるわけなのですが。

 人間の数は、二アリーイコールで軍事力や経済力に結びつきます。なので、周囲が増大している中で一部だけを減らすことは難しいです。

 全人類が緩やかに減っていて、ちょうどよいポイントに向かっているようなら、それほど憂慮はしないです。

 軍拡競争を途中で降りられないように、国という小さな単位で人口の減少を容認することは難しいです。

 でもまあ個人的には、趣味に割く時間を削ってまでそういったことを社会的に推奨する気にはならないです。

 選択肢のある人生の方がよいですので。



 さて、映画について話題を戻します。

 上手いなあと思ったのは、主人公の周りの友人たちの使い方です。

 基本的にイケイケの体育会系かと思わせておいて、主人公が係わり合いを持ち始めたら、本命に頭が上がらなかったり、メソメソ系だったり、アブノーマル系だったりして、「お前らもどうかと思うぞ」という本性が露呈していきます。

 それだけではありません。職場の友人たちは、主人公のことを本気で心配しています。

 ここは重要だと思います。からかったり馬鹿にしたりするのではなく、病気を心配するように、みんなで「どうにかしなければ」と奔走します。

 まあ、その奔走の方向性が間違っているというか、迷走気味なのがコメディーとしてよく描けているのですが。



 それに、細かな演出も冴えていました。

「アンディーが40歳なのに若々しいのは、もしかしてセックスをしていないからか?」という台詞は上手かったです。

 また、友人の一人が、自分の秘蔵コレクションを主人公に授けるシーンもよかったです。

 そうです。男性はだいたい、自分の秘蔵コレクションを作るものですから。男はそういう動物です。



 あと、ちょっと気になったことがあります。

 コメディーということもあるのでしょうが、何気にみんな、セックスに対してオープンです。

 主人公以外、セックスを食事のように開放的に楽しみます。

 そうなのか? と若干思いました。日米の差もあるのでしょうし、いやそれ以前に周囲の人間環境の差が大きいかもしれませんが気になりました。

 これは映画の中だけの世界かもしれません。そこらへんは謎です。

 しかしまあ、みんなアニマルだなと思いました。本能に忠実というか。



 さて、この映画は、前半はこんな感じで進行します。

 しかし、それだけでは終わりません。

 後半、主人公が意中の女性に接近するようになってからは、これまでと違う価値観が主人公に対して提示されたり、主人公自身の生き方の上での葛藤などが出てきます。

 だいぶ真面目になります。

 しかし、それを緩和させる仕掛けがきちんと脚本に盛り込まれています。

 この後半では、今度は周囲の友人たちが自分の恋愛で迷走し始めます。つまり、コメディー要素を、主人公から友人たちへと上手くスライドさせています。

 ここらへんは上手いなと思いました。

 こういった処置がないと、後半はちょっと重い展開になりますので。



 また、後半になり、主人公が他人に対して心を開き、真剣に向かい合うようになった時に、社会的地位や立場でもそれが評価されるという仕掛けが用意されています。

 前半は在庫整理のバックヤード要員だった主人公ですが、後半は配置転換で店内営業になり、そこで丁寧な接客と豊富な商品知識で評価を得て営業主任になります。

 主人公の内的変化を、外的判断基準で理解できるようにする脚本上のギミックです。

 基本をよく押さえた演出だなと思いました。



 以下、ラスト周りの話です。

 少し改行します。まあ、見ても問題のないレベルなので、五行ほどですが。







 さて、映画のラストです。

 ラストは笑いました。「お前たちは、『踊るマハラジャ』かよ」と思いました。変な演出ですが、これはこれでありかなと思います。

 そういえば、「踊るマハラジャ」はまだ見ていないのでその内見ないといけません。



 映画で一点だけ納得がいかない部分がありました。

 脚本上、それがもっとも効果的で分かりやすいのは理解できるのですが、主人公と同じタイプの人間にとって、ここだけは譲れないだろうという一線を譲ってしまっています。

 主人公が結婚に際して、持っているフィギュアを全て売ることです。

 これはいただけない。

 一般の人にとって、最も分かりやすい形での「卒業」であるのは分かりますが、そもそもこの話の主人公のようなタイプの人間にとって、趣味とは卒業するものではなく、人生そのものです。

 なので、それは「卒業」ではなく「死」を意味します。

 この問題点を解決して上手く結末を作れていたら、脚本に高い評価を与えるのですが、それができていなかったので、脚本自体には高い評価を与えられません。

 誰もが思いつく結末は、減点対象ですので。

 まあでも、それ以外のところはよくできた映画だと思いました。
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