映画「ラスト、コーション」のDVDを三月上旬に見ました。
2007年の作品で、監督はアン・リー、脚本はワン・フイリン、原作はチャン・アイリンです。
原題は「LUST, CAUTION 色戒」。「lust」は性欲、肉欲。「caution」は注意、警戒、警告です。漢字そのままですね。
この映画に関しては、どんな映画なのか、見る前から聞いていました。まさに「性という名の格闘技」という感じの映画でした。
映画の後半は、かなりの部分が性描写になるのですが、それがもう格闘技です。
男は相手を押さえ付け、絡め取り、締め上げ、屈服させる。女はそれに負けないように、体をねじり、主導権を握り、相手を蠱惑しようとする。
まさにバトルです。
ヘアーまで見せて絡み合っているのに、エロさよりも先に、格闘技的な手に汗を握る展開に見えてしまいます。
何せ、しょっぱなの濡れ場では、男が女をいきなり縛り上げて、動けなくしてから貫きますので。
凄い映画だなと思いました。映画としても面白かったです。
個人的に、バキの特別編を思い出しました。
さて、この映画なのですが、そういった性描写が売りの映画かというとそうではありません。
性行為は、権力への抵抗のメタファーになっています。
そのことを書くために、まずは粗筋から書こうと思います。
以下、粗筋です。(終盤の最初まで書いています。ラストのネタバレはありませんが、それ以外はだいたい書いています。ネタバレが致命的な映画ではありません)
第二次大戦下。主人公は、中国から香港に亡命している女学生。
大学に通う彼女は、友人に誘われて劇団に入る。その劇団の団長は美男子だった。彼女はその男に好意を抱く。
劇団は抗日を訴える演劇を行い好評を博す。その演劇で彼女は主人公を演じる。
劇団は徐々に過激化していく。団長は世の中の役に立つ演技をすることを訴える。彼は日本におもねる中国の高官を暗殺する計画を立てる。ターゲットは、特務機関の男。彼らは金持ちの夫婦とその使用人を演じ、特務機関の男とその妻に近付く。
主人公は、金持ちの夫人を演じることになる。そして、特務機関の男を誘惑し、一人だけの場所に連れ出す役を担うことになる。
だが、計画は失敗する。そもそも計画は杜撰だった。そして情報も漏れてしまう。
特務機関の男と団長を取り持った男がいた。彼は、劇団の企みを知り、脅迫にやって来る。
その男を、劇団員たちは殺害する。そして劇団はばらばらになる。特務機関の男は、そのことを知らずに香港を後にする。
三年後、上海で貧しい生活をしていた主人公の前に、再び団長が現れる。彼は抗日の組織に入り、活動を続けていた。
彼は、再び特務機関の男を誘惑して欲しいという。ターゲットの男は、香港時代よりも出世をして、手の届かない存在になっていた。彼女は、団長に淡い恋心を抱き続けていたので、その願いを聞き入れる。
しかしそれは、悲劇の始まりだった。
特務機関の男は、主人公を犯し、屈服させようとする。彼は孤独だった。騙し合いの世界に身を置く彼は、心から愛せる相手を求めていた。乱暴な扱いは、彼の手探りの愛だった。
そんな男に主人公は心を寄せていく。男の孤独を知った女は、次第に恋に落ちていく。
そして、暗殺計画が始動した。彼女は特務機関の男とともに、その現場に赴くことになる……。
先に権力のメタファーと書きましたが、特務機関の男は支配者の象徴で、主人公は虐げられる側の象徴です。
なので蹂躙するような荒々しいバトルとなります。
映画は、二つのパートに分けられます。
一つ目は香港編で、学生たちのあまりに杜撰な暗殺計画が進行します。
二つ目は上海編で、肉体のぶつかり合いを通した支配と抵抗のバトル、そこから芽生える愛情が中心となります。
最初の香港編は、馬鹿なことに手を出したせでい、どんどん落ちていく学生たちの泥沼感にダウナーになります。
何より、劇団の団長の青臭さが非常にげんなりとさせられます。何と言うか、理想に能力が全く追い付いていないし、理想を描くための視野の広さも全くない。
おかげで、場当たり的に状況はどんどん悪化していきます。
この香港編で、特務機関の男を誘惑することになった主人公は処女です。
でも、「金持ちの夫人」として誘惑をさせるので、事に及ぶことになった場合に処女では困ります。
仕方なく団長は、彼女に性行為の練習をさせることにします。団で唯一童貞を捨てている貧相な男にその役をさせます。彼が童貞を捨てたのは恋愛ではなく、そういった場所です……。
主人公は団長に恋をしています。しかし、その相手からすまなさそうな顔で頼まれて、嫌々処女を捨てます。そして、性行為の練習をひたすらさせられます。
もう何と言うか、団長のへたれ具合は壮絶です。
そして、殺人事件の結果、劇団は解散になるのですが、もっと早く解散していればよかったのにと思いました。
あと、理想を語るけれど能力がない男に、女性は付いていったら駄目だなと思いました。単に能力がない男よりも性質が悪いです。
後半の上海編は、がちんこ肉体バトルです。
こちらでは、特務機関の男と主人公が、肉体の駆け引きを通して、恋愛の主導権を握ろうとします。二人は、互いにマウントを取り合いながら戦い続けます。
この後半を見ていて分かるのは、男の格の違いです。圧倒的に、団長よりも特務機関の男の方が、男の格が数段上です。映画を見ている人もそれは分かるし、主人公にも当然分かる。
会う順番が逆だったらよかったのにと本気で思いました。
そして終盤近く、決定的な台詞を団長が吐きます。
散々巻き込んで彼女の人生を滅茶苦茶にした挙句、「君をひどい目には遭わせはしない」と言います。
百年の恋も覚める瞬間と言えばよいのでしょうか。
これまでのことは酷いことだとは思っていなかったのかよと、壮絶に突っ込みたくなりました。
さて、この映画の「敵」になる特務機関の男ですが、トニー・レオンが演じています。
ほとんど台詞がないのに、圧倒的な存在感です。
そして、ラストの胸に迫る演技。
いい俳優だなと思いました。