映画「その男ゾルバ」のDVDを四月中旬に見ました。
1964年の白黒映画で、原題は「ZORBA THE GREEK」。監督・脚本はマイケル・カコヤニス、原作はニコス・カザンザキス、主演はアンソニー・クインです。競演はアラン・ベイツになります。
映画は、割と面白かったです。
何事にも踏み込まない性格の作家兼、土地持ちの男と、その男に雇われたゾルバという陽気なギリシア人の物語です。
このゾルバを、アンソニー・クインが演じているのですが、「壮健と快活と楽天」を絵に描いたような人物で面白かったです。
あと、この映画の凄いなと思ったところは、舞台となるクレタ島の風習です。
終盤に、それらが反映されたシーンが出てくるのですが唖然とします。口があんぐりとなりました。そのことについては後で書きます。
あと、個人的な印象としては、物語を楽しむタイプの作品というよりは、ゾルバを演じているアンソニー・クインを楽しむ作品といった印象でした。全ての場面を、アンソニー・クインがさらっていきますので。
そういった意味では、この映画は「役者の映画」だなと思いました。
この映画は、ジャンルとしては、エンターテインメント映画というよりは、文芸映画に入るのだと思います。
しかし、エンターテインメント性も高く、派手なシーンや、驚かされるシーンも多く用意されています。
そういったエンターテインメント性の高い部分は、以下の三点です。
1.ゾルバが案を出して工事を行う、山からの木の伐採と運搬。
2.村にいる美人の未亡人と、小説家との、なかなか進展しない恋愛。
3.村にいるホテルを経営するマダムの話。
このどれも、結末は派手で大掛かりになります。各エピソードのダイナミック・レンジが大きいので、映画はなかなか楽しめます。
そして、2と3の結末は、クレタ島という場所のローカルな風習が絡められていて、独自性を持ったものになっていました。
こういったローカル色を出した独自性があると、他の作品との差別化という意味で強いなと思いました。
また、文芸っぽいなと思った部分についても書いておきます。
それは、村のホテルを経営する太ったマダムです。彼女の身の上話や、行動や、言動が、妙に文芸っぽさを感じさせてくれました。
「私は四つの国の提督と恋人で、彼らに一緒に抱かれていたの……」などという感じで語る彼女の様子が、妙に物語めいていて面白かったです。
でも、冷静に考えると、彼女がしゃべっている話はかなりエロいです。しかし、現在の容姿が小太りのおばさんになっているのと、話し方があっけらかんとしているのとで、エロさを感じません。
こういったキャラの立て方は面白いなと思いました。
また、もう一点文芸っぽいなと思ったことがあります。それは、ゾルバの絵の下手さです。
マダムの話を聞いた後、ゾルバは、彼女が語った話を絵に描いてプレゼントします。これがもう、幼稚園児ぐらいに下手です。
DVDには、アンソニー・クインのドキュメンタリーが付いていたのですが、彼は画家もしています。なので、本当は絵が上手いです。
わざと下手な絵を用意していたんだろうなと思います。その絵の下手さが、なんだか文芸っぽいなと思いました。
以下、粗筋です(ネタバレあり。中盤の終わりぐらいまで書いています)。
小説家は、父の遺産である土地を受け継ぐために、クレタ島に向かっていた。彼はその途中でゾルバという不敵な老ギリシア人に出会う。彼は様々な職業だけでなく、結婚と離婚も経験していた。
何事にも心を強く動かされない小説家は、ゾルバの明朗快活さに魅かれる。そして、彼を雇い、共にクレタ島に向かう。
小説家が相続したのは炭鉱だった。彼は、鉱夫だった経験のあるゾルバを監督にして、その操業を再開しようとする。また、村のホテルのマダムと知り合ったり、美人の未亡人と出会ったりする。
山に穴を掘って進んでいたゾルバとその部下たちだが、穴が潰れてしまう。穴を支える木材が不足しているせいだった。
ゾルバは、教会が持つ山に目を付ける。そして、その山の木材を輸出することを考えて、その実現に邁進する。
小説家はその様子を見ながら、村での暮らしを続ける。未亡人は彼に興味を示しているようだった。ゾルバは、小説家をけしかけるが、彼は一歩を踏み出せない。
未亡人は、村の人たちから距離を置かれていた。誰の者にもならない彼女は、男たちにとっては、トラブルを招く存在でしかなかった。また、村の若者が彼女に惚れており、父親はそのことを苦々しく思っていた。
ゾルバは様々な検討を重ねた末、山の森を切り出すための道具を買いに町に行くことに決める。小説家は、金を渡して見送る。だがゾルバは、その金で、街の女と暮らし始めてしまう。
小説家は腹を立てる。彼は、ホテルのマダムに、ゾルバからの手紙を読んでくれとせがまれて、ゾルバがマダムと結婚したがっていると嘘を吐く。
また感情的になった彼は、未亡人の家に行き、彼女とともに一夜を過ごす。だが、そのことが大きな悲劇を招くことになる。未亡人に惚れていた若者が自殺をしてしまったのだ。
ゾルバが戻ってくる。村は不穏な空気で満ちている。そして、息子を失った父を中心にして、人々は未亡人に対して暴発する……。
以下、ネタバレありの感想です。
映画は終盤、劇的な展開になります。
未亡人の話の結末も驚きましたが、マダムの話の結末も驚きました。
そして、何よりも驚いたのは、人が死んだ時の、クレタ島の人々の行動です。
「係累がいない人が死ぬと、政府に財産を没収されるから」と、死ぬ前ぐらいから家に集まって、今か今かと死ぬのを待ち、死んだら家具や財産を奪い合い、残らず持って行きます。
酷い人になると、死ぬ前から奪い始めます。
これは非常に驚きました。
文化の違いなのかもしれませんが、死者に対する敬意などは微塵もありません。映画の中の登場人物である小説家とゾルバも呆然としていました。
最後に、ゾルバと小説家の会話の中で、印象に残ったやり取りをメモしておきます。
ゾルバ「あんたが読んでいる本には、苦しみを解決する方法は書いていないのか?」
小説家「本は、そういった苦しみに悩む人を描いている」
ゾルバ「そんな本には意味はない」
二人の感情の温度の違いが、非常に明瞭に分かるシーンだと思いました。