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[万葉] 関係の記事・
[和歌] 関係の記事・
[古典] 関係の記事 四月の下旬に、岩波新書の斎藤茂吉著の「万葉秀歌」上下巻を読み終わったので感想です。今回は下巻について書きます。
以下「万葉秀歌」の下巻に掲載されている歌の中から、これはと思った歌を抜き出して書きます。
あくまで、私の好みで選んだ作品ですので、世間の評価とは違うと思います。
また、整理、歌意、感想は、本を参考にして、私が勝手に付けています。文法的に誤っている部分もあると思います。
それでは、以下私が選んだ秀歌です。
■巻第八
P1 歌巻8・1418
「石激(いはばし)る垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の萌え出(い)づる春になりにけるかも
志貴皇子(しきのみこ)」
●整理:
石激る
垂水の上の
さ蕨の
萌え出づる春に
なりにけるかも
●歌意:
巌の上を音を立てて流れ落ちる滝の上の蕨が、萌え出る春になったものだなあ。
●感想:
ラ行の音と、ノの音で繋いだ歌の全体が、音を立てて流れる水のリズムを感じさせる。そして、春の涼しげな気持ちのよさを伝えてくれる。
P5 歌巻8・1412
「うち靡(なび)く春来(きた)るらし山の際(は)の遠(とほ)き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば
尾張連(おわりのむらじ)」
●整理:
うち靡く
春来るらし
山の際の
遠き木末の
咲きゆく見れば
●歌意:
春が来たのだな。山のきわの遠くまで続く木立に、花が次々と咲いていく。
●感想:
遠くまで続く山の連なりに、次々と花が咲いていくここ数日の様子が、高速再生させた動画的景色として見えてくる。
P19 歌巻8・1639
「沫雪(あわゆき)のほどろほどろに零(ふ)り重(し)けば平城(なら)の京師(みやこ)し念(おも)ほゆるかも
大伴旅人」
●整理:
沫雪の
ほどろほどろに
零り重けば
平城の京師し
念ほゆるかも
●歌意:
淡雪がほどろほどろと降り重なっている。私は奈良の都を思い出す。
●感想:
「ほどろほどろに降りしけば」という淡雪の重さや手触りを感じさせる表現がよい。
P20 歌巻8・1658
「吾(わが)背子(せこ)と二人見ませば幾許(いくばく)かこの零(ふ)る雪の懽(うれ)しからまし
光明(こうみょう)皇后」
●整理:
吾背子と
二人見ませば
幾許か
この零る雪の
懽しからまし
●歌意:
あなたとお二人で見ることができれば、どれほどか嬉しいことでしょうか。この美しく降りゆく雪の景色を。
●感想:
雪を見ての率直な心が、するりと流れるような言葉となって表出しているように思える。
■巻第九
P27 歌巻9・1715
「楽浪(ささなみ)の比良山(ひらやま)風(かぜ)の海吹けば釣(つり)する海人(あま)の袂(そで)かへる見ゆ
柿本人麿集」
●整理:
楽浪の
比良山風の
海吹けば
釣する海人の
袂かへる見ゆ
●歌意:
近江の楽浪の比良山から吹き降ろす風が、湖水の上に来ると、釣りをする海人の袖が翻るのが見える。
●感想:
内容的にはどうということもない歌だが、すっきりとした美しい調子がある。そして点景のような海人の姿が憎い。
P29 歌巻9・1791
「旅人の宿りせむ野に霜降らば吾(わ)が子羽(は)ぐくめ天(あめ)の鶴群(たずむら)
遣唐使随員の母」
●整理:
旅人の
宿りせむ野に
霜降らば
吾が子羽ぐくめ
天の鶴群
●歌意:
私の子が遠く唐に行って宿るだろう。その野に霜が降ったならば、我が子をその翼で覆って守ってくれ、大空を行く鶴の群れたちよ。
●感想:
子を思いやる母の心が、物語的な依頼の言葉とともに、一種幻想的な世界を伝えてくれる。
■巻第十
P32 歌巻10・1812
「ひさかたの天の香具山このゆふべ霞たなびく春立つらしも
柿本人麿集」
●整理:
(久方の)
天の香具山
この夕べ
霞たなびく
春立つらしも
●歌意:
天の香具山に、今日の夕べに霞がたなびいた。春が来たのだなあ。
●感想:
調べがよい。
P39 歌巻10・2128
「秋風に大和(やまと)へ超ゆる雁がねはいや遠(とほ)ざかる雲がくりつつ
作者不詳」
●整理:
秋風に
大和へ超ゆる
雁がねは
いや遠ざかる
雲がくりつつ
●歌意:
秋風の中、大和へ向かっていく雁が遠ざかっていく。雲に隠れ現れしながら。
●感想:
侘びしく寂しい景色を感じる。この寂寥感は、故郷を離れた人の心を反映しているからなのかもしれない。
P43 歌巻10・2180
「九月(ながつき)の時雨の雨に沾(ぬ)れとほり春日の山は色づきにけり
作者不詳」
●整理:
九月の
時雨の雨に
沾れとほり
春日の山は
色づきにけり
●歌意:
九月の時雨によって濡れわたり、春日の山は色付いている。
●感想:
「時雨の雨に沾れとほり」の表現がいい。全体的にするっと読めるのもよい。
P45 歌巻10・2227
「思はぬに時雨の雨は零(ふ)りたれど天雲(あまぐも)霽(は)れて月夜(つくよ)さやけし
作者不詳」
●整理:
思はぬに
時雨の雨は
零りたれど
天雲霽れて
月夜さやけし
●歌意:
思いがけず時雨が降ったけれど、いつの間にか天の雲が晴れて、月明かりが清明になったなあ。
●感想:
凛とした清明さが感じられる歌。
P49 歌巻10・2323
「吾が背子を今か今かと出(い)で見れば沫雪(あわゆき)ふれり庭(には)もほどろに
作者不詳」
●整理:
吾が背子を
今か今かと
出で見れば
沫雪降れり
庭もほどろに
●歌意:
あの人が来るのを、今か今かと待って、外に出て見てみれば、淡雪が降っている。庭を柔らかく覆うように。
●感想:
上の句に対して、下の句で一気に景色が開けるような構成が、はっとさせられる。
吐く息の白さと、庭に降り積もる雪が、柔らかく気持ちを包み込むような印象を与える。
P50 歌巻10・2336
「はなはだも夜深(よふ)けてな行(ゆ)き道の辺(みちのべ)の五百小竹(ゆざさ)が上(うへ)に霜の降る夜(よ)を
作者不詳」
●整理:
はなはだも
夜深けてな行き
道の辺の
五百小竹が上に
霜の降る夜を
●歌意:
こんな夜更けに、あなたは行くのですか? 道に茂った多くの笹の上に、霜の降る夜の中を。
帰らずに、私とともに、暁まで過ごしてください。
●感想:
笹の上に霜が降るという情景の切り取り方が美しい。
■巻第十一
P59 歌巻11・2425
「山科(やましな)の木幡(こはた)の山を馬はあれど歩(かち)ゆ吾が来(こ)し汝(な)を念(おも)ひかね
柿本人麿集」
●整理:
山科の
木幡の山を
馬はあれど
歩ゆ吾が来し
汝を念ひかね
●歌意:
山科の木幡の山を、馬があるのに歩いて来た。お前を思う心に耐えかねて、取るものも取りあえず、歩いて来てしまったのだ。
●感想:
恋愛の直情的な率直さが出ていて微笑ましい。理論では馬の方が速いはずだが、馬を用意するのもまどろっこしかったのだろう。
P65 歌巻11・2520
「苅薦(かりごも)の一重(ひとへ)を敷(し)きてさ寐(ぬ)れども君とし寝れば寒(さむ)けくもなし
作者不詳」
●整理:
苅薦の
一重を敷きて
さ寐れども
君とし寝れば
寒けくもなし
●歌意:
こもむしろを一枚敷いて寝ていても、あなたと寝ているのですから、寒くはありません。
●感想:
可愛らしい歌。初々しい恋の様子が伝わって来る。
萌え歌。
P66 歌巻11・2540
「振分(ふりわけ)の髪を短(みじか)み春草を髪に綰(た)くらむ妹(いも)をしぞおもふ
作者不詳」
●整理:
振分の
髪を短み
春草を
髪に綰くらむ
妹をしぞおもふ
●歌意:
肩の辺りで切り揃えている、振り分け髪の幼いあの子。彼女はまだ髪を結えないので、春草を髪に足して、髪を束ねてでもいるのだろうか。ああ、あどけないあの子のことが、思い出される。
●感想:
非常に可愛らしい光景を想像する。
萌え歌。
P67 歌巻11・2546
「念(おも)はぬに到(いた)らば妹(いも)が歓(うれ)しみと笑(ゑ)まむ眉引(まよびき)おもほゆるかも
作者不詳」
●整理:
念はぬに
到らば妹が
歓しみと
笑まむ眉引
おもほゆるかも
●歌意:
突然女のところに行ったら、彼女は嬉しいとニコニコするだろう。そう思うと楽しくなる。
●感想:
「笑まむ眉引」というのが、ニコニコ顔を想像させてくれてよい。また、そのことを想像している男の浮き立つ心も伝わって来る。
P68 歌巻11・2554
「相(あひ)見ては面(おも)隠さるるものからに継ぎて見まくの欲しき君かも
作者不詳」
●整理:
相見ては
面隠さるる
ものからに
継ぎて見まくの
欲しき君かも
●歌意:
お目にかかれば、恥ずかしくて顔を隠したくなるのですけど、度々お目にかかりたいあなたなのです。
●感想:
恥じらいの感情が可愛らしい。
萌え歌。
P73 歌巻11・2582
「あぢき無く何(なに)の枉言(たはこと)いま更(さら)に小童言(わらはごと)する老人(おいびと)にして
作者不詳」
●整理:
あぢき無く
何の枉言
今更に
小童言する
老人にして
●歌意:
すでに老人なのに、今更なんという子供じみた告白をしたのだろうか。
それでも、あの女が恋しくて耐えられないのだ。
●感想:
老いの恋。
P78 歌巻11・2679
「窓ごしに月おし照りてあしひきの嵐吹く夜(よ)は君をしぞ念(おも)ふ
作者不詳」
●整理:
窓ごしに
月おし照りて
あしひきの
嵐吹く夜は
君をしぞ念ふ
●歌意:
窓から月の光が差し込んで、嵐の吹いている今晩は、ひとしお、あなたのことが恋しく思われます。
●感想:
「月おし照りて」の句がよい。月の明かりが、丸い柔らかさを持って、部屋の空気を押しながら入ってくる風情がある。
P86 歌巻11・2802
「あしひきの山鳥の尾の垂(しだ)り尾の長き長夜(ながよ)を一人かも宿(ね)む
作者不詳」
●整理:
(あしひきの
山鳥の尾の
垂り尾の)
長き長夜を
一人かも宿む
●歌意:
長い夜を一人で寝る。
●感想:
口調がよく、序詞の連想がよい。百人一首にも選ばれている。
■巻第十二
P90 歌巻12・2893
「朝去(ゆ)きて夕(ゆふ)べは来ます君ゆゑにゆゆしくも吾(あ)は歎(なげ)きつるかも
作者不詳」
●整理:
朝去きて
夕べは来ます
君ゆゑに
ゆゆしくも吾は
歎きつるかも
●歌意:
朝は帰り、夕べにはまた来るあなたです。それなのに、あなたのことを忌々しく思うほどに、私はあなたが恋しいのです。待ちきれないのです。
●感想:
可愛らしい。恋する乙女という感じがする。
萌え歌。
P95 歌巻12・3004
「ひさかたの天(あま)つみ空に照れる日の失せなむ日こそ吾(わ)が恋(こひ)止(や)まめ
作者不詳」
●整理:
(ひさかたの)
天つみ空に
照れる日の
失せなむ日こそ
吾が恋止まめ
●歌意:
空の太陽が無くなった日に、俺の恋は止まるだろう。
つまり、俺の恋は止まらない。
●感想:
なんだか胸を張っているような明朗さと開き直りがいい。
■巻第十三
■巻第十四
東歌の多い巻。
■巻第十五
P131 歌巻15・3602
「あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも
作者不詳」
●整理:
(あをによし)
奈良の都に
たなびける
天の白雲
見れど飽かぬかも
●歌意:
奈良の都にたなびく白雲は、見ても飽きないことだなあ。
●感想:
大きな広がりを感じさせる歌。
入新羅使の人々が、海上で故郷を思って、古歌を口ずさんだ。そういった歌の一つ。
■巻第十六
P140 歌巻16・3786
「春さらば挿頭(かざし)にせむと我が思(も)ひし桜の花は散りにけるかも
壮士某」
●整理:
春さらば
挿頭にせむと
我が思ひし
桜の花は
散りにけるかも
●歌意:
春が去ったなら妻にしようと思っていた、その桜子が死んでしまった。
●感想:
妻争い伝説歌の一つ。
桜子という乙女がいて、二人の青年に告白され、二人を愛することはできないと嘆き、林に入って死んだ。二人の青年がそのことを悲しんで作った歌。
メモ。
■巻第十七
■巻第十八
■巻第十九
P164 歌巻19・4291
「我が宿のいささ群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕(ゆふべ)かも
大伴家持」
●整理:
我が宿の
いささ群竹
吹く風の
音のかそけき
この夕かも
●歌意:
私の家の小竹林に、夕方の風が吹き、かすかな音を立てている。あわれなこの夕方であるよ。
●感想:
「音のかそけき」という句が風情がある。
■巻第二十
防人の歌が多い。
■従属選出歌
というわけで下巻は以上です。
下巻に載っていた歌は251首。その内、私が選んだのは25首です。約10%。
上巻と下巻の合計が490首。内、私が選んだのは50首です(万葉集全体だと、50/4500なので、1.1%)。
読んだ時の印象よりも多かったなというのが、個人的な感想です。読み直してみると、けっこう気に入った歌がありました。
以下、人物別の数をリスト・アップします。
柿本人麿7(柿本人麿4+柿本人麿集3)
山上憶良4
額田王2
志貴皇子2
山部赤人2
大伴旅人2
大伴家持2
天智天皇
持統天皇
藤原鎌足
有馬皇子
高市皇子
大来皇女
舒明天皇
尾張連
光明皇后
遣唐使随員の母
壮士某
作者不詳17
柿本人麿集と書いてあるのは、著者が「作者不詳」の歌の内、「柿本人麿集」に載っていたのを調べた歌です。なので、実際は柿本人麿とは関係ない歌が多いと思います。
というわけで、少ない中でも、万葉歌人として有名な人はリスト・アップされています。さすがだなと思いました。
あと、今は「新古今和歌集」を読んでいるのですが、万葉集の歌は新古今にもちらほらと出てきます。
何というか、新古今は「オール・キャスト」といった感じで、過去の選出に関係なく、歌を選んでありますので。
というわけで、「万葉秀歌」の上下巻の感想は終わりです。
次は「新古今和歌集」の感想になると思います。今はまだ180首ぐらいしか読んでいないので、先は長そうですが(全体で2000首強)。