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http://www.wrestler.jp/
2009年07月27日 16:09:30
 映画「レスラー」を劇場で、六月下旬に見てきました。

 2008年の映画で、監督はダーレン・アロノフスキー、脚本はロバート・シーゲル、主演はミッキー・ロークです。

 ミッキー・ロークの復活映画なので、予習として「ランブルフィッシュ」(1984)を見てから行きました。

 うわっ、顔も肉体も別人だ。

写真1 / 写真2

写真3 / 写真4

 昔のミッキー・ロークは、影のある美青年という感じだったのに、今のミッキー・ロークは、いかついおっさんです。

 凄い変化だなと思いました。



 映画ですが、噂どおり面白かったです。というか、切ない。時期的に、三沢死去の報と重なっていたので特にそう感じました。

 たぶん、私より五歳から十歳以上年齢が上の人たちは、この映画はかなり直撃だと思います。

 私はプロレス世代からは外れているので、「プロレスという設定」という見え方でした。そのため、何もオーバーラップするものがなかったのですが、上の人たちは、いろいろと被るだろうなと思いました。

 そういった部分を無視しても、不器用な人間の生き様が、心にぐっと来る映画でした。



 以下、ネタバレありの感想です。



 まずは粗筋を書きます(ラストまで書いています。ネタバレが嫌な人は読まないでください。ネタバレで価値が下がる映画ではないので、最後まで書きましたが)。

 主人公はプロレスラー。彼は、かつては栄光あるレスラーだったが、今は年を取って、地方のドサ回りが中心になっている。

 彼は、現実の人生としては完全に負け犬で、リングに上がる時だけが手応えを得られるような人生を送っている。

 そんな彼には、娘がいる。だが、プロレスが全てで、家族を振り返らなかった彼は、娘と離れて暮らしている。

 現在の主人公は、ストリップバーの常連となり、そこの女性と、客として親しくなっている。

 ある日、彼はリングで戦った後に倒れてしまう。原因は心臓発作。彼は、緊急に心臓バイパス手術を受けることになる。

 もうリングには上がれない。医者にそう言われた彼は、自分の人生を見つめ直す。

 彼は、ストリップバーの女性にアドバイスをもらいながら、娘との仲を取り戻そうとする。そのことで、ストリップバーの女性とも、少し親しくなる。

 しかし、不器用で、自分をコントロールできない主人公は、娘との仲をぶち壊してしまう。

 また、ストリップバーの女性に、客ではなく、一個人として告白するが、振られてしまう。

 やはり、俺にはプロレスしかない。

 バイパス手術を受けた心臓が、激しい運動で持つはずがない。それでも彼は、リングに上がることを決める。

 手術のことをプロレス関係者に話していなかった彼は、健康な振りをして、リングに華々しく立つ……。



 映画は、レスラーの日常や、薬物を使った肉体改造、ショーの準備、控え室での会話など、プロレスの裏を丹念に描くことで、リアリティを積み重ねていきます。

 この描写が、なかなかよいです。描写は、否定的ではなく、肯定的です。

 そして、プロレスが「肉体を使ったプロフェッショナルなエンターテインメント」なんだということを、嫌が応にも分からせてくれます。

 特に、控え室での打ち合わせの様子がよかったです。

「俺たちは、こういった展開で行こう」

「何、お前達が、それを使うなら、俺たちの組み立ては、こう変えることにしよう」

 そうやって参加者全員が、ショー全体の構成まで見渡して、演出を練り込んでいきます。

 そして、興行が終わった後は、それぞれのよかった点を褒めあって、リスペクトし合う。

 この控え室の様子が、リングの様子と同じぐらいによく、「これは俺の居場所と思ってしまうだろうな」と感じさせられました。



 また、物語の中心にいるミッキー・ロークの姿がよかったです。

 肉体を作りこんでいるのはもちろんとして、立ち姿に華がある。顔は潰れてぐちゃぐちゃなのですが、どこか人を引き込む存在感がある。

 そこにいるだけで、「かつて花形だったスーパースター」というものを体現しています。本人の経歴も含めて、そのオーラがにじみ出ていました。

 そして「目」です。

 どこか純粋さを残した、哀愁の漂う目。

 それがまるで、「捨てられた子犬」のような繊細さを感じさせてくれてよかったです。

 まさに、役と役者がリンクした一点物の映画だなと思いました。



 また、競演となる、ストリップダンサー役のマリサ・トメイもよかったです。

 バーでの色っぽさと、普段のさわやかさとのギャップが素敵でした。でもまあ、バーでのヌードダンスが特によかったです。

 少しラインが崩れた感じの体の線が、場末のバーで踊っている人っぽくて色気がありました。

 プログラムを読むと、きちんと本職の人に教わって練習したようです。

 この人、1964年生まれということは、現在四十五歳。

 その年を感じさせない裸と脱ぎっぷりでした。



 さて、ミッキー・ローク演じるレスラーに戻ります。

 自分の居場所があるだけ幸せなのかなという思いが三割、そこしか居場所がないんだよねという悲しみが七割でした。

 トレーラーハウスで暮らしながら、周りの子供たちからは「プロレスをやっているらしいおじさん」ということで大人気。

 でも、古いファミコンのプロレスゲームを子供として「今はもっと面白いゲームがある」と言われたりもします。

 そのファミコンゲームは、自分が最盛期に発売されたゲームで、自分が選手として登場しています……。

 なんだか切なくなってくる。

 後半、プロレスが封じられて、現実に向き合わないといけなくなり、スーパーのバイトで頑張るけど、プロレスラーの自分の存在を知っている人に出会って、耐え切れなくなり、切れてしまう展開が辛いです。

 肉体的にも痛いシーンですが、それよりも心が痛かったです。



 そして、ラストの試合。

 往時のライバルとの二十年振りの再戦。

 相手は中古車販売業で成功していて小金持ち。ライバルは久しぶりのプロレスに、「やっぱりプロレスは最高に楽しい!」と喜びを隠しません。

 その喜びを追求して、現実世界を振り返らなかった主人公は、既にボロボロになっています。

 この対比。

 死ぬかもしれない試合を止めようと、ストリップバーの女性が来てくれるのですが、それを振り払い、リングに上がる主人公。

 リングの上で振り返ってみたら、もう彼女がいなくなっている悲しさ。

 そして、ポールに立って、磔になったキリストのようなポーズでダイブするシーンの美しさ。

 自ら苦行を受け、人々の幸せを祈ったキリストのような崇高さが、そのシーンからは感じられます。

 でも、本当は、地べたを這いずって生きてきた、不器用な男の物語です。

 見終わった後には、何だか悲しくなりました。

 私の周りには、成功失敗の別はあるにしても、そういった「自らが好きな物のために捧げた人生」を選んでいる人たちがいますので。

 いい映画でした。



 映画中、一点だけ、どうしても気になったところがあるので書いておきます。

 心臓のバイパス手術の手術代です。

 明らかに主人公は、アメリカの制度の保険には入っていないはずです。そして、収入は基本的にスーパーのパートだけしかありません。

 そもそも、トレーラーハウスから締め出されたりするぐらいに、彼は貧乏です。

 また、プロレス仲間には、手術の件は一切話していません。なので、カンパなども募れません。

 手術代は、どう考えても払えません。

 そこのところは、いったいどうなっているんだろうなと思いました。
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