2009年10月07日 14:21:30
映画「穴」のDVDを七月下旬に見ました。
1960年のフランスの白黒映画で、原題は「LE TROU」。監督はジャック・ベッケルで、脚本はジャック・ベッケル他。原作はジョゼ・ジョヴァンニです。
映画を見る前は「フランスだし、タイトルが穴だし、何かエロティックな映画か?」と思っていましたが、とんでもなかったです。
物凄い硬派でストイックな「脱獄映画」です。
脱獄物を語る上では、見ておかないといけない一本という感じです。ともかくリアルで、緊迫感溢れる映画でした。
● リアルな脱獄話
この映画なのですが、脱獄の一つずつのプロセスと、発生する問題、その問題の解決法や、解決するために自作する小道具たちが、ともかくリアルです。
リアルなのも当たり前です。原作は、この脱獄劇を本当に行った脱獄犯です。そして、脚本にこの原作者もたずさわっています。
それだけではありません。この映画の主人公は、実際の脱獄犯の一人です。
二重三重の意味で、これでもかというほど「リアル」にこだわった映画です。
何というか、映画は当然面白いのですが、それ以前に「勉強のために見ろ」といった感じの映画でした。
さて、ではどこらへんがリアルかというと、「想像では描けないような部分」がいちいちリアルです。
そのなかでも、最も注目したのが、専門の道具のないなかで、コンクリートの穴をぶち破って進む「脱獄の速度」です。
この映画の中で、コンクリートを掘り進むシーンは二つあるのですが、そこがもう本当にリアル。
ベッドの足などを利用してコンクリートを掘るのですが、一撃でどれぐらい掘れるか、掘ったカスの扱いをどうするか、そういった部分が「うむ〜〜っ」と唸らされます。
物凄く硬くて、なかなか掘り進めない。
他にも、見張りのための小道具の作り方とか、時計がないなかで、どうやって看守の目を盗んで作業をするかとか、いちいち細かいです。
そして、あり合わせの物で、どんどん脱獄道具を作っていく様子も凄いです。
非常に面白く、勉強になる映画でした。
● 溢れる緊迫感
さて、この映画は、非常に緊迫感に溢れています。全編緊張のしっぱなし、と言っても過言ではありません。
これは、役者から立ち上る緊迫感もあるのですが、音の使い方が上手いという部分が大きいと思いました。
コンクリートを掘ったり、看守の動きを監視したりといった、繰り返し単純作業が随所にあるのですが、その時の音が、無音の中に鋭く響いて、緊張を盛り上げてくれます。
基本的に、激しい人間関係の対立のない映画なのですが、脱獄に集中して、徹底して緊張を盛り上げるように作っているので、大きな対立がなくても緊迫感に溢れています。
きっと監督は、この緊迫感を作るところに非常に気を使ったのだろうなと思いました。
● 内部に仕掛けられた不安要素
物語は、脱獄の準備を進めている四人の部屋に、第五の男がやって来るところから始まります。
妻に訴えられて刑務所に入れられたというこの若者は、脱獄を進めていた四人にとって、大きな不安要素になります。
彼に気付かれずに脱獄計画を進めるわけにはいきません。なので、彼を仲間に引きずりこまなければなりません。四人は重罪が決定していますが、五人目の若者は、まだ裁判が始まっていません。
こういった、内部に不安要素を孕む設定は、後半に上手く効いてくるなと思いました。
● 名作に値するラスト
映画のラストは、切れ味鋭く、名作に値するラストでした。これまでの緊張が一気に吐き出されるような感じで、終わったあとに「ぷはーっ」と思わず息を吐きました。
最近の映画には、こういった終わり方は少ないのですが、昔の映画にはけっこうあります。
こういったラストの映画は、個人的には、かなり好きです。
● 監督の遺作
監督は、この映画を完成させたあと、公開前に亡くなったそうです。
よい作品なので、もっと面白い映画を残せただろうにと思いました。
● 粗筋
以下、粗筋です(ネタバレあり。ラスト直前まで書いています)。
刑務所に一人の若者が入ってくる。彼は、妻の持つ銃を奪おうとして妻を撃つ羽目になり、妻に訴えられていた。
彼がやって来た部屋の囚人四人は脱獄を企てていた。彼らは重罪で、逃げる以外に早く刑務所を出る方法はなかった。
彼らは、若者を脱獄計画に引きずり込む。そして、脱獄の準備が始まった。
道具の調達、床への穴の掘削、刑務所地下の探索、そして、封じられた下水道の突破と、作業はどんどん進んでいく。
若者はその計画に、これまでにない充実感を覚えていく。
だが、彼らの気付かないところで計画は危機を迎えていた。若者の妻が、裁判を取り下げようとしていることが若者に伝えられる。
脱獄のための穴は、刑務所の外に繋がる。そして、あとは脱出するだけの状態になった……。
● 個人的感想
ともかく、コンクリートを掘るシーンが秀逸でした。
コンクリートの硬さ。そして壊れなさ。それだけでなく、破壊したあとの破片をどう扱うか……。そのための準備が、どう役立つのかを見ていくうちに、「すげえ、こうなるのか」と思わず思いました。