映画「サイレント・ランニング」のDVDを十月上旬に見ました。
1972年の映画で、監督はダグラス・トランブル、脚本はデリック・ウォッシュバーン、マイケル・チミノ、スティーヴン・ボチコーです。
● ダグラス・トランブル
監督の、ダグラス・トランブルは、特撮で有名な人です。以下、特撮で関わった、有名な映画のリストです。
・「2001年宇宙の旅」(1968)
・「未知との遭遇」(1977)
・「スター・トレック」(1979)
・「ブレードランナー」(1982)
大御所ですね。有名なSF映画ばかりです。
この「サイレント・ランニング」は、低予算映画なのですが、それでもSFの雰囲気たっぷりの作品でした。
● バージニアによろしく
この映画を見ていて、まっさきに思い出したのは、荒木飛呂彦の「バージニアによろしく」(1982年)です。
「宇宙船という閉鎖空間で起こる話」という部分しか共通点はないですが、この映画を見て、その雰囲気から、真っ先にこの短編を思い浮かべました。
関係があるのかどうか分かりませんが、かなり強くイメージが甦りました。
● ヒューイ、デューイ、ルーイ
映画には、三体のロボット(ドロイド)が出てきます。ヒューイ(2号)、デューイ(1号)、ルーイ(3号)です。
この名前は、響きがよいので、何かネタになりそうだと思っていましたが、Wikipediaを見たら、「元ネタは、ドナルドダックの3匹の甥っ子たち」と書いてありました。
どこかで聞いたことがあるという気がしていたのですが、もしかしたら、このせいかもしれません。
□Wikipedia - サイレント・ランニング
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82... また、Wikipediaには、「サイレント・ランニング」の意味も書いてありました。潜水艦が、その所在をつかまれぬように、音を出さないで行動する戦術だそうです。
映画は、そういった感じで、「潜行」という内容でした。
● 天空の城ラピュタ
この映画を見た理由は、町山智浩さんのポッドキャストで紹介してあったからです。その時の話で、「ラストが『天空の城ラピュタ』(1986年)に影響を与えているはず」という話がありました。
なるほど、こういうことかと思いました。
「ロボットが植物の世話をする図」というのは、確かに似ているなと思いました。でも、話自体は、特に関係はありませんでした。
● カルト映画
Wikipediaを見たところ、この映画は、カルト映画ということでした。以下、転載です。
1972年に企画した5本のローバジェット(いわゆる低予算)映画の一本だが、先に公開された他の4本の興行が不振だったため、ユニバーサル映画は本作の興行も早急に打ち切ってしまった。
その後、幻の名作としてSF映画ファンの間で次第に噂が広がり、カルト映画として多くの信奉者を獲得した。
話的には面白いというわけではありませんが(ちょっと退屈)、特徴はある映画なので、そういったことになったのかなと思いました。
● 低予算映画
予算があまりない映画は、こういった密室物が合うのだろうなと思いました。
実質的に出てくるシーンは、片手で数えるほどしかありませんでした。
あと、映画を見ていて「予算が低い」と特に感じたのは、爆発シーンです。
予算で爆発の規模が大きく変わるかというと、そうでもないと思いますが、あまりにも爆発シーンにお金がかかっていなかったのでそう思いました。
それ以外では、起こる事件の数が少ないところに、予算の低さを感じました。でもこれは、予算というよりは、脚本の問題だと思いますが。
● コード
映画中、主人公がロボットのプログラムをするシーンがあります。このシーンが、ちょっと凄かったです。よかったというのではなく、驚いたという意味でです。
主人公は、基盤を顕微鏡で見て、配線を書き直して「プログラム」をします。そして「よし、これで手術をできるようになった」と、自分の手術をさせます。
えー、さすがに無理だと思います。
このシーンを見たときに思い出したのは「わたしは真悟」(1982年〜1986年)の「PROGRAM2[学習] Apt3 回路」の話です。配線が、ミミズのように動いて、接続が変わって、プログラムの中身が書き換わるという演出です。
BSマンガ夜話で、いしかわじゅんが、「たぶん、楳図かずおは、プログラムのコードを書き換えるということを、配線(コード)を書き換えると思って、あのシーンを描いたのでは」と語っていました。
それと、同じようなシーンだったので、「実は世の中の多くの人は、コードを書き換えるという言葉を、こういう風に勘違いしているのか?」と思いました。
「わたしは真悟」だけなら、「演出じゃないの?」と思っていましたが、他の作品でも同じような表現があったので、「これは、けっこう一般的なイメージなのかもしれない」と思いました。
● 粗筋
以下、粗筋です(ネタバレあり。ラスト直前まで書いています)。
主人公は宇宙飛行士。彼は、仲間とともに、巨大な実験船に乗っている。
その時代、地球では植物が育たなくなり、食料は工場で生産していた。主人公たちは、宇宙空間でプラントを使い、植物を育てる実験をしていた。そして主人公は、その植物に、非常に入れ込んでいた。
主人公たち以外のクルーは、植物には興味がなかった。そして、食料は工場で作られたものの方がよいと思っていた。それは、この時代の人々の一般的な感覚だった。
ある日、宇宙船に連絡が入る。プラントを爆破して、植物を全て破棄しろという命令だ。
実験は終了した。クルーたちは、地球に帰還できることを喜ぶ。
しかし、主人公だけは違っていた。彼は植物を守るために、戦う決意をする。彼は、仲間たちを殺害していき、他の宇宙船から見えない位置へと航路を変更する。
そして、主人公と植物、そしてロボットたちによる逃避行が始まった。
しかし、予期せぬ出来事が起こる。植物たちが、枯れ始めたのだ。主人公は原因を究明しようとする。
そして、他の宇宙船から、主人公が乗る船を発見したので救助に行くという連絡が入った……。
以下、終盤のネタバレありの文章です。
● 逃亡
主人公は、他の宇宙船から発見されないように、惑星の影に入り、逃亡します。
ここから、映画はかなり退屈になります。そりゃあ、仕方がないです。画面に出てくる登場人物は一人だけになってしまうのですから。
いちおう、ロボットは出てくるのですが、これは主人公の命令に従うだけです。
話の展開的に、登場人物が二人(主人公とロボット)ならば、当然その間に対立や葛藤が生まれないとおかしいです。
なので、主人公とロボットが殺し合いでも始めるのかと思って見ていました。
思わせぶりなシーンはあったのですが、特にそういったトラブルは起きませんでした。
これは、脚本として、問題があるのではないかと思いました。
● ラストの仕掛け
ラストの、植物の枯死の原因は、腰が抜けました。悪い意味で。
90分かけて映画を見たあと、この解決だとな……。そう思いました。
だって、植物が枯死していた原因が「○○がなかったから」とは。さすがに、原因が弱すぎだと感じました。
もっと、大きなオチが待っていて欲しかったです。