映画「マルタの鷹」のDVDを、四月上旬に見ました。
1941年の白黒映画で、監督・脚本はジョン・ヒューストン、原作はダシール・ハメット、主演はハンフリー・ボガートです。
密度の濃いハードボイルド探偵物で、面白かったです。
● 何度もリメイクされた名作
この「マルタの鷹」は、1931年に一度映画化されており、この作品はそのリメイクになります。
また、1936年に「魔王が婦人に出遭った」というタイトルで、大幅に改編されて映像化されたこともあるそうです。
でも、有名なのは、この1941年版です。
世間的には「マルタの鷹」と言えば、今回見た1941年のジョン・ヒューストン&ハンフリー・ボガート版になっています。
この1941年版は、後に様々な作品でパロディとして使われているそうです。
最近、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだのですが、そのまま同じシーンがあって、「これはオマージュだよな」と思いました。
● 火花を散らすキャラクターたち
さて、映画ですが、古い作品ですが、展開が非常にスピーディーで面白かったです。立ち上がりも非常に早く、一気に核心に進みます。
基本的な筋としては、「マルタの鷹」という謎のアイテムがあって、そのアイテムを巡って争っている二勢力があります。そこに、探偵が巻き込まれて相棒を殺されます。彼は、その謎を解き、相棒の仇を討つために、事件にゴリゴリと分け入って行きます──。
この探偵をハンフリー・ボガートが演じています。
そして、その主人公の探偵を巻き込んだ人物が「謎の女性」で、敵に「謎の富豪」がいるというキャラ配置になっています。
主人公はこの二つの勢力の間で立ち回り、様々な誘惑や脅しを受けながら、ブルドーザーのように進んで、事件を腑分けしていきます。
そのために、主人公と登場人物間に、強い摩擦による火花のようなものが飛び散って、ハードな展開になっています。
ドンパチやアクションで興奮させるのではなく、人間同士の摩擦により興奮させる。よい作品だなと思いました。
● 箱庭的な舞台
本作ですが、舞台はサンフランシスコです。話は地中海のマルタ島、十字軍、スペイン王、黄金の鷹と、どんどん大風呂敷が広がっていきます。
でも、映画のカメラに移っている世界は、かなり箱庭的です。
ほとんどのシーンが、探偵事務所とホテルです。アメリカを飛び出て行きそうな話なのですが、場所の大きな移動は行われません。途中でマルタに行くと思っていたのですが、そういったこともなかったです。
そして映画の時間は100分と、かなり短めです。そのため、非常にコンパクトにまとまっている印象でした。
たぶん、シナリオを整理したら、演劇でもできるのではないかと思いました。
こういった映画の作りは、最近のハリウッド大作にはないよなと思いました。昔の映画だと、けっこう見かけるのですが。
● ハンフリー・ボガートの魅力
今回の映画のハンフリー・ボガートは格好よかったです。
この人って、決して美男子ではないですよね。どちらかというと、鼻の下がちょっと長い感じで、水木しげる顔というか、ネズミ男を格好よくした感じの顔です。
映像特典のなかで、「カサブランカ」(1942年)の時に、宣伝部がハンフリー・ボガートの色気だけで客が呼べると思わず、宣伝映像にやたら脇役を登場させたというのも頷けます。
元々悪役から上がってきた人らしく、そういった野性味が、そもそもの魅力だったのかなと思いました。
● 秀逸な映像特典
私が見た、この映画のDVDには44分の映像特典が付いていました。アメリカのケーブルテレビのハンフリー・ボガート週間の頭用に作られた特集番組みたいなのですが、この映像特典が非常に素晴らしかったです。
どういったものかというと、映画の宣伝(公開前の短い映像)を時系列に解説していき、ハンフリー・ボガートがデビューから晩年まで、映画会社の宣伝部に「どういう売り出され方をしてきたのか」を、当時の情報などを元に解説したものです。
まず「宣伝映像での売り出され方」という切り口が珍しいです。さらに映画会社の宣伝部に焦点を当てて、一人の俳優の扱われ方の変遷を見ていくという手法が面白いです。
DVDの映像特典として、これは価値のある内容だなと思いました。実際、非常に楽しめました。
映像特典の大まかな流れは、「悪役時代」「主役時代(マルタの鷹のハードボイルド路線と、カサブランカのロマンティック路線の二本立て)」「黄金(1948)で、脇役を再び演じ、演技力を認められていく時代」といった感じでした。
「悪役時代」では、かなり目立つ役者だったようで、主役でもないのに、宣伝映像では非常に前面に出ていたようです。映画によっては、数分しか出ないのに、宣伝映像では主役級の扱いを受けているものもあったとのことでした。
たぶん、人気実力ともにかなり高く、映画会社は、どう大きく売り出すのかを考えていたのだと思います。
そして主役時代に突入してからは、すごい勢いで主役をやりまくっていたようです。面白かったのは、二匹目のドジョウを自分でやるみたいな感じで、当たった作品と似たような作品がバンバン作られ、どんどん出演していたようでした。
その人気絶頂が冷めやらぬ中、「黄金」で名脇役を演じて、映画人として高い評価を得たとのことでした。実際「黄金」は非常に面白く、ハンフリー・ボガートも記憶に残る演技をしていました。
こういった映像特典は、もっとDVDに付けてくれるとよいのになと思いました。
● ジョン・ヒューストン
監督のジョン・ヒューストンについても触れておきます。元々は脚本家で、この「マルタの鷹」で監督デビューをしています。
俳優としても、アカデミー助演男優賞にノミネートされたり、「チャイナタウン」(1974)で敵の黒幕を演じたりしているそうです。
この人は、かなりたくさんヒット作を出していますね。私が分かる範囲で、有名な作品を並べてみます。錚々たる作品群です。
・「モルグ街の殺人」(1932)(共同脚本)
・「マルタの鷹」(1941)(監督・脚本)
・「黄金」(1948)(監督・脚本)
・「アフリカの女王」(1951)(監督・脚本)
・「天地創造」(1966)(監督・出演)
・「007/カジノ・ロワイヤル」(1967)(監督・出演)
・「マッキントッシュの男」(1972)(監督)
・「勝利への脱出」(1980)(監督)
関わっている映画の数は、この十倍近くあります。これぐらい仕事ができたら、人生楽しいだろうなと思います。
● 粗筋
以下、粗筋です(大きなネタバレはなし。中盤ぐらいまでの流れだけを書いています)。
主人公は探偵。彼は相棒とともに、探偵事務所を営んでいる。
ある日、事務所に一人の女性が訪れる。彼女は、浮気調査を依頼して、相棒がその仕事に行く。だが相棒は何者かに殺され、主人公はその容疑をかけられてしまう。
主人公は、自らの容疑を晴らすために、そして相棒の仇を討つために、警察に一切情報を渡さずに、事件の渦中へと飛び込む。
そこには「マルタの鷹」と呼ばれる謎の彫像があった。
主人公は、その「マルタの鷹」を所持しているのではないかと疑われる。どうやら、依頼者の女性と何者かが、「マルタの鷹」を巡って争っているようだ。
主人公は、依頼者の女性の身を守りながら情報を集め、「マルタの鷹」の正体と敵たちの取った行動を解き明かしていく。
以下、終盤のネタバレが入る感想です。
● 心にぐっと来る「決め台詞」
主人公は、全てを解き明かしたあと、敵を警察に引き渡す算段を付けます。その際に、依頼者の女性も警察に引き渡そうとします。
逮捕から逃れるために、そして、事件を解き明かしていく間に、彼に身を守られてきたこともあり、彼女は主人公に愛の告白をします。
ここで、主人公がどういった行動を取るのか、非常に手に汗を握り、緊張しました。
いわゆるハリウッド風のロマンスなら、彼女との愛を成就させてもおかしくないからです。
しかし、この映画の主人公は、怒りに体を震わせながら答えます。
「一度だけ言ってやろう 相棒が殺されたら 男は黙っていない」
この台詞と、それを告げるハンフリー・ボガートに男惚れしました。
いや、もう、震えるほど格好いい。
人生のどこにも使うタイミングがなさそうな台詞ですが、記憶に強く刻み込まれました。